【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第2分科会 「新しい公共」を再構築する

 2009年度の北上市職員労働組合の自治研活動は、これからの「公共サービスのあり方」について、ワークショップ形式で研究を行った。この研究活動の中で、千葉県野田市が全国に先駆けて公契約条例を制定したことをまなび、その成果を全体化する自治研集会では、根本崇野田市長を講師に招き、講演会を開催した。本レポートは、当単組の自治研活動を紹介し、自治研のもつ今日的な意義について考えてみたい。



公共サービスのあり方を考える自治研活動
―― 千葉県野田市・根本崇市長に学ぶ ――

岩手県本部/北上市職員労働組合・自治研推進部 斉藤 雅洋・荒井 義雄

1. はじめに

 北上市職員労働組合は、1957年に開催した第1回自治研集会を出発点として、自治研活動の組織化を図り(自治研推進委員会の設置)、自由な活動のテーマを保証して、毎年自治研集会を開催してきた。自治研活動は北上市職員労働組合の伝統であり、財産となっている。
 昨年度の自治研集会は、多くの市民参加の下、2010年2月21日に千葉県野田市の根本崇市長を招いて、「公契約条例制定の意義について」という題目での講演会を開催した。千葉県野田市は、2009年9月に全国に先駆けて公契約条例を制定した自治体として、話題を集めている。私たちがこの動きに着目したのは、安上がりを目的に外部化(アウトソーシング)が進められる公共サービスのあり方に疑問を感じたからである。本レポートでは、私たちが千葉県野田市の公契約条例に着目したきっかけとなった研究活動を紹介し、自治研活動の今日的意義を考えてみたい。

2. 公共サービスの再編をめぐる動向と問題

 戦後日本の高度経済成長を支えた福祉国家型の行政システムは、低成長時代に入ると財政難に悩まされ、行き詰まりを見せている。同時に、昨今の公共サービスに対する需要は多様化、高度化し、公共サービスを行政のみで提供することは不可能な事態に直面している。こうした背景を受けて、地域の自治組織や市民活動団体、企業等の多様な主体が公共サービスの担い手として行政の期待を集めており、参加や協働のあり方を模索しながら「新しい公共」が創出されつつある。
 かつての行政によって独占的に担われていた公共サービスは、市民・住民の生活感覚とのズレを生んだという問題点があったものの、安定的に提供されていた。ところが、この行政によって独占的に担われていた公共サービスが、担う主体の多元化に伴い外部化が始まり、市民・住民の生活感覚に合うサービスが提供され始めた一方で、安定性をめぐる問題も出てきた。この問題を露呈したのが、埼玉県ふじみ野市のプール事故である。
 2006年7月31日に埼玉県ふじみ野市の市営プールで、小学2年生の女児がふたのはずれた流水プールの給水口に吸い込まれて死亡した。原因として考えられるのが、第1に、安全管理主体が不明確なまま委託しており、安全管理の責任の押し付け合いがなされたこと。第2に、行政側は経費節減のために人件費を落として民間業者に委託し、その業者がさらに別の業者に再委託したために、孫受け業者はさらに安い賃金労働者しか確保できない状況にあった。そのため、高校生アルバイトのような労働者しか確保できず、ライフガードとしての能力を備えた人材を確保することができなかったことが挙げられる。
 このような公共サービスの質をめぐる問題を受けて、2009年5月に公共サービス基本法が制定された。この法律は公共サービスに関わる国民の権利を規定し、この権利を保障する責務を国や地方公共団体に課している点は大きな一歩であるが、理念先行の規定に留まり、国民の需要に的確に対応した安全且つ良質な公共サービスの具体的な保証が明記されたわけではない。

3. 自治研推進委員会での学習と第55回自治研集会の開催

(1) 公共サービスを委託したときのメリット・デメリットを考える
(資料1) 自治研推進委員会での検討用ロードマップ
(資料2) 自治研推進委員会のワークショップ作業の様子①
(資料3) 自治研推進委員会のワークショップ作業の様子②
  以上のような公共サービスの再編をめぐる動向と問題を受けて、自治研推進委員会では公共サービス基本法の理念を具現化する制度を確立し、公共サービスの質を保証していくために何をすればよいのかを学習課題として設定した。活動テーマは『公共サービスってなんだろう? ~公共の担い手とアウトソーシング実施における行政の責務を考える~』である。多様な担い手によるこれからの公共サービスのあり方について問題提起し、課題の改善策を検討した。
 自治研推進委員会で行った2回のワークショップ作業では、(資料1)に記したロードマップにより議論の方向性を確認し、公共サービスを委託した場合のメリットとデメリットについて考え、メリットを活かしつつ課題の改善を図るにはどうしたらよいかを議論し、その改善策を検討した。(資料2)と(資料3)はそのときの様子である。(資料4)は、ワークショップ作業で議論した課題の改善策を、自治研推進委員会の成果としてまとめたものである。

(2) 千葉県野田市の「公契約条例」への着目
 調査の過程で、私たちは先進事例のひとつとして千葉県野田市で「公契約条例」が制定されたことをまなんだ。最近の低入札価格の問題によって、下請の事業者や業務に従事する労働者にしわ寄せが行き、労働者の賃金の低下を招き、結果的として公共サービスの質の低下(=住民サービスの低下)を惹き起こしている。全国から注目されているこの事例は、このような負のスパイラルを断ち切り、「官製ワーキングプア」をつくらないために、条例で最低限度の歯止めをかけようという試みである。

