1. 筑後市介護保険の沿革
当市は、人口約48,000人、介護保険被保険者数約11,000人の介護保険の保険者である。加えて面積は約43万km2(7㎞四方に満たない)の狭隘な条件にある。
2000年の制度開始時に、大学の研究者などからは「人口5万人規模で面積も小さく、理想的な保険者モデルである。」と言われていた。確かに、施設や在宅両方に目が届きやすく、予防対策やサービスに対する利用者の声も把握しやすい。別の表現を使うなら「保険者が介入しやすい環境」にあるといえる。在宅サービス中心の計画を進めてきたことから、第4期事業計画期間の標準保険料は月額3,800円と県内で一番安く設定できている。
一方、平成の大合併で周りの市町村が、人口6~8万人(被保険者数約2万人)程度で面積の広い都市へと変わっていく中で、当市のような面積規模、被保険者数の保険者は県内でも少なくなってきた。
介護保険の受給者(要介護・要支援の認定を受けた者)は1,600人~1,800人(法施行後10年で変動あり)で、利用者が約1,200人、うち施設入所者350~400人(受給者数と同様の変動あり、近年は減少傾向)。認知症対応型共同生活介護(以下「グループホーム」という。)は63床(2010年9月現在)である。
2. 2006~2009年度に起きたこと
地域密着型サービス(筆者註 ここでは地域密着型予防サービスを含んだところでこの言葉を使う。以下同じ。)は、介護保険法第78条の12及び法第115条の2の規定により、
●市長村長が指定を行う
●当該サービス事業所の所在する被保険者のみが保険給付を受けられる(所在市町村の被保険者のみが利用できる。)
とされている。
このシステムは2006年の法改正に伴って導入された。これにより、保険者がより多くの権限を行使できるようになった。住民負担に影響を与えるサービス基盤整備について、被保険者により身近な存在である基礎自治体が指定を行うことは、理にかなっていると思われるし、サービスの質の検証という点で、指導や監査等の権限が与えられたことも良いことであると筆者は思った。
しかしながら、当市においては、看過できない幾つかの現象が現れた。
(1) 現 象
① サービス供給過多?(お客がいません)
第3期計画の最終年である2008年に、複数のグループホームで定員割れが生じた。一時は、2ユニットのホームで3人の定員割れが3ヶ月続くということもあった。既存の事業者より、その状況でも第4期にグループホームの増床を行うのかとの批判があった。
また、認知症対応型通所介護(以下「認知症デイ」という。)の単独型施設では、2006年開所から、2009年度末になるまで、各曜日とも満員になることは一度もなかった(毎日定員割れ)。筆者は、この認知症デイの施設長から、「他市の被保険者から自分のところを利用したいという要望があるのだが」と相談されたことがある(他保険者に営業にいってよいか、との打診)。
② 事業所参入の不活性化(誰も手をあげません)
第3期介護保険事業計画(2006~2008年度)においては、グループホーム、認知症デイ、小規模多機能型居宅介護(以下「小規模多機能」という。)を公募したが、事業参入が極めて不活性な状況にあった。小規模多機能については第3期計画期間中は応募ゼロであり、2010年現在でも未整備である。
こうした事業者の参入の手控えは、当市のみの状況ではなく、(自費建設ではどこも手を上げないので)国県の建設費補助金(「地域介護・福祉空間整備等施設整備交付金」「福岡県介護基盤緊急整備補助金」)が用意されるようなこともあった。
麻生政権末期の2009年度に建設費補助枠が増加され、ようやく事業所参入が活性化してきた感があるが、それでも小規模多機能サービスをサービス単体でやれるというような事業者は存在しない。グループホームや有料老人ホームと併設の形でないと苦しいとの声はよく耳にする。
③ 事業所指定と市町村の能力(開設の後のリスク)
(地域密着型サービスに限らず、都道府県指定のサービスにおいても同様のことがいえると思われるが、)悪質な運営を行う事業者は後を絶たない。比較的に地価が安いこともあって、「形を変えた不動産投資である。」などと言って、介護や福祉分野で全く実績のない人がしばしば営業にきたりする。筆者は、こうした事業者にビジネスチャンスを与えていいのかといつも思う。
