【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第9分科会 都市(まち)のコミュニティを再生させる

 これまで地域で大切に守られてきた歴史的眺望(ビスタライン)を、光のビスタラインとして夜空に描き、より多くの人々が知る機会を創出し、景観意識の向上を促すとともに「市民共有の資産」であるとの共通認識や保全への理解を深め、歴史と未来をつなぐ「歴史が輝き、伝統が息づく景観」形成により「美しく風格ある岡崎の創生」の実現に向け、市民、事業者及び行政の協働により取り組む景観まちづくりについて報告する。



歴史的眺望を「知る・守る」ための景観意識向上実験
~「歴史と未来をつなぐ」光ビスタライン~

愛知県本部/岡崎市職員組合・都市整備部・都市計画課 木下 政樹

1. はじめに

(1) 新たな景観まちづくりに向けて
 本市は、1985年より景観行政に取り組んできたが、自主条例による指導力の限界など現行制度には課題もあることから、いざという場合の一定の強制力の付与等の法的規制や支援の枠組みを定めた総合的な法律として、2004年に制定された景観法を活用し、これまでの取り組みの充実・強化を図るために、景観行政の骨子となる景観計画の策定に取り組み、2011年度からの運用により新たな景観まちづくりを推進することとしている。

(2) 景観まちづくりの意義
 「まちづくり」には、地域の人々の関心や理解が不可欠であり、多くの人々の協力を得ていくには、「目で見て容易に理解できることをする」ことが最も効果的である。
 「景観」とは、見ること、感じることであり、目に見えるだけに誰もが理解しやすく、分りやすく、まちづくりの成果を目で評価することができる。すなわち「景観まちづくり」に取り組むことは、その対象が地域の住民にとっては身近な問題として捉えやすく、まちづくりを意識するきっかけとなり、多くの人々の積極的な参加が期待できる。
 地域の景観とは、先人が培ってきた歴史や文化など、そこで長く営まれてきた人々のくらしが積み重なって現れるまちの姿そのものであり、その地域ならではの個性がある。ゆえに、「景観まちづくり」は、単に視覚的に美しいものを守り育てるというだけでなく、地域の人々がいきいきと豊かにくらすことのできる「まちづくり」につながるもので、「生活環境の住み良さの向上」、「まちの魅力や活力の創出」、「地域への誇りや愛着の醸成」などの意義がある。さらには、良好な景観を資産として活かすことにより、「観光の振興」及び「交流人口の拡大」をもたらし、「地域の活性化」が期待できるものである。


大樹寺から岡崎城を望む歴史的眺望

2. ビスタラインの景観を読み解く

(1) 自然・地形
 大樹寺から岡崎城を望む歴史的眺望の景観は、まるで額の中の絵のようで、本市を代表する景観資産として「ビスタライン」と呼ばれている。ビスタは「眺望・展望」を意味する。大樹寺と岡崎城の標高差は約5mと小さく、その間は緩やかな凹地の地形をなし、大樹寺三門前を眺望点とし、幅約2.5メートルの大樹寺総門開口部内に約3キロメートル先の岡崎城天守閣を仰角0.2度で望む姿は、その眺望距離から非常に細長い四角錐の眺望空間領域を持つ景観構造となっている。

(2) 歴史・伝統
 約370年前の1641年、徳川三代将軍家光公が徳川家康公の十七回忌を機に、歴代将軍の位牌が安置されている徳川家・松平氏の菩提寺である大樹寺の本堂から「祖父生誕の地を望めるように」との想いにより、三門、総門(現在は大樹寺小学校南門)を通して、その真中に岡崎城を望むように伽藍を配置、造営したことに由来している。


(3) まち・くらし
 都市計画は、下図に示すように大樹寺周辺は住居系、岡崎城周辺は商業系、中間は工業系の各用途地域に、また大樹寺及び岡崎城周辺は、風致地区にも指定されている。特に、岡崎城周辺は、土地の高度利用を図る本市の中心市街地(商業・業務地)を形成している地域にもかかわらず、ライン上に立地する建物規模は、ほとんどが2階建て以下の低層住宅であり、3~5階建ての集合住宅が数棟、6階建て以上の建物は1棟のみである。

