【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第5分科会 医療と介護の連携による安心のまちづくり

「存廃」から一次救急体制は笠間市立病院が拠点
第2回地域医療シンポジウム「笠間の医療を考える集い」
―― 地域医療の充実と民間・公立病院の連携 ――

茨城県本部/一般社団法人茨城県地方自治研究センター・理事 柴山  章

はじめに

 地域医療の充足の可否は、住民の生命と健康に直接関わる問題であり、地域医療の水準を確保するためには行政が地域医療圏の策定や計画にとどまらず、常に関与していかなければならないことが明らかになってきた。
 しかし、総務省公立病院改革は、医師不足・「医療崩壊」を自治体立病院の再編成・統廃合で乗り切ろうと指導を行い、笠間市立病院(以後、市立病院)も例にもれず、指定管理、民間移譲など経営形態変更などを求める『笠間市立病院のあり方に関する検討委員会報告書(H19年12月)』(以後、『報告書』)がだされた。茨城の地域医療を考える会は、同一地域に県立中央病院、市立病院が機能分化のもとに並存し、医師会・開業医との連携によって安定した医療を市民に供給できることを知っていただく目的で第二回地域医療シンポジウムを2009年12月6日笠間市で開催した。

1. 茨城の公的病院の危機的状況

 県内の医療従事者数(医師数全国46位、看護師数44位)は全国最下位の水準で推移し、県内の公立病院の医療体制はさんたんたる状況で、県立中央病院の小児科・産婦人科病棟の休止、北茨城市民病院の老朽化と医師不足、日立製作所日立総合病院「地域周産期母子医療センター」の医師不足による診療機能の休止、つくば市立病院の医師不足による診療科の休止、笠間市立病院は医師不足、東海村立病院・小川町国保病院は指定管理者へ移譲、茨城町国保病院は廃止、筑西市民病院は診療科休止など機能不全となっている。茨城県は医師不足対策として、医師養成の奨学金制度の創設、筑波大学、東京医大霞ヶ浦医療センターとの医療連携を促しているが、医師不足からの脱却の方向性がみえていないのが現状である。

2. 医療のリスク、施設の減少

 2006年2月、福島県立大野病院で帝王切開の手術中に女性患者(当時29歳)が失血死し、産科医が逮捕された事件以降、少ない医師で激務の地域医療を担っている実態が明らかとなった。一方、この事件を機に産科医、小児科医、麻酔科医などリスクの高い診療科を希望する医師が少なく診療科の偏在が議論されてきた。
 厚労省がまとめた医療施設動態調査月報2010年1月末概数によると、一般診療所のうち無床診療所数は8万8,671施設で、前年1月末に比べて794施設の増加となったが、一般病院数は1年間で65施設減少した。とりわけ療養病床のある一般病院が55施設減、療養病床のない一般病院も10施設減少した。有床診療所数は1万921施設で、この1年で599施設が減となり、既存病院の廃業あるいは診療所への転向が進んでいった。茨城県も例外ではなく病院数の減少、有床診療所の減少が顕著となった。

3. 地域医療を壊してきたもの

 自公連立政権下で、総務省は2004年11月「地域医療の確保と自治体病院のあり方等に関する検討会」の報告で、二次診療圏単位に「基幹病院」は一つ、周辺の病院は「後方支援病院」や診療所にするという「サテライト構想」を発表、2005年4月に「自治体病院再編等推進要綱」を都道府県に通知している。
 あらゆる公共サービスを民間に開放していく「規制緩和路線」が背景にあり、公的病院を減らし、医療を民間の儲けの場にしようという「規制改革・民間開放推進会議」の意図が強く働いていた。また、「医師数を増やすと医療費支出が増大する」という考え方から、「将来の医師需給に関する検討委員会最終意見」(1986年)で、「医師の新規参入を最小限10%程度削減」と、医師減らしを推進し、2006年7月「報告書案」で、医師数は足りている、問題は「偏在」だと主張してきた。日本の医師数は、OECD加盟29か国中26位と、非常に少ないのが実態である。100床あたりの医師数はアメリカ63.9人、ドイツ35.6人に対し、日本はわずか12.0人である。

4. 笠間市立病院の医療充実にむけたシンポジウムの取り組み

(1) 取り巻く医療環境と課題
 『報告書』は市立病院の存在意義を「地域に不足している医療に積極的にとりくむ」「公平・公正な医療を提供し、地域住民の健康の維持・増進を図り、地域の発展に貢献する」と記すなど、旧友部町の一部を対象とした市立病院に多額の税金を投入することは「公平」に反すると言わんばかりだった。一方、笠間市立病院が行ってきた小規模多機能型の在宅支援は、地域からも、開業医からも一定の評価を受けていた。また、開業医からの入院患者紹介による医療連携も県立中央病院と違った形で行われてきた。
 笠間市は半径2.0km圏内に急性期医療を担う茨城県立中央病院が所在し、10.0km圏内には病床数が50床から500床クラスを有する幅広い規模の病院、市内の半径8.5km圏内には28箇所の診療所が存在している。
 県立中央病院が年間4,000件におよぶ救急搬送を受け入れ、一次救急医療(初期救急)の整備が大きな課題となっていた。

