【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第1分科会 人口減少後の地域社会と政策 ~国が進めた政策の現状から考える~

 医療機関の閉院で無医地区となった萩市田万川。新たに国保診療所が開設されるが、開所は週2日のみ。地区唯一の薬局は閉局の危機に瀕する。「身近な薬局を存続してほしい」。地域住民の思いを実現すべく、薬局の管理薬剤師の兼務許可要件の緩和にむけて市を巻き込んで県や国に働きかける。その結果、全国で初めて兼務が認められた。人口減少・少子高齢社会の中で、地域社会を持続するための対応策の一事例として報告する。



全国初!! へき地の薬局の管理薬剤師が
他薬局で兼務する許可要件の緩和が認められる
―― 田万川地域の2,700人が暮らす限界集落に光が ――

山口県本部/萩市職員労働組合・地方自治研究会・萩市議会議員 斉藤 眞治

1. はじめに

 萩市は、本州の西の端・山口県の北部に位置しています。2005年3月の1市2町4村(萩市・田万川町・須佐町・川上村・旭村・福栄村・むつみ村)による「平成の大合併」で、現在の萩市が誕生しました。合併当時59,702人だった総人口は、毎年1,000人規模で減少し、合併から15年が経過した今日は、合併時から約14,000人減の46,304人となっています。人口の年齢割合は、0歳~14歳が4,500人(9%)、15歳~64歳が23,000人(50%)、65歳以上が18,800人(41%)で、高齢化率は40%を超えています。市内全域が過疎地域自立支援促進特別措置法に基づく「へき地」です。
 今回の田万川地域(旧田万川町)は、人口2,699人で、このうち山側の小川地区に972人(うち65歳以上500人)、海側の江崎地区に1,727人(うち65歳以上836人)が暮らしています。高齢化率約50%の限界集落です。

2. 医療機関が突然の閉院……無医地区に

 田万川地区には、もともと民間の医療機関と薬局が一つずつありました。しかし、この民間病院が2015年12月、突然閉院し、田万川は無医地区となりました。萩市は、この対策として、2016年10月に、田万川保健センター内に国民健康保険田万川診療所を開設しました。

3. 薬局からの相談

 この地域で開業していた民間の杉山薬局(あえて薬局名を記載します)の代表取締役から、2017年7月に「杉山薬局は2000年2月から田万川地域の"かかりつけ薬局(保険調剤薬局)"として萩市下田万に開業して、17年が経過する。しかし、この地域唯一の民間病院が2015年12月に突然廃業し、この影響から経営が厳しくなった。薬局の閉局も考えたが、地域の住民のためにも継続したい」との相談が持ちかけられました。
 無医地区対策として開設された田万川診療所は、医師確保の都合から、診療日は火曜日と木曜日の週2日だけになっていました。杉山薬局は開業以来、毎週月曜日~土曜日を営業日としてきましたが、新たな診療所が開設して以降、診察日以外は患者の来局がなく、経営状況はますます厳しくなっていました。薬局が閉局すれば、田万川地区の住民は、最寄りの薬局まで起伏のある道を1キロほど行かなければなりません。バスも約4時間に1本しかなく、自家用車のない高齢者等には大きな負担となってしまいます。

4. 存続を求める住民の声

 私は、杉山薬局の代表取締役との協議で、まず市や県に対して"地域住民の声を届けること"が重要なポイントになることを確認し、地域住民による薬局の存続を望む陳情書の署名活動を展開しました。この活動は、2017年9月から開始し、1カ月足らずで400人を超える地域住民の押印された署名が集まり、薬局の存続を望む地区住民の声を結集することができました。
 私と杉山薬局の代表取締役、西嶋裕作自治労山口県本部組織内県議会議員の3人で、この陳情書を県知事、萩市長、萩保健所所長・同副部長・同環境薬事課へ提出し、説明と要請を行うとともに、萩地域の特性を絡めながら、切実な地域事情、即ち、中山間地域や離島等、薬局の新規参入が見込めない地域における医療体制の充実にむけた支援を訴えました。

