【自主レポート】 |
第33回愛知自治研集会 第8分科会 地方再生とまちづくり |
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1. はじめに 富来路(とみくじ)にちなんで賞品は「宝くじ」。1991年、わずか394人のランナーで始まったユニークなマラソン大会は、現在参加者約3,000人の大分県内でも質、規模ともにトップの大会に成長した。20回目の記念大会となる本年、念願のフルマラソンコースを始めて新設する。参加者が一応に答えるサービスの充実、スタッフの温かい対応、ランナーと地域住民・スタッフが一体となったフレンドリーな大会運営。そして何より、宝くじに代表される趣向の楽しさ……。 2. 富来路(とみくじ)への道 きっかけは、竹下内閣が行い日本中の自治体を喜ばせたり悩ませたりした「ふるさと創生資金」の1億円だった。国東町でもその使い道を巡って、町内から各種団体の代表者50人を招集して、ふるさと創生会議なるものが開かれた。その会議の中で一つのイベントとして「マラソン大会」の開催が提案された。当初、このマラソン大会の候補地は、黒津崎海岸地区(美しい砂浜が特徴)を始め安国寺地区(古代遺跡や寺院が特徴)や富来地区などが挙げられていた。しかし、道路の交通規制等から計画は進まず棚上げ状態になったままであった。そこで、ふるさと創生会議に富来地区より参加していた委員によって、地元のまちづくりグループ「富来ようなれ会」が1989年頃より地域振興の取り組みとして売り出した、縁起の良い「富来」の地名を「宝くじ」に結びつけ神社仏閣を中心とする文化財等を巡る“開運ロードとみくじ”「とみくじ当選参り」の道をマラソンコースとして活用する本大会が立案され、地域からも歓迎された。このとみくじマラソン大会のPRイベントとして、夏には「富来路ハイク」と称して、宝船を先頭に七福神に仮装したスタッフと参加者で富来路を「当選参り」して歩くウォーキングイベントも5年間実施し好評を博した。こうした1989年頃から1996年頃までの草創期「富来路」の普及イベントは、TVや雑誌などのメディアにも取り上げられ、富の来る路「開運ロードとみくじ」の名が町の内外に知られるようになった。 3. マラソン専門誌『ランナーズ』で大会100選に12年連続ランクイン とみくじマラソン大会は、全国的に見れば、けっして大きな大会ではないが、『ランナーズ』(月刊誌)というランニング専門誌の「走ったランナーが選んだ全国ランニング大会100選」に12年連続選ばれ、人気のあるマラソン大会として不動の地位を築いている。ちなみに、大会100選のうち12年連続ランクインは最多であり、全国で20大会しかない栄誉である。「九州の田舎で、そんな人気大会があるわけない」と、『ランナーズ』の出版社から偵察の取材が来たこともあると言う。そんな、とみくじマラソン大会。最初は周辺地域の参加者が中心で、わずか394人のランナーで始まった。翌年から広く県外からも参加を呼びかけた。スタッフ自ら他の大会に赴き、交通が不便そうと言われながら知名度のまったくない大会のチラシを一枚一枚配って回った(このPR活動は現在でも行っている)。その甲斐あって、第2回900人、第3回1,800人と2倍のペースで参加者が増えていった。コースの方はまちづくりグループ「富来ようなれ会」の協力を得て、開運ロード富来路(とみくじ)を走る縁起の良い10km(10×千=当選:とうせん)のコースで始めるが、10kmはありきたりだとの積極的な姿勢で、第5回から20km、第10回から30kmとコースを増やし、本年の第20回記念大会から42.195kmのフルマラソンコースを新設するに至った。家族での参加者もいることを考慮に入れファミリーコースや2km、5kmのコースも増やして来た。 4. 宝くじ7,000枚を購入 参加者全員の参加賞として、また入賞者の賞品として配られる宝くじは、当初、宝くじ協会の運営を受託されている第一勧業銀行(現 みずほ銀行)大分支店の宝くじ関係部局から、直接購入していた。今では、有名な占い師「新宿の母」のお告げにより、「南大分ジャスコ前の売り場」で購入。