【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第2分科会 「ラッセーラー」だけじゃない 地域に根付いたねぶた(祭り)

 地域振興については、全国各地で地域の特色を活かした様々な施策が実施されており、近年では国主導による地方創生によって、各地で交流人口の増加による地域振興を狙った地方版総合戦略が掲げられた結果、地域間競争が生まれています。本レポートは、今まで観光客が少なかった地域に、官民連携して地域資源の豊かな自然を活かしたトレッキングによる誘客に取り組み、地域振興に結び付けた実践経験をまとめたものになります。



地域資源を活かした誘客による地域振興
―― 韓国版トレッキング「済州オルレ」の
姉妹版「九州オルレ」への挑戦 ――

熊本県本部/上天草市職員組合 西釜 裕也

1. はじめに

 本レポートは、私が商工観光課に所属していた2011年から2014年までの経験の一部を取りまとめたものであり、自治体を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、令和時代に即さない部分や私見でまとめている部分があることに御理解と御了承をお願いします。

2. 熊本県上天草市の概要

 当市は、熊本県(以下「県」という。)の西部、有明海と八代海が接する天草地域の玄関口に位置し、多くの島々で構成され、ほぼ全域が雲仙天草国立公園に指定されています。また、日本三大松島の一つにあげられる松島の風景や九州自然歩道からの眺望など、四季折々に美しい表情を見ることができる景勝地であり、天草四郎の故郷としても知られ、多くの観光客が訪れています。 気候は、年間を通して比較的温暖な西海型気候で、海産や畜産物のみならず果樹や花きの栽培が盛んです。
 人口は、2004年に4町合併により誕生して最初の国勢調査の32,502人(2005年)から27,006人(2015年)まで減少し、高齢化率は37%と高く、社会の環境変化に対応した柔軟な市政運営や地域の活性化がより重要な課題となっています。その様な状況を踏まえ、地方版総合戦略において、観光・産業・教育を重点に各種施策に取り組んでいます。

位置

代表的な観光資源


代表的な特産品

3. 観 光

(1) 入込客数
 1990年の約180万人をピークに減少し続け、2010年は約122万人(内外国人約440人)となっていました。しかし、2014年には、約134万人(内外国人約1,300人)まで増加し、特に外国人は、約3倍となりました。
 現在では、各種施策により2018年で約187万人(内外国人約8,200人)まで増加しています。

グラフ1 入込客数の推移

グラフ2 インバウンド宿泊客数の推移

(2) 動 向
 2011年3月に九州新幹線(鹿児島ルート)が全線開業し、同年10月には、観光列車「A列車で行こう」が熊本駅と三角駅(天草地域に一番近い駅)を結ぶ路線で運行を開始したことで、約50年前の九州本土と天草をつなぐ天草五橋の開通以来の注目をあび、天草全体がこれを絶好の機会と捉え、観光振興による交流人口の拡大を図って、地域の活性化に繋げようとイベント、キャンペーン、おもてなしの充実などの各種事業に取り組みました。

(3) 課 題
 九州新幹線及び観光列車の効果により多くの観光客が訪れていたものの、既存の自然、温泉、食等の観光資源を活かしたイベントやキャンペーンばかりの事業が主だったため、一過性の誘客のみならず、この効果が落ち着いた後も国内外から持続して市内全域に誘客できる新たな魅力ある地域づくりが課題で、市民からもその対策が期待されていました。

4. 九州オルレへの取り組み

(1) きっかけ
 年間100万人規模の集客ができる施設を有しておらず、そのような施設の誘致も容易ではない状況において、国内外から持続して誘客するためには、社会の健康志向の高まりにより人気になりつつあったウォーキング、マラソン、トレッキングなどの当市の強みである恵まれた自然を活かした観光地づくりによって、地域振興を図るしかないと思案していました。そのような中、一般社団法人九州観光推進機構(以下「機構」という。)が当時(2011年)、九州の外国人観光客約100万人の内約65万人が訪れていた韓国人を誘客する新たな施策に取り組むとの情報を入手したため、その詳細をいち早く収集したところ、韓国で人気のトレッキング「済州オルレ」ということが分かり、県と連携してその担当者を招いて視察してもらいました。  
 その後、様々な課題を克服しながら県を通じて機構に申請し、九州各地のコース候補の中から4コースのみが認定され、県で唯一の天草・維和島コース(以下「維和島コース」という。)が2012年に誕生しました。


