【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第7分科会 福祉、環境、農業…地域の宝を探し出せ

 中山間地域の現状と課題、その解決方法を考えることをテーマに自治研活動に取り組む中、2019年11月に田舎暮らしができる民宿「お古」で店主に行ったインタビューレポート。移住・起業に至るきっかけや移住後の課題、将来の夢や展望などについて、地域や家族の視点から体験者の意見を知ることができる内容となっています。



古民家で日帰り田舎暮らしを体験
―― Jターンの店主に起業の思いをきく ――

広島県本部/自治労広島県職員連合労働組合・北部自治研 日高 和宏

1. はじめに

 2019年11月に、中山間地域の抱える課題等を考える北部自治研活動の一環として、自治研メンバーで民宿「暮らし宿『お古』」(庄原市川北町)を訪問し、店主の方から、移住のきっかけや思い、民宿を開業するにあたっての経緯や苦労、移住した地域の現状・課題や関わりについてお話をうかがった。
 まず、最初に民宿で体験できるさまざまなメニュー(ほだ木に生えたシイタケの収穫、チェーンソーを使用した樹木の伐採、薪割り、かまどと釜を使った白米の炊飯体験等)をメンバー全員で交互に体験し、その後かまどで炊いたご飯を添えての食事をいただきながら、店主からインタビューを行った。

2. インタビュー

(1) 移住のきっかけや移住したときの思い
 店主の菱(ひし)さんは、現在、夫、子ども3人、犬2匹、猫1匹と自宅兼民宿の古民家で暮らしておられる。古民家は元々菱さんの実母の実家で、隣家までの距離が数百メートルという自然に囲まれた限界集落の中の一軒家という立地である。菱さんご自身は広島市内のマンションで育ち、大学卒業後は東京で就職するなど、幼少期からずっと都市部で生活されていた。とくに東京は交通の便もよく、生活圏で何でも事足りるほどインフラが充実しており、都会での暮らしを満喫しておられたそうだ。
 しかし、そうした生活を続けておられるうち、ふと毎日通勤で満員電車に揺られている自らの現状に疑問が湧き、この先10年、20年先はどうなるのか、これでよいのかという感情を自分の中に持たれるようになった。便利さの先に何があるのか不安に思い、また、都会の中での自分の将来を想像してみても、わくわくするような未来が見えてこなかったという。
 ちょうどその頃、自然派、ロハス、エコなどのブームが起こり、菱さんはそうした関係の店に足を運ばれるようになったが、そこで知り合った人に「あなたは田舎があっていいね」と言われ、カルチャーショックを受けられた。東京の友人は生まれながらに都会育ちという人が多く、菱さんはその言葉に、都会育ちの方にとって田舎に行くということはテーマパークに行くような、特別な感覚で捉えられているのだなという感触を持たれた。
 そして、菱さんはこのまま都会で暮らし続けていると田舎との接点がなくなってしまうと危機感を持たれ、田舎を持たない人でも、着飾らず、素の自分で田舎そのものを体感できる民宿のようなことができないかと考えるようになられた。そしてついに2010年4月にその夢を実現するべく、4年間暮らした東京を離れ、庄原に移住(Jターン)してこられた。
 田舎に住むならここで、と考えていた実母の実家で暮らす予定としていたが、実家は30年以上空き家となっていたためすぐには居住できず、まず庄原市街地にアパートを借り、そこに居住しながら実家に通ってこつこつと改装を行い、1年後の2011年4月に猫2匹と犬1匹とともに実家で一人暮らしを開始、翌5月に念願の民宿を開業された。

(2) 民宿の開業後、どのような苦労があったか
 菱さんが民宿を開業するにあたり、まず悩まれたのが、お客さんをもてなす場所と自らの生活場所の境界をどうするかということであったという。民宿では田舎の暮らしぶり、暮らしの匂いを感じてもらいたいが、自宅の暮らしの日常を全部さらけ出すということではないという考えもあったからだそうだ。
 現在は、ある程度家族が生活するプライベートな空間を確保しつつ、玄関や応接間、台所、風呂場などはお客さんと家族が両方使う形式となっている。子どもたちはお客さんの子どもたちとの遊び相手にもなるという利点があるが、それ以外については現在も試行錯誤を続けておられるそうだ。
 また、実母からは自らが生まれ育ったこの家に愛着があるためか、当初は「これをここに置くな」等の指摘を数多く受けられたという。時間をかけて実母と話し合いを重ねた結果、現在は、大きな改造については相談をするが、それ以外は住んでいる自分たちにある程度委ねてもらえるようになったという。

(3) 実際に移住してみてどうだったか、地域の方々との関係はどうか
 地域の方々との関係については、菱さんが移住された当初、地域に知人はなく、幼い頃に当地に遊びにきていただけで居住経験もなく、また、軽トラックが多い、車でのすれ違い時にあいさつをしなかったことを指摘される、周りの人の目が気になる……など、都会での暮らしとのギャップに数々のカルチャーショックを受け、さまざまなご苦労を経験されたようだ。
 しかし、逆に地域の方々も26歳の女性が1人で移住してくるということを心配され、会議を開いていろいろ話し合われたらしく、そうした地域側の下準備もあってか、移住当初から草刈りの手ほどきを受けたり、女性同士の繋がりで地域の一人ひとりの「人となり」の情報を教えてもらうなどして、地域の方々にすんなりと受け入れてもらったという。

