【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第2分科会 「新しい公共」を再構築する

「二つの自治“たい”」づくりへ


福岡県本部/大牟田市役所退職者の会 吉田 廸夫

1. 地域主権の論議から「自治」を見直す

 これから一番重要な問題は、政権交代の一丁目一番地と言われる「地域主権」の論議を深めることではないか。政権交代は何故必要だったのか。政権交代で変わるものとは何なのか。
 新たな公共の場、市民自治のあり方などを議論し、国と「基礎的な自治体」との関係を明確化させることが、政権交代による具体的な提案となるのではないか。鳩山元総理の言う「新しい公共の場」というものが大きなポイントになってくるはずだ。
 地域主権でいう所の「基礎的な自治体」とは、行政でいうところの地方自治体だけのことではなく、そこに「二つの自治“たい”」というモノが存在すると思っている。一つは行政という地方自治体、もう一つは市民組織による市民自治体というものである。民主主義の根幹に在る「自治」の大事さが、政権交代によってようやく姿を見せてきたのではないか。このチャンスを生かして地域主権の主役となる市民自治を再構築したいものである。
 その小泉以後の反省からか、これからの行政改革は「量から質へ」という言葉に変わっていく。この「二つの自治“たい”」という聞き慣れないネーミングは、「量から質へ」というその「質」とは何なのか、どんなものを想定して「質」を向上させるのか、行政と協働し得る市民自治体というものを、民民協働で作り上げる、という新たな試みの中から生まれる市民のための自治を再構築するものである。

2. 地域コミュニティが地域主権の原動力となる

 地域コミュニティに取り組むにあたり、公共の場を支えるための“民意”を磨くことが重要になってくる。市民と行政との協働によるまちづくりを進めるための市民組織、その市民組織と行政とがパートナーシップを結ぶだけの資質が“民意”に求められる。住民から市民へ、公共の場に責務と責任を持つ市民へと、“民意”は切磋琢磨されなければならないと思っている。
 既存の地縁組織(町内公民館等)が存続し続けることができなかったのは、高齢化による役員の成り手がない、マンネリ化した組織運営、そして、人間関係などの不具合などによって組織率が低下していったことも一方ではあるが、それよりも、社会環境の変化についていけない人たちが余りにも多く居たし、住民も頼り過ぎたことも一因である。
 公の場に責任を持つ市民自治組織、行政とパートナーシップ協定を結ぶための市民組織、市民同士が共有し合える価値観と地域活動のためのルールづくり(市民自治基本条例等)、さらに、市民自治組織が成熟していくと「市民と行政との協働」のための情報の共有化と学習機会の提供等が必要となり、行政と同等に立ち向かうだけの責任が市民自治組織には必要となる。
 地域コミュニティづくりに関しては、いろんな住民の参加によって多彩な意見等が寄せられるし、それらの意見を踏まえ立場の違いを超えた合意形成のための民民協働の仕組みが必要である。そして、そのコミュニティ組織を充実させ、多種多様な声を生かし、合意形成を図るためのまちづくりマネジメント力も必要となる。

3. 協働社会における『二つの自治“たい”』像のイメージとは……

 これからは、行政のパートナーとなるべき市民組織が市民自治基本条例を基軸にして組織づくりをするとしたら、団体自治基本条例による行政というものに対して、市民自治基本条例による「市民自治体」というものの存在が必要となる。それが「二つの自治“たい”」の基本の形で、市民と行政もこれまでの価値観というものの意識改革を図り、新しい市民と行政との関係について見直すことが必要である。

 もうひとつの自治“たい”とは、地方自治体の現職員である自治(体)職員と自治体のOBである自治(退)会員である。これまでは「現退一致」の取り組みと言えば、選挙などの時によく使われていた。これからの「現退一致」は、地域コミュニティづくりの中の自治の専門家としての意味を持つ。
 国の地方行財政検討会議は『議員定数について①専門的知識がある少数の議員で審議する。②多様な層の住民が参加し、意見を反映させる。そのためには、住民が選択できる仕組みを地方自治法に設けることが必要だ。』これで地方議会の在り方が読み解ける。
 注目すべきは「多様な層の住民が参加し、意見を反映させる。そのためには、住民が選択できる仕組みを地方自治法に設ける」である。これは、地域主権を前提とした市民と行政との協働、地域コミュニティづくりと密接な関係を持つ。
 地域コミュニティづくりの目的と目標は、市民と行政との協働による間接民主主義から直接民主主義へという流れをつくることである。新たな社会システムを構築するための協働作業のためのパートナーづくりである。
 このような新しい社会の仕組みをつくっていくことは、「多様な層の住民が参加し、意見を反映させる。そのためには、住民が選択できる仕組みを地方自治法に設ける」という地方自治法の改正と市民自治基本条例等の策定というものが同じ価値観を持つ。
 新しい社会の仕組みを創造していくためには行政改革と議会改革はセットでなければならないし、地域主権の担い手として市民が直接的に選ぶ代表(二元代表制)が、お互い切磋琢磨できる環境が必要だ。それが、民主主義の原点でもある。

