1. はじめに
2001年4月1日、北海道ニセコ町で「ニセコ町まちづくり基本条例」が施行されて以降、全国の自治体でいわゆる「自治基本条例」を策定する動きが急増し、道内においても30を超える自治体で制定されています。
わがまち「新ひだか町」においても、2009年11月に「新ひだか町自治基本条例(仮称)庁内検討会議」を立ち上げ、内部での協議を開始し、2010年5月には、一般公募委員も含めた「新ひだか町自治基本条例(仮称)策定会議」が組織され、策定作業が本格化しています。
しかしながら、なぜ、今、自治基本条例が必要なのか? そもそも、自治基本条例とは何か? 理解が不十分であるというのが正直なところです。
まずは、その必要性について、検証したいと思います。
2. 地方分権改革の光と影
「地方自治」は、日本国憲法(以下「憲法」と略します。)第8章において、4つの条文で規定され、地方自治法は、最初の条文である憲法第92条「地方公共団体(以下「基礎自治体」と略します。)の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」に基づくものです。
また、「地方自治の本旨」とは、憲法第93条「2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」から読み取れる「住民自治」と、憲法第94条「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」から読み取れる「団体自治」の両輪から成るものと解釈されています。
しかしながら、実際のところ、地方自治法には「住民自治」の考え方や内容を示す規定がなく、その実行に際し、きわめて不備のある法律であるというのが通説でした。
そのような中、2000年4月1日、「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」いわゆる「地方分権一括法」が施行となり、地方自治法が改正されました。
これにより、国は、国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り基礎自治体にゆだねることを基本として、基礎自治体との間で適切に役割を分担し、基礎自治体が地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うこととなり、それまでの国と基礎自治体の「上位下達・主従の関係」が「対等・協力の関係」へと改められました。これを機に、それまで基礎自治体を縛り付けていた「通達」も廃止されました。
言い換えれば、あらゆることを国が決め、その責任も国が負ってきた時代に終止符が打たれ、これからは、地域のことは地域で決め、その責任も地域が負う、すなわち、地域に「自己決定・自己責任の原則」が課せられることとなりました。
この分権改革により、地方の運営は、国から独立した自治権を持つ基礎自治体により行われるべきであるという「団体自治」が大幅に強化されましたが、地方の運営はその地方の住民の意思によって行われるべきであるという「住民自治」には、その不備の解消などの改革が見られず、「光」と「影」が両立する結果となりました。
この「影」の部分に、遺憾ながら、光を射すことになったのが、夕張市の財政破綻です。「住民自治」による付託に応えなければならないはずの市議会(議員)ならびに市長が、長年にわたり不正会計処理を容認し続けた結果、住民が知らぬ間に借金は膨らみ、2007年3月6日に財政再建団体の指定を受けるに至りました。
今、夕張市では、政策を提案した市長、それを議決した議会による「自己決定」の失敗が、市民の「自己責任」でまかなわれています。このような事態を招くことのないよう「住民自治」を実行していくための制度を確立する必要があります。それがまさに、自治基本条例なのです。
3. 自治基本条例と信託論
「住民自治」の強化という観点から、自治基本条例の必要性が伺える一方で、自治基本条例とは、住民が自治体に対して「信託」している内容を明示したものであるという定義もあります。
憲法前文に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」とあるように、国の政治は、国民の「信託」によるものであると憲法に明記されています。国民は、主権の行使を代表者である政府に「信託」しているわけです。
一方、地方の政治、すなわち「地方自治」における「信託」はどのように考えられていたかというと、前述のとおり、国民は主権の行使を政府に信託しており、その一部を政府が基礎自治体に信託しているので、国に憲法があればそれでよいという考え方が通説でした。
