4. 後期高齢者医療制度の問題点と新たな高齢者医療制度
(1) 後期高齢者医療制度の問題点と国保への影響
後期高齢者医療制度は、初年度から多くの問題点が指摘され、低所得者に対する保険料の軽減措置の見直し、保険料の支払方法について、年金天引きと口座振替の選択制への見直しなどが行われ、さらに制度が複雑化してきている。日本の医療保険制度は、国保にしても被用者保険にしても全てが「世帯」を単位に加入し、世帯主が保険料(税)を支払うしくみとなっていたが、後期高齢者医療制度は、75歳以上が「個人」で加入し、「個人」ごとに保険料を納めるしくみとなっている。
後期高齢者医療の被保険者は、ほとんどが年金生活者で、100歳を超える人、認知症の人、1人暮らし、寝たきり・など、経済的にも身体的にも虚弱な環境にある人が多い。納付書や保険証を送付しても理解できない、文書が届いてもわからないことも多い。高齢者医療制度の改革にあたっては、保険という視点だけではなく、もっと高齢者の特性や福祉的な視点を考慮する必要があったのではないだろうか。わが国には、家族や地域で支えあうコミュニティがあったはずだ。国が「世帯」から「個人」へと保険の基礎を変えたのは誤りだったのではないだろうか。
国保においては、収納率98%以上の優良保険者であった75歳以上が抜けて、全国的に保険税の収納率が1%以上低下した。また、広域連合に市町村職員を派遣したものの、市町村の業務は軽減されず、新たに保険料の徴収業務が加わるなどして老人保健時代よりも事務量は増加した。その他、広域連合が運営主体であることから、市町村には決定権がなく、業務の責任の所在がはっきりしない、また、制度開始後に市町村の業務に広報・相談業務が加わるなど混乱を招いた。市町村では、国保と同じ部署での職員体制の中で業務が実施されているところも多く二つの複雑な制度を理解しながら業務に携わることに職員の負担も大きくなっている。
(2) 新たな高齢者医療制度への期待
2013年度から実施予定の新たな高齢者医療制度の内容について、本年8月に「高齢者医療制度改革会議の中間報告」が出された。詳細については、まだ、不明なことも多いが、被保険者の約80%が国保に、約20%が被用者保険の扶養家族として戻ってくることになりそうだ。一方、75歳(又は65歳)以上についての財政運営は、現在の制度の考え方を残して都道府県単位となる(案)が示されている。
これによって世帯単位が基礎となることには賛成だ。ただし、運営主体は、都道府県が担うことが必要だと考える。広域連合では中途半端で無責任な運営になる可能性が高く期待できない。制度開始時点から批判を受けたことの多くは、増え続ける高齢者の医療費をどう賄うかという財源問題に視点がおかれ、高齢者という特性、福祉的な視点がおろそかにされたことによるものと考えられる。「保険」だけでなく、「高齢者の生活を守る」視点に立った制度設計がなされることを期待し、今後の改正案の内容に注目していきたい。
5. 滞納・貧困世帯の増加~市町村国保と地域社会へ求められるもの
(1) 格差社会の中での「無保険」状態となった貧困世帯の悲劇
国民の社会保障費に対する負担率が高くなるとともに、年々滞納世帯も増加し、小泉政権下で進んだ格差社会の進行とともに保険料(税)を払えない低所得者層が増加してきた。滞納世帯にも、悪質な滞納世帯もあれば、経済的に本当に払えない世帯があり、その実態を十分把握し見極めることが市町村の国保には求められる。
国民皆保険のわが国では、本来、「無保険」という言葉は、公的には存在しないが、過去に、大阪府守口市では58歳の女性が治療を我慢して衰弱死、京都市では、国保に未加入の61歳のトラック運転手の男性が、一旦は国保加入を相談したものの、2年間の保険料の遡及による高額な保険料負担のために加入が遅れ、病院への受診が遅れたことから大腸がんで亡くなった事例など……、「無保険」状態で治療を我慢した結果の無念の死が、まさに「国民懐保険」として報道されたことがある。
現代社会は、物は豊かになったけれども、人と人の繋がりが希薄となってきており、近隣の声かけ、助け合い、会話がなくなってきている。国保は、社会保険方式の助け合いの制度である。格差社会の貧困階層のうち生活保護世帯を除くほとんどが国保に加入しており、所得が皆無でも、7割軽減世帯として保険料(税)の軽減制度は適用されるが、保険料(税)負担は求められるのである。小泉政権以来の格差社会の広がりによる低所得者層の増加と固定化、景気低迷がそのわずかな担税能力も追い討ちをかけるように奪っている。まさに、貧困を促進しているのである。また、高齢者の所在不明、児童虐待の増加など、地域や家族の絆の喪失による「心の貧困」「人間関係の貧困・喪失」が要因ともいえる信じられない事件も発生している。
