【要請レポート】

第33回愛知自治研集会
第4分科会 「官製ワーキングプア」をつくらないために

 荒川区職員労働組合は2001年から非常勤職員の格差是正、均等待遇実現をめざす取り組みを始めました。その結果、2007年度に報酬、休暇制度などで大幅な改善を実現し、同時に世間の注目を集めました。その改善の内容と組合の取り組みについて報告します。また、小さな単位組合から始まった運動を社会運動へと発展させることにチャレンジしましたが、その意義と成果についても報告します。



官製ワーキングプア可視化を通した格差是正への一歩
処遇改善に一石を投じた取り組みと公務員労組の社会的役割

東京都本部/荒川区職員労働組合

1. 荒川区での取り組み

(1) 1980年代半ばから始まった定数削減の経過
 東京都荒川区は住民登録約18万8千人、外国人登録約1万5千人と23特別区では下位に位置する下町区です。1983年に一般職常勤職員数が2,446人とピークを数え、以降職員定数の削減が続き、2009年度には1,601人、35%減となり、23区平均約15%の2倍以上という行革先進自治体です。
 1981年、土光敏夫経団連名誉会長が第二次臨調会長に就任、中曽根康弘も1982年から首相として行革路線を推進しました。荒川区はこの流れを真っ先に受けとめ、1984年以降、急テンポで行政改革を進めました。80年代から90年代にかけてまず学校警備、学童擁護、学校給食調理などの現業職種の廃止や外部委託化を、平行して事務系職場でのIT化を軸とした定数削減を進めました。その結果、「スリム化」ということではほぼ限界に近い状況になりました。しかしその後、小泉首相(当時)が強力に推し進めた骨太の方針や集中改革プランが、これ以上絞れない雑巾をさらに絞ることを強いました。
 その結果、当初は職の廃止、アウトソーシング化などで対応できていた定数削減が、常勤職の削減即、非常勤職への置き換えへと一挙に進んだのです。1983年当時は推定50人程度だった非常勤職員が、2010年4月には650人に達し、非正規率が約30%になりました。

(2) 労組として非正規課題に取り組む
 区職労は2001年、区役所内の格差を是正するという目標を初めて挙げました。何故か。労組的観点では、組合役員選挙で職場回りをしている時、選挙権のない職員が増え、また、長年労働金庫と連携してボーナス日の朝に宣伝チラシ配布をしていたところ、ボーナスをもらえない職員が増えていたことに気がついたからです。職場的には、同じ係で仕事をしている職員の雇用形態が多様化していったことによります。常勤の係長と職員、常勤OBの再任用に再雇用、そして非常勤、派遣、臨職などが席を並べるといった光景があちこちで見られるようになりました。この時はまだ「職場の過半数代表組合」を意識するというよりは、たぶんに現場、足元を見据える感覚的なものからのアプローチでした。
 まず手がけたのが、当事者の組合作りでしたが、そう簡単に出来るわけではなく、2003年の結成までに2年を要しました。それと平行して2002年11月、特別区の一般職給与が初めてマイナス勧告となり、労使協議も同様の結果となりました。妥結後、「当初予算の人件費は前年並みとなっているのだから、このままなら年度末に不用額となり、基金に積まれてしまうことになる。それなら、役所内非正規の賃上げ原資と地域雇用対策費に充当しろ、という要求を掲げよう」と執行委員会で提案しました。これに対して「賃下げ容認の提案」との批判も出ました。一方、その内容を盛り込んだチラシを地域配布したところ、文句の電話がなかったどころか、自営業者など保守系地盤の皆さんから一定の評価を受け、以降の議会対策につながる大きなきっかけとなりました。
 常勤職の組合員が組合事務所に来て「組合に入っていない人たちに組合費を使うのはけしからん」と抗議され、「非正規は私たちが休暇を取ったり、負担軽減のために入れたのだから、今の待遇で十分」とも言われ、船出は難航が予想されました。
 それでもしつこく機関紙に毎号わずかな記事でも非正規課題を掲載したり、執行委員会で、組合員向け集会で繰り返し取り上げていきました。その後、図書館と敬老施設の2職場で労組法に基づく労組を結成、区職労と3労組共同でアンケート調査を実施、改善要求を出していきました。もともと雇用年限を設定していない区なので、30年を超える長期勤務者もおり、主な目標は収入アップと休暇制度などの処遇改善でした。以下、年表で辿ります。
 2002年 
区職労主催で非常勤職員対象の学習会を開催
 03年
非常勤2労組結成。年休繰越など当然の要求実現。その他「統一要綱」「勤務条件説明書」「異動意向調査」「職員証」などの改善
 04年
特別区人事委員会の勧告に連動した報酬引き下げが強行される。2労組が抗議ビラ発行。また、3労組で非常勤職員アンケートを実施(300人対象で回収率65%)
 05年
「非正規春闘」学習会開催(講師:相原久美子さん、全統一千葉市非常勤職員組合)
 06年
5月 本庁舎警備職員(民間ビルメン企業社員)の組合結成(自治労荒川区警備職員労働組合)
8月 2労組以外の非常勤職員300人を対象に「区職労」加入説明・懇談会開催(参加者120人)
9~11月 区議会で自民党から共産党までが、非常勤制度改善、入札・契約制度改善を質問、要求
 07年
1月 区職労旗びらきで、区長が非常勤制度改善を明言
2月 区から3労組に制度改善案提示。(その後、2労組以外の職場で区職労「非常勤協議会」を結成)

