【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第11分科会 地域における教育コミュニティづくり

 認めた瞬間に、道義的に行動を起こさなければならない「不都合な真実」(アル・ゴア)として学校徴収金がある。今回レポートする学校徴収金問題は、民主党政権に代わったことによって成果をあげた高校授業料の無償化の取り組みに続き、貧困の世代間連鎖を断ち切るためにも国際的な水準に公的負担を引き上げる取り組みの一環にある。さらに、学校徴収金の徴収事務にかかわって未納や事故が、法的にみて不適切な処理に由来することを明らかにし、地方自治法に沿った処理を求めた取り組みの報告である。



公教育の無償化に向けた取り組み
――「不都合な真実」である学校給食費等の集金・支出業務 ――

埼玉県本部/学校事務ネットワークさいたま 中村 文夫

1. はじめに

(1) さいたま市での学校給食費横領事件顛末
 2010年5月20日、新聞は、さいたま市立O小学校の給食食材費540万円を着服した栄養職員(臨時採用)を19日付けで市教委が懲戒免職にしたことを報じた。市教委は厳正な会計管理の徹底を求める通知を校長に宛てて発するとともに、「給食経理事故再発防止委員会」を発足させた。この横領の手口が、振込用紙の金額を訂正したという金融機関の初歩的な常識を知っていれば防げるようなものであった。が、管理職はこの常識がかけていたため、大きな事故につながってしまったのである。

(2) 全国で頻発する給食費等の未納と職員の不正
 文部科学省による2005年度の学校給食費調査によると小中学校の児童生徒約1千万人、4,213億円の1%に当たる9万9千人が学校給食費を未納し,総額は22億3千万円に及ぶ。その処理を学校の教職員や保護者が請け負っているのである。なぜなら、校長一存会計と呼ばれる民法上の処理として、学校給食費などの学校徴収金は法的に位置付けるしかないためである。現状では、学校給食の水準を維持するために、未納金額を少なくすることが大切である。学校内での決算であるため、未納額分は他の保護者が払った額によって補填されるケースも出てくる。そのため、未納家庭には繰り返し督促の電話や文書を出し、また保護者が帰ってくる夕方に自宅までの訪問も行われている。その時間帯は、勤務時間外になってしまう。
 他方、学校に令達された公金でないため4,213億円規模の徴収金が、ほとんどの市区町村でルール化されていない。その事務処理は担当者の個人的な資質に左右されがちである。また、それを管理・指示する管理職にあっても、教員出身者が圧倒的に多いため、金銭処理に不案内なことがある。また、監査を金銭取り扱いに精通していない保護者が行う場合もあり、職員による不適切処理や横領を発見できないケースも見受けられる。事件が起こると、「準公金取扱要綱」などを教育委員会が作成し、公金処理で定められている以上の業務の過剰な締め付けを行う場合が多い。「準公金」という法律用語はないのである。法律用語のない取り扱い要綱は、それ自体無効であろう。

(3) 小手先の対応では済まない危機的背景は貧困の拡大と学校職員の階層化
 自民党政権はその新自由主義路線をひた走り、労働者派遣法の度重なる改悪や社会福祉政策の切り下げを繰り返してきた。貧困家庭は増加し、給食費等を払えない家庭が増えている。これに対して、給食費を払わない家庭への圧力を拡大し、裁判に訴えて徴収しようとする地方自治体も起きてきている。それは貧困家庭を社会的に排除することにつながりかねない。目前の未納金の徴収にのみ行政対応を行うのではなく、地域の構造的な貧困対策を主軸に行うことが重要である。日本の子どもの相対的貧困率は14.7%(2007年)で、先進国の中で高いほうに入っている。貧困の世代間連鎖をどのように食い止めるかを中心課題におくことによって、地域の住人にとって住みよいまちづくりになっていくと考えられる。
 また学校職場でも新たな学校職員の階層化も起きている(詳しくは自治労地域教育政策作業委員会「16の提言」を参照)。さいたま市の非常勤職員が生活保護の申請を行い受理されたことが週刊誌の記事に載ったこともある。職場ではモラルハザードが起きているのである。これに対しては、世界でもまれに見るような中間管理職層の増強、管理体制強化によって不満を押さえ込む体制を作ってきた。それは、職員会議の補助機関化とともに主幹教諭、指導教諭、そして義務制における事務長の導入に見ることができる。