ビスタライン景観構造図

(4) 現状と課題
 2008年に本市が行った景観に関するアンケート調査では、「岡崎らしいと感じる景観」としてビスタラインは第2位となったほか、その歴史的背景から、岡崎らしさの象徴でもある岡崎城への数ある眺望のなかでも、最も大切にすべきとされている。また、2009年には新たな観光資源として「岡崎観光きらり百選」に選定されている。
 ビスタラインは、これまで、保全のための法的措置がなくとも、約3キロメートルにわたるライン上で生活する地域住民等の理解と協力のもと、市街化が進む現代においても、岡崎城への眺望を遮らないように建物等の高さを配慮いただくという、市民、事業者及び行政の協働の取り組みによって守られてきた。しかし、確実な指導の機会や法的根拠を持たない行政指導では、強制力に限界があり、眺望を遮ることとなる建物等が1棟でも強行に建設されれば、この歴史的眺望の景観が失われるという、危機的な状況にある。また、眺望領域が広く、次のシミュレーションにあるような状況の出現により景観の悪化が予測される。

景観変化シミュレーション図

(5) 保全の意義
 これまで岡崎城への眺望が守られてきたビスタラインは、本市固有の歴史・伝統であり、引続き、しっかりと保全し、その魅力が向上するよう、さらなる磨きをかけ、次代を担う子どもたちが、ふるさと岡崎に誇りと愛着が持てるよう継承していく責務が現在の我々にはある。総門を額縁に観立て、一枚の絵として眺める岡崎城とその間約3キロメートルに及ぶ市街地とが一体となって形成するビスタラインの景観への取り組みは、まさに市民、事業者及び行政の協働によるまちづくりにほかならず、かけがえのない「市民共通の資産」であるとの認識のもと、歴史と未来をつなぐ「歴史が輝き、伝統が息づく景観」形成を図るための第一歩が、法的な保全策を講じることである。


光ビスタライン実験風景

3. 光ビスタライン

(1) 「裾野を広げ、頂を高める」景観意識向上実験
 ビスタラインは、本市を代表する景観資産である一方で、広く知られてはいないが、一部の人にはその存在や価値が認められている、いわゆる「知る人ぞ知る」景観でもある。保全策を検討するにあたり、「だれもが知っている景観」、「後世に継承すべく守らなければならない景観」という想いを多くの人々と分かち合うことで、よりいっそう、「市民共通の資産」であるとの共通認識や保全への理解が深まることを期待し、景観意識の「裾野を広げ」、「関心」→「理解(知る)」→「行動(守る)」と、景観意識の「頂を高める」機会を提供し、景観意識の向上のきっかけづくりの場とした。2009年1月31日(土)及び2月1日(日)の2日間(17:30~21:00)、『歴史的眺望を「知る・守る」ための景観意識向上実験』と題し、通常は大樹寺からしか確認できないビスタラインの空間領域を、眺望点の大樹寺より視対象の岡崎城へ向けて照射したサーチライトの光線(以下、「光ビスタライン」という。)として夜空に表現し、おおよその位置や高さ、存在感を、様々な場所から視覚的に体感してもらい、景観意識の向上を促す実験を実施した。
 ライン上の大樹寺小学校、図書館交流プラザ・りぶら(2008年に開館。ビスタラインの保全のために建築物の高さを抑え、ビスタラインの軸線を施設内通路で表現するなどの建築デザインで、2010年、愛知まちなみ建築賞を受賞。以下、「りぶら」という。)及び岡崎城の3箇所を観察会場とし、ビスタライン解説パネル展示や、大樹寺三門のライトアップ、大樹寺小学校児童のカウントダウンによる点灯式「校歌の風景を見つめてみよう」や、りぶらでのシンポジウム及びワークショップ「歴史的眺望をみつめてみよう」、岡崎城天守閣の夜間特別入場のほか、アンケート調査や光ビスタライン写真コンテストを実施した。
 観察会では、大樹寺小学校(約2,000人)、りぶら(約300人)、岡崎城(約800人)の計約3,100人が光ビスタラインを体感したほか、会場以外でも多くの人々が夜空に映し出された光ビスタラインを見ることができた。写真コンテストには、73点の応募があり入賞者3人を表彰した。
 光ビスタラインは、光源から最も離れた岡崎城周辺では、市街地の灯りによって、おおよその位置や高さを表現する光のラインとして目視で確認することは難しかったが、様々な場所から、その存在感などを視覚的に体感することができた。
 景観は分りやすいと同時に多様で多くの可能性を秘めており、光ビスタラインは、歴史的眺望を「守る」きっかけづくりであると同時に、新たな夜景を「創る」という側面もあった。ビスタラインという景観資産が市民、事業者及び行政の協働の取り組みによって、これまで守られてきているということを知る機会としては、十分な役割を果たし、保全への意識向上を促すこととなりえたと考える。