(3) 荒川区方式の内容と評価
 2007年2月上旬に示された区の改善案は以下のとおりでした。
① 能力・技量・責任に応じた職層の新設
  能力や技量に応じた役割、担うべき責任に応じた職層を設定し、適切な評価・選考を行い任用する。同時に職責に見合った処遇への改善。
 
<下表は事務嘱託員の場合>
 
見直し後
見直し前
一般非常勤(常勤の一般職員に準じた業務) 171,300円 168,600円
主任非常勤(常勤の主任主事職員に準じた業務) 202,100円(想定) ―――――
総括非常勤(常勤の係長職員に準じた業務、必要に応じて任用) 250,300円(想定) ―――――

② 所定の勤務時間を超える勤務への対応
  事前に勤務時間を変更して対応することを原則とするが、これによりがたい場合には、超過勤務を命ずることができることとする。超過勤務については、その報酬額を追加して支給する。
③ 常勤職員に準じた有給休暇等の付与
  慶弔休暇(常勤と同等)、夏季休暇(日数増)、病気休暇(制度化と10日間の有給化)などを改善する。
④ 常勤職員に準じた勤務評定の実施
  常勤職員に準じた勤務評定を行い、次年度の雇用に係る選考の基礎とする。
⑤ 必要に応じた異動の実施
  類似職について必要に応じて異動を行う。
⑥ 必要とされる能力の向上を目指した研修の実施
  常勤職員と同様に第一線を担う者として、新任研修、職層や業務に応じ、職務遂行に必要な研修を実施する。
⑦ 常勤職員に準じた福利厚生
  2007年度以降は、荒川区職員互助会の正会員とし、各種サービスの提供を受けられるようにする。
 私たちが求めていたのは、経験と能力に応じた制度、つまり昇給と職能制度という複線型でした。しかし、実務レベルの折衝に入ると、総務省や東京都から「長期的継続的勤務を前提とした」昇給制度は認められないという強い圧力があり、当局側労務担当がその壁を超えられないという事態に直面しました。それをふまえた当局案が前記のものでした。正直かなり悩みました。昇給制度が実現しないで選別的職能制度だけを認めることはできないという原則論が強かったのですが、それでも30年を超える継続勤務者が一度も昇給していない中で、例え一部の者であっても報酬の引き上げが実現し、これが今後の手がかりになるという現実を優先しました。また、セットで休暇制度の大幅な改善、そして余り注目されませんでしたが、常勤並みの勤務評定、人事異動、研修、福利厚生制度を獲得したことは、まさに常勤と同等であり、将来雇用年限化などが導入されそうになった場合の防波堤にもなるという評価もし、妥結を決断しました。