2. 学校徴収金の法的解釈をめぐって

(1) 文部科学省の対応。交渉から見えてきたこと・机上の委託契約論
 自治労学校事務協議会は、大都市共闘教育部会と連名の省庁要望に、公教育の無償化を掲げ、具体的には給食費等の公金処理、そして公費負担を要請してきた。2010年7月27日の交渉では、文部科学省と総務省に対して学校徴収金を巡る要請を行った。
 文部科学省は、給食費を含めた学校徴収金が、長年問題とされてこなかった「不都合な真実」と感じているのであろうか。次のような見解を示してきた。給食費等の学校徴収金は、学校の設置者と保護者との委託契約である。委託契約に当たっては書面による契約を要しない。委託された業務として、公的処理をするかどうかは各自治体の判断である。したがって徴収事務に携わるに当たって、職務として行える、と苦しい回答を行った。自治労学校事務協議会は疑義があるので、設置者は地方自治体であり、首長であって、教育委員会ではないのですね、と確認を行ったところ、返答に窮して、後日の再回答となった。文部科学省は、「教育関係行政実例集」(学陽書房)に載る文部省管理局長回答(1957年12月18日付け)「校長が、学校給食費を取り集め、これを管理することは、さしつかえない。」にこだわる。ようやく学校給食が地域に拡大し始めた頃の状況追認でしかなかったこの半世紀前の回答は、現代の貧困家庭の増大や自律的学校経営という新自由主義政策によって人為的に作られた新たな状況に適合しない。
 文部科学省は、他方では学校給食費の未納分を2011年度からの子ども手当増額から回収したい意向を持っている。これを実現するためにも、歳入処理は前提であると思われる。

(2) 総務省の見解は、歳入処理、勤務時間中の取り扱い不可
 同27日、文部科学省交渉の前に、総務省交渉を行った。総務省は、学校徴収金についても、地方自治法第210条(総計予算主義の原則)によって歳入としなければならないこと。また、学校で雑務金(学校徴収金)の取り扱いをすることは地方自治法第235条の4(現金及び有価証券の保管)に違反すること。地方自治法第235条の4は歳入歳出に属する現金、あるいは法令又は契約に特別の定めのある現金以外は保管することができないとの規定である。したがって勤務時間中に行うことは職務専念義務違反であることを明言した。自治労学校事務協議会は、文部科学省が別の見解を持つので、所管官庁として申し入れをして欲しい旨の要請を行った。
 このように、文部科学省と総務省との意見は全く相違し、学校現場で日々起こる未納問題や不正事件への法的処理にも影響が出てくると考えられる。国法についての解釈は、地方自治体で勝手にできることではない。早急な見解の統一が望まれる。

(3) 公的支出 国際的に見ても高率の私費割合 子ども手当
 文部科学省が発行した最新版(2009年度版)のいわゆる教育白書「我が国の教育水準と教育費」では教育費問題を中心に編集され、OECD諸国(対GDP比平均4.9%)に比べて著しく公教育への公的支出が低い(3.3%)ことを図解している。28ヶ国中、最悪のトルコの次に日本がある。さらに教育費の公私割合(学校段階別)でも、私的負担が諸外国に比べて高いことを訴えている。文部科学省は、公教育が私費に依存して成り立っていることを十分に理解しているのである。
 「子どもの学習費調査」(2010年1月27日 文部科学省生涯学習政策局企画課)で私費負担を見ると、小学校では学校教育費が56,019円、これに対して学校給食費が41,536円、中学校では学校教育費が138,042円、学校給食費が37,430円となっている。私費負担での学習費に占める給食費(食材)の割合は高いことが分かる(図を参照)。学校給食は教育活動の一環として行われている。食育が重要視されている現在、食材費部分に相当する学校給食費の無償化が私費軽減の焦点となっている。私費割合が多いことは、貧困層が増加している現実にあっては、そのまま公教育の機会均等が困難になっていることを意味している。
 早急な教育行財政上の措置が求められている。2008年度に約114万人(児童生徒数の13.9%)と10年前の2倍近くに増加している要保護・準要保護家庭への就学援助制度の一層の改善も当面の課題のひとつである。就学援助の項目には学校給食費も含まれている。就学援助制度についていえば、市町村が援助している予算額900億円超に対して、国庫補助及び交付税措置の合計額は300億円弱である。2010年度は新たに地財措置を200億円増やすに止まっている。就学援助家庭のみならず、階層格差が拡大するなかで総体として困窮が進んでいる。公教育そのものの無償化が強く望まれる。

