【論文】自治研究論文部門優秀賞

第33回愛知自治研集会
第6分科会 自治体から子育ち支援を発信する

 都市部の自治体において、待機児童の解消は、最も対策が急がれる政策分野のひとつでしょう。本稿では、川崎市における待機児童数に着目しつつ、公開されている資料や統計などから、市民の目線でこの問題を考えていきます。前半部分では待機児童問題の構図を確認し、続いて待機児童問題に包含される、見逃せない問題点について言及します。それらをもとに、今後の保育サービスについて考えていきます。



都市部における待機児童問題を市民の目線で読み解く
―― 川崎市を事例として ――

神奈川県本部/(社)川崎地方自治研究センター・研究員 瀬藤 聡彦

 都市部の自治体において、待機児童の解消は、最も対策が急がれる政策分野のひとつでしょう。今年4月時点での待機児童数は、東京23区や横浜市などでも増加傾向に歯止めがかかっていません。川崎市も、あまりよい状況とは言えず、人口一人当たりの待機児童数となると、全国トップクラスです。
 待機児童が増加していることについて、市長は今年6月2日の定例会見で「潜在需要が読めず、大変難しい問題だ。あらゆる工夫をしてゼロにしていきたい」、「『保育緊急5カ年計画』(2007年7月策定)も初年度から崩れてしまい、正直、お手上げ状態」と厳しい状況を説明しています。いかに需要が読みにくく、また強く伸びているのかが端的に感じられる発言かと思います。
 都市部において顕著に見られるこの待機児童問題について本稿では、公開されている資料や統計などから、市民の目線で考えていきたいと思います。前半部分では待機児童問題の構図を確認し、続いて待機児童問題に包含されているにもかかわらず、それほど取り上げられないけれども見逃せない問題点について言及します。それらをもとに、最後に少し展望などを考えていこうと思います。

1. 待機児童問題の難しさ

 自治体は、児童福祉法第24条の定めにある通り、家庭で保育することができない児童について、保護者から利用申請があった場合は保育所で預からなければならなりません。また、利用申請をしたけれども認可保育所に入ることができない児童のことを、いわゆる「待機児童」と呼んでいます。ただし待機児童の定義はもう少し複雑で、そこには見逃せない問題点も隠されています。このことについては、後半部分で考えて行きたいと思います。

(1) 川崎市における待機児童問題の構図
 さて、保育サービスの対象となりうる川崎市内の就学前児童数は、80,012人(2010年3月末)となっています。これに対し、保育所に入所している児童数は15,435人(市民・こども局「平成22年4月保育所利用申請・入所待機状況」)となっています。保育所には就学前児童の過半数が通っているイメージが一般的かもしれません。しかし実態は全体の2割程度でしかなく、それ以外の児童数が約65,000人と大多数なのです。後述しますが、このことが待機児童数の需要予測を難しくしています。
 保育所に通っていない児童の内訳は、幼稚園児童数が約23,000人のほか、認可外保育所の利用者や、市が運営する保育所ではない保育施設の利用者約1,000人、あるいは家庭で育てられている児童などとなっています。そのため、保育所の定員数を就学前児童数の総数にまで引き上げなければなければならないわけではありません。しかしながら、認可保育所に通わせていない保護者の中には、本来であれば幼稚園よりも保育園に通わせたかったり、認可保育所をあきらめざるをえず、認可外保育所に預けているケースが多数あるといわれています。これらは、潜在的待機児童と呼ばれており、その数は一都三県で約72万人だという研究も見受けられます。これを人口比で単純計算すると川崎市には3万人程度の潜在的待機児童がいることとなり、保育所定員を今の定員と合わせて45,000人程度までにしなければ待機児童問題は解決しないということになってしまいます。また、潜在的と呼ぶくらいですから、その数を特定し需要予測をすることが非常に難しく、保育サービスをどこまで拡大させればよいかはほぼ未知数だといってもよいかもしれません。さらに、これら潜在的待機児童のほかにも、育児休業制度の拡大や就業希望者の増加などの要因もあり、今後も利用希望者が増加していくことは必至で、舵取りは非常に難しいと思われます。

表1.川崎市における就学前児童数、待機児童数

 

