1. はじめに
葛飾区障害者センターは、その構想段階から葛飾区職員労働組合(以下、区職労という)が区当局との交渉を行い、区直営の施設として2005年4月に開所した。就学前の障害児療育施設、生活介護事業所、地域活動支援センターなどの複合的障害者福祉施設である。葛飾区地域活動支援センター(以下、地活センターという)では2005年度より高次脳機能障害者デイサービスと地域生活支援に取り組んできた。2009年度からは、高次脳機能障害者の日中活動の場の拡大を目指して、家族会、ボランティア、職員の三者による協働の取り組みとして土曜日デイサービスを実施している。本稿では、5年間の活動を振り返り、葛飾区における高次脳障害者支援の問題点と課題を明らかにし、①高次脳機能障害者デイサービスの今後の課題、②家族会、ボランティアとの協働事業の課題、③区職労福祉施設分会(注1)の課題などについてそのアウトラインを提示したい。
2. 高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは、交通事故や頭部のけが、脳卒中などで脳が部分的に損傷を受けたため、言語や記憶などの機能に障害が起きた状態のことである。注意力や集中力の低下、比較的古い記憶は保たれているのに新しいことは覚えられない、感情や行動の抑制がきかなくなるなどの精神・心理的症状が現れ、周囲の状況にあった適切な行動が選べなくなり、生活に支障をきたすようになる。また、外見上では分かりにくいため、周囲の理解が得られにくい。原因疾患は、脳血管障害、脳外傷、脳炎・低酸素脳症などである。主な症状は、失行症(一連の動作手順が分らない)、記憶障害(新しいことが覚えられない)、失語症(言葉が話せない)、注意障害(気が散りやすい、集中できない)、社会的行動障害(怒りやすい、幼稚、引きこもり)、遂行機能障害(手際よく作業ができない)、地誌的障害(道がわからない)、半側空間無視(片側の空間を認識できない)などである。高次脳機能障害には、医学的定義の他に、厚生労働省によって行政的な定義が行われている。厚生労働省は、高次脳機能障害者への支援を促進するために「高次脳機能障害診断基準(注2)」を設定し、同基準に当てはまるものを高次脳機能障害者と規定している。
高次脳機能障害があることで、記憶障害などにより就労や就学が困難になる、感情のコントロールができないことによる家族関係の崩壊などの生活上の困難や問題が発生する。2008年に東京都が行った高次脳機能障害者実態調査(注3)によれば、都内の高次脳機能障害者数は49,000人(60歳以上の者が67.2%)と推計されている。葛飾区の高次脳機能障害者数の推計は1,400人である。
3. 地域活動支援センターにおける高次脳機能障害者支援の取り組み
(1) 地域福祉・障害者センターの開所
1990年代後半から、措置から利用制度への転換、利用者の権利性・主体性の確立、応益負担、民間事業者参入などを骨子とする「社会福祉基礎構造改革」が進展し、2000年4月に介護保険制度、2003年4月に障害者福祉分野に支援費制度が導入され、2008年に障害者自立支援法が本格施行された。「社会福祉基礎構造改革」がもたらしたものは、利用者の権利性の確立ではなく、福祉分野の市場化であった。区職労福祉施設分会では、人権や「地域自立生活支援」を基本にした福祉制度への改革をめざしていた。しかし、「社会福祉基礎構造改革」の本質が福祉分野の市場化にあることを見抜くことができず、現場での改革の取り組みは、「上からの改革」に飲み込まれる形となった。葛飾区には直営の3つの障害者福祉施設があったが、2000年以降の「社会福祉基礎構造改革」の進展の中で、民間委託が提案され、すべて社会福祉法人への委託となった。地域福祉・障害者福祉センターの開設にあたっては、区職労は当初より直営での運営を要求し、交渉の結果、調理部門(厨房)を除いて、2005年4月直営での開所が実現した。
(2) 高次脳機能障害デイサービス
2005年4月障害者デイサービスセンターに、身体障害者手帳を持たない複数の高次脳機能障害者が利用を希望していた。身体障害者手帳を持たないと支援費制度を利用できないため、支援費制度とは別枠の日中活動の場を週1回設けることになった。これが高次脳機能障害者デイサービスの始まりである。2007年4月、障害者自立支援法が本格施行されることに伴い、障害者デイサービスセンターが廃止され、地活センターに改変された。高次脳機能障害者デイサービスは週2回実施となり、2008年度からは週5日の実施となった。2008年度より、高次脳機能障害者の社会参加をサポートするボランティアを養成することを目的に、「高次脳機能障害者ボランティア養成講座」を開催した。しかし、参加者は家族・当事者がほとんどを占めた。これは、医療や生活支援に関する情報を知りたいという家族、当事者の切実な思いを反映したものであった。2009年度の「養成講座」から7人のボランティアが生まれた。
