1. はじめに
北上市職員労働組合は、1957年に開催した第1回自治研集会を出発点として、自治研活動の組織化を図り(自治研推進委員会の設置)、自由な活動のテーマを保証して、毎年自治研集会を開催してきた。自治研活動は北上市職員労働組合の伝統であり、財産となっている。
昨年度の自治研集会は、多くの市民参加の下、2010年2月21日に千葉県野田市の根本崇市長を招いて、「公契約条例制定の意義について」という題目での講演会を開催した。千葉県野田市は、2009年9月に全国に先駆けて公契約条例を制定した自治体として、話題を集めている。私たちがこの動きに着目したのは、安上がりを目的に外部化(アウトソーシング)が進められる公共サービスのあり方に疑問を感じたからである。本レポートでは、私たちが千葉県野田市の公契約条例に着目したきっかけとなった研究活動を紹介し、自治研活動の今日的意義を考えてみたい。
2. 公共サービスの再編をめぐる動向と問題
戦後日本の高度経済成長を支えた福祉国家型の行政システムは、低成長時代に入ると財政難に悩まされ、行き詰まりを見せている。同時に、昨今の公共サービスに対する需要は多様化、高度化し、公共サービスを行政のみで提供することは不可能な事態に直面している。こうした背景を受けて、地域の自治組織や市民活動団体、企業等の多様な主体が公共サービスの担い手として行政の期待を集めており、参加や協働のあり方を模索しながら「新しい公共」が創出されつつある。
かつての行政によって独占的に担われていた公共サービスは、市民・住民の生活感覚とのズレを生んだという問題点があったものの、安定的に提供されていた。ところが、この行政によって独占的に担われていた公共サービスが、担う主体の多元化に伴い外部化が始まり、市民・住民の生活感覚に合うサービスが提供され始めた一方で、安定性をめぐる問題も出てきた。この問題を露呈したのが、埼玉県ふじみ野市のプール事故である。
2006年7月31日に埼玉県ふじみ野市の市営プールで、小学2年生の女児がふたのはずれた流水プールの給水口に吸い込まれて死亡した。原因として考えられるのが、第1に、安全管理主体が不明確なまま委託しており、安全管理の責任の押し付け合いがなされたこと。第2に、行政側は経費節減のために人件費を落として民間業者に委託し、その業者がさらに別の業者に再委託したために、孫受け業者はさらに安い賃金労働者しか確保できない状況にあった。そのため、高校生アルバイトのような労働者しか確保できず、ライフガードとしての能力を備えた人材を確保することができなかったことが挙げられる。
このような公共サービスの質をめぐる問題を受けて、2009年5月に公共サービス基本法が制定された。この法律は公共サービスに関わる国民の権利を規定し、この権利を保障する責務を国や地方公共団体に課している点は大きな一歩であるが、理念先行の規定に留まり、国民の需要に的確に対応した安全且つ良質な公共サービスの具体的な保証が明記されたわけではない。
3. 自治研推進委員会での学習と第55回自治研集会の開催
(1) 公共サービスを委託したときのメリット・デメリットを考える
(資料1) 自治研推進委員会での検討用ロードマップ |
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(資料2) 自治研推進委員会のワークショップ作業の様子① |
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(資料3) 自治研推進委員会のワークショップ作業の様子② |
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以上のような公共サービスの再編をめぐる動向と問題を受けて、自治研推進委員会では公共サービス基本法の理念を具現化する制度を確立し、公共サービスの質を保証していくために何をすればよいのかを学習課題として設定した。活動テーマは『公共サービスってなんだろう? ~公共の担い手とアウトソーシング実施における行政の責務を考える~』である。多様な担い手によるこれからの公共サービスのあり方について問題提起し、課題の改善策を検討した。
自治研推進委員会で行った2回のワークショップ作業では、(資料1)に記したロードマップにより議論の方向性を確認し、公共サービスを委託した場合のメリットとデメリットについて考え、メリットを活かしつつ課題の改善を図るにはどうしたらよいかを議論し、その改善策を検討した。(資料2)と(資料3)はそのときの様子である。(資料4)は、ワークショップ作業で議論した課題の改善策を、自治研推進委員会の成果としてまとめたものである。
(2) 千葉県野田市の「公契約条例」への着目
調査の過程で、私たちは先進事例のひとつとして千葉県野田市で「公契約条例」が制定されたことをまなんだ。最近の低入札価格の問題によって、下請の事業者や業務に従事する労働者にしわ寄せが行き、労働者の賃金の低下を招き、結果的として公共サービスの質の低下(=住民サービスの低下)を惹き起こしている。全国から注目されているこの事例は、このような負のスパイラルを断ち切り、「官製ワーキングプア」をつくらないために、条例で最低限度の歯止めをかけようという試みである。
(3) 第55回自治研集会の開催
私たちはこれらの研究結果を成果品としてまとめ、2010年2月21日開催の第55回自治研集会で発表した。基調講演では、野田市の根本崇市長を講師としてお招きし、公契約条例の制定に至った経緯やその意義などについて、次のようにお話しいただいた。
「官製ワーキングプアをなくすため、国に法整備の必要性を訴えたが動かないので、グレーゾーンを承知で独自に公契約条例を制定した。それぞれの地方自治体で条例をつくり、その包囲網で国が動かざるを得ないかたちに持っていきたい。野田市の条例のポイントは、狙いを賃金の確保に絞り、公共工事と業務委託の両方を規定した点。まだまだ改善すべき点はあるので、これからも問題点は改善していく。注目された割には、後に続く動きが広がらない。ぜひともそれぞれの自治体にマッチしたものを検討してもらいたい。」
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