(2) 市町村国保に求められる滞納世帯への対応
国保担当者にとって滞納世帯の実態把握は重要である。市町村国保担当には、きめ細かな納税相談、納税指導、必要に応じて家計を安定させるための生活相談までも求められる。一方で、納税相談の中で、公務員バッシングといわれる暴言を受けじっと耐えることもしばしばである。
昨今、「無縁社会」という言葉まで出てきた。相談相手、会話をする人がいない。親・兄弟・家族間でもその所在すら知らない。個人個人が……家族も誰もいない孤独な中で死を迎える。このような現実が国保加入者または未加入者の中で起こりうるのである。滞納世帯のきめ細かい実態把握、適切な指導を確保するためには、国保担当者の知識と経験、相談体制の充実・強化、介護や福祉などの関係部署とのネットワーク、行動力、現場力の整備が必要である。そして、これらを十分機能させるためにも、困ったときに相談しやすい環境づくりが求められている。
6. これから求められる行動と選択についての考察
(1) 健康づくりと疾病予防対策の推進
1987年度から「国保3%推進運動」(1998年度から「新国保3%推進運動」に改称)が全国の保険者で推進されている。保険税の収納率の1%以上の向上、レセプト点検などの医療費適正化対策により国保医療費の1%以上の財政効果を上げること、保健事業費に保険料(税)の1%以上を確保し健康づくりを推進すること、これらを合わせて3%以上の目標達成に全国の保険者が取り組み、治療から予防へ、適正受診訪問指導、ジェネリック医薬品の普及促進などの施策を展開してきている。医療費の節約は、国民一人ひとりの自覚と行動で推進可能であり、いつの時代でも求められるが、これだけでは、増え続ける医療費に対応する十分な財源を確保するための解決にはならない。
(2) 医療費抑制政策と規制緩和による弊害の再チェック
厳しい財政状況の中であっても、高齢化の進展による医療費の自然増は避けられない。小泉政権下で「骨太の方針2006」に基づく毎年2,200億円・5年間で1兆1千億円を目標とした社会保障費の削減……診療報酬のマイナス改定、医療費抑制、医療従事者増加の抑制という各種施策が実施されてきた。この施策を継続していくと、現在の医療レベルの確保は困難となり、医療従事者の過重労働、長時間待機、長時間待ちの医療、医療技術の進歩も停滞してしまい、安心した医療の確保や提供が崩壊してしまうことが危惧され、これが今日の医療崩壊を招いた要因であるといっても過言ではない。医療費抑制政策はもう限界にきている。
一方、医療や介護事業への参入の規制緩和によって、従来は公的立場で提供されてきた事業が民間の利潤追求的な視点により、必要以上の医療や介護の提供がなされるようになってきているのではないかと疑問視せざる得ない事例も確認されている。国や県においては、医療・介護に関わる民間事業者の指導監督を強化し、本当に必要な医療や介護サービスが提供されるようにチェック機能を強化し給付の適正化を図ることが重要と考える。
(3) 国民の負担増と医療費抑制政策の転換
医療費が増え続ける限り、特に低所得者と高齢者を多く抱える国保の運営では、社会保険方式による住民負担に限界も出てくる。財源の確保に、今年7月の参議院選挙でも争点となった消費税論議は避けて通れない課題である。1%の増税で2兆5千億円の税収増が図られるといわれており、5%の増税で12兆5千億円の税収が確保され、医療費抑制政策の転換が可能となる。しかし、日本国民は増税には敏感である。消費税を目的税として社会保障費に限定して使用することが検討されているが、目的税化すると、医療費が増えれば財源が不足し、さらなる消費税の引上げにつながる不安も出てくる。消費税で全てを賄う必要はないことも考える必要がある。国が国民への十分な説明責任を果たし、理解が得られ、国の施策への国民の信頼がなければなかなか容認されない。
しかし、最近の新聞等のアンケート調査では、「医療費や社会保障のためなら負担増もやむを得ない」という回答も多くなってきている。政府への国民の信頼が得られ、安心して暮らせるようになると確約が得られる税制改正、消費税の増税であれば国民の理解は得られるのではないだろうか。ただし、生活必需品は5%の税率を維持するなど複数税率の採用などにより消費税の逆進性を十分考慮した低所得者への細かい配慮を行うことも必要と考える。
(4) 国民健康保険事業の広域化と都道府県単位の運営について
