【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第8分科会 青森から「食」の未来を考える

 農業を守り、育てる法律である「種子法」を国が廃止したことは、市町や農業生産者にとって大きく影響を与えるものでした。将来にわたって食料の安定供給や食の安心・安全を守っていくためには、条例の制定が不可欠であり、民主的な地方自治の確立にむけた政策提言を行うことが私たちの責務です。本レポートでは「(仮称)広島県種子条例」の制定にいたるまでの自治体議員や各種団体との連携を含めた経過について報告します。



国の種子法廃止に伴う
(仮称)広島県種子条例の制定について

広島県本部/広島県議会議員 的場  豊

1. はじめに

 2018年3月、国は国会での審議を殆ど行わないまま、突如「種子法(主要農作物種子法:1952年5月1日制定)」を廃止しました。
 私自身はこの「種子法」廃止について、戦後の食糧増産と農業・農家を守るための法が66年経った今「なぜ、拙速に廃止する必要があるのか?」と疑問に感じ、また実家が稲作農家であり、毎年父親が米の収穫後に一番取れ高の多かった田んぼの籾種を大切に守ってきていたことを見続けていたため、釈然としない思いでありました。(「まとば 豊」県政報告NO12:2018年1月号:コラム「収穫~豊穣の秋~稲作報告第2弾」参照)
 県の担当部局に「種子法」廃止に伴う影響を尋ねても、「県の要領を定め対応しており、予算も前年度と同様に措置され、今まで通りの業務を行っている。問題はない。」との回答でありました。
 しかし、時の政権権力が国会議論を避けてまで急いで廃止しようとするその裏には何か思惑があるのでは? と、私の頭の中で「権力は何かを隠そうとしている。」「国民は騙されているのでは」と警鐘が鳴り、「なぜ今? どうして廃止?」と繰り返し問答をはじめていました。
 そんな折、以前自治労広島県本部主催の学習会で講演をいただいた「ルポ 貧困大国アメリカ」で有名な国際ジャーナリストの『堤 未果』さんが書かれた「日本が売られる」(幻冬舎新書)の本を読んでいると、「種子法」廃止と「種苗法」改正にむけた黒い政治的背景が徐々に見え隠れしてきたのです。
 そして、5月23日・8月8日に開催された広島県本部「自治体議員連合」の会議において、県・市町議会での取り組みや政策の意見交換をした際に、「7月豪雨災害からの復旧・復興」「地方自治の充実・強化を求める意見書」「公契約条例」「手話言語条例」「会計年度任用職員制度の条例化」「平和推進条例」の議論とあわせ、「種子法」廃止に伴う市・町や農業従事者への影響について課題提起を行い、地元での情報・意見を集めていただくことをお願いしました。
 その後、神石高原町議会 松本議長、庄原市議会 宇江田議長、三次市議会 竹原議員から、市町での意見書提出にむけた議会での議論経過や、農家や地域での意見、資料などの提供をいただき、「国の種子法廃止に伴う広島県種子条例制定」へ多くの県民が強く要望しているとの認識に立ち、「県議会9月定例会」で質問を行う運びとなったものです。

2. 種子条例の制定を求める市町議会意見書提出状況

2020年3月24日時点

 

