1. はじめに
大阪市従業員労働組合は2002年から2007年までの間に「総合政策シンクタンク」を設置し、「組合員の参加と実践」という理念に基づいて多岐にわたる研究活動を展開してきた。具体的には、第一段階として、①現業職場に関する法制度、②現業職場の地域社会との協働、③現業職場の働き方、の3つの課題についてワークショップなどの手法を用いて同時並行的に研究を進めた。さらに、第二段階として、現業職場との関係から①コミュニティ、②防災、③福祉、④環境、の4テーマについて、ヒアリング調査などを交えながら掘り下げた検討を行ってきた。
総合政策シンクタンクはあらかじめ年限を5年と設定していたため、2007年には終了年次を迎えた。しかし、5年の間に蓄積した多くのネットワークや経験を無駄にするのではなく、今後も何らかのかたちで活動を継続させるのが望ましいという結論に至り、総合政策シンクタンクを発展的に解消させることになった。
こうして、新たに「大阪公共サービス政策センター」(以下、「政策センター」とする)を設立し、今後は労働組合活動の枠組みにとらわれず、地域社会で公共サービスに関与するさまざまな主体の参加を基盤とした幅広い活動を実践することになったのである。そこで、本レポートでは政策センターの設立と活動についてふれながら活動の中核である調査研究について報告する。そのうえで、現在抱えている課題と今後の展望を提示してみたい。
2. 政策センターの設立と初期の活動
総合政策シンクタンクを引き継ぐかたちで発足した政策センターは、設立の話が持ち上がったのが2007年8月であった。その後、理事長(真山達志・同志社大学教授)への就任依頼、理事者の検討と政策センターの事務全般を担当できる研究員の選定、などを進めていった。そして、12月に開催する総合政策シンクタンクの総括シンポジウムの日に、あわせて政策センターの設立総会を開催することにしたのである。こうして、政策センターの設立準備委員会(理事就任予定者が参加)の開催、設立総会の開催を経て、政策センターが新たに創設されるにいたった。
とはいうものの、準備期間も限られており、また組織としての大枠が決まっただけの状態であったため、政策センターは最初の半年間、具体的な活動をほとんど展開することができなかった。事務局(事務局長、事務局員、研究員から構成)では「設立総会において『調査研究活動を行う』と承認を受けたが、具体的に何をどう研究するのか」などをあらためて議論する段階からスタートせざるを得なかった。この点はひとつの反省であるといえる。すなわち、結果論ではあるが、政策センターの設立議論をはじめた段階で、総合政策シンクタンクからスムーズに移行させるためにはどうすべきかを、検討しておくべきであった。
設立以降のしばらくの間は、事務局で「詰め」の協議を繰り返しながら、政策センターの取り組みを企画・立案する企画運営委員会(理事2人・監事1人・八尾現業労働組合・豊中市伊丹市クリーンランド労働組合・事務局で構成)において活動の具体案を練り上げ、2008年6月までにようやく政策センターの細部がかたちづくられたのである。政策センターが設立されてから、およそ半年後のことであった。
3. 現在の活動
政策センターは会員(個人会員、団体会員、学生会員)からの会費収入によって成り立っており、当然ながら会員への還元が重要である。そこで、政策センターでは、会員が「政策センターの会員となり、活動に参加してよかった」と実感してもらえることをめざし、大きく3つの活動を設定している。
1つめは、セミナーやシンポジウムといった「学びの機会の開催」である。セミナーに関しては、これまで環境問題や労働問題といった時事的なテーマを公共サービスの観点から学習する内容のものを開催してきた。また、公共サービスとは直接は結び付かないものの、市民啓発などの業務に生かせるように会員個人のスキルアップをねらいとして、読み手に伝わる広告の作り方、あるいは聞き手に伝わるプレゼンテーション方法などを学ぶ内容のセミナーも開いてきた。
シンポジウムについては、春と夏の年2回、①基調講演、②研究報告会、③パネルディスカッションという3部構成を基本として開催している。これまで5回催したが、直近では2010年9月4日に開催したところである。このときは、「今、公共サービスに求められるものとは」をテーマとし、①中邨章・明治大学政治経済学部教授による基調講演、②公共サービス研究会(後述)による研究報告会、③政策センター理事によるパネルディスカッション(コーディネーター:牛山久仁彦・明治大学政治経済学部教授、パネリスト:山下淳・関西学院大学教授、堀越栄子・日本女子大学教授、今川晃・同志社大学教授、4人とも当センター理事)、という3つの内容であった。
2つめは、情報誌や研究報告誌の発行といった「情報の発信」である。情報誌に関しては、下記写真のとおり「IPSニュース」を年2回発行している。その内容の中心は、会員の公共サービス労働の現場での取材に基づくレポートであり、これまで大阪市港区の天保山渡船の渡し場、大阪市北区の西天満小学校の調理室、大阪市住之江区の環境局西南環境事業センターのふれあい収集、といった公共サービスの現場を取り上げてきた。また、研究報告誌として『公共サービス研究』を年1回発行しており、公共サービスに関する論説、過去のシンポジウムの記録、調査研究活動の報告などがその内容となっている。
