1. はじめに ~汚水処理施設整備率は25%~
中土佐町の汚水処理の現状は、町内3箇所の農業集落排水処理施設と合併浄化槽のみ。合計で世帯数に占める整備率はわずか25%。つまり残る75%の家庭からは生活排水が何の処理もされずに溝や川に流れているのだ。
住民から「側溝が臭い」「川が汚れてきた」などの声があがるのも当然といえば当然で、観光客で賑わう大正町市場周辺の情緒も気温が上がる季節には魚のアラなどの腐敗臭によって台無しになってしまうのではないかと心配する声も聞かれるようになっていた。
「それなら汚水処理の整備率を上げれば?」ということになるのだが、漁師町特有の民家がひしめき合う町並み構造故に浄化槽を埋設するスペースのある家が少なく、下水道等の大規模な施設建設は久礼地区だけで約15億円の事業費と試算され、さらには家の改修費や負担金等による個々の経済の問題等、実現性に乏しく、役場としては常々「何か良い方法がないか」と考えていたのだ。
2. えひめAIとの出会い ~「ドブ川の奇跡」に衝撃~
そんなある日、何気なく見ていたテレビで「えひめAI(あい)」という環境浄化液の存在を知る。
「えひめAI」―家庭でも簡単に作れる安全・安心・安価な環境浄化資材として紹介。その番組をきっかけに、情報収集を始めた。翌月、担当課長とともに埼玉県鳩ヶ谷市を流れる旧芝川を訪ねた。「ドブ川の奇跡」を起こした「えひめAI」の実力をその目で確かめるのが目的だった。
江戸時代に農業用の排水路として掘られたこの川は、約40年前に洪水対策のために水門が閉じられ、家庭排水や工場廃水の流入によって地域住民も寄り付かないような悪臭を放つドブ川になっていたのだが、テレビ朝日の番組「素敵な宇宙船地球号」が地域住民に提案し、地域ぐるみでの浄化作戦に取り組んだ結果、3ヶ月後にはめだかが泳ぎ、カワセミが飛ぶようにまで回復したのだ。この浄化作戦には「えひめAI」も使われ、番組のプロジェクトが終了した今も、住民が主体的に日常生活での使用を続けているという。
この現実を目の当たりにしたことにより、中土佐町でも家庭排水対策、そして意識改革の手法として「えひめAI」が環境負荷を減らすために大きく力を発揮すると確信したのである。
(1) 「えひめAI」とは
家庭排水対策として「身近な材料でできるもの」「安全・安心・安価」をコンセプトに開発された「環境浄化微生物資材」のこと。すべての材料が食品から作られている「えひめAI」は1999年、愛媛県の職員であった曽我部義明氏によって研究・開発された。当時、宇和海ではアコヤ貝の大量死が続いていて、その原因が家庭排水による水質汚濁ではないかと言われていた。このため家庭から出される段階で手を打つことが重要と考えた曽我部氏は、自室を研究室にし、私費で研究を始め、「ドライイースト」「ヨーグルト」「納豆」「三温糖」という全て私たちが普段口にしているものを材料として誰でも作れる環境浄化液を開発することに成功。開発した「えひめAI」は特許を取らず「えひめAI-2」として製法が公開されている。
(2) 効 果
① 地域の微生物を元気に!!(食物連鎖のスターター)
本来、自然には自浄作用というものがあり、汚れた水がキレイになるのも微生物が汚れを分解しているのだ。水質汚濁の原因と言われている家庭排水の浄化をするために、地域にいる「水をキレイにする微生物(ワムシなど)」の数を増やそうと開発された。
台所や風呂場など、生活排水の源となるところで使用すると、①汚れの中にいるワムシが、流れてきた「えひめAI」を食べて元気になり、汚れを食べ、台所をキレイにする。②家庭排水とともに川に流れ込んだワムシは数を増やし、今度は川の中の汚れを食べる。③そして、ワムシよりも大きなミジンコなどのエサになる。④元気になったミジンコも汚れを食べる。⑤そして、ミジンコよりも大きなアカムシなどのエサになる。⑥元気になったアカムシも汚れを食べ、それよりも大きな稚魚に食べられる。こうして汚れを食べることと、食物連鎖が繰り返され、川が浄化されていく。
② 消臭効果
「えひめAI」はpH3.5程度の強酸性であり、中でも乳酸菌が作る乳酸には腐敗菌の繁殖を抑えアンモニアなどの悪臭源であるアルカリ性物質を中和する働きがある。魚の残渣や生ごみ。介護現場でのポータブルトイレなど気になるニオイを瞬時に消せる。消臭効果はすぐに体感することができる。