(2) 意識調査
 観察会参加者とビスタラインの眺望空間領域にある町内(以下、「ビスタライン関係町」という。)世帯を対象に調査を実施し1,010の回答を得た。
① 回答者の属性
  年齢は多い順に、「30・40歳代」が4割強、「50歳以上」が4割弱、「30歳未満」は2割弱。居住地は9割が市内在住、そのうち3割がビスタライン関係町在住であった。
② まずは「知る(見る)」ことから
  7割がビスタラインを知ってはいるものの、「実際に見たことがある」は全体の5割にとどまるなど、「だれもが(実際に見て)知っている景観」としては、認知度はそれほど高くなく、「初めて知った」が3割あり、社会実験がビスタラインを「知る」きっかけとなった。
③ 「知識」よりも「感動」を
  多くが「守りたい」との印象を持ち、社会実験がビスタラインを「知る」、そして、「守る」意識への動機付けとなった。
④ 「感動」から「行動」へ
  多くが「景観保全」のための行動の取り組みとして、第一に「景観を守るためのルールづくり」が必要であると考えている。
  特筆すべきは、社会実験がビスタラインをはじめて知るきっかけとなった市民等も少なくないことから、今後の取り組みとしては「景観を守るためのルールづくり」に加え、「もっと多くの方々に知ってもらう活動」や「観光資源として活用」することを通じて、知ってもらい、守っていこうとする意識の醸成のための機会の創出も、「保全」同様、必要であると考えている。
⑤ 現在及び将来にわたる「市民共通の資産」として
  「あの光が何を表しているかを知る意義は単なる景観だけでなく市の生い立ちや歴史を知る上で市民にとっては大切な意義を持つもの。」、「ビスタラインに触れるという一つのきっかけから、歴史・景観について考える機会が生まれ、子どもたちにも自分の住んでいるまちを大切にしていこうという意識が芽生えてくれると嬉しい。」、「ルールづくりが重要。まだビスタラインの言葉すら知らない人が多いと知り、市民として考えていくことではと思う。」、「壊すことは一時でできるが、郷土の歴史とともに守っていくことが重要である。」などの意見が寄せられた。


過去→現在→未来

4. 美しく風格ある岡崎の創生に向けて

(1) ビスタラインがより輝くために
 ビスタラインの保全には、眺望点からの距離や立地する地盤の標高の違いなどに応じて、きめ細かく定めたルールが必要である。したがって、建築物等の高さの制限により岡崎城への眺望を「確保」することを基本に、外壁や屋根の色彩、形態や素材等の調和により魅力を「維持向上」する保全策を、地域住民等の理解と意識の高まりに応じて、合意形成を深めながら、段階的に強化し充実させていくこととする。

(2) 景観まちづくりは協働によるまちづくりそのもの
 「景観まちづくり」は、住宅やビル、道や電柱、山や川などの多くの要素や多くの主体とのかかわりのなかで行われていくものである。ゆえに、本市では、我々一人ひとりが景観への意識を高め、地域の個性を活かしながら、豊かな自然、固有の歴史、快適なくらしが一体となって調和する景観を目指し、次代を担う子どもたちが、ふるさと岡崎に誇りと愛着を持てるような、今までにない新しい景観を創り出すほか、現状の良い景観に磨きをかけることや、失われた優れた景観を再生する景観まちづくりを、市民の主体的な参加・活動、事業者の積極的な協力・貢献、そして行政の総合的な調整・推進といった、それぞれの役割に応じた積極的・継続的な協働によって進め、「美しく風格ある岡崎の創生」を実現することを景観まちづくりの理念としている。
 実現には、とても永い時間がかかるものであるが、主役である地域の人々がまちづくりに継続的に取り組み、誇りと愛着を育みながら醸成することで、次代へ継承すべくまちの魅力に深みが増し、また、まちづくりを受け継ぐ担い手も育まれ、美しいということに加えて、おのずとまちに風格が備わることと考える。