近隣保険者では、グループホーム開設と同時に休業した事例がある。
また、建設費補助金の交付を受けた後、まともな運営を行わず事業所指定取り消しを受け、開設者が雲隠れしたため、資金返還に苦慮するといったケースもある。筆者は、事業所指定の担当の際、常にプレッシャーを感じていた。
指定の審査基準を厳しくする(自己資産比率や母体法人の外形標準的要件を付すなど)ことは、当市でも検討したことであったが、前項のような状況の中で、ハードルを高くすると更にサービス参入し難くなる事が考えられ、頭の痛い問題であった。
(2) 問題の原因と対応策
① 密着型ルール
地域密着型サービスについては、原則として、そのサービスが所在する市町村の被保険者しか使えないというルールがある。このことは、「自分たちが使うもののために、自分たちの保険料を(同一に)負担する。」ということからすれば、納得しやすい、とても良いことなのであるが、サービス提供主体である事業者からすればとても迷惑な話なのである。
(表 法改正前のあるサービス事業所の利用者構成比) |
A市
対 象 6人 |
筑後市
対 象 7人 |
B市
対 象 2人 |
D市
対 象 3人 |
表に示したような利用者構成の小規模多機能事業所が筑後市にあったとする。2005年度までは、近隣の都市からの利用者も多く、広い地区を提供地帯としていたわけだ。ところが、法改正以後はいきなりマーケット規模が約3分の1に狭められたことになる。
また、1つのサービス主体で足りていた提供機関が4つ必要になるという矛盾も生じてくる。これは、デフォルメしたモデルなのだが、保険者規模(対象者数)が小さくなればなるほど事業所運営は厳しくなるわけである。
このことは、定員割れの原因であると同時に、事業所参入が活性化しない要因の一つであると思われる。
【考えられる方策】
・近隣市町村との相互利用を促進する。
・グループホームも密着型特養も本質は「施設」である。住所地特例を適用するルールの方が合理的である。都道府県レベルでの調整が必要では? このことを国県に要求していく。
・計画見直し時点では、本当に必要なサービス量であると捉え基盤整備をした、或いは基盤整備しようとしているのに、利用者がいないというのは別の原因があるはず、「利用者負担が高い」等の理由で利用手控えをしているのなら、それに対する対策を考えなければならない。
② 基幹サービスとの競合
地域密着型サービスは、本来、認知症に特化したサービス(グループホーム、認知症デイ等)やレスパイトケア(小規模多機能、巡回型訪問介護)などを目的とした「特別な」サービスであり、一般のデイサービスや特別養護老人ホームとは別の性格が期待される。
しかしながら、グループホームが特養の待機場所のように使われていたり、一般のデイサービスと比べて認知症デイの方が高い利用料であるために、利用する人が少なかったりする。
利用者が欲しいと思っている機能は、デイに通ってもらい家族が休息できるとか、ショートステイを使わせたいとか、そうしたものであり、それは地域密着型サービスでなくとも充足される。小規模多機能が成功しないのはこんな理由によるのではないだろうか。
筆者は、利用者にしてみれば、地域密着型サービスに期待される専門性や独自性が魅力になっているのではなく、基幹サービスの代替的なサービスにしかなりえていないように思えてならない。そうなると、当該サービスが根付く環境が本当にあるのかとも思える。
自省も含めて書くが、当市が「よその市には小規模多機能があるのに、筑後市にはない。だから1つは作りたい」といった理由で、基盤整備を進めようとしたことは大きな間違いであったと思う。
【考えられる方策】
・昨年、当市のグループホーム協議会主催で、介護の日のイベントとして、入居者のお遊戯発表会を行った。保育所や幼稚園にも働きかけ、園児たちとの交流を行った。このように、地域向けのアピールは有意義であり、保険者サイドでのサポートが必要。
・計算療法や音楽療法、ナラティヴ・アプローチなどに積極的に取り組んでいる事業者もあれば、一般のデイと全く同じメニューをやっているところもあり、事業者ごとの力量差が大きすぎる。新しい取り組みをしている事業者には側面的な支援を積極的に行う。同時に全体のレベル向上のため、保険者主催、または事業所協議会等が取り組む研修会等を充実させたり、相互の見学会を実施する。
③ 市役所の力は?