4. 大牟田市の「負の遺産」をエネルギーするために

 退職者の会は、地域コミュニティづくりのための学習会を校区毎(小学校校区単位の役員の配置)に開催した。それも、先に述べた「現退一致」の取り組みとして展開している。現職からの参加は、市民協働推進室と人材育成推進室及び生涯学習課等、それに、市職労の自治研である。
 人材育成推進室は、職員向けに地域活動等のアンケート調査を実施した。市民協働推進室は市民意識調査を行った。また、市民協働推進室は地域コミュニティ指針づくりにも取り組む予定である。
 退職者の会も、地域社会で多種多様な地域貢献活動等に関する退職者会員の実態調査のためのアンケート調査に取り組んだ。

 現職側のアンケート調査の主な意見は、地域活動に関して約70%の職員が住民という立場で地域活動に参加していくべきだとの意見が寄せられた。また、町内公民館や自治会などへ加入しているのは約70%である。それにしても、町内公民館の組織率は市全体で約40%を切っている中で、約70%の職員は公民館に加入しているのである。
 それに対して、下の図でもわかるように退職者の会員は約70%が何らかの役職に就いていて、その内訳は、町内公民館長・町内公民館主事や会計などである。その他は、老人会や子ども会、子ども見守りや社協・民生委員・福祉委員・障害者支援・人権擁護・保護司・民事調停・PTA・消防団などとなっている。

 また、地域学習会について昨年度は市内10ヵ所で取り組み、今度は、福退連の地域コミュニティづくりに取り組み、今後は、各校区での現職と退職者との連携を強め、校区コミュニティ担当者を配置していきたいと考え、現職との協議を重ねてきたが、今年度より、具体的にモデル校区を設けた取り組みを展開していくことになった。

5. 退職者の会会員のまち育て活動記録

 退職者の会会員自らがまちづくりに取り組む地域自治研活動がある。EMコミュニティセンター事業・食と農を考える田んぼの会活動・うた声喫茶よらんかん事業・中心商店街支援の「いきいきふれ愛祭」・小学校への出前講座・吉野の里ふれあい事業・駛馬地域を活性化させる市民協働活動・手鎌校区お宝マップウォーキング・白銀川を守る会・ふるさとの自然を守る事業・白川校区のコミュニティ再生事業などの12事業が展開されている。

 その中の主要な取り組みを紹介したい。玉川の櫟野で専業農家と素人の集団が一緒に、農薬や化学肥料に頼らない米作りに取り組んでいる。それは、「田んぼの会」といって、会社員・退職者・主婦・農業を目指す若者や家族ぐるみの参加など40数人である。
 専業農家の山下公一さんの「生産者と消費者の協働を通じて食や環境が抱える問題に取り組もう」との呼びかけで始まり、在職中から参加、今年は7年目となり、作付面積も2倍(棚田7枚、約3反)に増え、新たに野菜作りにも取り組んでいる。田んぼや畑は山下さんから無償で提供してもらっている。その中には後継者がいなくて耕作放棄されていた田んぼもあったが、りっぱな田んぼとして復活している。
 また、環境問題の地域活動グループは河川浄化に取り組み、小学校での1日講師としても活躍している。また、地域の住民組織と河川のごみ拾い、河川の除草の取り組みなどに取り組み、三池山の竹林などの駆除や動植物などの調査、さらに、有明海の浄化のための植林等にも取り組んでいる。
 中心商店街の活性化に取り組むグループは、中心商店街支援の「いきいきふれ愛祭」など福祉の街づくりを大きなテーマに、福祉、商業者、行政との連携のもと、デイサービス・文化発表、タウンモビリティなどのイベントを通して中心商店街の活性化に取り組んでいる。
 最後に福祉によるまちづくりとして、白川校区のコミュニティ再生事業は障害者や高齢者の家事支援、防犯等の維持管理、徘徊者の早期発見など地域コミュニティを通した住み良い町づくりに取り組みNPOを立ち上げた。以上12事業が、2009年度の地域活動である。