図1 公立学校学習費総額表 
 
平成20年度「子どもの学習費調査」文部科学省生涯学習政策局調査企画課
(2010年1月27日)より作成 

  同時に、私費の徴収(学校徴収金)の取り扱いについても改善が望まれている。公的支出では人件費の義務教育費国庫負担が主要な部分を占めているが、今後はそれだけではなく、設置者での公的負担割合を高める制度設計が必要である。学校での教育に必要な教材や、学校給食法によって実施している学校給食(食材)費の、公的支出の増加が貧困の世代間連鎖をとめるひとつの方策となろう。格差の広がる韓国の2010年2月の統一地方選挙では、はじめて16の広域地方自治体の教育監(日本の教育長に相当)と教育委員の選挙があわせて行われ、争点の一つが給食費の無償化であった。

3. 高校授業料の無償化

(1) 国際的な常識 A13条-2

 表1 公立高校(全日)学校教育費内訳
項目
金額(円)
学校教育費
356,937
  授業料
116,628
  修学旅行・遠足・見学費
33,152
  学校納付金等
44,541
  図書・学用品・実習教材費等
38,056
  教科外活動費
29,921
  通学関係費
80,831
  その他
3,808
 

 「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)第13条-2」には「(a)初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとすること。(b)種々の形態の中等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること。」と記されている。公教育の原理として無償であることは国際的な常識である。ところが、日本の中では、義務教育の無償は叫ばれても、公教育の無償は主張されることが少なかった。日本国憲法第26条第2項によって義務教育の無償を述べ、教育基本法第5条第4項では義務教育段階の授業料の無償にのみ言及している。このことが、公教育の無償化について世界から立ち遅れた原因のひとつであると考えている。A規約第13条の批准こそが早急に求められる。そして、教育基本法の再改正を含めて、国内関連法の改正も、実施すべきである。
(2) 民主党マニフェストによる実施の画期性

 A規約第13条の批准をこれまで求めてきた民主党は2009年の衆議院選挙用マニフェストにおいて、第13条-2(b)の趣旨に沿って高校の授業料無償化を掲げた。これに基づいて2010年4月から無償化が始まった。公教育の無償化に向けた画期的な政策の実現である。「2008年度 子ども学習費調査」によると表のように公立高等学校の生徒一人当たりの学習費総額356,937円、その内授業料が116,628円である。32.7%を占めていた。2010年度からは公立高等学校の生徒にはその32.7%の負担がかからなくなる。画期的な教育行財政上の施策である。

(3) 自治労学校事務協議会の活動 中央での取り組み、地方での取り組み
 自治労学校事務協議会は、2009年秋以来、文部科学省と公式非公式の接触を持ち、最初に構想されていた保護者への直接授業料分の配布ではなく、公立学校においては設置者に授業料分の交付をするように制度設計に関して変更要請をしてきた。また、都道府県等から支出されてきた授業料徴収の維持費・手数料等の扱いについて、実際に業務を担っている実態を示しながら、予想される課題のあらかじめの処理を要請してきた。導入時、朝鮮高級学校や専修学校となっていない外国人学校への就学支援金については課題として残ってしまった。しかし、画期的な新制度に向けて実務を担う現場からの提案は有効性があり、貧困世帯を含めて多くの人びとが高い私的教育費に悩む状況の改善に向けて成果をあげられたと考えている。高等学校においても次の課題は学校徴収金である。