(3) 成 果
① 利用者の変化 「病識」をもつことができるようになった利用者が増えるなど少しずつ変化が見られる。
② 連携に関して 葛飾区内の高次脳機能障害者支援に関わる機関、団体で高次脳機能障害者支援連絡会を2008年度より組織化し、年2回連絡会議を開催している。
③ ボランティアの養成 2009年度の養成講座からボランティアが誕生し、2010年1月より土曜日のデイサービスを協働で実施している(月1回)。
④ 復職・就労支援 2008年度に2人、2009年度に1人が、発症前に勤務していた職場に復帰することができた。2008年度の2人のうち1人は解雇(解雇撤回を求めて係争し、和解が成立、退社)、1人は再度休職となった。
4. 家族会、ボランティア、職員の協働の取り組み
(1) 協働による土曜デイサービス
2010年1月より、家族会、ボランティア、職員の三者の協働による、土曜デイサービスを月1回、土曜日に行っている。この協働事業には3つの意義がある。第1に、高次脳機能障害者の日中活動の場の拡大である。とくに重度の高次脳機能障害者の日中活動の場はほとんどないのが現状である。第2には、高次脳機能障害者支援事業の事業主体となっていただくことである。高次脳機能障害者の社会参加の場は待っていても実現することはない。それならば家族会が主体となって建設し、それを行政と市民が支援することである。第3は家族会と行政が協力することである。家族会は、高次脳機能障害への行政の取り組みが遅れたこともあり、要求をする団体であった。家族会は要求を出し、行政はそれを拒否するという対立関係であったが、その繰り返しでは何も変わらない。対立から協力へ転換することがお互いに必要である。
(2) 土曜デイサービスの経過
① 土曜デイサービスのスタート
2009年度のボランティア養成講座の修了生の中から、7人の方が、協働のデイサービスへの参加を希望していただいた。土曜デイサービスの利用の要件として、職員側は、比較的自立度の高い方を、対象者にしたいと考えた。しかし、希望する人は誰でも受け入れたいという家族会の意見に従い、自立度による制約はせず、家族会と従来の地活センター利用者に対し、利用の募集を行った。重度の方の参加も考え、参加者は家族付き添いの形とした。家族・当事者16人(8家族)、ボランティア7人、職員4人というメンバーで、2010年1月から協働型土曜デイサービスがスタートした。
② 7回の活動内容
協働型土曜デイサービスの実績は表1の通り。
③ 問題点
以下のような解決すべき課題がある。
ア 利用者の拡大をするためにはどのような方法があるのか。
イ 家族付き添いの活動形態のままでよいのか。
ウ デイサービス実施時の事故への対応方法はどのようにしたらよいのか。
エ 家族会が運営の主体になるためにはどのようにしたらよいのか。
オ ボランティアの養成、ボランティア登録者数の拡大をどのようにはかっていくのか。
5. 高次脳機能障害者支援における問題点と課題
(1) 問題点
① 「谷間」の障害であること
高次脳機能障害があっても、身体に麻痺などがない場合は身体障害者手帳が取得できない(失語症は身体障害者手帳の対象になる)。高次脳機能障害の診断があれば、精神保健福祉手帳が取得できる場合がある。わが国の障害者福祉制度は「手帳」が基本になっているため、「手帳」が取得できない場合、障害者福祉サービスは限定される。高次脳機能障害者はこれまで「手帳」が取得できないため、障害者福祉サービスから除外されてきた。高次脳機能障害者はサービスを受けるための障害の「認定」のところで制約を受けているのである。
② 日常生活を支援する社会資源が不足している
高次脳機能障害者が利用できる障害者福祉サービスなどは極めて限定されている。社会資源が未整備なためである。高次脳機能障害者のためのデイサービスなどの日中活動の場が少ない。医療的リハビリを利用できる機関が少ない(また180日間の制約もある)。医療機関退院後の在宅のリハビリの受け皿がない。地域において継続して利用できるリハビリサービスがない。高次脳機能障害者のための作業所や職場復帰支援・就労支援の場の整備も進んでいない。地域生活を継続していくためのグループホームも未整備である。
③ 社会的理解の不足
高次脳機能障害の社会的理解は進んでいない。外見からは高次脳機能障害であることが分からない、本人に高次脳機能障害であることの病識がないなどの、高次脳機能障害者の特徴はほとんど理解されていない。高次脳機能障害者とその家族は、地域や会社、学校の中で、十分な理解をされることなく、孤立してしまいがちである。
(2) 課 題
① 診断だけで利用できるサービスの実現