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

就学前児童数

76,323

75,712

75,741

76,735

77,817

79,061

80,012

利用申請者数

12,916

13,204

13,505

14,409

15,013

16,384

18,032

入所児童数

11,386

11,676

12,034

12,820

13,475

14,430

15,435

待機児童数

775

597

480

465

583

713

1,076

入所していない児童数

1,530

1,528

1,471

1,589

1,538

1,954

2,597

 非常に需要が読みにくい状況ではありますが、行政側も手を拱いていたわけではありません。ここしばらくは、川崎市における待機児童数は毎年400~700人程度で推移し、受け入れ定数も微増し続けていました。ならば、予想されるニーズよりも多めに定数を拡大し続ければ、一見問題は解決しそうですが、実際は非常に難しい問題です。筆者が見てきた限りにおいては、市はむしろこまめに計画を改定し続け、着実に実行してきました。なんとしても待機児童問題をなくそうと、高い優先順位を与えられつつ進められてきたと思います。
 2002年2月 保育基本計画
 2003年5月 事業推進計画
 2005年3月 事業推進計画の改訂
 2007年3月 保育基本計画の改訂
 2007年7月 保育緊急5か年計画
 2010年3月 保育緊急5か年計画の改訂
 現在進行中の計画としては、2011年度までの10年間を期間とした保育基本計画が2002年2月に策定されており、翌年5月に基本計画に基づいた「事業推進計画」が策定されています。しかし、計画の予測よりも大幅にニーズが上回ったため、2005年3月に「事業推進計画(改訂版)」が策定されました。
 さらに、当初の基本計画策定から5年が経った2007年、保育をめぐる社会情勢等の変化に対応させるものとして、後半5年間を計画期間とする保育基本計画(改訂版)が策定されました。しかし、これら複数回の改定を経てもなお、問題は改善されませんでした。また、当初の基本計画で目標とされた2007年4月の待機児童数ゼロが達成困難になったことから、同年3月に「川崎市待機児童に関する緊急施策検討委員会」が設置され、保育基本計画(改訂版)の実行計画として2,595人の入所枠の拡大を盛り込んだ「保育緊急5か年計画」を取りまとめられました。この2,595人という数は、策定時の受け入れ定数である約13,000人から、2割も定員数を拡大させるものであって、当局の危機感を反映していたとも言えるでしょう。5年間で2割というのはこれまでにないほどの事業量の加速度的拡大で、人口増加のペースよりもずっと早いものでした。
 ところが、ほぼこれら計画に沿った事業が前倒しで進められたにもかかわらず、待機児童数は減少するどころか、むしろ増加傾向であったため、2010年3月に「保育緊急5か年計画」も改定され、2011年度末で認可保育所分だけで3,000人の定数拡大が計画されている状況です。

(2) 待機児童の発生要因
 それでもなお、待機児童は一向に増加傾向で、先行きは極めて不透明です。では、保育所のニーズが供給を上回るペースで伸びる要因にはどのようなものがあるのでしょうか。
 女性の社会進出の拡大、ひとり親世帯の増加、人口増、育児休業制度の拡充などが主な要因として挙げられるかと思います。これらの中でも、育児休業制度の拡充が最大の要因だといえるでしょう。昨年8月に厚生労働省が発表した雇用均等基本調査で、女性の育児休業取得率が90%を超えたことがわかりました。10年前は50%程度でしたから、大変な伸びです。育児休業制度が拡充されることによって、出産や育児に伴う女性の不本意な退職を減らすことができている一方で、保育所の利用申請を増加させているという構図が見えてきます。
 なお、女性の社会進出の拡大や、ひとり親世帯の増加なども、もちろん待機児童数に影響はありますが、一方でこれらは、育児休業制度がセットで制度化されていなければ、直接待機児童数の増加には結びつきにくいはずなのです。
 また、川崎市の場合は、ここ5年ほどで人口が10万人増えており、それに伴い就学前児童も増加しています。しかしながら、第2次ベビーブーマーが就学前児童であった頃は、市の人口約100万人に対し、児童数が約11万人と、現在よりも3万人も多かったのです。したがって、児童数の増加が直接待機児童数の増加につながるとは言い切れないのです。

2. 待機児童問題に包含される問題点

 ここまで見てきたとおり、供給を増やし続けても、ニーズは拡大の一途をたどっています。待機児童が解消できないことはよく報道などもされますから、市民の認知度も比較的高いかと思います。しかし、以下に述べるような待機児童問題に包含される点についてはなかなか触れられません。ここでは、待機児童という言葉そのものの持つ問題点と、保育ニーズを満たせない場合に、保育サービスが経済的格差を助長してしまう点を指摘します。これらの問題点は、見えにくいですが、しかし決して見逃してはならない問題点だと思います。

(1) 新定義による問題の矮小化
 日々の報道などで目にする待機児童(数)という言葉は、一見「保育所の利用申請をしたけれども入ることができず、入所を待っている児童(数)」であろうと思われがちです。ところが実際には、入所できないのに、この待機児童としてカウントされない除外項目(以下Aとします)が設けられていて、待機児童数といってもその半数程度しか実態を反映できていないという問題があります。
 (新)待機児童数=利用申請者数-入所者数-A
 (旧)待機児童数=利用申請者数-入所者数
 このAに該当するのは、「市の保育施策で対応している児童数」、「保護者が調査日時点で産休・育休中にある児童数」及び「保育所の入所申込が第1希望のみ等の児童数」などとなります。ただし、これら除外項目に該当し、待機児童としてカウントされなくても、入所待ちの待機リストには掲載されますし、政策対象から除外されるというわけではありません。あくまで、統計上はカウントされないことがある、ということです。
なお、この除外項目は小泉政権下の「待機児童ゼロ作戦」によるものであり、2002年に厚生労働省によって定義変更されているものです。この定義変更によって、待機児童数はそれまでの30~60%程度しか表面化してこなくなりました。実際には倍程度待機児童がいるはずなのに、数値化されないというのは、問題の矮小化であり、印象操作をしているような印象を拭いきれませんが、いずれ「かくれ待機児童」などという言葉が出てくるかもしれません。ともかく、1,000人待機児童がいるという発表であれば、実際はその倍くらいは「申請したのに入れなかった」児童がいるということになります。