※ 九州オルレとは、韓国済州島で新たな観光客誘致を目的に始まった、島内の街中、田畑、海岸、山々を歩く1コース10数キロメートルの「済州オルレ」の姉妹版で、オルレには、済州島の方言で「通りから家に通じる狭い路地」という意味があります。
 コースは、カンセという馬をモチーフにした青いオブジェや青と赤のリボン、人の漢字からデザインされた木製(又は手書きなど)の青と赤の矢印を目印に歩き、自然のみならず歴史や食なども満喫できるようになっています。  


カンセ リボン 矢印
頭が向いている方が進路 青が正方向、赤が逆方向 青が正方向、赤が逆方向

 具体的な取り組みは後述のとおりだが、浅学非才な私が順調に九州オルレに取り組むことができたのは、人間関係に恵まれ、日頃から内部の市長を含む上司との関係性を構築(信頼関係)し、外部の天草四郎観光協会(以下「観光協会」という。)及び維和島まちづくり委員会(以下「委員会」という。)と官民連携ができたことが大きかったと感じています。それが上手くいったのも、各団体を円滑に結び付けるキーマンが各団体にいて、互いに自分の能力や人間関係を把握(相互理解)して、一つのチームとして常に情報共有しながらそれぞれがその時の立場を理解し、役割分担をしっかりとして、関わる方を増やしていったことが要因だったと感じています(例えば、市は予算確保に各種手続き、観光協会はおもてなしに受け入れ態勢、委員会は地元説明にコース整備など。図1参照)。

図1 九州オルレに関わる方が増える様子
 一粒の水滴が水面に大きな波紋を作るように、キーマン3人を中心に多くの方を巻き込み、その巻き込まれた方が新たな方を巻き込んでいきながら、九州オルレへの理解を広げ、関わる方を増やしていきました。

(2) 課題の克服
① 九州オルレへの着手
 当市の外国人観光客の受入れは、1つの宿泊施設のみで、市は主に国内の誘客に取り組んでいたため、主体となって九州オルレに取り組む体制が整っていませんでした。そのため、民間(観光)経験のある観光協会の事務局長と連携し、観光協会を主体にして取り組み、その経過を上司に報告しながら必要性を徐々に理解してもらいました。 その結果、コースの選定から内定、認定に至るまで、観光協会はもとより、地域、機構及び県と連携しながら取り組むことができました。
② 住民理解
 維和島は、今まで観光客が少ない漁業と農業のみの地域であったが、まちづくりには積極的で、委員会を立上げ、九州オルレに取り組む前から交流人口の拡大を狙ったウォーキングコースを整備していました。しかし、観光客が全く訪れないため、観光協会に活用を相談していました。
 そのような背景があり、委員会のウォーキングコースを基に関係者と幾度もコースを練り直して申請しました。しかし、機構から内定を得なければ、住民に説明できなかったため、内定から認定までの約3か月間では十分な説明ができず、認定後に韓国からの観光客が増えだすと、その状況に慣れていないこともあって、委員会に携わっていない方々を中心に理解を得るのが大変で、特にいきなり言葉も通じない人々が家の路地裏などを話しながら歩いたり、家の写真を撮ったりするので、泥棒などの不審者と間違い、警察に通報する方がいました。
 そのため、認定後も委員会と一緒になって様々な地域の会議で粘り強く説明するとともに、韓国のみならず国内から団体客を誘致し続けた結果、自発的に草刈りをしたり、特産品のミカンを提供したり、挨拶程度の韓国語や日本語で話しかけたりと他の3コースに比べ、コース沿いに観光及び温泉の施設などは無いものの「地域住民との距離間が近く、触れ合える。」と評判になり、人気となりました。
③ コースの整備
 済州オルレコース管理及び機構の担当者による指導の下、カンセなどの標識を設置しながら整備しましたが、半分があまり人の通らない道であったため、多くの人が歩くには危険な個所が多く、ロープの設置や除草・伐採などが必要でした。また、不法投棄も点在し、大型家電や農機具などの撤去に大変苦慮しました。しかし、県、協会、委員会及び民間企業などと協力して整備したことで、愛着や仲間意識が更に育まれました。
④ 受入態勢
 ハード面では、維和島に入ってからスタート地点までは、案内が無ければたどり着けなかったため、市長に視察してもらい、既存の看板の一部を塗り替えたり、支柱に新たな看板を設置したりして案内看板にかかる費用を抑え、市が設置しました。また、利便性の向上としてのトイレは、新たに設置することが困難だったため、スタート付近の漁港、中間地点の公園及びゴール付近の公民館のトイレ清掃に係る経費相当額を市が負担するなどして使用できるようにし、案内看板を設置しました。更にスタート地点には、市道敷の一部を占用して駐車場を整備しました。
 ソフト面では、維和島コースのパンフレットのほか、多言語対応の指差しパンフレットを作成したり、韓国語教室を開催したり、観光協会に韓国語を話せるスタッフを雇ったりして体制を整え、韓国人を受入れられる施設を増やしていきました。また、国内客も多かったことから、現地ガイドを有料で委員会が行うようにしたほか、観光客の安全性を高めるため、警察及び消防の署員と一緒に歩き、危険個所や救助ヘリの救助場所の確認などを行い、救命救急のほかにマムシや蜂に襲われた場合の対処方法を学び、搬送可能な病院も調べ周知しました。

