【論文】自治研究論文部門奨励賞

第34回兵庫自治研集会
第2分科会 地方財政を考える

 学校給食費は、多くの地方公共団体で、義務教育段階においても保護者負担として徴収されている。
 貧困の世代間連鎖や少子化が社会的な課題とされている。保護者の金銭的な有無によって子どもの将来が左右されるのは、恥ずべき社会である。学校徴収金の中でも大きなウェイトを占める学校給食費を公会計するとともに、これをステップとして、学校給食費を無償化し、公教育全体の無償化につなげていく道筋を明らかにする。



公教育の無償化への再構築
― 学校徴収金、とくに学校給食費の公会計化をステップとして

埼玉県本部/教育行財政研究所 中村 文夫

1. 子どもたちの生き難(がた)さ

(1) 給食を止められた児童生徒は
 学校給食費を保護者が支払わないために、その子どもに給食を食べさせないという現実が日本の学校に存在している。もちろん極一部ではあるが。私の経験では、給食を止められた児童生徒は学校には来なくなる。このような排除につながる措置は正しい判断なのであろうか。子どもの心には一生忘れない恥辱の刻印が押されたのである。そもそも、義務教育段階では無償の学校教育の一環として学校給食が行われている中で、学校給食費の徴収方法に関する法的根拠はどのように検討され、また、政治的判断はどのように行われてきたのか。そして今、地方公共団体から新たな取り組みが起こっている。学校給食費を題材として検討することで、公教育の無償化、つまり税による公教育の完全実施を再構築してみたい。

(2) 20億円を超える未納額
 文部科学省は、2006、2009、2010年と「学校給食費の徴収状況に関する調査」を行っている。調査がはじめられた目的は、当時、社会的に騒がれていた学校給食費の未納問題の実態調査であり、焦点は未納の規模とその理由を解明することにあった。その意図通りに、20億円を超える規模の未納額と、親のモラルの問題が経済的な理由を上回る結果となった。2010年の調査では、「保護者としての責任感や規範意識」が53.2%、「保護者の経済的な問題」が43.5%、「その他」が3.4%とされている。しかし、調査に答えるのは保護者ではなく、学校側の担当者であり、バイアスのかかった『解明』であることは、注意が必要なのである。親のモラルとみられた現象の背景を掘り下げる必要がある。生活保護の捕捉率は約20%といわれている。要保護、準要保護家庭かどうかによってのみでは、経済的な背景を窺い知ることはできない。
 非正規雇用者は全体の35%を超える事態となっている。働いていても、生活保護基準以下の賃金しか得られない状況が、子育てをする若い保護者には広がっている。それは正規雇用者であっても同じである。絶対的貧困の『科学的』概念をつくった英国のB.S.ラウントリーは、非熟練労働者にとって貧困に陥る生涯の3度の危機は、幼少期、子どもを持った家族形成期、そして仕事からリタイアした老齢期をあげている。前2期は、1つの事柄を子と親という立場を変えて表現したに過ぎない。彼が英国のヨーク市で調査したのが1899年であることを考えると、一世紀以上を経ても貧困世帯の子どもの生き難さは変わっていない。
 子ども期の危機が、貧困の世代連鎖を呼び起こす。危機を回避するための一環として、公教育、特に義務教育の無償化を、新たな政策として展開することが求められている。

(3) 受益者負担適用の困難性
 日本でも、英国等と同様に、学校給食は貧困家庭の子どもたちへの給付として始まり、戦中戦後の食糧難を経験する中ですべての子どもを対象とするものとして拡充された。学校給食法(1954年)はこの現実を追認する形で法制化され、食育を掲げた改正(2009年)まで長く戦後の学校給食を規定してきたものである。学校給食にかかる経費の区分について、学校給食法第11条は、施設、設備及び運営にかかる経費以外を保護者の負担とし、その結果として食材にかかる部分は保護者の『受益者負担』として負担することが一般化されてきた。
 受益者負担は、地方自治法第224条に基づく。例えばそれは、土地開発などに要した費用への負担ではなく、その結果得られた具体的な受益についての負担である。1961年の国会答弁で、税外負担軽減の課題に関連した質問に松島五郎自治庁財務局財務課長は、「受益者負担という場合には、一定の地方公共団体が行う施設と、その施設によって利益を受ける者との間に相当な明確な因果関係がある程度確認きれる場合、その利益を限度として徴収するという場合を言っているのではないかというふうに私どもは考えております。しかしながら、子どもが学校へ行けばその子どもに関する限り利益があるじゃないかというような議論になりますと、なかなかこの間を明確にいたすことは困難でございます。」と、受益者負担概念を適用することの困難性を明らかにしていた。
 学校給食、教材費等を含めて、具体的な受益性を明らかにすることができない。学校給食費について、東京弁護士会弁護士業務改革委員会自治体債権管理問題検討チームは、「保護者と学校施設管理者との契約による給食サービスの対価と考えることができる。」としている。妥当な見解である。給食サービスの対価たる給食費はどのように取り扱われてきたのであろうか。ここに、解決しなくてはならない1つ目の課題が存在する。