市町議会名

意見書の議決日

庄原市議会

2018年6月29日(国への意見)
2019年9月30日

三次市議会

2019年6月28日

呉市議会

2019年9月13日

神石高原町議会

2019年9月19日

安芸高田市議会

2019年9月25日

尾道市議会

2019年12月17日

東広島市議会

2019年12月17日

廿日市市議会

2019年12月19日

北広島町議会

2019年12月18日

10

安芸太田町議会

2020年3月18日

3. 広島県議会2019年9月定例会における質疑・答弁内容

「種子法」廃止に伴う種子の保護と農業振興策について
【的場質疑】
 次に、「種子法」廃止に伴う種子の保護と農業振興策について質問します。
 政府は昨年3月、国会審議をほとんど行わないまま「種子法」を突如廃止しました。法の廃止により、市町や農業生産者に及ぼす影響、将来にわたる食糧の安定供給や食の安心・安全に大きな禍根を残すことになりかねないのではないかと危惧しています。
 種子法と言われる「主要農作物種子法」は、戦後の「二度と民を飢え死にさせてはならない」ための食糧増産という国家的要請を背景に、国・都道府県の行政が、良質で安価な種を農家に安定的に供給していた法律でありました。換言すれば、戦後国策として農業振興策を進める大元の元である種子の供給を公的責任で行い、食料自給率の向上や農家の収穫量増により所得を上げることをはかってきた、農業を守り・育てる法律でありました。
 私の家も代々稲作を中心とした農業を営む農家であり、元来種子は農家にとっては、命の次に大切な「農家の宝」とまで言われてきました。稲作の基本の苗づくりでは、収穫した年の一番豊作であった田んぼの籾種を次年度の作付けにむけて残し、強く・より多く収穫できる種を引き継いでいきます。このように強い稲の品種特性を維持し、収穫量を確保してきました。いわゆるメンデルの法則であります。日本の農業は、国や都道府県などの行政と農家らの努力により優良な種子を保存し、交配改良を重ね、「食の根源」を守り続けてきた歴史の積み重ねなのです。
 また、政府は「種子法」の廃止決定に合わせて「種苗法」も大きく改正し、種の自家採種の禁止品種数を82種から289種に拡大しました。農家は、その拡大された品種については、自分で栽培した作物の種や苗を次のシーズンに使う「自家増殖」はできず、種苗会社の持つ知的財産権のある種を購入することとなり、訴えられる可能性もあります。
 さらに昨今海外では、新たな種子として遺伝子組み換えや農薬の耐性により強い品種が開発され、日本への輸出入が取りざたされており、私たちの命の源である「食の安心・安全」が消費者の気付かないうちに脅かされようとしています。
 貿易は元々物々交換の交易がはじまりであり、世界的なグローバル経済時代においても、国と国双方に利益があることとあわせ、相手国の民のことを慮ることが基本です。市場経済万能主義の貿易によって、国民の生命と健康が脅かされることに対しては、保護と規制のための法律が必要ではないでしょうか。
 今こそ、「持続可能な開発目標(SDGs)」をめざした、ヒューマニステック・ニューディール(人道的な経済政策)な施策が求められています。
【質問】
 そこで、三次市・庄原市・神石高原町等の複数の自治体議会から出されている、または、出されようとしている「種子法」廃止に伴う意見書に対する県の見解と政策対応、また、広島県種子条例制定にむけた考えがあるのか、農林水産局長にお伺いします。
【答弁:農林水産局長】
 現在、市町の議会から、県に対しまして、主要農作物の種子の開発や保全、供給のための新たな条例の制定を求める意見書が提出されており、さらに、いくつかの議会からも提出される予定とうかがっております。
 また、同様に国に対しましても、新たな法整備や、県が種子の供給を行うために必要な財政支援の継続などを求める意見書が提出されております。
 県といたしましては、主要農作物種子法が廃止された後、「広島県稲、麦類及び大豆種子取扱要領」を制定し、これまで通り、奨励品種の選定や優良な種子の生産を行うなど、種子の安定供給に取り組んでいるところであり、それに要する経費につきましても、引き続き、地方財政措置が確保されるよう国に対して要望しているところでございます。
 こうした県の取り組みを進めていく中で、その運用に支障をきたすことがないよう要領や業務について検証を行うとともに、条例化の必要性についても検討してまいります。
【的場要請】
 広島県においても、地方自治の本旨である県民の生命と健康、財産を守るため、広域自治体の責務において、各自治体からの種子法廃止に伴う要請に応える責任があると考えます。条例制定の検討とあわせ、種子の開発、生産等の奨励、開発種子の保護、開発・保護に関わる予算措置を強く要請します。

4. (仮称)広島県種子条例制定にむけた経過

(1) 条例制定にむけた経緯
 県議会9月定例会での質疑後、知事与党である2会派(自民議連、民主県政会)が中心となり、広島県議会政策条例検討委員会において、議員提案(議員立法)により、「(仮称)広島県種子条例」の制定にむけた検討を進めていくことになりました。
 私自身も条例案の検討にむけて、「種子条例制定」を求める各種団体や農協職員労働組合(JA福山労組)他への報告と意見交換をさせていただき、必要項目を条例に反映させました。

