【論文】

第33回愛知自治研集会
第1分科会 自治体の「かたち」を変える

 分権社会実現に向けた取り組みは15年が経過した。歴代政権による分権推進のかけ声の下、一定の前進はあるが、停滞感は強く、めざす分権社会の姿は依然見えない。この要因は、この間の相次ぐ政治の変動に伴う分権政策の変容である。この政治変動が、今後一層激しくなると想定される情勢下、これまでの分権社会のかたちを示さず進める戦略は限界である。新たな分権戦略を地方から追求する切り口として都道府県の役割研究を提言する。



新たな分権戦略構築に向けた都道府県の役割研究


静岡県本部/静岡県職労連合・静岡県職員組合・行財政研究フォーラム

1. はじめに 新たな分権戦略の意義

 ここ1~2年の目まぐるしい政権交代や内閣改造という政治情勢の変化は、自治・分権を推進する取り組みにも大きな影響を与えている。例えば、1年半前までは、麻生内閣のもと、第2期分権改革推進委員会の答申内容及びその実行性の可否が議論の焦点であった。しかし、昨年9月の鳩山内閣誕生以降は、その答申に関わる議論は踏襲されたもののその比重は大きく低下し、新たに「地域主権」工程表にもとづく基礎自治体重視の取り組みがスタートした。ところが、これもつかの間、今年7月の参議院選挙で与党・民主党が敗北し、衆参ねじれ国会になったことから、「地域主権3法案」の成り行きも含め、自治・分権の先行きは一気に不透明感が増強されている。
 そうではあっても、ほぼすべての党派・政治勢力が分権改革を掲げていることや、住民とともに分権の主役である地方団体が、ここ数年来、全国知事会を中心に従前とは比べ物にならない分権推進への組織的対応をしている状況から、分権自体は一定の進展が図られると想定されるが、政治流動化が分権方向や内容に大きな影響を与えることも間違いない。従って、今後、分権が後戻りすることなく、且つ、誤った方向に進むことがないように、情勢把握を強め、自治体現場から適切果敢な意見反映を図る必要性は未だかつてなく高まってくると状況認識される。
 そして、同時に、これまでの「国方針待ち」の傾向が強い分権政策からの脱却に向けた新たな分権戦略が求められると認識される。本稿は、この新たな分権戦略として、これまで不足していた「めざすべき分権社会のあり方」や「分権社会を担う自治体の役割」を明確にした取り組みの重要性を具体的に提言することを目的としている。

2. 都道府県の役割明確化の目的

 それでは、めざす分権社会の姿をどのようにかたちづくるのが有効だろうか。本稿は、その方法として、広域自治体である都道府県の分権社会における役割や任務の骨格を先行して示すことが重要であることを提言している。端的にいえば、基礎自治体先行重視の強調及び都道府県統合・再編成を前提とした「道州制論」先行に対する反論であり、都道府県解消は当然と言わんばかりの現状の分権議論への批判である。具体的には、現状の議論が分権前進に逆効果であることを立証し、その後、対案を示すことにより分権社会早期実現への分権戦略転換をめざしている。以下、その目的を2点に集約し提起する。