5. 薬局存続のネック

 薬局存続のネックになったのは、薬局の管理薬剤師は、学校薬剤師等を除き、複数の薬局を兼務することができないことでした。これは「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」に、薬局は所在地の都道府県知事が開局の許可を行う(第4条)、薬局は管理薬剤師が実地に管理しなければならない(第7条第1項、第2項)、薬局の管理薬剤師は都道府県知事等の許可を受けた場合に限り、他の薬局で従事することができる(第7条第3項)として定められています。都道府県知事の許可を受けた場合に限り兼務ができるとされているものの、実際は学校薬剤師以外の兼務は許されていませんでした。もし、兼務が認められれば、診療所が開所する日は薬局を開局して勤務し、それ以外の日は他の薬局に勤務することによって、薬局を続けることができます。しかし、許認可権を持つ山口県知事の壁は厚く、前例がないことから問い合わせた厚生労働省からも「全国でも兼務許可の事例はない」との回答があり、大変厳しい状況が伝えられたと聞き及びました。
 そこで、2017年10月初旬、同じメンバーで山口県健康福祉部長・薬務課長・指導監査室長・審議監(保健・地域医療担当)に対して要請行動を展開しましたが、この局面では期待できる回答は得られませんでした。

6. 市議会で一般質問

 他方、この案件について私は、萩市議会議員の役割として、市長に実態を訴えるべく一般質問で取り上げました。2017年9月定例会では「安心な医療体制の充実・田万川地域の民間薬局の継続への支援策について問う」として、2018年3月定例会では「人に優しいまちづくりの推進・田万川地域の民間薬局の存続に対する構造改革特別区制度の活用」として、藤道健二萩市長の見解を質すとともに、山口県市長会で議題として取り上げるよう要請しました。これに対して藤道市長からは「全面的な支援体制を行う」との答弁をいただき、その後、杉山薬局の代表取締役とも面談したと聞きました。さらに、県に対して管理薬剤師の兼業に対する県知事許可についての要望を行うとともに、山口県市長会の場でも議題として取り上げ、厚生労働省に対する要望活動を実施していただきました。

7. 兼務許可要件の緩和が認可される

 規制の緩和により管理薬剤師の兼務が許可されれば、田万川地域の住民が望む薬局の存続が実現できる、まさに官民の協働によって、へき地を抱える自治体の医療体制の充実に繋がります。
 このことから萩市は、内閣府が実施する「平成30年地方分権改革に関する提案」の募集に対して「へき地における薬局の管理薬剤師の兼務許可要件の緩和について(具体的には、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第7条第3項で規定する薬局の管理薬剤師の兼務許可について、薬局の所在地がへき地等の薬剤師の確保が困難な地域である場合には、都道府県知事が柔軟に兼務を許可できるよう要件を緩和していただきたい)」との提案を提出しました。
 この「平成30年地方分権改革に関する提案」に関する対応方針は、2018年12月25日に閣議決定され、萩市からの提案事項である「へき地における薬局の管理薬剤師の兼務許可要件の緩和について」は「認可」となりました。
 厚生労働省は、今回の認可による制度の見直しの要旨として、薬機法第7条第3項の兼務許可については、1961年通知で例示した薬局の管理者が非常勤の学校薬剤師を兼ねる場合のほか、地域における必要な医薬品提供体制の確保を目的として、薬局の営業時間外である夜間休日に、当該薬局の管理者がその薬局以外の場所で地域の輪番制の調剤業務に従事する場合、へき地における薬局の管理者の確保が困難であると認められる場合において、当該地域に所在する薬局の営業時間外に、当該薬局の管理者が他の薬局に勤務する場合等であって、都道府県知事等が地域の実情、個別の事案を勘案した上で、薬局の管理者としての業務の遂行するにあたって支障を生ずることがないと判断する場合は、認められること(兼務許可は、例外的な取り扱いとすべきことに留意が必要との見解も出された)としました。
 このことは「萩市の提案が国の制度の見直しにつながりました へき地の薬局の管理薬剤師が、他薬局で兼務することが認められました」との見出しで市議に対してもお知らせが配布されました。2019年3月に萩市が提出した提案内容「へき地における薬局の管理薬剤師の兼務許可要件の緩和について」は、他の団体からの提案の模範となる取り組みとして「地方分権改革推進MVP」を受賞しました。