(3) 九州オルレインバウンドフォーラムの開催
 国内外での認知度向上及び誘客拡大、並びに今後の更なる展開を模索するため、県の補助金を活用して九州オルレインバウンドフォーラム(以下「フォーラム」という。)を開催し、全国の関係する自治体、観光団体及び旅行業界から約200人の出席がありました。
 フォーラムでは、済州オルレ創設者による講演会やその方と市長、委員会の会長によるパネルディスカッションを実施し、様々な提案の中で発展的に継続するためには、認定コースを会員とした協議会の設立が必要不可欠との提言が出されました。その結果、翌年には、九州オルレ認定地域協議会が設立され、市長が初代副会長に就任しました。また、フォーラムは、その年の県知事表彰を受賞しました。

パネルディスカッション コース視察
(市長)(済州オルレ創設者)(委員会会長)

スタート地点での記念撮影

(4) 地域との取り組み
① コースの維持管理   
 カンセなどの標識の管理のほか、山道や海岸の定期的な草刈りや漂着物の撤去などが必要だったため、その作業を民間企業ではなく委員会に委託し、その収益が地域の活性化事業(委員会主催のイベントなど)の一助となるようにしました。また、地元の子ども達に愛着をもってもらおうと中高生からボランティアを募り、委員会と一緒に清掃作業をしたり、見どころを紹介する多言語看板を作ったり、イベント時には、来場者のお出迎え、ふるまい、フェイスペイントなどをしてもらったりしました。
② ミカンの木オーナー制度
 特産品の一つであるミカンの耕作放棄地を活用し、九州オルレをフックにミカンの木のオーナー(1年間)を市内外から募り、収穫まで委員会が管理して、実ったミカンの全量をオーナーに渡すほか、収穫体験などを通して交流を図りました。現在では、九州オルレに関係なく、毎年実施されています。
③ 軽トラ販売、海上タクシー及び民泊
 特産品の販売、利便性の良い公共交通及び宿泊施設がなかったことから、委員会に特産品を販売する軽トラ部会を立上げ、イベント時を中心に出店し、今では地域外からも案内を受けています。また、国道沿いの主要なバス停から乗り合いタクシーでしか行けなかったため、維和島の対岸にある三角駅近くの港と結ぶ海上タクシーを開始しました。更に委員会の会長が民泊を開始し、口コミによる宣伝だけで国内外から多くのお客を集めています。
④ その他
 著名な芸能人、及び大手旅行会社、航空会社の会長など、地域の発展に結び付きそうな方が歩く際も地域の方々と伴にお迎えし、地域の活力となるようにしました。特に安倍晋三内閣総理大臣の昭恵御夫人の時は、手作りの横断幕でお出迎えして歩いたほか、記念撮影や記念植樹、基調講演など多くの方が触れ合えるように実施しました。また、観光協会の会長が韓国済州島の婦人会に大福を伝授した縁から、韓国の済州オルレ創設者と料理家による婦人会へのキムチとチジミの伝授を実施しました。そのほか、韓国社会人野球チームが合宿して、市内野球チームとの交流戦を開催したり、済州島の中学生が修学旅行で訪れて市内中学生と交流したり、様々な分野への波及効果もありました。


