1. はじめに
鳥取市は、鳥取県の北東部に位置する人口約20万人の県都で、江戸時代に鳥取藩池田家32万石の城下町が形成されて以降、因幡地域における政治、経済、文化の中心として発展してきた。
北は日本海を望む鳥取砂丘から南の中国山地、日本最大の広さをほこる湖山池、多くの温泉など、独特で豊かな自然環境に恵まれている。また、「二十世紀梨」、「砂丘らっきょう」、「松葉がに」などは全国的に有名な鳥取を代表する特産品である。
2009年度には関西圏と鳥取市内を結ぶ高速道路が開通し、関西からの訪問者での賑わいを期待する一方、大阪や神戸などへ人や物が流れるストロー現象によって、街が衰退することを懸念する声もあった。
2. まちが抱えている課題
(1) 変化しきれない商店街
城下町の気質なのか、鳥取市内の商店主の多くは、「殿様商売」と呼ばれ、多様化する顧客のニーズに応えきれていないほか、既存の商店街の枠組みを超えた取り組みが起こりにくい状況にある。また、商店主も高齢化し大きな変化を起こすことが難しい状況である。
(2) 行政依存度が高い地方都市
大規模な企業が立地していない鳥取県東部において、鳥取市は地元を支える企業の一つと言える。そうした点もあってか、「街に客が来るようにイベントを」「イベントをするから動員を」など行政への依存が高い地域である。このことは行政職員(組合員)へ必要以上の負担を強いている感がある。
(3) 縦割り行政
以前よりは県と市町村、役所内の各課同士の業務連携は進んできているが、新規イベントとなるとグレーゾーンが発生することが多い。「観光が主なのか?」「街づくりなのか?」目的によって担当課を変更するなど、住民にとってはどうでもいいことで時間が費やされることが多い。この点は住民が行政に抱える不満の一つといえる。
このように決定的な課題があるわけではないが、街に賑わいを与えるためには、何かきっかけが必要という雰囲気になっている。
3. 全国的な動きに注目
近年、全国的に「B級グルメ」が町興しの起爆剤となっている。鳥取市においても、「とうふちくわ」や「ホルモンそば」など、以前から地元住民の日常食が脚光を浴びているが、盛り上がりは一部の愛好家のみで、なかなか広がりを見せない状況であった。また、行政の立場から鳥取市ではB級グルメ担当はエアポケットであった。
そうした中、地元で『食』に関する様々な取り組みをプロデュースしているU氏から鳥取市に対して「B級グルメイベントに行政支援をしていただけないか」との相談があった。どうやらU氏は相談先に悩んでいたらしい。
行政の立場からいくと『食』といえば『営利』が目的であり民間がやるべき』という思考が出てくるらしく、さらに「地産地消」、「商店街振興」、「賑わい創出」といったキーワードで分けると担当課がなかなか決まらないようであった。
しかし、U氏からの依頼にとある組合員が意気投合。「一緒にやろう」すぐに支援は決定した。行政としての支援決定(補助金の交付決定)は数カ月後であったが、「行政として支援できなくても、ボランティアであっても住民の後押し(まちづくり)のために協力すべき。一緒にやろう!」という組合員の心意気があった。
4. どう進めるか
組合員とU氏は何度も協議したが、最も重視した点は、「あくまで民間主体の背伸びしない取り組みにすること」であった。