4. まとめ

(1) 学校での取り組み
 学校現場でも多忙化が進んでいる。新聞で取り上げられ、文部科学省も注目する教員だけが多忙化なのではない。自律的学校経営が文部科学省によって唱えられ、膨れ上がった業務に神経をすり減らしている多くの学校職員がいる。給食費未納者への徴収作業は、多忙化の原因の一つである。法的にもあいまいで、民法上の取り扱いであるため、事故にあっても公的な補償が得られない可能性がある。学校徴収業務は、校内の一番弱い職員層に押し付けられる傾向もある。徴収率を上げることにこだわり、子どもたちが貧困のために学校に来にくい状況を作ることのないようにすることがポイントである。また、学校職員全員が徴収金取り扱いの違法性を認識し、歳入処理への変更を現場から求めていくことが重要である。そうなれば公的な歳出として、安定的な予算が確保される。保護者と一つになって公的処理・公的負担を求めることが改善への原動力となる。

(2) 市区町村教育委員会で改善が進む 210条の履行
 子どもたちが貧困等の自ら招いたことではない理由によって、教育の機会均等が奪われる事態は地方自治体として許されることではない。公教育の無償化に向けた第一段の取り組みとして給食費の歳入処理を位置づけることが大切である。群馬県教育委員会は学校給食費について地方自治法第210条の規定どおりの公金処理をするように県下の教育委員会へ通知を出した。また、進まなかった大都市部でも、状況が変化してきている。名古屋市では監査で改善の指摘を受け、横浜市では再三の議会での質問意見・議員条例案の提出などによって、歳入処理に向けて市教委も方向付けを行い、福岡市も歳入処理を行い始めた。いままで「不都合な真実」として、学校内に押し込められていた不当な業務であることが明らかにされてきている。地域住民や学校職員の市区町村段階での、強固な取り組みが状況を展開させている。この改善策を練る場合には、保護者はもちろん、首長部局も教育委員会事務局も、学校職員も加わって民主的な手続きを踏みながら、実現していくことが望まれる。歳入処理には、総務省の見解でいえば「違法な業務」を行って処理してきたために隠れていた、経費の問題が浮上する。だが、経費の問題は全ての関係者の論議によって解決すべきことである。公的事業として推進するためには、歳入歳出が当然だからである。
 そして、次のステップは、公教育として学校給食を行うのであるから、保護者から徴収している食材費も公的負担とする取り組みである。教育としての学校給食は、公的負担を含んだ取り組みとして設定しなければ改善の広がりを作れない。学校給食は、安全な食材や栄養価のみの問題ではなく、経費の問題でもある。

(3) 中央での取り組み 委託契約論の撤回と教育費の拡充
 総務省の回答した学校給食費等の取り扱いは、公権力の行使として行っている公教育の現場では、当然にも行わなければならないことである。文部科学省も、一時でも早く、委託契約論という机上の論理を放棄し、過去に出した行政実例にある回答を見直し、適法な処理を行うよう見解を明らかにすることである。地方の教育委員会事務局では文部科学省の半世紀前の通知に縛られたまま動けない様子も伺える。したがって、事務処理の改善をめぐって首長部局との相談さえなかなかできない状況なのである。まず委託契約論の撤回である。OECD並み5%の公的支出を求めてきた文部科学省に、学校教育に必要な教材・教具そして給食費や通学経費の予算付けに踏み出すことを強く働きかけることが重要である。
 文部科学省が2005年以来久しぶりに学校給食費の調査を2010年度に行うことは一歩前進である。それは子ども手当による給食費未納対応を狙いとした資料作りのための調査である。が、公金処理され歳入となっていない市区町村では、市区町村として公的徴収をすることは困難であることを指摘したい。