(2) 経営形態の見直しの動き
① 市立病院は、1959年に友部町国保病院として開設されたが、2006年3月に市町村合併により現在の「笠間市立病院」と改称された。病床数30床、診療科は内科・外科・皮膚科の3科で、全国に982存在する自治体病院のうち、80施設しかない50床未満の病院のうちの一つである。合併を機に有識者による「笠間市立病院のあり方に関する検討委員会」が作られ、今後の市立病院のあり方に関する『報告書』(2007年12月)がだされた。
  『報告書』は、訪問診療を中心とした市立病院の診療内容や必要性は評価しながらも、「指定管理者制度の導入や地方独立行政法人一般型(非公務員型)など、現行の地方公営企業法一部適用の公営企業としての市立病院から、他の経営形態への見直しを図る必要がある」とされた。
② 市立病院は、赤字経営が続いており、2006年度決算では、病院収益(430,595,369円)に占める一般会計からの繰入金は71,601,000円、繰入金比率16.6%で、他の自治体病院に比べると少ないが「赤字」が問題となる。また、公営企業法一部適用の病院であるため組織、人事、予算、給与などの決定権は市長がもっており、事務局長をはじめとした事務職は2年から3年で異動をするため専門的な意識が育ちにくく責任感が乏しい状況にあったことは、他自治体病院と同様だった。
③ 市当局が実施したアンケート調査によると、市民は、「かかりつけ医を持っている」61.2%、「特に決めていない」36.5%、「その他」2.2%であった。市立病院の認知度は「詳しく知っている」31.5%、「場所のみ知っている」44.5%、「名前だけ聞いたことがある」13.8%、「知らない」9.3%で、市町村が合併前、旧友部町の住民を対象に医療を提供してきた結果が現れていた。

(3) 地域医療シンポジウムで求めた課題
 市立病院の指定管理、民営化の議論の背景には「小さい市立病院はいらない」との考えが横たわっており、シンポジウムでは県立中央病院との機能分化と医師会との連携によって市立病院と県立中央病院が並存できることを市民に知っていただく目的で開催した。以下課題に焦点を当てた。
① 県立中央病院は「断らない救急」を標榜し年間4,000件におよぶ救急患者対応をしてきたが医療者の疲労感が高く、医療者を支える仕組みが必要である。
② 市立病院は医師不足、赤字経営などによって指定管理者、民営化の危機にある。
③ 市立病院は入院機能をもたない地元開業医との連携・機能分化で存在できる。
④ 笠間市内にリハビリ機能を担う医療機関が不在である。
⑤ 笠間市が委託しているデマンドタクシーは住民が医療機関を利用しやすいシステムとなっているか。


(医療連携図)


5. 一次救急医療体制を市立病院がセンターで行う

(1) 民営化を含めた「報告書」を棚に上げ、直営で市立病院を運営する
 本来、一次救急の整備は市町村の責務であったが、県立中央病院の存在と機能が市立病院の整備を遅らせてきた。しかし、県立病院が「断らない救急医療」の実施で、限界を超えた救急医療対応を行ってきた。この加重負担の軽減と県立中央病院が2.5次救急に専念できる機能分担を笠間市と笠間市医師会、市立病院、県立中央病院が一次救急を市立病院センター化する検討がスタートした。
 シンポジウムで、石塚恒夫さん(笠間市立病院長)は、4月から市立病院を拠点に平日夜間は県立中央病院および医師会から各20人の医師が派遣されて診療を行い、休日・祝祭日は市立病院の医師が診療にあたる一次救急の協同化を市民に明らかにした。行政の責任者である山口伸樹笠間市長も「一次救急については市町村の役割である」「行政としても、この地域の一次救急についてしっかりやっていこうと判断をした」「2人の医師では安全安心の医療が提供できないので医師の増員を図りたい」「新しい医療機器の導入および玄関やトイレの改修によるイメージアップをはかる」「報告書では指定管理者制度の導入ということが謳われているが、市立病院は直営で運営をしていく」ことを市長自らの言葉で語られた。

(2) 4月から一次救急医療のセンターとして稼動
表1 一次救急患者の受診数
 
4月
5月
6月
7月
平日夜間診療数
50
52
79
67
日曜日診療数
135
136
123
134
断り数
16
15
19
10
 2010年4月から医師会、県立病院、市立病院で協同の一次救急医療がスタートした。これまで市立病院は慢性的な医師不足で悩んでいたが直営堅持で運営されることが明らかになると医師募集も順調にすすみ新しい医師4人(非常勤医師含む)を迎えスタートした。4月以降の実績は表1の通りである。
■平日夜間………………医師1人  看護師2人  薬剤師1人  医事1人
■土・日曜日、休日……医師1人  看護師2人  薬剤師1人  医事2人
 救急患者を断ったケースは、レントゲン及び検査が必要な患者、乳幼児、眼科です。一次救急医療で検査が必要な患者は中央病院で診療するとの機能分化が明確にされており、今のところ患者や市民から不満や苦情は寄せられていない。一方、一次救急医療を事業収支で見ると、収入に対して支出が大きく上回っており、平日夜間と日曜日あわせて毎月約200万円の持ち出しが増えている(もちろん医業費用として一般会計から繰り入れているので、市立病院事業会計として赤字が出ているわけではない)。休日・夜間診療を行っている他の自治体と比較すると、当市の持ち出しは決して高くはないが(常総市などに比べると低いくらい)、議会から一次救急の是非の意見が出てくることが予想される。