6. 「負の遺産」は宝物のヤマ

 ほんの数年前までは、まちづくりを論じる時に石炭産業の歴史を話すことさえ困難であったが、“こえの博物館”の取り組みを通して記録映画の上映までこぎつけたことによって、今では世界遺産登録という動きまで創り出した。この変わり様は、当時担当したスタッフでさえ驚きを通り越して声が出ない。
 大牟田市では、昨年1月にユネスコの世界遺産暫定一覧表に追加された三池炭鉱関連資産の世界遺産本登録に向け、2010年4月に世界遺産登録推進室を設置し、世界遺産登録のための活動を展開している。こうした取り組みを、全庁的な取り組みとして推進するために、全部長を含む経営会議メンバーを構成員とする「大牟田市世界遺産登録推進本部」が設置され、世界遺産本登録に向けた関係機関との調整や周辺施設の整備、情報発信等を行うことにしている。
 また、三池炭鉱関連資産や歴史に対する市民の愛着と誇りをいっそう醸成し、近代化遺産を活用したまちづくりを推進していくために、推進本部の下部組織として、文化財指定等ワーキンググループ、周辺整備ワーキンググループ、広報・観光ワーキンググループを設置し、具体的な企画立案を各ワーキンググループで検討していくことになっている。
 世界遺産登録のために機構改革が行われ、3人の担当者が配置された。これからは、文化財指定等ワーキンググループ、周辺整備ワーキンググループ、広報・観光ワーキンググループの動きによって、地域への広がりが期待できる。

7. 市民自治基本条例をつくる自治の専門家としての役割

 地域主権に関しても、聞こえてくるのは総務省と知事会などのやり取りである。自治労自治研が政策づくりの中で一定の役割を果たしている、という情報はあまり伝わらない。自治研は、地域コミュニティづくりの中で一定の役割とリーダーシップを発揮できないと政権交代のための下支えはできない。いまのように、自治研活動が地域住民に見える形で実働していないと、相も変わらず自治体職員は選挙の度に批判材料として公務員攻撃が行われるだけで、受け身の立場からは脱皮できない。
 また、職員は貸借対照表の損益収支の中の人件費に計上されて歳出費目として扱われてはいないか。地域の知的財産であるはずの自治体職員が、歳出費目の人件費で終わることに対しての職員としての義憤はないのだろうか。損益収支に計上され、「費用対効果」についての議論もなされることもなく、無駄的な経費のような扱われ方に対し、ジッとなりを潜めることによって、嵐が通り過ぎるのを待つかの考え方では、いつまで経っても市民と行政との協働は実現しない。
 その受け身の体質から能動的な政策家集団として生まれ変わらなければならない。これからは、生活者の視点で行政を変えていく、そのために働く姿が重要となっている。市民と行政との協働による地域主権を実践し、「基礎的な自治体」を作るための政策集団として自治体職員としての専門性を高めなければならない。
 第一段階として地域社会の問題と課題である「安心安全」「子ども見守り」「災害等に対する協働型社会」などのテーマへの学習会等の取り組みからスタートさせることは安全策ではあるが、そのレベルで落ち着くきらいがある。そこで、現職と退職者が一体的な地域環境づくりに取り組むことで、次の段階へのステップアップのための仕掛け仕込みも必要だ。
 高齢化社会というものをプラス志向で考えると、24時間、地域に社会経験豊かな人材が配置されたと考えることもできる。そうすると、高齢化社会は社会保障費の増加という単純な図式にはならない。約40年間も社会経験を積んだ人材が会社勤めから地域に返ってくる。高齢化社会もマイナス志向ばかりではなく人材という宝ものを手に入れたことになる。
 現在、大牟田市では現職側と退職者側との協働によるまちづくりを展開していくためのプロジェクトチームを立ち上げた。まずは、地域コミュニティづくりに対して校区担当者の配置を、という考え方を持ちながら新たなチャレンジを開始した。そのためには、まずは現職と退職者との出会いの場が必要となってきている。
 退職者の会は、行政の進める地域コミュニティづくりについて学習してきた。退職者の会は、各校区に最低3人ほどの役員を配置している。それ等の人達が、直ぐにでも地域コミュニティ相談員になれればいいが、現実は、まだそこまでの取り組みが出来ていない。これからは、現職との協議を重ねながら退職者の会として取り組みをすすめていきたい。
 何事も、一足飛びに成果を上げるものではなく、議論の過程というものが大事だと思っている。住民に対する学習会等も取り組みながら、現職と退職者との協働による地域コミュニティづくりを進めながら、地方自治の確立、自立に取り組みたい。その一歩を踏み出した。