コース清掃 多言語看板

歩いてしかたどり着けない海岸
(約1.3km)

市立維和中学校の生徒による作成
(日本語・韓国語・英語の表記)


海上タクシー 民泊

片道約10分 3,600円(4人内)
5人以上1人増えるごとに900円追加

釣耕庵(ちょうこうあん)
大人6,500円~(1泊2食付き)
小人4,000円~(乳幼児無料)
宿泊可能人数2~6人(7人以上要相談)、
1日1団体のみ


昭恵御夫人 キムチの伝授

(昭恵御夫人)
(駐福岡韓国総領事御夫妻) (市長)

(韓国の料理家)(婦人会の方々)


(5) 2コース目の認定
 更なる認知度の向上及び滞在時間の延長による観光客及び消費額の増加を図るため、2コース目の認定に挑戦して2013年に天草・松島コースをオープンすることができました。全国で唯一1つの自治体に2コースを有したことで、当初の目的のほか、関係者や外部から高い評価を得ました。しかし、2コース目であるということと、国立公園内ということもあって、1コース目より認定を受けるのが非常に困難でした。




(6) 現 在
 九州オルレは、現在22コースまで増え、宮城県にも4コースあり、共同イベントや共通のお土産販売、全コース踏破者への記念品などが実施され、観光客の奪い合いではなく、協力しあって観光客を増やし続けています。また、維和島においては、新たな展開の一つとして地域おこし協力隊員も加わり、イタリアなどの欧州からの集客に向けても動き出し、更に地域のことは地域で賄おうと市役所の出張所も委員会が担おうとしています。

(7) その他
 詳細は割愛しますが、地域振興を目的に市内全域に誘客を図ろうと、九州オルレの経験を活かして当市観光の閑散期である2月の毎週土日に九州オルレのコースを含み、旧4町を代表する山々(標高約200~500メートル)を歩く、上天草トレッキングフェスティバル(全6コース)の開催にこぎつけました。このイベントは、観光協会、各地域の自治会、婦人会、中高生などを巻き込み、対話しながら一つ一つ作り上げ、初年度から2,000人を超える誘客ができ、今年で第7回目を迎えました。また、これをきっかけに、主に冬期の週末に訪れていたトレッキング客が年間を通して訪れるようになりました。これも、もともと登山愛好家の中では知名度があり、ロープなどを使って登りごたえのある山にもかかわらず、2時間程度で山頂にたどり着き、眼下に島々を望む絶景が堪能できる比較的挑戦しやすい山という素材があったからこそできたものだと思います。

5. まとめ

 人口減少・高齢化社会において、交流人口の増加を図るため、観光を核に地域振興の手段として、九州オルレに取り組みました。
 全国でも、フットパス、ONSEN・ガストロノミーウォーキングなど同様の取り組みが実施されています。手段は、その地域に合ったものであれば何でも構わないが、そこには、初めてのことでも地域の強みを生かし、上司などの良き理解者や地域内外の方々と連携して取り組むことが重要だと分かりました。これは、地域を何とかしようと思い、行動する人がいてこそ成立するものであり、自分又はほかの方が発端であったとしても、何とかしようとする思いを、各分野で影響力のあるキーマンの方々とお互いの違いや個性を認識・尊重しながら、共有・共感して今後の方向性を導き、その方向に向かって自分の判断を信じてどんなことにも努力を惜しまず、楽しみながら本気で取り組むことが必要だと感じました。九州オルレにおいて、その様に取り組めたのは、地域を愛し、真剣に考えて責任感を持って行動したことで、失敗したり困難な課題にぶつかったりしたときに、おのずと周りの誰かが助けてくれていたからだと思います。また、地域は、新たな経験を積むことで成長し、その成長を糧に次の段階へと進んで更に成長し、その成長が他の地域を引っ張り上げることにも繋がり、より広域な範囲で発展的な地域活性化が期待できるようになると感じました。加えて自分も成長させてもらったことで、次々と新たな手段に挑戦できたと思います(図2参照)。
 最後に本レポートが少しばかりでも参考になり、各地域が活性化することを願っています。

図2 地域振興への取り組みの流れ