税金を投入し過ぎることで、住民の自主性を抑えることになりかねない。また、行政が前面に出過ぎるとただの『振る舞い』になってしまう。「打ち上げ花火に終わらない」息の長い取り組みに繋げるということを確認した。これは組合員がこれまでの業務で経験してきたものである。組織でなく、ただの個人であったから「行政は深く関わらない」と言えたのだろう。
次に仲間を増やす必要があった。単発のイベントであれば、バイトを雇えば済むのだが、当日だけのバイトでは目的を共有できない。そして、今後の事業展開(B級グルメによる地域活性化)を考えると街づくりの担い手を増やすことも重要だと思ったのだ。
こうした点を踏まえ、企画から運営まで協力していただけるボランティアを一般公募することとした。更に「街づくり」への思いをもった組合員(鳥取市職員)にも協力を依頼。そしてようやく実行委員会が立ち上がった。
5. 重視したコミュニケーション
実行委員会は、U氏と同様にB級グルメの普及に努める団体のメンバー、鳥取市の将来を考えるために結成された「鳥取市若者会議」の有志、「食のみやこ」をめざしている鳥取県の担当職員、そして中心市街地活性化や道路空間活用のノウハウをもった鳥取市職員(組合員)であった。
特定地域の利益を重視する商店街関係者はメンバーにはいっていない。「この取り組みを利用していただけたらいい」というスタンスを取った
また、面白いことに、当実行委員会に鳥取市管理職はノータッチである。完全に組合員の意思によるものである。
さらに、広報分野に優れたU氏、イベント運営の専門家、業務で培ったノウハウを活かしてイベントの土台を支えた組合員と、それぞれが長所を活かしてイベントの成功に向けて取り組んだ。
実行委員会のメンバーで実際にB級グルメを食し、対話し、笑い合い、多くの人が集い楽しんでもらえるイベントにしよう」と団結を深めていった。
実行委員会の経費はもちろん自腹であったが、膝を突き合わせて民と官が意見交換する光景は懐かしくもあり、新鮮なものであった。
そして、机の上だけでは出てこないと思われる発想がどんどん出てくるのだ。これも行政という枠に捕らわれずに話をした結果であり、対話(ただの雑談)の中にもヒントが隠れている。こんな楽しい打合せはないと感じた。
6. 本番に向けて!
「背伸びしないイベントにしよう」と始まったものの、仲間が増え様々なアイデアが飛び出し、U氏のB級グルメネットワークもあり、出店者が増えていき、この取り組みは、全国から10団体が参加する「鳥取B級グルメフェスタ」という名称となった。
10団体の中でも、特にB級グルメとして全国的に有名な「富士宮焼きそば」の出店が決まったときは相当なインパクトがあった。「これは人が集まる」と確信し、機運もさらに高まった。 行政関係者であれば、このあたりで「姉妹都市を呼ぼう」といった意見が出たと思うが、民間には全くない。取り組みは大きくなったが、住民目線で「要らない」と感じたものは取り込まない。決して姉妹都市を否定する訳ではないが、取り組みを明確化させるために、これも大事な観点だと感じた。
若者会議の有志も創作料理(創作B級グルメ)を作り上げ、報道関係も少しずつ取り上げ始めるなど、特別なCMなどはしていないが、口コミによって徐々に機運が高まっていった。
また、行政側からも補助金額の増加やイベントのために市役所庁舎のトイレ開放などの協力を頂けることとなり、期待感も高まっていった。
7. いよいよ開催!