サービスの利用にあたっては、高次脳機能障害の診断があるだけで利用できるようにする必要がある。サービスを利用するまでの過程にある「障害の認定」「受給資格」のところでの制約をなくすべきである。
② 地域で生活できる仕組みの整備
ア 地域自立生活支援 重度の障害があっても、支援を受けながら、地域において自立した生活を継続するという観点に立ち、そのためのサービスの充実が必要である。ホームヘルプサービスの整備、生活する場の整備、グループホームの整備などである。
イ 日中活動・リハビリの場の拡充 社会参加のためのデイサービスなどの日中活動の場、高次脳機能障害者リハビリの整備、拡充が必要である。介護保険デイサービス(通所介護、通所リハ)では認知症ケアと高次脳機能障害が区別されないなど、高次脳機能障害への独自の支援が不十分な面がある。精神障害者デイサービスにおいても、高次脳機能障害への独自の支援が不十分な面がある。高次脳機能障害の障害特性に対応した、日中活動・リハビリの場が必要である。
ウ 就労支援の拡充、働く場の整備 復職を実現するための支援、一般企業などへの就労支援、一般就労が難しい人の働く場の整備が必要である。
③ 社会的理解の促進
社会的理解を促進するための啓発が必要である。高次脳機能障害者と市民が交流し、理解が促進されるような取り組みが必要である。障害当事者と家族の社会的孤立を解消するための相談窓口の整備なども必要である。
④ 連携による支援の整備
上記①から③の課題は、他機関、団体との連携なしには実現することはできない。連携を強化するとともに、連携のあり方そのものも研究していく必要がある。
6. むすび
最後に、地域活動支援センター、協働事業、福祉施設分会のそれぞれの課題についてアウトラインを提示したい。
(1) 地域活動支援センターの課題
① 高次脳機能障害者デイサービスの利用人数の拡大
地域活動支援センターのデイサービスの定員は5人であり、職員体制の充実を図り、利用者の拡大を行いたい。
② リハビリの内容の充実
デイサービスでは調理をグループで行い、その後、計算、書き取り、パソコン文字入力など個別の課題に取り組んでいる。個別課題の取り組みは試行錯誤である。高次脳機能障害者へのリハビリについて研究し、開発、体系化する必要がある。高次脳機能障害者へのリハビリ援助技術が確立されていけば介護保険デイサービスの分野にも普及することができる。このことは地活センターだけでは解決できない。リハビリの専門職は地域の中では貴重な存在である。支援機関連絡会の中で、病院や老人保健施設の作業療法士、理学療法士の協力を得ながら解決を図りたい。
③ 復職・就労支援の充実
センターの利用者は20~50歳台の高次脳機能障害者が多く、復職や就労支援の課題を抱えている。高次脳機能障害があっても、障害年金の受給が難しい場合があり、就労は生活に直結する問題である。東京障害者職業センター、葛飾区障害者就労支援センターと連携して復職・就労支援を進めていきたい。
(2) 協働事業の課題
① 作業所の建設
デイサービスなどの社会リハビリテーションを通じて、回復してきた後の、その先の活動の場として作業所が必要である。リハビリ病院→デイサービス→作業所→一般就労・復職という再生プロセスを構想したい。
② ボランティアの養成
協働事業の市民スタッフとしてのボランティアの養成に引き続き取り組むことである。そのことは、高次脳機能障害の社会的理解の促進にもつながる。
③ 事業主体化
家族会がNPO法人になるなど、高次脳機能障害支援事業のもう一方の主体となってもらえるように働きかけていきたい。葛飾区には、市民やNPOと区が共同して事業を行うことを支援する「共同提案事業制度」があり、それを利用して高次脳機能障害者支援の協働事業を推進することも可能である。
(3) 福祉施設分会の課題
① 直営の堅持
区直営の障害者福祉施設は地域福祉・障害者センターだけである。高次脳機能障害リハビリの拠点として地域活動支援センターをはじめ地域福祉・障害者センターの直営を堅持していきたい。そのためには、職員も家族会や市民との協働へと一歩を踏み出さなくてはならない。また、ソーシャルワークや社会リハビリテーションの理論や技術を学び、支援能力の向上を図りたい。
② 福祉労働者との協力
地域の障害者福祉施設、介護保険事業所で働く福祉労働者と協力し、地域の福祉力の向上、利用者の権利擁護、地域自立生活支援などの課題に取り組んでいきたい。
③ 非常勤職員の労働条件改善
地域福祉障害者センターには60人の労働者が働いているが、その三分の一は非常勤職員である。非常勤職員の労働条件の改善に取り組みたい。葛飾区職労には、非常勤職員協議会という非常勤職員の組織がある。障害者センターからの加入者はないが、加入を呼び掛けていきたい。 |