(1) 都道府県先行議論の意義
  第1の目的は、分権社会における国のかたちを国自ら示さざるを得ない状況を地方からつくりだすこと、新政権の基礎自治体重視方針による分権社会実現引き延ばしに対する歯止めをかけること、の2点である。
 まず、分権完成にとって不可欠要素の1つに、国が自らの分権社会のかたちを示すことが挙げられている。分権社会とは中央集権の破棄であり、そのためには中央政府自らが極限まで圧縮した自らの権限エリアを示す決意が必要だからである。歴代内閣は今日に至るもこれを示していないし、先行して示す気配もない。歴代内閣の分権姿勢は政権をとれば大同小異となることは現実から認めざるを得ない。しかし、これを単に批判するだけでなく、中央政府が分権社会の国のかたちを示さざるを得ない状況を地方からつくることが必要である。その方策の1つが自治体の役割を先に形づくることであり、とりわけ、国行政の大半を占める広域行政を第1義的に引き継ぐ立場にある広域自治体たる都道府県の役割を構築していくことが最も効果的と考える。
 次に、分権社会の基軸が基礎自治体であることは間違いではないが、基礎自治体たる市町村の役割は、都道府県と国のかたちが決まれば必然的に集約されると捉えるべきである。基礎自治体の役割明確化先行は、言うは易しいが行うは難しいのである。新政権の「地域主権」論では、基礎自治体が原則的に行政を担い、それが困難な場合に広域自治体や国が補足するという「補足性の原理」が意図的に強調されている。地域主権論は基礎自治体への権限・財源移譲を蓄積していけば、自然に地域主権の姿が見えてくると思っているようである。全く逆だと考える。真に基礎自治体を基軸と考えるなら、基礎自治体で運営管理が困難視される行政サービスをリストアップすべきであり、それが、国と広域自治体のかたち先行の趣旨である。90年代に機関委任事務を廃止し自治事務と法定受託事務に区分する際、後者をメルクマールで限定し、それ以外をすべて前者とした分権的手法を思い返すべきである。

(2) 道州制論への分権的反論
 第2の目的は、道州制への具体的反論である。道州制をめぐる議論は、昨年の政権交代以降やや沈静化している。与党・民主党が、地域主権戦略として基礎自治体重視を鮮明にし、「広域自治体は、当分の間、現行の都道府県の枠組みを基本とし、道州制は将来的な検討課題」として当面の検討課題から除外する方針を示したからである。
 この情勢変化もあり、昨年10月に日本経団連が「改めて道州制の早期実現を求める」との声明を出し、12月に経済3団体が「地域主権と道州制を推進する国民会議」大会宣言を出した以外、道州制への大きな動きは止まった感を受ける。加えて、今年2月には、自公政権下でつくられた「道州制ビジョン懇談会」も廃止されている。
 しかし、政府・総務省の道州制追求は、政権交代以降も消えたわけではない。昨年12月に「道州制タスクフォース」が設置され、総務大臣も道州制推進基本法に言及しているからである。そして、着目すべきは、7月参院選の結果、道州制積極推進の政党が議席を伸ばしたことである。これにより、再び政権交代以前のような道州制議論が復活すると予測される。経済団体が、ねじれ国会を利用してこの議論へ政治を一気に巻き込むことが懸念されるからである。この経緯が示すように、道州制に終始最も熱心なのは経済界である。ここに、現在の道州制議論の本質と問題点をみることができる。道州制議論が全体化したのは「民活オンリー」の小泉構造改革以降であり、この構造改革の地方版仕上げの任を負わされた第28次地方制度調査会答申が契機である。この答申を読み返すと、道州制導入の意義として「行政機構と行政投資の効率化」のみが強調され、道州制の根拠・目的は明確でなく、分権議論の一環とは思えない内容である。自治体の規模は地方自らが住民の意向をもとに決めるものであるという真の分権論に立脚して道州制に立ち向かうことが、地方団体とりわけ全国知事会に求められる。現在、地方6団体も全国知事会も道州制対策の意見一致はできていない。「国が分権社会の自らのかたちを示していない状況下、地方が先行して道州制を検討する必要はない」という注目すべき意見も強いからである。しかし、全国知事会が、分権社会の構想やそこでの都道府県の役割を検討せず、「国出先機関廃止」を求め続けるだけでは、中央省庁の壁を破ることや国民的理解を得るには限界がある。「道州制とは広域自治体の規模を問う問題でもある以上、何が適切な規模であるかは、広域自治体がなすべき役割の明確化なくして検討不可能」との合意形成を期待したい。