(3) 第55回自治研集会の開催
 私たちはこれらの研究結果を成果品としてまとめ、2010年2月21日開催の第55回自治研集会で発表した。基調講演では、野田市の根本崇市長を講師としてお招きし、公契約条例の制定に至った経緯やその意義などについて、次のようにお話しいただいた。
 「官製ワーキングプアをなくすため、国に法整備の必要性を訴えたが動かないので、グレーゾーンを承知で独自に公契約条例を制定した。それぞれの地方自治体で条例をつくり、その包囲網で国が動かざるを得ないかたちに持っていきたい。野田市の条例のポイントは、狙いを賃金の確保に絞り、公共工事と業務委託の両方を規定した点。まだまだ改善すべき点はあるので、これからも問題点は改善していく。注目された割には、後に続く動きが広がらない。ぜひともそれぞれの自治体にマッチしたものを検討してもらいたい。」


(資料4) 自治研推進委員会のワークショップ作業で議論した課題の改善策のまとめ
公共サービスを委託する場合の課題と改善策の提案 (自治研推進委員会としてのまとめ)
委託の
悪い点
全国の具体的な事例
原因(なぜそうなる?)
課題解決策(先進事例)
解決策を選んだ理由
①委託先における労働条件の悪化 ①東京都国分寺市
 ⇒もっとも安い金額で請け負ったごみ収集事業者が突然の業務撤退
②大阪市
  ⇒清掃事業を最低賃金価格で入札したが落札できず、従業員を解雇
③滋賀県大津市
  ⇒水道やガスの検針員が個人事業主となり、ガソリン代や保険料などの諸経費が自己負担に
①②③行政のコスト重視による競争入札
   ⇒安ければいいという意識
   ⇒コスト削減の目的のみで委託を決定①②③行政が労働者の賃金水準や生活保障など、適正な労働条件を業務内容に示していない
①②③労働者の賃金水準を保障するため、行政が労働者に対して「生活できる賃金」を支払う
  ⇒アメリカ「リビングウエイジ」条例
①②③行政が労働者の賃金や生活水準を保証することを条例で定める ⇒野田市「公契約条例」①②③価格の要素以外でも業者を評価し入札できる制度を作る
①②③生活できる賃金を確保することが大切だから
①②③民間委託することによって、労働者の賃金が減ることがないようにしなければならないから①②③条例や規則を定めないと、入札価格は下がる一方だから
①②③価格競争の結果のみではコスト削減のしわ寄せが労働者へ行ってしまうから
②責任所在があいまいになる ①プール事故(埼玉県ふじみ野市)
この事例から読み取れる公共サービスの「責任」は「安全(リスク)管理」とした。
②保育園の民営化(横浜市)
この事例から読み取れる公共サービスの「責任」は保護者のニーズを満たすものではなく、「子どものための保育」とした。
①② 発注者の業務の丸投げ(この具体例として次の2つがある)
①② 発注者の監督責任の放棄
① 受託者の履行責任の放棄
①② 上記2つの原因として役割分担が不明確なために責任規定が曖昧なこと
① 孫請け(再委託)
①② 指定管理モニタリング(ふりかえり、相互評価)
② 民営化の意思決定過程の可視化と市民参加
①指定管理モニタリングは「公共サービスの質」を保障するために、発注者の監督責任と受託者の履行責任を果たすしくみとなり、サービスの受益者の満足度を保つことができると考えたから。
②民営化等の公共サービスの再編によって最もその影響を受けるのが、サービスの受益者である。保育園の場合は、保護者であり、何より園児たちである。
③利益優先でサービスがニーズと不一致・更に質も低下 ①横浜市保育所民営化取消訴訟
…保護者と園児が市を提訴
→民営化取消請求は棄却。保育所廃止は違法。慰謝料を認めた。
①市民ニーズを捉えないまま委託する業務を行政が一方的に決めているから。
①委託の目的は本来サービス向上のはずなのに、現状ではコスト削減が優先されているから。
①委託する前に市民の意見をきく機会を設ける。
①委託業務を民間から提案してもらう。
①第三者機関による定期的なチェックを行う。
①サービス提供について委託受託双方が振り返り、互いに評価し合う。(モニタリング)
①市民ニーズを捉える機会を設けることで、市民が欲する委託設計ができるのではないか。
①、②お互い評価することで、良いこと悪いことに気づき改善につながるから。


4. 自治研活動の意義

 自治研活動は、その時々の社会経済問題を敏感に察知し、その問題解決を自治体職員、地域住民という2つの顔をもつ私たちの課題として受けとめるために活動に取り組むことに、その意義があると思われる。
 公共サービスを地域の自治組織や市民活動団体が担うということは、私たち自身がこれまで自治体職員として担っていた公共サービスを、公務労働以外の条件下で行う可能性があることを意味している。すなわち、市民が主体的に地域づくりを進めようとしている動きに、私たちは2つの顔をもってその現場に飛び込まなければならなくなる。そうしたときに、私たちは「二枚舌」を使って器用にその場を凌ぐのではなく、2つの顔をもつからこそできることを追求していくべきであろう。
 それでは、私たちにできることは何か。それは地域づくりを市民とともに考え、ともに歩むことではなかろうか。自治研活動は、自治体職員、地域住民という2つの顔をもつ私たちが、めざすべき自治体の姿、地域づくりの方向性、サービスのあり方など、研究を積み重ねると同時に、市民とともに議論し、考えていく活動であると考えている。

 

(資料5) 自治研ニュース(第4号表・裏・第6号表・裏の4枚の縮小版)