(3) 一次救急医療の今後の課題
① 現在日曜診療患者数が20~40人位であるが、冬に向けて患者数が増えるのは確実であり、今のままでは診療体制が維持できない可能性があり、医師の声を踏まえて看護師増員の検討が必要である。
② 県立中央病院や市内の開業医との連携は良好であるが、小児救急は県立中央病院も受け入れが「不」可能で、地域的にも脆弱な状態である。県立中央病院に小児科医の増員が喫緊の課題となっている。
③ 2010年度末決算に基づいて「経営改善の点検・評価状況を勘案し、必要に応じ経営形態の見直しの検討を実施」(市立病院改革プラン:総務省に提出済み)となっていますが、常勤医師1人不足の状態では、これ以上患者数を増やすことが不可能である。市立病院は設備投資にかかる費用の借金返済(負債)がゼロで身軽な状態なので1人の医師確保ができれば、収益の黒字化が図れるものと考える。

6. 「質の高い」医療を病診連携・在宅医療で提供できる

 これまで県立病院をはじめとした大病院に受診すると、何でも診てもらえるので「安心」という患者の要望が病診連携を阻害してきた。今回、病診連携で医療の「質」が確保でき、在宅医療で生活の「質」が確保できるなら長期入院の弊害が減少し患者にとっても幸せであることを知っていただく目的でテーマとした。佐藤先生(医師会開業医)は「笠間地域では県立中央病院の呼吸器内科の連携が非常にうまくいっている」「医療側の効率的で質の高い医療を目指すには医療連携は必須で、ガン患者の在宅医療は綿密な連携を取ることで在宅療養ができる環境を目指している」「訪問看護ステーション、ケアマネージャー、ヘルパーと集まって在宅の患者さんを支える仕組みづくり」をはじめたと話された。病診連携によって、県立病院、地域病院、クリニックが相互に特徴を理解して連携した診療が行えるなら、病院は人材および医療機材の重装備化を避けることが可能であり、地域資源(訪問看護ステーションなど)のレベルアップにつながることが明らかとなった。また、市立病院は「開業医の先生方の訪問医療患者の病状悪化時には24時間バックアップ病床を確保している」ことが地域医療として重要であり市立病院の役割であることが確認された。山口伸樹笠間市長は「高齢化率が24%近くなっているので足の確保というのが一つの行政課題でありデマンド交通をスタートさせた」、より高齢者の医療アクセスができるようデマンドタクシーの経路・乗降の見直しをすすめると応じた。4月以降、運行コースの見直しが実行された。

7. 最後に

(1) 公立病院には財政援助の必要性
 自主財源が少ない笠間市では、地域活性化・経済危機対策事業及びグリーンニューディール事業の実施で1億3,656万円が国から繰り入れられ、病院維持に要する機器の買い替えや設備の更新が行われ病院会計負担を抱えずに済んだ。公立病院を円滑に運営し機能を維持していくには国からの財政支援が不可欠だという証である。今回のシンポジウムで明らかになったのは、同一地域内に小規模市立病院と大規模県立病院が機能分化して医療連携によって並存しながら、小規模市立病院を医師会・開業医と協同の一次救急の拠点・センター化し住民の生命と健康を守っていく試みであり、再編成・統廃合でゆれる全国の公立病院のモデルケースとなりえると確信した。

(2) 市民の意識変化を促す
 住民の大病院にかかっていれば安心だとする「間違った」意識を、クリニックと病院との医療連携で「質の高い」医療が提供できる可能性があることを提起できた。医療は市民のものであり患者主体の医療がすすめられている今日、変わらなければならないのは患者や市民の意識であることを促した。また、市長自ら出席して市立病院の必要性を市民に問いかけた成果は大きいものがある。このシンポジウムを成功に導いたのは、①公立病院(県立・市立)の職場に労働組合と運動があったこと、そして②石松笠間市議会議員が、議会の場で病院会計の赤字の原因が国の医療制度改悪にあることを明らかにし、一貫して行政が地域医療に責任を持つよう求めてきたこと、③職場労働運動と「地域医療崩壊」を考えようとする市民の運動が結びつき、幅広い広いネットワークを組んで多様な関係を地域で築くことができたからである。
 今後、市立病院が地域医療を担える体制をつくるためには、「茨城の地域医療を考える会」と地域で奮闘している人々が有機的に結合しながら支援する運動が求められている。