3. 都道府県の役割構築への研究課題

 そこで、都道府県の役割研究に入るが、今回の提案は今日までの研究の中間的到達点である。つまり、提案の一部であり、今後さらなる補強が必要である。本稿では、「雇用労働と産業政策」「医療保険の保険者機能」「地方税の賦課徴収管理」の3提案を行ったが、これらの課題もさらなる検証が必要であり、また、この3提案以外に都道府県が将来担うべき課題は数多くあると考えられる。本研究において、なすべき役割を網羅するのは困難かもしれないが、この探究なくして分権社会は実現しないとの立場で研究・討議を強め1年以内の完成を予定している。

(1) 雇用労働と地域産業政策
 分権社会が最も必要とされる理由の1つに、内政の軸足を国・中央主導型から地方主導に移すことが挙げられる。これは、15年前から始まる分権づくりの根幹である。そして、内政の最大課題はいつの時代を問わず国民生活の保障である。そうだとすれば、分権社会における都道府県など広域自治体の任務は県民生活の保障である。経済はグローバル化による流動化を強め、様々な生活不安・生活困難や格差を各地域や各階層にもたらしており、各地域に多様に生じる格差などの生活困難への対策を講ずる任務は対象範囲・規模から都道府県が担うのが適切かつ効果的である。現在、生活保障とは雇用と社会保障の機能的結合だとする考え方が広がりつつあり、この機能を具体的に組立て・実施できるのは国・市町村でなく都道府県だと考える。雇用労働の都道府県管理はこの機能に加え、雇用と地域産業政策を結合できる効果も期待される。
 幸い、雇用労働に関わる事務権限の都道府県一元化の重要性について国・全国知事会の共通認識は高まり、職業安定・職業訓練などの労働行政の地方移管の流れは順調に進んでいるようである。これが実現すれば、単なる2重行政の解消だけでなく、県民生活政策への効果は大きい。例えば、現在でも都道府県が行っている中小企業の育成・助成や農業や環境の産業政策と雇用との有機的結合が可能になることである。ここで有機的という意義は、就労促進と地域産業政策が連結され、都道府県の産業政策は県民の就労保障への責任を果たす政策としての役割を持つことを意味している。これにより、都道府県の雇用政策と地域産業政策いずれもが、直接的に県民生活に反映する極めて緊張感の高い任務となることが想定される。そして、これまでの企業誘致だけでなく、地場産業の育成や第6次産業(第1次~第3次産業の連携・ミックス)の推進など幅広い多様な政策展開が期待されるのである。

(2) 医療・介護保険の保険者機能
 そして、次の課題は社会保障との結合である。県民生活の保障には、雇用だけでなく、社会保障の整備が必要とされる状況認識が広がっている。つまり、雇用が失われた時に、再び雇用に戻す社会保障機能が重要視されているのである。この雇用と社会保障連結による県民生活保障の機能を最も有効に担いうるのは都道府県と考えられる。
 本稿では、都道府県と社会保障の関わりが国や市町村に比べ薄いことが、社会保障の制度改善を遅らせ、地方分権を停滞させ、都道府県の存在感を薄める要因と捉えている。その根拠は、社会保障制度改善への関心が常に国民意識の1位~3位に位置する事実である。つまり、分権であれ、都道府県であれ、時代を問わず住民の最大関心事である社会保障との関わりを重視することが、国民の支持と期待を得ることができる前提条件なのである。
 そこで各論に入るが、今回提案している都道府県が担うべき社会保険は、現物給付サービスを伴う社会保険であり、医療保険と介護保険である。今回は医療保険に絞って提言するが、それは、医療保険の都道府県管理の方向への意見は、社会保障関係の学者や被保険者団体等においては共通認識になりつつある直面する課題だからである。この共通認識の根拠は、給付と負担の明確化、医療供給体制整備、保険料負担の平準化などにとって効果的だからである。ところが、全国知事会は、現状、この問題には消極的な姿勢をとりコメントを示していない。この問題に限らず都道府県の役割を含め将来ビジョンの議論を避けているのかもしれない。理由はともあれ、今回、社会保険の都道府県管理を提案した理由は、制度的に有効と判断しただけでなく、分権社会の根幹的課題だからである。
 具体的には、現在、国民健康保険は市町村が保険者であるが、実質的制度設計権限はもっていない。国が掌握しているからである。とくに、給付制度は100%国が決める。市町村は財源となる保険料の賦課徴収と財政調整が主たる任務である。協会健保も組合健保も大同小異である。もし国保の保険者が、医療計画や健康増進計画の決定権を有する都道府県に移行すれば、給付内容や制度設計の決定権限も都道府県に移る展望が生じ、分権的医療保険構造へ大きく前進するからである。その前に、高齢医療制度の保険者機能は都道府県が受けてたつべきである。現在は都道府県単位の広域連合が保険者であるが、都道府県自らの行政区域を範囲とする行政運営に都道府県が参加しないことは、都道府県不要論を自ら認めることになるからである。高齢者医療の新制度設計は国も都道府県管理の方向を示しており都道府県は回避すべきでない。大きなステップへの布石となるからである。今回、協会健保や組合健保は言及できなかったが、医療保険一元化への将来構想で都道府県が基軸となることは決定的に重要である。