2. 官製ワーキングプアを可視化する取り組み

(1) マスコミ報道を活用し、社会的な関心を呼び込む
 2007年当時は、格差や貧困が話題になり始めていた時期でした。ちょうどそんなタイミングに何人かの報道関係者が、荒川での改善に興味を持ち、取材にやってきたのです。しかし、役所の中にこれほど多くの「働いてもなお貧しい」公務員がいること、そして改善を妨げる大きな壁である公務員制度を理解してもらうには、相当な労力を必要としました。ある記者には、5時間以上もかけて制度説明をし、やっと理解いただいた段階で非正規当事者を紹介するという対応もしました。取材姿勢に疑問を感じた時は断ったこともあります。
 そして、読売新聞が全国版夕刊トップで報道、NHKが首都圏ネット制作ながら全国オンエアし、一気に注目を集めるところとなり、人事当局にも区職労にも問い合わせや視察が殺到しました。私たちは内容以上の反響に戸惑いながらも、「チャンス」と受けとめ、ならば荒川を「広告塔」にし、「公務員は恵まれている」キャンペーンに対し、公務員の世界にも格差が存在していることを社会的にアピールしようと、一歩を踏み出すことにしました。
 2007年9月、「自治体にもある格差の現実をみつめ、均等待遇実現のための荒川集会~非常勤、臨時、派遣、委託労働者の格差是正を~」を開催、講師に熊沢誠氏(甲南大学名誉教授)を迎え、実際にたたかいを進めている労組に幅広く声をかけ、報告をお願いしました。会場からあふれるほどの参加者となりましたが、それは集会準備と平行して進めた全国の非正規当事者や労組役員との交流があったからにほかなりません。交流は、各地での成果を学び合うことに徹しました。もちろん成果だけでなく、雇用年限制度で多くの仲間が雇い止めに遭っている厳しい取り組み、脱法的臨時職員長期雇用の改善に苦労している取り組み、正規職労組役員が支援・協力しない中でたたかっているなど、困難なたたかいの交流も含めてです。
 なお、この集会などを朝日新聞が全国版で取り上げ、その際使用した「官製ワーキングプア」という用語が、その後定着することとなりました。2007年はそういった意味で大きなエポックメイキングとなった年でした。

(2) ネットワーク型運動の広がり
 荒川区では部分的ではあれ収入アップなどの改善を実現させましたが、経験給制度に正面から挑んだ港区では、総務省と東京都による強圧に一度後退を余儀なくされ、千代田区も修正を迫られました。経験給制度も一時金や退職金支給も全国的に見れば珍しいことではありません。後記のとおり総務省は自らの調査で全国の実情を把握しています。それが首都東京、それも23区において堂々と実施されることに強い危惧を抱いたのかもしれません。
 私たちはそういったインパクトの大きさを生かし、全国で雇用や処遇改善に取り組んでいる当事者や組合と連絡を取り合い、ネットワーク型の運動交流をさらに進めました。
 2008年は総務省がすべての地方公共団体(一部事務組合も含む)を対象に「臨時・非常勤職員に関する調査」を実施、公表、また、「地方公務員の短時間勤務の在り方に関する研究会」を設置した年で、自治労も全国調査を実施しました。片や大阪府枚方市、大東市、茨木市、東大阪市や東京都東村山市での手当支給裁判の判決が相次いで出されたのも2007年から2009年にかけてでした。様々な面から「官製ワーキングプア」が世の中で話題になっていったのです。
 2008年から2009年にかけて開設された「年越し派遣村」が大きな注目を浴び、以降の社会現象を引き起こしたことに触発され、私たちも「官製ワーキングプア」を社会に知らしめることが、個々に奮闘している当事者にも大きな励ましになるのではないか、また、それに真摯に取り組む労組へのエールになるのではないか、ということで、「なくそう!官製ワーキングプア~反貧困集会」実行委員会を結成、2009年4月26日、お茶の水の「総評会館」において、同名の集会を開催しました。この集会は事前報道をはじめ、当日の集会速報、さらにはテレビ局2社による特集番組も組まれるという大きな反響に繋がりました。
 また、集会に参加した、あるいは情報を得た多くの当事者や労組を励ますこととなり、泣き寝入りせずに雇い止めとたたかおうと3人が提訴、また、経験給制度導入、報酬引き上げ、指定管理化に伴う雇用保障、休暇制度などの改善など、成果を上げる報告が次々と入るようになりました。
 2010年に入り、そういった集大成をさらに全国へ拡げようとの意図で『なくそう!官製ワーキングプア』(日本評論社)を発刊するとともに、5月30日に第2回集会を開催しました。事務局、問合せ先となった荒川区職労には、そんな経過から電話やメールによる様々な相談や問い合わせが日常的に入ってきます。人事当局にも視察が続いているようです。報道各社による取材相談や協力依頼も途絶えません。