介護保険制度において、市町村の役割が大きくなったことは大いに歓迎すべきことであるが、当市のような保険者規模ではやれないことも多い。例えば、事業者参入を促進するための当市独自のインセンティブなどは、とても困難である。また、事業者指定等において、その法人が安定的な経営をやれるかの診断能力や調査能力にも乏しい。
「介護保険は性善説でなければやっていけない。」とは、制度開始当初によく耳にした言葉であるが、筆者は、安易な民活万能論や、「安かろう、良かろう」といった理解の仕方などは、最初からおかしいと思っていた。グループホームの火災や虐待の問題等、保険者の指導がちゃんとしていれば防げたはずのことが未だに多く残っていることは、残念で仕方がない。
今後は、事業指定から指導までより厳しい態度で臨む必要があるし、そのためには事業所担当の能力が問われてくるだろう。一方で、行革の推進に伴い、これ以上はできないという程に職員定数が削減されており、人員配置は非常に頭の痛い問題である。
【考えられる方策】
・隣接の久留米市では、事業指定時の選定委員会に中小企業診断士を入れ、事業所の資金計画等が杜撰でないか、実現可能な計画であるか等のチェックをかけている。このようにチェック機能を強化することは大変重要で、指定事業者を選考するコンペティションを行うにあたっては、専門職の委員を外部招聘するなどの検討が必要である。
・今後の事業指定にあたっては、外形的要件のクリアや法人の自己資金比率を問うなど、要件を厳しくすることも必要。そのためには、「筑後市が求める地域密着サービス介護事業の担い手」等のヴィジョンを明らかにし、要綱等を整備し直さねばならない。
・開設者の資産(残高証明等)、母体法人の信頼性等、調査を行うことが重要。とりわけ、介護や福祉事業面の実績確認については、保険者間で情報提供し合えるような関係を築くこと。こうした調査は住民の安全に関する事などで、情報漏洩にはならないと筆者は考える。
・コンプライアンスについては、きちんとした説明ができるよう、保険者側の担当職員も日々研鑽が必要である。
3. まとめ
当市の状況について語りながら、実は、平成の合併以後生まれた近隣の「新市町村」においても、同様の状況があることに気づいた。
それは、合併したからといって、法人住民税が急激に増収となったりしないことと同様に、介護保険事業に流れる給付費が一気に増大することはないからである。利用トレンドについても、合併で何かが変わるわけではない。例えば認知症デイを利用するのに、新しく市に組み入れられた片道25㎞先にある地区のセンターに通うか? 答えはノーである。そういう点では、介護保険サービスは、元から「より身近な地域」を想定したものなのである。
合併でメリットがあるとするなら、事業者の活動(営業)地域が拡大できるという点である。グループホームの場合は、その利点を最大限に生かすことが出来る。しかしながら、既にサービス飽和になる地域もあり、その中での事業運営はかなり難しいようだ。
筆者は、地域密着型サービスの設計図は、マンション群が立ち並ぶ中核都市以上の保険者を想定したものではないかと考える。マンションの1階ホールが小規模多機能といったイメージである。それならば、かなり効率よく事業運営できるのかもしれない。しかし、その基本設計図をそのまま田舎にもってきて、上手く運用できるのか、未だに疑問に思うところである。 稲城市の石田光広福祉部長は、規制改革会議介護タスクフォースの中で、「施設サービスについては、都道府県を保険者とし、居宅サービスや地域密着型サービスは市町村を保険者とする。」との意見を述べておられる。また、「住所地特例は廃止すべきで、都道府県が施設給付の保険者になればこの問題は解決する。」とも語っておられる。
これは、施設サービスの総量規制に対して、事業者や利用者サイドの不満が大きく寄せられている事に鑑みた一つの意見である。筆者は、これを読んで、地域密着型サービスもまた同様の問題を抱えているのだが、と思った。
地域密着型サービスは未だに実験的要素が大きく、高齢者の人格を尊重したサービスや独自のケアアプローチが行われているか、そのエビデンスがきちんと検証されているのか甚だ疑問である。単に基幹サービスの代替だけを行っているのなら、そんなサービスは必要ない、とは何度も述べた。ともあれ、そういう実験的要素の大きいサービスであるのなら、国や県が指定や指導を行うべきなのかもしれない。また、グループホームなどは、ちゃんと「施設サービス」として位置づけるべきであると思っている。
最後に、様々な問題があるにせよ、地域内における社会保障の資源として、地域密着型サービスは重要なものであり、住民が真に欲するサービスとして定着させていかねばならない。
小規模都市で人員も専門的人材も不足だ、という言い訳はせず、知恵を出してこのサービスに取り組んでいかねばならない。
利用者の要望を正確に把握し、どのような基盤整備、どのような事業推進を行っていくのか、市町村職員の益々の能力向上が必須であるように思う。
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