(2) 格差の助長
 自治体は、保育所の利用申請者数に見合った定員数を提供できない場合は、利用希望者に優先順位をつけ(入所選考し)、その順に定員を埋めています。この優先順位は入所選考基準とよばれ、保護者の、就労、疾病・出産・介護等、就学、求職活動といった児童入所のための必要条件の程度に応じて決められています。
 自宅外・自営労働を月20日以上、1日7時間以上している場合が最上位で、就労時間が短くなると、優先順位が低くなっていきます。疾病・出産等は就労者よりもやや不利な設定です。最も不利なのが求職者や就労先が内定しただけの段階の保護者であり、その優先順位は上記の全てよりも低く、なかでも求職者は最低ランクとなっています。
 保育所はそもそも、「保育に欠ける児童」に対し保育サービスを提供する場ですから、就労者の優先順位が高いのは当然だと思います。しかしながら、入所希望者が多数いて、全てのニーズを満たせない場合に、まず求職者があぶれてしまうという点は、見逃してはならない問題点です。家計の状況などから、働きに出たいと考える保護者は増加傾向ですが、これらの保護者の児童は入所が難しくなってしまいます。逆に、両親がフルタイムの労働者であれば、家計はそれなりに余裕があるにもかかわらず、保育所入所が優遇されるという構図になっているのです。入所できずに、やむを得ず母親が仕事に就くのをあきらめたり、高い費用を払って認可外の保育所に預けるなど、格差を助長するような仕組みは、やむを得ない部分も多分にあるとはいえ、改善を目指すべき問題だと思います。

3. 待機児童問題の解決に向けて

 都市部における保育サービスのニーズは、ここまで見てきたとおり高まり続けています。ここでは、今後の展望を少し考えていきたいと思います。
 まず、短期的には何をおいてもとにかく供給増をしなければなりません。児童福祉法の定めにあるとおり、自治体は「保育に欠ける児童」にサービスを提供する責務があるのみならず、先に述べた格差の助長問題も見逃せません。そもそもは就労者のための行政サービスであり、就労者が優先されるのは当然ですが、求職者であっても困ることなく預けられるように拡充を目指すべきでしょう。
 供給増の達成手法については、すでにいろいろとアイデアが出され、政策化されてきています。保育ママ、認可外保育所の認可化、企業内保育施設への助成などです。これらのほかに、NPOとの一層の連携強化、あるいは老人福祉施設との併設、交通拠点などにおいてまちづくり拠点としての整備なども考えられると思います。現行の法制度では難しいものもあるでしょうが、それらを乗り越えなければなりません。
 ただし、長い将来を考えると、保育所を増やすだけというわけにはいきません。すでに全国レベルでは人口減少社会となっていますし、都市部においても少子高齢化のより強い波がいずれ必ず訪れます。整備した保育所が目的外利用もできるような造り方の工夫が求められるのかもしれません。
 また、これはやむを得ない問題ではあるのですが、現状は保育といえば待機児童問題ばかりが大きく取り上げられ、また政策課題となってしまっています。子どもにとって望ましい保育サービスの姿や、新設の保育所が民設民営に偏っていることなども、もう少し取り上げられ、議論されるべき重要な点だと思います。
 さらに言うならば、保育所の利用申請をしていない児童や、認可外保育所を利用している児童についてももう少し政策的に着目すべきだと思います。現状では、これらの児童数を調べることさえかなりの手間がかかり、調べようがないケースもあるのです。これでは、正確な保育サービスの需要をつかむ手がかりが少なすぎるのではないでしょうか。これらを統計化し、就学前児童全体に対する一般的な保育サービスを検討することも、将来的には検討されてしかるべきだと思います。

4. おわりに

 このテーマを追うようになった発端は、就学前児童全体のうち、いったいどれくらいの児童が保育所を利用しているのだろうか、という点でした。たとえ大まかであったとしても、このことがわからなければ、待機児童問題についてよく理解できないと感じたのです。調べ始めてまず最初に驚いたのは、想像以上に保育サービスを受けている児童数が少なかったこと、需要の圧倒的かつ潜行的な伸び、そして対象とならない範囲への無関心です。待機児童問題の解決がいかに難しい政策課題であるのかを強く認識させられました。
 世界規模での先の見えない不況や財政状況、市内の急激な人口増、少子高齢化、共働き世帯の増加、潜在的待機児童の存在など、保育政策をめぐる環境は非常に多種多様にわたっていて、長期にわたる正確な需要予測は極めて難しそうであるのは、これまで見てきた通りです。しかし、子どもの減少は社会の弱体化に直接つながってしまいます。これまでの社会経済のしくみでは、子どもの減少が続いてきてしまいました。安心して子どもを生み、育てることができるよう、一歩一歩状況が改善されることを願いつつ、筆を置きたいと思います。