(2) 条例制定にむけた経過・スケジュールについて
<2019年>
① 10月2日:第29回広島県議会政策条例検討委員会(種子条例検討第1回)
 ア 県議会政策条例検討委員長(自民会派)から「県種子条例」条例化の提案
② 11月19日:第30回広島県議会政策条例検討委員会(種子条例検討第2回)
 ア 「県種子条例」条例化を進めることを決定
  ・県議会議長に報告
  ・報道機関へ公表
③ 11月中:県執行部、市町および関係団体に意見照会
④ 12月11日:第31回広島県議会政策条例検討委員会(種子条例検討第3回)
 ア 県議会各会派から条例素案に対する意見を報告
   <民主県政会からの意見及び要望>
   ・「食の安全」を加える。
   ・主要農作物の稲に「酒米」の文言を加える。(的場)
   ・種子の「保存」の文言を加える。
   ・「在来品種の生産および維持」の条文を設ける。(的場)
   ・種子生産計画に「種の備蓄」を加える。(的場)
 イ 県執行部、市町及および関係団体の意見を報告
<2020年>
⑤ 1月17日:第32回広島県議会政策条例検討委員会(種子条例検討第4回)
 ア 条例素案に対する意見への対応案および条例素案の修正案を検討
⑥ 2月19日:第33回広島県議会政策条例検討委員会(種子条例検討第5回)
 ア 整理後の条例案の確認
⑦ 2月~3月:広島県主要農作物等種子条例(仮称)素案【別紙】に対するパブリックコメントの実施
⑧ 5月中旬:第34回広島県議会政策条例検討委員会(種子条例検討第6回)
 ア パブリックコメントにおける意見および対応案を調整
 イ 条例案を確定
   ・県議会議長へ報告
⑨ 6月定例会
 ア 会派代表者会議で発議者などの決定
 イ 議会運営委員会で議事運営決定
 ウ 本会議に条例案を上程し、採決(閉会日)

5. おわりに

 私たち地方自治体の公共サービスで働く労働者は、そのサービスを提供する先に住民が存在していることを忘れてはなりません。子育て、教育、食の保障、生活衛生、福祉、環境整備、防災・減災、公共財産の整備・管理など、どの業務も住民の生活と密接に関係しています。逆に業務内容が住民に直接関わるからこそ、法や条例、制度が廃止や変更になるとリトマス試験紙がごとく、職員に対してその反応が返ってきます。
 住民が本当に望んでいるサービスなのか? 必要とされている制度なのか? 条例化が必要ではないか? などの費用対効果も含め、私たち公務労働者に問い続けられることです。
公共サービスで働く労働者が「井の中の蛙 大海を知らず」では良い地方自治は生まれてきません。
 日々住民と接する業務の中で抱えている矛盾を政策に反映させ、予算化していくこととあわせ、民主的地方自治の確立にむけた労働運動の視点を持つことで、より広い視野で重層的な政策提起がされるものではないかと考えます。
 そして、私たち地方自治の現場から選出されている自治体議員は、住民サービスの現場でのそうした営みから導き出される"現場発"の政策を具現化する役割にあります。あわせて、こうした自治研活動の中で立ち止まり、冷静に検証することも大切であると考えています。
 これからも、私たち「自治体議員」を遠慮なく使っていただき、県本部の労働運動と自治研活動がますます前進することを願っています。