(4) 現在の状況はどうか
 菱さんは移住された翌年に庄原市内に在住していた方と知り合い結婚され、その後3人の子どもさんが生まれ、子育ての真っ最中にある。
 民宿へのお客さんの宿泊は週末限定としているが、家庭の暮らしが基本の上での民宿であり、家族の協力がないと成り立たないため、家族の暮らしを優先させる、菱さんいわく「わがまま民宿」とされており、子どもさんの発表会などがある時には民宿は休まれる。
 また、家族経営のため、お客さんがたくさん来られると手が回らなくなる(夫は平日は仕事に出られている)ほか、田畑や山もあり、季節仕事を優先するため、予約が入るままに宿泊客を受け入れておられるわけではない。
 お客さんが多い時期は5月のゴールデンウイークやお盆、夏休みで、30~40歳代の子ども連れの家族、とくに田舎暮らしを経験した親を持つ方が多く、逆に20代くらいになると、田舎暮らしを経験していない親を持つ方が多くなる印象があるとのことである。
 また、お客さんが少ないのは12月から翌年3月上旬で、都市部の方は雪に慣れていないということもあり、この期間は2回目以降のリピーターの方のみ受け入れておられるそうである。
 民宿の経営については、順調と言えるかどうかはわからないが、ある程度決めている方向にむかって進められていると思うとのことであった。ただし、菱さんご自身の分析として、一生懸命になるとそれしか見えなくなる性格なので、余裕をもって物事を進めるよう心がけておられるそうだ。
 このほか、菱さんの移住当初は集落に6世帯(地域で冠婚葬祭を行う最小単位)あったが、死去や転出などで過疎化が進み、現在では菱さん家族1世帯のみとなっている。集落内にある神社も菱さん家族が守っており、年に1回祭祀を行っているような状況である。
 このため、近々近隣の他の集落(10世帯)と合併することになっており、合併後は別の地域との関わりを構築していくことになる。

(5) 移住から9年が過ぎ(取材時)、現時点で不便だと思うことや苦労していること、行政に求めたいことなどがあるか
 菱さんいわく、第一に子どもが自由な移動手段を持てないのが不便であるとのことだった。一昨年までは付近まで朝と晩の1日2便バスが来ていたが、今は休止されており、菱さんの子どもが中学校に入るタイミングで再開すると庄原市役所から約束をもらってはいるが、友達の家に遊びに行ったり塾通いということを考えると、バスが朝晩2便しかないというのは、通学以外での利用には難しく、かといって子ども自身で移動できる手段は残してほしいものの、1世帯だけのためにバスの増便を求めるわけにもいかず、また、菱さん自身が歳を重ねていって、将来自動車を運転できなくなった場合どうなるのかという不安を抱えておられる。
 このほか、庄原市が自宅手前の市道までの道端の草刈りをシルバー人材センターに委託し実施されているが、いわゆる「ポツンと一軒家」にどれだけの公共のお金、行政コストをかけていただくべきかという思い、そうはいっても山は捨てて市街地だけ繁栄という考えでよいのかともいう思い、こうした葛藤も持っておられるようである。
 行政に対する大きな要望は持っておられないが、バス便の休止・再開のように、今後も各地域で画一的でない、前例のない案件は起きてくると思うので、行政と住民が個々の事情に即した対応等を話し合う場は確保してほしいとのことであった。

(6) 今後、移住したこの地域がどのようになってほしいと考えるか
 菱さん自身には現在の生活スタイルは合っているが、人によって田舎暮らしは合う、合わないがあり、決して楽な暮らしではないので、こういう暮らしをしたいという強い意志を持つ人に地域に来てもらいたいとのことであった。(都会での暮らしに窮屈感を感じ、田舎暮らしをしてみたい人は潜在的に存在するが、現状すぐには実現できない人が大半であり、仲間ができたらとは思うが、無理に作る(増やす)のは違うと考えておられる。)
 また、理想はここを自活・自営の村にしていくことであるが、菱さんの代でそれを実現できなくても、こういう場所を後世に長く残していけたらという希望も持っておられた。

(7) 将来の夢や今後の展望について
 この暮らしを10年、20年と長く続けていき、少しずつ技術や知識を習得していくことが楽しみではあるが、自分たちの将来については、子どもたちがここにとどまるかどうかの選択と、その時地域がどうなっているかという、自分たちの力の及ばない要因が大きく、何とも言えないとのことであった。
 また、今は都会に住むのが主流となっているが、今後は都会暮らしと田舎暮らしの二極化が進んでいくのではないかとのことであった。

3. おわりに

 インタビューを終えて感じたのは、我々自身の物差しで見た場合に一見何もない環境であるこの生活を、菱さんご夫婦、子どもさん、飼われている犬、猫までもが、活き活きと楽しんでおられたことであった。
 そういった理想の生活を送られている中でも、とくに子どもの教育環境や地域の将来についてさまざまな葛藤や悩みを抱えておられることもわかり、将来の中山間地域の在り方を考えていく上でヒントとなる貴重なご意見をたくさん聞かせていただくことができた。