厚生労働省は、2013年度を見据えて環境整備を図るために2010年に各都道府県に広域化計画「広域化支援方針」の策定を働きかけている。これは、県内での事業運営、財政運営の広域化などの基本方針を策定することとされ、この計画を策定した都道府県の市町村においては、保険料(税)の収納率が一定の基準を下回っても普通調整交付金のペナルティを課さないとなっている。
国保が都道府県単位になることは、財政基盤は強化されるが、同一県内でも市町村の医療費の格差、保険料(税)の格差があり、これを統一することにより市町村によっては現在より保険料(税)負担の増減が見込まれるため、どこまでが県民が納得できる範囲かを充分見極める必要がある。
ただし、都道府県単位になったとしても、現在のような国保被保険者の年齢構成や財源構成、経済状況が続けば、市町村合併により一時的に市町村国保の基盤強化が図られたことの延長に過ぎず、将来にわたって安定した国民健康保険事業の運営は必ずしも約束されないと考える。
(5) 国が責任を持って運営する地域保険としての一元化
市町村での国保の運営が限界となりつつある中、当面、市町村から都道府県単位を軸とする再編・統合による広域化でしのげるかもしれないが、わが国は国民皆保険によって、全ての国民が平等に、全国どこの医療機関でも一定の負担を支払えば病気やけがを治療できる制度を維持してきた。最終的には、国がリーダーシップをとって、国が責任を持って国保も被用者保険も一元的に運営できる保険制度にならなければならないと考える。
ただし、医療保険制度の一元化は、すぐに実現できる容易なものではない。被用者保険と国保では、サラリーマンと自営業者の所得把握の違い、事業主負担の扱いなどの課題があり、国民が納得できる国民的論議が必要である。
真の国民皆保険制度に基づく医療保険制度を維持していくためには、国が責任を持って財源を確保し、国民が安心して受けられる医療保険制度の運営主体となることが必要であると考える。
7. おわりに~国保の究極の目的は「福祉」
(1) 国保はわかったようでわからない、わかったかと思うとわからない……
私も自治体職員として国保行政に携わってきたが、度重なる国保制度の改正により、制度は複雑化し、内容的にも年々専門的な業務へと変化してきている。改正のたびに予算や業務が複雑化し、関係する職員は理解するのに苦労の連続である。国保はわかったようでわからない。わかったかと思うと制度改正が頻繁に行われ、またまたわからない……この繰り返しである。自治体職員が業務に精通しておかなければならないことは当然であるが、まずは、自治体で働く我々にとってわかりやすい制度や業務であることが求められると考える。
(2) 国民にわかりやすい信頼される制度への再構築!!
業務に関わる自治体職員にとっても難解な制度となってきている国保、この制度を国民に理解してもらわなければならないのである。極端な言い方かもしれないが、多くの被保険者が求めているのは、医療費の負担と保険料(税)の負担が高いか低いか、納得できる制度、利用しやすい制度であるかどうかであり、制度を複雑化して、難解なしくみにすることではない。国民の理解を得るためには、わかりやすい制度の構築、本当に国民の信頼と安心を確保できる制度を構築することが、長期的に安定した医療保険制度を運営する基礎となると考える。
(3) 国保の本来の目的は「福祉」が原点……
国民皆保険が成立して、間もなく50年を迎えようとしている。国保新聞(2010年7月1日付)の連載記事「ものがたり~皆保険50年」に1961年(昭和36年)当時の厚生省国保課長 首尾木 一 氏 が最近語った言葉が紹介されていた。「国保は福祉であるのが究極の目的です。国民の健康を守ることが目的なんですね。それが、加入者から保険料を徴収する保険という制度を採っているのは、あくまでも福祉という目的を達成するための手段ですから……」、つまり、国保は「福祉」でなければならないという理想と、「保険事業」として財政的に運営しなければならない現実との矛盾を、常に抱えてきた……というよりはその矛盾そのものを生きてきたという気がする」と述べられている。
長期的に持続可能な安定した医療保険制度を築くために医療保険制度改革は必要だが、「保険事業」という面が強化されると国民の福祉がおろそかになる。そして、国民生活が崩壊してしまう。国保は、低所得者層の生活を支える国民皆保険の最後の砦である。「国保は福祉であるのが究極の目的です」……この言葉を再認識して長期的に安定した制度設計、医療保険制度改革がなされることが求められる。 |