2. 半世紀前の行政実例を超えて

(1) 監査委員勧告に文部省は
 学校給食費の取り扱いを方向付けたのは、文部省管理局長回答「学校給食費の徴収、管理上の疑義について」(1957年12月18日・委管長77、福岡県教育委員会教育長あて)である。県監査委員よりの「学校給食法が普及奨励法であっても、地方自治法第210条の総計予算主義に沿って歳入歳出予算に計上すべき」との勧告を受けて、文部省に5点の疑義を提示し『御教示』を求めたものである。照会事項と文部省回答の骨子は以下の通り。
① 学校給食の最終的な実施主体は設置者と解するべきか。
 【回答1】学校給食の実施者は、その学校の設置者である。
② 実施主体が設置者とするならば、保護者負担とするのは義務教育費の無償の原則に反するのではないか。貧困家庭へは教科書代と同様の援助措置を行っているから、教科書代と同様に解してよいのか。学校給食費は公金と解すべきか。
 【回答2】学校給食は、教科書代と同様の性格をもつものと解される。したがって、この経費を徴収することは、義務教育無償の原則に反しない。
③ 設置者は市財政が許せば学校給食費を計上してもよいか。
 【回答3】貴意の通りである。なお、保護者の負担する学校給食費を歳入とする必要はないと解する。
④ 出納員の発令がされていない校長が給食費を徴収、管理することは妥当であるか。
 【回答4】校長が学校給食費を取り集め、これを管理することは、さしつかえない。
⑤ 学校給食の実施主体が設置者であり、学校給食費が公金であるとすれば、市の歳入歳出に計上すべきものと解するが如何。
 【回答5】上記3によって了知されたい。

(2) 私会計として放置された学校給食会計
 この文部省回答にそって全国の地方公共団体の学校給食費の取り扱いが定まり、今日でもこの内容で多くの団体で実施されている。【回答1】は当然である。学校教育法(1947年)第5条、学校給食法施行令(1954年)第2条に設置者責任が定められている。しかし【回答2】の教科書同一視説は、論拠がはっきりしない。回答した当時は、教科書は無償化されていなかった。学校給食は地方公共団体が実施するものであるのに対し、教科書は教科書会社から購入するものであり、基本的な性格が相異している。【回答3】について、地方公共団体の判断とする前半部分は了解できるが、後半部分は地方自治法第210条の総計予算主義から逸脱した見解であり、問題の多い判断といえる。【回答4】もこの見解の延長線上にある判断であり、これでは地方公共団体の公的事業として実施している学校給食が、校長の私会計(一存会計)によって賄われることになり、財政民主主義を無視したものといえる。
 このような地方自治法を無視した判断をなぜ文部省が行い地方公共団体においてまかり通ったのか、理解することはできない。しかし、判断の背景を推測することはできる。管理局長回答が出された当時、収納は現金が原則であり戦後復興の中で当時も貧困家庭も多く、教員が保護者の給与日に合わせて集金するという状況も続いていた。1960年に地方自治法第235条の4による雑務金の取り扱いの整備が行われた際に、学校給食費の扱いも『公会計化』(歳入処理)に切り替えるべきであったが、そのままに放置されてしまったのである。

(3) 構造的欠陥を持つ学校給食会計
 やがて、指定金融機関への納入も可能となる時代が訪れたが、改善されないままに推移してきたのである。そのため、学校職員は未納者への督促業務を強いられてきた。文部科学省の2010年調査によると、「電話や文書による保護者への説明・督促」96.5%、「家庭訪問による保護者への説明・督促」72.2%、「就学援助制度の活用を推奨」62.8%が上位3項目となっている。とくに自校給食校では、保護者から集金が集まらないと食材を落とすか、場合によっては、学校職員が立替をしなくてはならない切羽詰った状況に追い込まれる。
 こうした状況を受けて先の調査によると簡易裁判所への法的手続きを取るケースも2.8%も出て来ている。そして、未納家庭の子どもに給食を食べさせないなどの排除の措置を取るところも出現している。いわばドンブリ勘定の学校給食費の会計処理は、構造的に欠陥を持つものである。未納者問題がある一方で他方で歳入処理されない学校給食費の不明瞭な取り扱いは、学校職員への過重負担だけではなく横領等を生みだす温床の役割も果たしてきた。給食物資の購入についても、公的な予算の取り扱いでないため不適切な処理も見られた。
 学校給食費は、設置者(首長)と保護者との契約に依っている。設置者は具体的な業務を行うに当たって、校長へ権限の委任を行わなくてはならない。しかし、歳入として取り扱わない雑務金である学校給食費の取り扱いを委任することはできない。法令に基づかない慣行が今日まで続いてきている実態は、改められるべきである。