3つめは、政策センターの活動の中核である調査研究である。そもそも、政策センターは研究機関という位置づけであり、これが活動の核となるのは当然である。そこで、続けて政策センターの調査研究活動について詳しくみていくことにしよう。
4. 活動の中核としての調査研究
政策センターの調査研究は、大きく3つのタイプに区分することができる。①理論研究、②センター企画研究、③自主グループ研究、である。このうち、後者ふたつは「会員参加型調査研究」という位置づけとなる。そして、理論研究についてはふたつの研究会を、センター企画研究についてはひとつの研究会を、自主グループ研究については3つの研究会を、これまで開催してきた。
(1) 理論研究
理論研究は、主として学術的な視点から公共サービスについて理論的に研究を進めることを目的としている。もっとも、理論的検討ばかりに注力するのではなしに、最終的には理論と実践の融合をめざしている。
① 公共サービス研究会
理論研究の1つめは、「公共サービスのあり方に関する調査研究」を研究テーマとする「公共サービス研究会」(座長:真山達志・同志社大学政策学部長、政策センター理事長)である。この研究会では、「公共サービスについて考えるうえでヒントとなるような視点や論点を提示すること」をねらいとし、4つの観点から研究を進めてきた。すなわち、「公共サービスでいう『公共』とは何か」「公共サービスの質をどうとらえるか」「行政改革は公共サービスにどう影響を与えるか」「住民と公共サービスの関係はどうあるべきか」の4つである。そして、2008年10月からおよそ2カ年にわたって研究を進め、2010年9月に調査研究報告書をとりまとめた(注1)。
この報告書自体は、真山座長が報告書の冒頭で述べているように、最終的に明確な結論や定義はほとんど示せなかったかもしれない。しかし、理論的な整理や現状の問題点などをまとめ、今後の公共サービスに関する研究や論議に一定のヒントや参考を与えることはできているように思われる。
② 公共サービス基本法研究会
理論研究の2つめは、2009年5月に制定された公共サービス基本法について、多角的に検討を進める「公共サービス基本法研究会」(座長:山下淳・関西学院大学教授、政策センター理事)である。この研究会は基本法の制定を受けて同年7月に発足し、これまで「公共サービス基本法をどう読むか」「公共サービス基本法は何を欠いているか」「公共サービス基本法を今後どう生かしていくか」といった観点から検討を進めてきた。そして、中間的なまとめとして、『月刊自治研』に報告論文を提出した(注2) 。
この研究会では今後、これまで開催してきた7回の研究会、吉澤伸夫・公務公共サービス労働組合協議会事務局長を講演講師にお招きして2010年3月27日に開催したシンポジウム「自治体公共サービスを考える」、先の9月4日に開催したシンポジウム、などの内容をふまえたうえで最終報告書をとりまとめることになっている。この最終報告書は多方面に送付する予定であり、ぜひともお読みいただければ幸甚である。
(2) センター企画研究
センター企画研究は、政策センター事務局が公共サービスをめぐる情勢を勘案してテーマ設定を行い、会員からの参加を募って研究会を進めていく、というスタイルをとっている。そして、これまで指定管理者制度研究会が大阪府内の指定管理者を対象として研究を進めてきた。
① 指定管理者制度研究会
センター企画研究として2008年9月からおよそ1年にわたって活動したのが、「指定管理者制度研究会」である。この研究会は大阪市従業員労働組合と豊中市伊丹市クリーンランド労働組合の若手組合員から構成され、「指定管理者制度をめぐる現状と課題を明らかにすること」をねらいとして調査研究に取り組んだ。
具体的にはワークショップを通じて、指定管理者には「公の施設の管理・運営にあたり、指定管理者としての創意工夫を施して多様な価値の実現を図ること」「公の施設の管理・運営をとおして市民参加や協働、さらには地域コミュニティ形成の基盤としての役割を果たすこと」が求められる、という研究会の主張を整理した。続いて、大阪府内の指定管理者にヒアリング調査を行い、こうした主張を実践している指定管理者が存在することを把握した。しかし一方で、自治体行政改革の影響もあり、いずれの指定管理者も低コストでの管理運営委託契約の締結を受け入れざるを得ないという実態も明らかになったのである。そこで、この研究会は「指定管理者の実践には、公共サービスの担い手であるわれわれも見習うべき点が多い。ただし、指定管理者制度そのものには依然として課題が多く、その是正が要請される」と総括した。
(3) 自主グループ研究