3. 成果を再び荒川の改善へ、そして今こそ世論を味方に大きな改革を

(1) 3層制から6層制へ
 先進的に処遇改善を勝ち取っている労組は全国に少なからずありますし、荒川区方式がベストとは言えません。やや過大評価のきらいもあります。それでも荒川では少しずつでも改善を実現させてきましたし、全国に有形無形の影響も与えてきました。また、荒川内的に見れば、外部からの評価は外堀を埋めたことにもなります。ということで再度のチャレンジに取り掛かりました。
 それは、経験給により近づけるための職層制度の改善です。階段をひとつ上がるその数を増やすこと、例えばこれまで6年勤務で主任非常勤の選考対象となっていたものを、3ないし4年で最初の階段を上がれるように組合から提案しました。その結果、2009年度交渉で当局から「3層制を6層制に拡大する」という回答を引き出しました。休暇制度も病休の有給日数拡大、子の看護休暇や短期の介護休暇の有給化など大きな前進となりました。
 次の目標は、手当支給の実現です。とりわけ一時金と退職金の獲得が大きな目標です。地方自治総合研究所の上林研究員の論文などを参考にさせていただき、判例となった東村山判決をベースに、11年度最重点要求としました。自民党から共産党まで非常勤制度改善には同意していただける議会世論となっていますから、条例改正も夢ではありません。

(2) 自治労の新たな方針を具体化し、雇用年限の撤廃を
 荒川区だけでの改善には当然限界があります。自治労は2010年5月の中央委員会で、①手当支給のための自治法改正、②パート労働法の適用、③任期の定めのない短時間勤務職員制度、を方針化しましたが、私たちも従来から同様の意見を述べてきました。その上で、公務員制度改革のなかで非正規課題をきちんと取り上げること、そして国会レベルでは国際労働機構(ILO)の関連条約批准と国内法整備を、官民労働者の連携で実現する運動が必要と考えています。
 個々の現場での最大の課題は雇用の安定、すなわち「雇用年限」制度の撤廃と雇い止めへの敢然としたたたかいです。総務省調査でも全国で4割が年限解雇の制度を持っています。何の法的根拠もないこの制度は「国、自治体がワーキングプアつくってどーすんだ」と湯浅誠氏に言わしめる元凶です。

(3) 何よりも当事者が動くこと、正規職労組が変わること
 7月の参議院選挙では、公務員人件費や定数削減を主張する政党や議員に一定の票が集まり、労組を背景とする議員への攻撃が続きました。しかし、そういった主張をする議員やマスコミに、官製ワーキングプアの存在とその解消についてきちんと物申すことが大事です。また、「官から民へ」との主張には、業務委託や指定管理、PFIの現場でどういう事態が起こっているのかを具体的に示し、その改善なく無責任に「民礼賛」をすべきでない、改善の道筋を示せ、と迫る必要があります。
 そのためにも公務員労組が、足元の格差を放置し、既得権擁護のみに閉じこもっていては自らの墓場を掘ることにしかなりません。まずは正規職組合役員が変わり、組合員に理解を求め、さらには当事者の声を取り上げ、立ち上がるためのサポートに労を惜しまないことです。労組が非正規課題に取り組むことが労組ルネッサンスの鍵となるのではないでしょうか。それが、社会を変える大きな一歩になると確信しています。