(4) 学校給食費歳入処理の広がり
 解決策の1つは、学校給食費を歳入とし、学校へは他の品目と同様に児童生徒数に応じた給食賄い費等の予算措置を歳出として計上することである。だが、1957年という半世紀以上前の行政実例が歳入を行う必要はないという見解を出しているため、これまで地方公共団体・教育委員会の見解も、この立場に立つところが多かった。
 それでも、共同調理場方式を取るところでは、学校給食費を歳入として取り扱っているところもあった。2010年度の文部科学省調査では、公会計(歳入処理)としているのが28.4%として報告されている。
 現在、自校給食を実施しているところでの、公会計化が焦点化されてきている。群馬県教育委員会が2007年3月30日に「学校給食費の公会計処理への移行について(通知)」(ス健第310106-7号、市第533-39号)を各市町村長、各市町村教育委員会教育長に通知したことは画期的なことであった。「学校給食費については、地方自治法(1947年法律第67号)第210条に規定された総計予算主義の原則に則り、公会計により適切に処理されますようにお願いいたします。」との通知を受け、群馬県下では歳入処理が進められている。
 さらに、政令市である横浜市が2012年から歳入処理を始めたことは、総計予算主義の原則に立った学校給食費の取り扱いが広がる契機となると考えられる。法的根拠も曖昧なままに取立てを行っていた学校職員の徒労感を拭い、給食を食べさせないなどの非情な措置を防ぐ効果が、先ず期待できる。そして、学校給食にかかる総経費が、食材を含めた総計予算主義のもとに明らかになることで、地方公共団体としての学校給食事業への適切な判断が始めて可能となるのである。
 そして、ようやく学校給食事業への予算措置を問う次のステップに進むことができるようになる。次のステップとは、学校給食の無償化である。だが、地方公共団体の多くは財政的な余裕があるわけではない。この問題を検討するに当たって、ヒントとなるのは2つある。1つは高校授業料の無償化である。もう1つは、1990年の「1.57ショック」を契機とする少子化対策との連携である。


3. 学校給食費の無償化への具体策

(1) 義務教育費無償化の取り組み
 学校給食を実施していない地方公共団体が存在する。学校給食法は普及奨励法であるからである。そして、実施しない理由に「愛情弁当」論がある。「保護者が、弁当を作るのが愛情であり、正常な子育てをするには必須のものである。」とされる。これは3歳児神話などと同様の、子育てを家庭の自己責任とし、子育ての社会化を阻害する見解であり、低サービスの自治体経営を自己合理化するものである。今日、「貧乏子無し社会」とまでいわれる状況となっている。貧困化の拡大と少子化とは通底している。その一方で、少子化社会への対策として、学校給食費等の無償化を政策展開する動きが始まっている。この間、地方公共団体は、医療の無料化を焦点化してきたが、次の少子化対策の焦点として、学校給食費等の無償化を積極的に進めることが重要であると考える。
 学校給食無償化の先達は、山口県和木町である。1951年から小学校で実施、その後中学校へと拡大した。近年では2006年の三笠市(北海道)の実施以降、少子化対策としての学校給食費の完全無償化が拡大している。南牧村、上野村(以上群馬県)、王滝町(長野県)、嘉手納町(沖縄県)、滑川町(埼玉県)。そして、2011年の相生市(兵庫県)の幼稚園から中学校までの学校給食無償化は、全国的に注目されることとなった。12年間で約1割の人口減があり、定住促進事業として、子育て支援の充実と人口流出を防ぎ、転入者を増やすのが狙いとされている。都市部における少子化対策事例として、全国から視察団が訪れている。
 さらに、2012年には八郎潟町(秋田県)、大田原市(栃木県)も実施を始めた。山梨県では2012年から早川町、丹波山村が小中学生の教材費、修学旅行費と学校給食費などを全額負担し、実質、義務教育の無償化を実現した。学校給食費に留まらない教材費、修学旅行費を含めた義務教育の無償化が地方公共団体から始まったのである。