自主グループ研究は、会員が自主的にグループ編成を行い、自らのペースで研究活動を行い、シンポジウムなどの機会にその成果を報告するというかたちで研究を進めている。そのねらいは、研究活動の成果を公共サービスの現場に還元することにある。
① 放置自転車なくし隊
2008年9月から1年間にわたり活動を進めた「放置自転車なくし隊」は、当時の大阪市建設局南工営所に勤務していたメンバーが結成したグループである。グループのメンバーは、それぞれ南工営所が管轄する西成区、阿倍野区、住之江区、住吉区において、放置自転車をはじめ道路管理上の問題解決に取り組んできた。そして、日ごろの業務で疑問に感じていることや課題として認識している事項を、研究会として月に数回開催するワークショップの機会でメンバーが共有し、その解決策の検討を進めた。さらに、解決策が実際の現場で有効かを検証していったのである。このように、放置自転車なくし隊はおよそ1年にわたって「現場で検証し、再び現場から学ぶ」の繰返しというスタイルで研究活動を展開した。
② レッツ・メジャーメント
2009年9月から約1年間、研究活動を進めてきた「レッツ・メジャーメント」は、大阪市建設局に勤務し、道路や河川の境界明示や測量業務を担当するメンバーから構成されたグループであった。メンバーが携わる境界明示や測量業務では、土地の沿革調査や権利者との調整などが重要となり、こうしたスキルは従事年数や研修では習得が困難な知識や判断力が要請される。そこで、メンバーはワークショップを頻繁に開催し、個々の職員が自らの技術レベルを把握し、さらなる研鑽を積んでいくために有効となる「スキルマップ」づくりに取り組んだ。
③ バイオ燃料で収集車を走らせ隊
レッツ・メジャーメントと同様に、2009年9月から約1年にわたって研究活動を展開したのが、「バイオ燃料で収集車を走らせ隊」である。このグループのメンバーは大阪市環境局南部環境事業センターに勤務し、ごみ収集車の整備業務を担当していた。大阪市は現在も環境への配慮からごみ収集車の低公害化を進めているものの、依然として化石燃料に依存せざるを得ない状況にある。そこで、このグループは現在廃棄されているてんぷら油に着目し、その精製・調合方法、および市民協働による回収方法の検討を行ってきた。
5. 政策センターが抱える課題
政策センターが設立されておよそ2年半が経過した現在、しだいに課題も明らかとなってきた。その課題としては、以下の2つがあげられる。1つめは、当初の理念である「地域社会で活動するさまざまな主体の参加」は未だ達成されたとはいいがたく、今後は積極的な情報発信や地域社会での活動展開が必要となる、という課題である。政策センターの当初の理念を実現させようとするならば、この課題を克服し、今後は公共サービスに関係する地域社会のあらゆる主体との接点を獲得していかなければならない。
2つめは、政策センターの活動に参加する会員が限定的となっている、という課題である。先のとおり、政策センターは会員の会費収入で成り立っている。そうであるならば、会員に魅力的な還元を行うことが重要となる。しかし、活動への参加者が限定的である状況は、会員個人の私事情もあろうが、政策センターとしての発信の仕方に問題がある、あるいは研究活動の重要性を伝えきれていない、という事情に由来すると考えられる。そのため、政策センターとして、あらためて研究活動のあり方とその発信方法を問い直さなければならない。
こうした2つの課題を解決するために、当面の課題としてあげられるのは、政策センターの組織基盤の充実である。現在、政策センターの事務局は事務局長、事務局員、研究員から構成されている。このうち、事務局長は大阪市従業員労働組合の書記長を兼務しており、また事務局員は大阪市従業員労働組合の執行委員2人が担当している。そして、彼らは組合活動における膨大な事務処理に追われ、政策センターの活動に費やすことができる時間は限定的である。それゆえに、非常勤の研究員は週2日の勤務日の時間をすべて政策センターの事務処理に充てている状況となっている。要するに、政策センターとして活動の幅を広げるにはマンパワーが不足しているのである。
2年半のうちに固まりつつある基盤をいっそう強固にし、活動の幅を拡張していくために、政策センターは今、上記の3つの課題をどう解決していくかが問われているといえる。
6. まとめにかえて
最後に、本レポートのまとめにかえて、政策センターの今後の展望に触れておくことにしたい。周知のとおり、公共サービス労働の現場は断続的な行政改革をはじめ、依然として厳しい波にさらされている。とりわけ、大阪では最近、府市再編問題が再び浮上しつつあり、公共サービスをめぐる今後の先行きは不透明であるといわざるを得ない。しかし、こうした状況を傍観しているだけでは、事態は何ら解決に向かわない。むしろ、手遅れになってしまうとさえいえよう。
そうであるならば、政策センターとしては会員が参加し活動するための機会を提供し、あるべき公共サービスの姿を追求するための一助となる必要がある。現状を打開するには、地道な活動を積み重ねることが大切となる。政策センターは、今後も草の根の活動を支える役割をいっそう担っていかなければならないのである。 |