【別紙】
広島県主要農作物等種子条例(仮称)素案

(目的)
第1条 この条例は、主要農作物等の種子の生産及び普及に関する基本理念を定め、県の責務を明らかにするとともに、県が実施する施策その他必要な事項を定めることにより、奨励品種の種子の安定供給及び品質の確保を図り、もって本県農業の生産性の向上、持続的な発展及び食の安全に寄与することを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(1) 主要農作物 稲、麦類(大麦、裸麦及び小麦をいう。)並びに大豆をいう。
(2) 野菜等農作物 (1)を除く、野菜、花きその他の農作物をいう。
(3) 奨励品種 県内における生産を普及すべきであると知事が決定した主要農作物の優良品種をいう。
(4) 特定品種 本県の農業振興上、知事が生産を普及し、又は維持する必要があると認める主要農作物及び野菜等農作物の品種をいう。
(5) 一般種子 生産者が作物を生産するために用いる奨励品種の種子をいう。
(基本理念)
第3条 本県農業の競争力の強化や県民への農作物の安定的な供給を基本とし、主要農作物の品種改良並びに種子の生産、普及及び保存に当たっては、地域の気象、土壌等の生産条件、消費者の需要動向等を十分に考慮するとともに、県民の理解を促しながら、生産者をはじめ、関係者との連携及び相互理解の下に行うものとする。
2 県は、関係機関と連携し、酒米など各地域で従来から生産されている本県の特色ある農作物の種子の保存に努めるものとする。
(県の責務)
第4条 県は、前条に定める基本理念にのっとり、特定品種の種子を農業振興に有効に活用するものとし、特に奨励品種の種子については、安定供給及び品質の確保に係る施策を計画的に推進するとともに、必要な体制の整備を図るものとする。
(奨励品種の決定)
第5条 知事は、主要農作物の生産性の向上及び品質の改善を図るため、奨励品種を決定するものとする。
2 知事は、前項の決定に当たっては、将来の需要を十分考慮し、品種選定に必要な調査等を行うものとする。
(種子生産団体の指定)
第6条 知事は、法人その他の団体であって、次の各号に掲げる業務を適正かつ確実に行うことができると認められるものを、指定種子生産団体として指定する。
(1) 奨励品種の種子に係る需給の見通しを把握するための調査及び知事への報告に関する業務
(2) 奨励品種の種子の品質の確保及び安定的な種子の生産、供給並びに備蓄に関する業務
(3) 前2号に掲げる業務に附帯する業務
(4) その他知事が定める業務
2 前項の規定による指定を受けようとするものは、知事に申請しなければならない。
(種子生産計画の策定)
第7条 知事は、優良な種子の安定供給を図るため、毎年度、奨励品種のうち県が供給を行う原種及び原原種並びに一般種子の生産、流通及び備蓄の状況その他の事情を勘案して、生産計画(以下「種子生産計画」という。)を策定するものとする。
2 種子生産計画には、次に掲げる事項を定めるものとする。
(1) 主要農作物の種子の需給の見通し
(2) 主要農作物の種子の生産量
(3) 前2号に掲げるもののほか、主要農作物の優良な種子の安定的な生産に関し必要な事項
3 知事は、種子生産計画を策定したときは、遅滞なくこれを公表するものとする。
(原種及び原原種の生産)
第8条 知事は、種子生産計画に基づき、原種及び原原種の生産を行うためのほ場を設置し、原種及び原原種を生産するものとする。
(一般種子生産ほ場の届出)
第9条 指定種子生産団体は、種子生産計画に基づき、一般種子を生産するほ場(以下「一般種子生産ほ場」という。)の設置に係る事項を知事に届け出るものとする。
(審査)
第10条 知事は、一般種子の品質を確保するため、指定種子生産団体からの請求に基づき、一般種子生産ほ場で生産される一般種子の品質に係る審査を行い、その結果を当該指定種子生産団体に通知するものとする。
(指導等)
第11条 知事は、一般種子を生産する者又は一般種子を生産する者に種子の生産を委託した者に対し、優良な種子の生産及び普及のために必要な助言及び指導を行うものとする。
(特定品種の種子の保存)
第12条 知事は、特定品種の種子について、必要なときに活用することができるよう適切に保存するものとする。
(財政上の措置)
第13条 県は、特定品種の種子の生産及び普及に係る施策を推進するため、必要な財政上の措置を講じるものとする。
(委任)
第14条 この条例に定めるもののほか、この条例の施行に関し必要な事項は、知事が定める。
   附 則
 (施行期日)
1 この条例は、公布の日から施行する。
 (経過措置)
2 この条例の施行の日(以下「施行日」という。)前に知事が県内における生産を普及すべき優良な品種と認めている品種については、第2条第3号に規定する奨励品種とみなす。
3 施行日前に知事が設置している原種及び原原種を生産するためのほ場については、第8条に規定する原種及び原原種の生産を行うためのほ場とみなす。
4 施行日前に知事に対してなされた一般種子を生産するほ場に係る審査の請求については、第10条の規定による審査の請求があったものとみなす。