(2) 政治判断としての学校給食費無償化
 学校給食費に関しての部分的な補助に至っては、全国的に一層の広がりを見せている。古くは1974年の江戸川区3分の1補助に始まり、現在では多数の地方公共団体で取り組みが行われている。半額補助、あるいは第2子、第3子からの無償化など、何れも教育的価値のみならず、地方公共団体全体としての少子化対策・子育て支援への政治的判断である。このような地方公共団体の取り組みは、学校給食費の公会計化に比べ僅かであるものの、教育と福祉との複合的な政策展開の1つとして糸口を与えている。
 高校授業料は、高校授業料が使用料として地方公共団体の歳入にされていたことが、無償化の政策を実施するときの積算根拠を明らかにした。学校給食費の無償化に当たっても、その積算根拠を公会計化で明らかにしておく必要がある。子ども手当の実施に当たり、保育所の保育料とともに学校徴収金がいわゆる天引きの項目として挙げられていた。新児童手当においてもこの取り扱いは継続することから、厚生労働省の子ども手当のマニュアルには、「学校給食費等の学校徴収金が歳入となっていない場合でも、天引きは可能」との説明がされている。
 しかしながら、「給食関連業者に支払うまでは、子ども手当(新児童手当)は公金としての性格を有する」との厚生労働省の回答を実際に適用する場合を考えると、公会計化されていない場合、極めて都合の悪い事態に遭遇することになる。校長口座は資金前途口座ではない。校長の『私的』な口座に子ども手当を入れ、業者への支払いまで公金としての性格を有するとは、困難な解釈ではないだろうか。
 このことから、新児童手当からの学校給食費やその他の学校徴収金を天引きする場合には、公会計という枠組みが前提となると判断できる。こうした枠組みを設定することで、未納者対策という限定した判断ではなく、全児童生徒に対する無償化の一政策として、地方公共団体が政策展開する余地が広がると考えることができる。もちろん、公的扶助として所得制限のある児童手当を、再び子ども手当に戻す取り組みも必要である。
 韓国では2010年の第5回全国同時地方選挙に合わせて、教育監、教育委員の公選が実施され、その焦点の1つとして学校給食費の無償化が掲げられた。ソウル市ではその結果、完全無償化が実施されている。日本でも首長選挙の公約に、学校給食費の無償化が取り上げられて来ている。

(3) おわりに
 公教育の無償化は理念として掲げられたまま、日本では『理想』として棚上げされてきた。貧困が拡大し、貧困の世代間連鎖が社会的な課題となる中で、年平均で小学校42,227円、中学校35,448円の学校徴収金の中でも最大の費目を媒介にし、貧困家庭に限定する対応を超えた、公教育無償化の再構築の必要性を論じてきた。
 教育と福祉との複合的な政策を実施することで、保護者の経済状態と関わりなく、子どもたちを真に義務教育に包摂していくことが、地方公共団体の自立的な取り組みとして始まっている。公教育無償化への再構築を、学校給食費の公金化、そして無償化への戦略を打ち出すことで、拡大していくことが求められている。
 学校職場には現在、多種多様な学校職員が配置され、管理職さえも雇用形態の全体を把握できない状況となっている。非正規雇用者が3分の1を超える学校現場で、官製ワーキングプアが公教育を支えている。学校調理員もこの例外ではない。学校給食を食べる子どもたちが、生活を脅かされている人々によって供せられることを知るならば、それは楽しい給食時間とはなりえない。学校給食費の無償、ひいては公教育の無償をめざすには、無償によって行われる公教育の内容に無関心でいることは許されない。
 貧困を改善し、貧困の世代間連鎖を断ち切るような公教育を求めるとともに、また、それを行う学校職員が正規雇用者として雇用され、生活の不安がない中で働ける状況を作ることが大切である。逆に、雇用や教育内容を問うときに、公教育の無償化も合わせ進めることが重要となる。
 子どもたちの生き難さから始めた小論は、子どもたちのセーフティネットである学校給食、その食材費を題材にして、どのように取り扱われてきたのかを分析し、半世紀前の文部省の行政実例が、亡霊のように地方自治体を覆っていることを論証し、学校徴収金を公会計化しないがための不都合を明らかにした。その上で、公会計をはじめた地方公共団体の広がりを背景として、これをステップに学校給食費の無償化に向けた具体的な道筋を示した。それは、貧困の世代間連鎖と少子化を改善する一方策である。学校給食費を始めとする学校徴収金の公会計化、そして公教育の無償化は、地方公共団体が中央政府に先駆けて実施することが可能であり、また必要である。


【参考資料】B.S.ラウントリー『貧乏研究』千城 1975年 / 東京弁護士会弁護士業務改革委員会『自治体の再建のための債権管理マニュアル』 ぎょうせい 2008年