*萩市田万川地域の民間薬局の存続にむけた活動の経緯を時系列でまとめます。

2017年7月 (有)杉山薬局から萩市長あてに陳情書「田万川地区の保険薬局存続の要請依頼」を提出。
2017年9月 萩市議会9月定例会で「田万川地域の民間薬局の存続への支援」について一般質問。市長から国や県に対して要望していくとの答弁を得る。
2017年11月 萩市から2018年度山口県予算等に関する要望書に「へき地における薬局の管理薬剤師の兼務許可要件の緩和について」を要望。
2017年11月 定例山口県市長会議において、本件について議題として提出。周南市、下関市、山口市からの賛同を得て、国と県に要望される。
2018年2月 山口県市長会からの要望に対する回答において、「厚生労働省へも照会して、公共性のある学校薬剤師としての兼務等、極めて例外的に認められたものであり、兼務の許可はできない」と回答される。
2018年3月 萩市議会3月定例会でこの件に関して「内閣府に対して構造改革特区の申請について」と題して市長の見解を質し、内閣府の地方分権改革に関する提案書で対応を検討するとの回答を得る。
2018年6月 内閣府に対して、地方分権改革に関する提案書として本件を提出、山口県、徳島県、高知県からの賛同を得る。
2018年6月 第33回地方分権改革有識者会議・第72回提案募集検討専門部会合同部会において、本件を重要事項に選定される。
2018年8月 杉山薬局から萩市保健部長に対して、田万川店の経営が厳しく、来年3月までに管理薬剤師の兼務許可が得られなければ継続は難しいと報告とされる。
2018年8月 全国市長会において、本件の提案実現に向け積極的な検討を行うよう求められる。
2018年12月 「2018年の地方からの提案等に関する対応方針」が閣議決定され、萩市が提出した提案の取扱いについては、「へき地における薬局の管理者の兼務要件については、厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会での薬局・薬剤師の在り方に関する議論を踏まえて検討し、2018年度中に結論を得る。その結果に基づいて必要な措置を講ずる」と通知される。
2019年3月 萩市が提出した提案内容「へき地における薬局の管理薬剤師の兼務許可要件の緩和について」が、他の団体からの提案の模範となる取り組みとして「地方分権改革推進MVP」を受賞。

8. おわりに

 "地域住民の声をいかにして形あるものにするか?"
 私は今回の件で、地域住民の声を実現するために、当事者間の意思疎通を図り、支援者・応援者各々の役割を明確にしながら、「だめだ、出来ない」ではなく「どのように考えたら、どのように見直したらできるのか」という視点に立って、官民それぞれが判断しながら取り組むことの重要性を認識させられました。そして、このことはまさに地方自治の基本であり、地方分権の確立を求める我々の使命であるということも再認識させられました。これは「自治研活動(地域生活圏闘争)」から学んだ取り組みでもあったといえます。
 今回の事案は、「公」が解決できない実情の中で、地域包括ケアシステムの推進においてかかりつけの薬局が果たす役割の重要性を認識し、民間薬局の存続のために必要な規制緩和を国に働きかけ、規制緩和の実現によって、地域の暮らしに必要な事業所の維持を図るという形で取り組まれたものですが、これは、営利目的というよりも、中山間地・離島を抱える萩市の地域事情を踏まえて、地域住民の安心・安全な暮らしの確立を求める取り組みであったと思います。過疎化が著しい地方においては、専門性が高い医療分野の人材を確保することは困難です。少子高齢・人口減少の中にあって、今後、こういったケースは全国各地で発生するのではないでしょうか。
 声高に「地方創生」を訴えるのであれば、国や県は地域の実情に合った施策の実現にむけて後押しを惜しまないことが求められると思います。
 全国初の事例となりましたが、地元の県議会議員や自治労山口県本部組織内県議会議員、自治労本部の関係局の方々、自治労国会議員団等のご支援があってこそ実現できたものです。心より感謝を申し上げて、レポートといたします。ありがとうございました。