③ 酵素パワー
「えひめAI」はもともと微生物を活性化させ、その力で水質を浄化しようと開発されたものだが、そこには「酵素」の力といううれしい副産物も含まれていた。今や洗濯用の合成洗剤で「酵素パワー」を謳わない製品はないのだが、「えひめAI」にも大量の酵素が含まれており、浸け置き洗いや汚れた部分にあらかじめスプレーをかけて洗濯することで衣類の皮脂汚れを分解してくれる。キッチン周りの汚れや換気扇の油汚れなども例外ではない。
3. できることからのスタート
「ドブ川の奇跡」で「えひめAI」の実力を確信し、早速試作。まだ町の事業として予算化されていたわけではないので自宅で20リットルのタンクで培養し、それを用い様々な実験を試みた。
間もなく、以前から実施していた環境プロジェクトの一環として職員組合としても取り組みを平行。培養する機材を購入し、試供品を大量に製造。庁舎の池を活用した実験。透視度が改善する様子を記録。組合員や地域の人にはサンプルとして配布し効果を実感してもらうなど、職場や地域で様々な活動を展開した。
役場としては当初からこれを地域づくりに役立つ資材にしたいと考え、安全・安心・安価な環境浄化資材を各家庭や地域で作り、使用してもらう仕組みを練っていた。自宅で作った「えひめAI」を試供品として持ち歩き、愛媛県工業技術センターが行った実証実験のデータや報道資料等を示しながら賛同者を増やす取り組みを続けた。
住民の間で「えひめAI」の噂が流れるようになり、やがて「詳しく知りたい」といった声が役場に寄せられるようになった。そこで、役場では町広報誌に「地区へ出向いて説明します」という記事を載せ「知りたい」「作りたい」の要請に応えるようにした。
4. 町内での取り組み
(1) 常会(地区会)で
久礼地区や上ノ加江地区の常会(地区会)やボランティアグループからの要請を受け、10人~30人程度の小規模な説明会を開催。地区によっては受講後すぐに地区内での共同製造・頒布を始めた。
地区で製造するようになると、仕込みの作業や出来上がる1週間後の頒布の際には地域住民が1箇所に集まるので自然と住民交流の場が形成される。また、役場職員に作り方を教わった住民が、今度は近隣の地区に教えに行くといったことも起こり、コミュニティ活動が刺激されていった。
(2) 商店街や商工会で
中土佐町には今や観光資源となった商店街「大正町市場」があるが、ここでは商店街組合が話し合い、「市場のめし屋『はまちゃん』」で組合員向けに製造することとなった。出来上がった「えひめAI」は使用済みペットボトルに詰めて組合員に分けられ、露店を含むそれぞれの店舗で洗剤代わりに使っている。もちろん「えひめAI」の使用で環境対策が万全というわけではないため、魚のアラを溝に流さないなど「固液分離」を徹底するための啓発効果も期待できる。
また、商工会では女性部が中心となって作り方講座を企画。商工業者の関心は高く、「店がキレイで商売繁盛」を合言葉に普及に取り組んでいる。
商工関係者によるこのような取り組みは、結局のところこの町の観光資源を守ることに繋がる。
(3) 学校や保育所で
笹場小学校では環境学習の一環として、また、久礼中学校では7人程度の小グループ毎に取り組む課題解決型の調査・研究の中で「えひめAI」について学び、久礼保育所では安心安全素材の洗浄液として清掃やトイレの消臭に使用している。さらに作った「えひめAI」を園児たちが自宅に持ち帰ることで、家庭で環境について話し合う機会が生まれた。
町内のあちこちで「使う」人が増えてくると、「喫茶店で話題にならない日はない」と言って良いほどクチコミで噂が広がり出した。そして役場には「どこで売っているのか」との問い合わせが毎日のように寄せられるようになった。「えひめAI」はスーパーで手に入る食品が材料のため、各家庭や地域で作ってもらえる環境浄化資材なのだが、やはり家庭で「作る」となると、ひと手間がかかるため「買いたい」との声が増してきたのだ。このことは当初から想定していたため、供給体制も並行して関係者との協議をしていた。
5. 社会福祉協議会と大野見福祉会のコラボレーション