イベントが始まり、2日間でのべ1万2千人が来場。会場となった鳥取駅南側では、これまで見たことがないような行列、熱気が見られ大盛況のもとイベントは終了した。
経済効果は計っていないが、来場者1人が数ブースを回って買い物したこと、飲料品の販売、出店者の宿泊、来場者の利用した駐車場・公共交通の経費、鳥取を県内外にもPRできたことなどを換算するとかなりの費用対効果があったものと思われる
そして、何よりの成果は、来場者のはじける笑顔と歓声。おいしそうにB級グルメを食べる子どもたち。忙しそうに料理を作る出店者。普段は感じられない賑わいの空間を多くの住民が体感でき、楽しんでいただけたことが最大の収穫であった。
8. 住民が望むこと
大部分の住民は、街が賑わうことに好意的であるが、賑わいを生む側になることに消極的であった。しかし、このイベントのB級グルメは我々が育んできた『地元の食』であり、『地元の文化』である。そういった面で住民は既に賑わいを生む側に立っていたのかもしれない。
また、人間の本能である食(B級グルメ)についての取り組みであり、経済状況が悪い中でも人が幸せを感じるために欠かせないキーワードであったと思う。
少なくともB級グルメは今のご時世において高いニーズがあり、地域の賑わいに繋がるという費用対効果の高い取り組みであったことは多くの方が認識できた。
9. 若者・よそ者・バカ者
街づくりが成功するためには、斬新なアイディアと行動力を持った「若者」、閉塞感を打ち破り、新しい世界感を持ち込む「よそ者」、他人を巻き込み誰よりも熱くなれる「バカ者」が欠かせないと言われる。
組合にはこの3者が存在しているのではないだろうか。「若者」といえば青年部。また、自治研活動により日々新しい情報(世界感)を得ることで「よそ者」の知恵を持てる。そして、日々の組合活動で培った熱意。
今回の取り組みにおいて、組合員の貢献は微力であったかもしれないが、少なくとも「とある組合員」の「一緒にやろう」の一言がなければ、実施には至らなかったと思われる。その一言が出たのは、組合員の熱意としかいいようがない。この熱意こそが「バカ者」の武器であろう。
10. 組合のポテンシャル
組合の組織力は地域にとって宝になる可能性がある。これは一つのモデルとなると感じた。地方における行政機関(鳥取市役所)は、大企業である。そして、これほど幅広い分野に取り組んでいる企業はない。ということは、それだけ幅広いノウハウを蓄積しているのである。また、人数、年齢別から見てもマンパワーという点で実働部隊としてすごい力を秘めている。
現在、鳥取市職労の中でも「食」には注目している。特に調理現場(現業組合員の職場)においては、『食育』を重視しており、鳥取市職労において現業組合員の能力を活かした取り組みができないかと模索しており、現業職のできる公共サービスの充実、現業職の地位確立のために、今回の取り組みはヒントになると感じている。
11. これから
ちなみにB級グルメの「B」はベーシックであり、日常の積み重ねで生まれたものである。(決して「味がAランクには劣るが、値段が安いBランクはない」とのこと。U氏談)B級グルメは、自然発生的に生まれ、皆で支え、育ててきたという点で組合と通じるものがあるかもしれない。
人の結集が組合である。街づくりのノウハウを蓄積するのは『行政』という組織ではない。ノウハウを蓄積しているのは『人』である。その『人』が団結して物事に取り組むのであれば、組合だってシンクタンクまたは実働部隊になりうる。組合は立派にまちづくりに貢献ができることが確認できた。そして、地域・住民とともに歩むことで、組合員にはもちろん、地域にも必要とされる「これからの組合」へ進化していけるのではないだろうか。
現在も本市ではB級グルメの取り組みが続いており、街なかの至る所でイベントが開催されている。B級グルメは街づくりの中心にはなっていないが、街づくりのスパイスとして欠かせない存在になってきている。
そして、今もボランティアとして関わっている組合員(現執行委員長:バカ者)がいる。しっかりと根を張り継続されている街づくりに鳥取市職労の組合員が関わっていることはあまり知られていない。
おまけ1
今回の取り組みには、2009年8月の大雨で大規模な被害を受けた兵庫県佐用町から「佐用ホルモン焼きうどん」の出店があり、このブースは午前中のうちに完売となっていた。また、災害復興の義援金も集めており、組合の原点である『助け合いの場』にもなった。人が集まればそこに様々な可能性が生まれる。
おまけ2
今夏、本市で開催された自治労スポーツ大会中国地連大会では、参加者のために組合役員が「二次会マップ」を作成して配布して好評を得ていた。マップ作成にあたって、役員が自腹で飲食店(スナック)をまわって値段交渉を行った。やはり街の賑わいの裏側に「バカ者」の存在が欠かせない。(と思う。)
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