2. 半世紀前の行政実例を超えて
(1) 監査委員勧告に文部省は
学校給食費の取り扱いを方向付けたのは、文部省管理局長回答「学校給食費の徴収、管理上の疑義について」(1957年12月18日・委管長77、福岡県教育委員会教育長あて)である。県監査委員よりの「学校給食法が普及奨励法であっても、地方自治法第210条の総計予算主義に沿って歳入歳出予算に計上すべき」との勧告を受けて、文部省に5点の疑義を提示し『御教示』を求めたものである。照会事項と文部省回答の骨子は以下の通り。
① 学校給食の最終的な実施主体は設置者と解するべきか。
【回答1】学校給食の実施者は、その学校の設置者である。
② 実施主体が設置者とするならば、保護者負担とするのは義務教育費の無償の原則に反するのではないか。貧困家庭へは教科書代と同様の援助措置を行っているから、教科書代と同様に解してよいのか。学校給食費は公金と解すべきか。
【回答2】学校給食は、教科書代と同様の性格をもつものと解される。したがって、この経費を徴収することは、義務教育無償の原則に反しない。
③ 設置者は市財政が許せば学校給食費を計上してもよいか。
【回答3】貴意の通りである。なお、保護者の負担する学校給食費を歳入とする必要はないと解する。
④ 出納員の発令がされていない校長が給食費を徴収、管理することは妥当であるか。
【回答4】校長が学校給食費を取り集め、これを管理することは、さしつかえない。
⑤ 学校給食の実施主体が設置者であり、学校給食費が公金であるとすれば、市の歳入歳出に計上すべきものと解するが如何。
【回答5】上記3によって了知されたい。
(2) 私会計として放置された学校給食会計
この文部省回答にそって全国の地方公共団体の学校給食費の取り扱いが定まり、今日でもこの内容で多くの団体で実施されている。【回答1】は当然である。学校教育法(1947年)第5条、学校給食法施行令(1954年)第2条に設置者責任が定められている。しかし【回答2】の教科書同一視説は、論拠がはっきりしない。回答した当時は、教科書は無償化されていなかった。学校給食は地方公共団体が実施するものであるのに対し、教科書は教科書会社から購入するものであり、基本的な性格が相異している。【回答3】について、地方公共団体の判断とする前半部分は了解できるが、後半部分は地方自治法第210条の総計予算主義から逸脱した見解であり、問題の多い判断といえる。【回答4】もこの見解の延長線上にある判断であり、これでは地方公共団体の公的事業として実施している学校給食が、校長の私会計(一存会計)によって賄われることになり、財政民主主義を無視したものといえる。
このような地方自治法を無視した判断をなぜ文部省が行い地方公共団体においてまかり通ったのか、理解することはできない。しかし、判断の背景を推測することはできる。管理局長回答が出された当時、収納は現金が原則であり戦後復興の中で当時も貧困家庭も多く、教員が保護者の給与日に合わせて集金するという状況も続いていた。1960年に地方自治法第235条の4による雑務金の取り扱いの整備が行われた際に、学校給食費の扱いも『公会計化』(歳入処理)に切り替えるべきであったが、そのままに放置されてしまったのである。
(3) 構造的欠陥を持つ学校給食会計
やがて、指定金融機関への納入も可能となる時代が訪れたが、改善されないままに推移してきたのである。そのため、学校職員は未納者への督促業務を強いられてきた。文部科学省の2010年調査によると、「電話や文書による保護者への説明・督促」96.5%、「家庭訪問による保護者への説明・督促」72.2%、「就学援助制度の活用を推奨」62.8%が上位3項目となっている。とくに自校給食校では、保護者から集金が集まらないと食材を落とすか、場合によっては、学校職員が立替をしなくてはならない切羽詰った状況に追い込まれる。
こうした状況を受けて先の調査によると簡易裁判所への法的手続きを取るケースも2.8%も出て来ている。そして、未納家庭の子どもに給食を食べさせないなどの排除の措置を取るところも出現している。いわばドンブリ勘定の学校給食費の会計処理は、構造的に欠陥を持つものである。未納者問題がある一方で他方で歳入処理されない学校給食費の不明瞭な取り扱いは、学校職員への過重負担だけではなく横領等を生みだす温床の役割も果たしてきた。給食物資の購入についても、公的な予算の取り扱いでないため不適切な処理も見られた。
学校給食費は、設置者(首長)と保護者との契約に依っている。設置者は具体的な業務を行うに当たって、校長へ権限の委任を行わなくてはならない。しかし、歳入として取り扱わない雑務金である学校給食費の取り扱いを委任することはできない。法令に基づかない慣行が今日まで続いてきている実態は、改められるべきである。
(4) 学校給食費歳入処理の広がり
解決策の1つは、学校給食費を歳入とし、学校へは他の品目と同様に児童生徒数に応じた給食賄い費等の予算措置を歳出として計上することである。だが、1957年という半世紀以上前の行政実例が歳入を行う必要はないという見解を出しているため、これまで地方公共団体・教育委員会の見解も、この立場に立つところが多かった。
それでも、共同調理場方式を取るところでは、学校給食費を歳入として取り扱っているところもあった。2010年度の文部科学省調査では、公会計(歳入処理)としているのが28.4%として報告されている。
現在、自校給食を実施しているところでの、公会計化が焦点化されてきている。群馬県教育委員会が2007年3月30日に「学校給食費の公会計処理への移行について(通知)」(ス健第310106-7号、市第533-39号)を各市町村長、各市町村教育委員会教育長に通知したことは画期的なことであった。「学校給食費については、地方自治法(1947年法律第67号)第210条に規定された総計予算主義の原則に則り、公会計により適切に処理されますようにお願いいたします。」との通知を受け、群馬県下では歳入処理が進められている。
さらに、政令市である横浜市が2012年から歳入処理を始めたことは、総計予算主義の原則に立った学校給食費の取り扱いが広がる契機となると考えられる。法的根拠も曖昧なままに取立てを行っていた学校職員の徒労感を拭い、給食を食べさせないなどの非情な措置を防ぐ効果が、先ず期待できる。そして、学校給食にかかる総経費が、食材を含めた総計予算主義のもとに明らかになることで、地方公共団体としての学校給食事業への適切な判断が始めて可能となるのである。
そして、ようやく学校給食事業への予算措置を問う次のステップに進むことができるようになる。次のステップとは、学校給食の無償化である。だが、地方公共団体の多くは財政的な余裕があるわけではない。この問題を検討するに当たって、ヒントとなるのは2つある。1つは高校授業料の無償化である。もう1つは、1990年の「1.57ショック」を契機とする少子化対策との連携である。
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