開発者である曽我部氏を訪ね様々なアドバイスをいただいた際、「福祉施設(授産部門)の仕事として確立できればいいなあ……」といった話があった。それは中土佐町が考えていたこととピタリと一致するものであった。「環境保全活動の推進」と「障がい者の所得向上」という行政の中では二つのセクションにまたがる課題を「えひめAI」が結びつけていたのだ。
町内には社会福祉協議会が運営する「鰹乃國の萬屋」と大野見福祉会が運営する「せせらぎ園」の二つの授産施設がある。しかし、2006年町村合併により同じ町内の福祉施設となったがこれまで両者が一つのテーブルを囲むことはなかった。両施設と個別協議を進めた結果、施設を利用する障がい者に還元できる新たな仕事として「えひめAI」の製造・販売に取り組むこととなった。そして、2008年11月26日「鰹乃國の萬屋」「せせらぎ園」両施設による製造・販売計画についての話し合いが実現した。この日は「えひめAI」が取り持つ画期的な会合となった。
販売にあたっては、「えひめAI」という名は愛媛県において商標登録されているため、別のネーミングを考えることになった。統一商品名として「よろずai」とすることに決定。
この「よろずai」というネーミングにはこの日の会合に出席した人たちの思いが込められている。「よろず」には「たくさんの」とか「すべての」という意味があることから、『微生物のような小さな生き物でも、命あるものに無意味な存在はないということ。地球は小さな命の集まりであり、それぞれに役割があるように、人間も個人個人が様々な役割や個性を持っていて全て尊い存在であること。』という思いを凝縮した言葉である。
そして「ai」―。これは開発者である曽我部氏をして「あの少女には敵わない」と言わしめた人物の名から戴いたものである。
6. 少女の想いを受け止めて
その少女の名は坪田愛華(当時12歳)さん。1991年、漫画を描くのが得意な彼女は、環境問題をテーマにした絵本「地球の秘密」を書き上げた。その内容は、地球の歴史と人類の歴史から見た環境問題、自然界の循環、そして先進国と途上国の格差問題にまで及ぶ壮大な物語となっている。
あとがきには「私一人ぐらいという考えはやめようと思います。それを世界中の人がすれば、一発で地球はだめになると思います。」と記されており、一人の心無い行為が地球環境全体に及ぼす影響を指摘し、自戒するとともに「みんなで協力しあって、美しい地球ができればいいです。」と未来志向の言葉で結ばれている。
しかし、彼女は「地球の秘密」を書き上げたその夜、突然頭痛を訴え、呼吸が停止、病院で処置をするも丸一日たった翌日の朝、帰らぬ人となったのだ。
「えひめAI」開発者の曽我部氏が坪田愛華さんの絵本に出会ったのは1992年。あまりの衝撃に研究者として何かの形で彼女の思いに応えたいと考えるようになったそうだ。この思いが自室を研究所にして私費で環境浄化液を開発する原動力になったのかもしれない。曽我部氏は地球規模で環境を考えた坪田愛華さんの想いをその浄化液に込めた。「えひめAI」の「AI」は愛華さんの「愛」。そして、一人でも多くの人がこのことを知り作って使ってもらう事で地球環境が改善されるのであればとの想いから、あえて特許をとらず製法を公開したのだ。
7. まとめ~大上段に身構えるのではなく~
「えひめAI」が効果を発揮するためには、各家庭で継続的に使用することが重要である。自然界に存在する微生物の力を使うのだから、当たり前のことだが、継続する事が逆に「環境啓発資材」となっているといえる。もし、これが汚れを一瞬で浄化してくれる「魔法の水」であったなら、住民一人ひとりの環境意識向上にはつながり得ないかもしれない。
中土佐町では、決して「これを使って地球環境を守ろう!!」とは叫ばないのが地域に普及させる秘訣だと考えた。それは、住民一人ひとりに「あなたにはその責任があるのですよ」と押し付けるのではなく、「自分にもできることをし、その結果、快適な生活環境が戻れば言うことなし。」の方が日常生活の中では実践しやすいということからだ。
「よろずai」には生活シーンでの使用例を記したチラシを付けて販売している。そのチラシには「家がきれいでまちがきれい 店がきれいで商売繁盛」というキャッチフレーズを載せている。
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