(3) 地方税賦課徴収の一元管理
 3つ目の都道府県の役割は、地方税賦課徴収に関わる事務一元化である。地方分権には地方財政の主体性確立が不可欠であることは言うまでもなく、15年前から始まる地方分権の取り組みのなかで、地方は一貫して国補助金や国直轄事業負担金の廃止や地方交付税の改善、そして自主財源の拡大を強く要求してきた。これは、現在の中央主権システムが、国と地方の事務分担と財政構造のアンバランスに伴う国から地方への財政移動により強化されてきた実態を打破することをめざしたものである。現状は、国の地方関与や国の事務権限の縮減も不十分にとどまっているが、財政の分権はそれ以上に遅れている。また、政府は一括交付金化を提案しているが、地方団体が、これは過渡的なものであり、根本的には税財源の移譲を求めていることは当然である。そして、当面、現行1%の消費税地方分の大幅な引き上げを求めている。まさに、分権社会の実現にとって、税財政の分権的抜本改革がなにより重要であるが、同時に、拡大する地方税の賦課徴収システム分権化を重視することも必要である。現在の国税中心の賦課及び徴収体制をそのままにして、財政の分権化も分権社会の実現は極めて困難である。「税はもらうが賦課徴収は国に任せる」という発想自体、最早、分権的思考とは言えないからである。例えていえば、消費税の地方分拡大と消費税地方徴収はセットで国に要求すべきである。現状、国税と地方税の賦課徴収とりわけ徴収力の差異が財政の分権化を阻んでいる要因ともいえる。この状況を打破するためには、国出先機関の廃止対象に税務署を加えて地方移管を求めることも必要であるが、それ以上に、地方自体の徴収力強化を図ることが重要である。国と地方の徴収力の差異は、国税の集中的一元管理と地方の自治体別分散管理の違いにあることは否定できない。
 これを打開するためには、都道府県と市町村が地方税賦課徴収の統一管理についての検討を進めることが必要である。都道府県、市町村の対象税目が変わる可能性もあるが、税制をどう変えるべきかを含めて統一的対応が求められるのである。現在、数県において都道府県・市町村参加の広域連合による徴収機構が設置されているが、注目すべき取り組みである。また、②で提案した社会保険(労働保険・医療保険・介護保険)の分権が進展すれば保険料徴収での都道府県と市町村の連携は不可避となる。これを見越せば賦課徴収の地方統一管理の意義・効果は飛躍的に高まると想定される。これを取りまとめて、実現させる役割を担うのは都道府県である。