ところが、法政大学の松下圭一名誉教授が、国民は国に全ての権力を信託しているのではなく、国家レベルのことは国に、地方レベルのことは自治体にそれぞれ信託しているという二重信託論を発表しました。
それ以降、この二重信託論への賛同者が増え始めていたところに、地方分権改革によって国と基礎自治体の関係が「対等・協力の関係」に改められた結果、地方の政治が、その地域の住民の「信託」によるものであることが明記された憲法(自治基本条例)が必要であるという考え方に至るわけです。自治基本条例が「自治体の憲法」と呼ばれる理由がここにあります。
4. 自治基本条例の類型化
ここまで述べたとおり、「住民自治」を実行していくための制度、そして、地方の政治が、その地域の住民の「信託」によるものであることが明記された憲法でもある「自治基本条例」の必要性については、ある程度理解が深まりましたので、次に、「自治基本条例」とは何か、また、何を定めるものなのかを検証したいと思います。
様々な表現がありますが、「自治基本条例は、自治体を運営していくための基本原則(ルール)を定めるものである」というのが、最も端的な表現であると言われています。
つまり、「自己決定・自己責任の原則」のもと、最終責任者である住民が、自治体を自らの責任で動かし、コントロールしていくためのルールを定めるというのが、自治基本条例の本質であり、自治体の将来ビジョンや方向性、具体的な政策課題を定めるものではありません。
これまで、多くの自治体で自治基本条例が制定されてきましたが、「○○基本条例」という名称を用いているものを分析・整理し、類型化すると、大きく、3つの類型に整理することができます。
(1) 「理念型」
自治体運営やまちづくりに関する基本的な考え方、理念を中心に定め、具体的な制度等に関する事項はあまり制定せず、主に理念的、抽象的な条文で構成されたもので、「四日市市市民自治基本条例(2005年9月1日施行)」などが該当します。
(2) 「行政基本条例型」
行政のみを対象として、自治体の行政運営の基本原則、基本方針等を中心に定めるもので、「宝塚市まちづくり基本条例(2002年4月1日施行)」や「北海道行政基本条例(2002年10月18日施行)」などが該当します。
(3) 「自治基本条例型」
自治体運営等に関する基本的な考え方、理念だけでなく、それを具体化するための仕組みや制度に関する事項についても定めたもので、「ニセコ町まちづくり基本条例(2001年4月1日施行)」や「札幌市自治基本条例(2006年10月3日施行)」などが該当します。
次に、どの類型を選択するべきなのでしょうか? 制定済みの条例、あるいは、これまで検証した内容を考慮すると、「自治基本条例型」を制定することが望ましいものと判断できることから、「札幌市自治基本条例」の目次を抜粋し、その構成を確認してみます。
前文
第1章 総則(第1条-第5条)
第2章 市民
第1節 市民の権利(第6条・第7条)
第2節 市民の責務(第8条・第9条)
第3章 議会及び議員(第10条-第12条)
第4章 市長及び職員(第13条-第15条)
第5章 行政運営の基本(第16条-第20条)
第6章 基本原則によるまちづくりの推進
第1節 市民参加の推進(第21条-第24条)
第2節 情報共有の推進(第25条-第27条)
第3節 身近な地域におけるまちづくりの推進(第28条・第29条)
第7章 他の自治体等との連携・協力(第30条)
第8章 市民自治によるまちづくりに関する施策等の評価及びこの条例の見直し(第31条・第32条) |
日本国憲法同様、「前文」があり、以下、8章の構成となっており、「自治体の憲法」と言われている理由がここからも伺えます。
条文の掲載は割愛しますが、地方分権改革で置き去りにされていた「住民自治」ならびに「信託」についてもきちんと盛り込まれています。
5. 新ひだか町の取り組み状況
(1) 庁内検討会議
2009年11月に職員15人(主幹職11人、主査職4人)による庁内検討会議を立ち上げ、計4回会議を開催しました。
「自治基本条例」の本質を理解するに至る十分な議論が積み上げられたかは不透明ですが、ワールドカフェ方式による意見聴取等も行う中で、一般公募も含めた町民主体の「策定会議」において、どのような議論をしていただくべきか、その切り口として、報告書を取りまとめたことは、一定の評価ができるものと考えます。
開催状況 第1回 2009年12月29日 第3回 2010年3月5日
第2回 2010年2月8日 第4回 2010年4月26日
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