店の前には当たりくじの実績を示す看板が所狭しと貼ってあり、大分では有名な売り場。新宿の占い師には、大分県の売り場リストを送っただけなのに、この売り場を指名するとは、大会実行委員長もこのお告げには驚いたようだ。以来、毎年その店で約7,000枚もの宝くじを購入している。 5. 宝くじと観光の融合「キーワードは富が来る“とみく”」 ところで、イベント立ち上げの頃、まちづくりグループ「富来ようなれ会」の一人は、第一勧業銀行の株主となり、大分支店へ宝くじ事業関連で「開運ロードとみくじ」及び「とみくじマラソン大会」の支援を依頼している。しかし、銀行からは、受託事業のため直接に支援は出来ないと断られている。だが、間接的に宝くじのキャンペーンガールの訪問取材、テレビ東京や日本テレビ取材(特集映像の放映)などを受けるきっかけを作ることに成功する。この他、宝くじ関係の雑誌出版者への取材依頼と関連記事の掲載、NHKの取材と関東地方へのTV放映、大分県東京事務所、同名古屋事務所、同大阪事務所、同福岡事務所への関係資料配布など、この初期に行ったPR活動が「開運ロードとみくじ 富来路とうせん参り」を国東の内外に知らしめる基礎をつくったと言って良い。その富来路の知名度をさらに発展させたのが、今日、参加者約3,000人の規模を誇るとみくじマラソン大会の成功と言えよう。また、1991年から富来港周辺の環境整備が大分県国東土木事務所によって進められ、とみく開運橋、マネーき猫公園、願い橋叶い橋が建設され観光ルートとしての構成資産が整ったことは重要な出来事であった。 6. 知る人ぞ知る雑誌『ロト・ナンバーズ「超」的中法』の願掛け神社 初期にPR活動中、宝くじ関係の雑誌出版者への取材依頼や関連記事の雑誌掲載は、今日、新たな展開を生み、思いも寄らない効果を地域にもたらしている。それは、宝くじ等を専門とする月刊誌『ロト・ナンバーズ「超」的中法』が大好評恒例企画と銘打って「富が来る! この縁起のいい社名にあやかり、金運、そしてロト・ナンバーズ&ドリームジャンボ宝くじ高額当選の願かけを!!」として富来路の八坂社(富来神社)をこの雑誌編集部の主要な願掛け神社として信奉しているのだ。それは、毎年6月の雑誌付録「願掛け絵馬」(以前は御札)を読者が編集部に送り、その絵馬(紙製)を編集長が東京から持参し、読者の代わりに八坂社(富来神社)へ奉納・祈願するものである。その一部始終は9月号にて報告される。このような取り組みをもう8年間続けており、北海道から沖縄まで毎年約1,300枚ほどの願掛け絵馬が神社へ奉納される。その効果は大きく、福岡県を始めとする県の内外から大形観光バスを数台連ねて、開運祈願に多くの参拝者が訪れている。中には高額当選者もおり、お礼参りに来る者も後を絶たないと言い、賽銭箱の中身は、以前と比べものにならないほど高額になったと言う。地元では、本年より行政区、神社氏子、まちづくりグループの3者で「観興会」と称する組織を立ち上げ、境内の清掃等を行っている。市も市町村合併後、観光のためのお土産店やトイレの建設を行っている。 7. とみくじマラソン人気の秘密 (1) 盛りだくさんのサビース (2) 全国に誇れる安心・安全な大会運営 (3) ランナー側の立場に立ったコース設定 (4) ボランティアスタッフの心温まる対応と声援 (5) 地元小学生からの応援メッセージ (6) とみくじマラソンは開運マラソン (7) のどかな古里を往くマラソンコース 8. とみくじマラソンの運営組織 仏の里くにさき・とみくじマラソン大会実行委員会を組織し、運営にあたっている。委員には名誉会長(市長)、大会会長(市議会議員)、実行委員長(地元まちづくりグループ代表)のほかボランティアスタッフとなる各種団体の代表者等34人から組織されている。具体的な大会のプログラム等は実行委員長をトップとするワーキングメンバーとなる運営委員20人が中心となって計画立案を行っている。 9. 課 題 (1) 環境整備 (2) PR活動 (3) 宿泊問題 (4) 歴史的景観とその整備 |
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