【自主レポート】 |
第38回地方自治研究全国集会 第9分科会 「やっぱはまりで、ぬぐだまる」(津軽弁) |
2015年度施行の生活困窮者自立支援制度にかかる取り組みの中で先進的な就労支援を実践する豊中市では、2018年度からはいわゆる「地方版ハローワーク事業」にも着手し、市としての就労支援事業の実践の質をさらに高めている。同市の就労支援事業の現段階と到達点を整理した上で、自治体の就労支援の意義や可能性について考察する。 |
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1. 地方版ハローワークの概要 2016年5月、「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」(平成28年5月20日法律第47号)、通称「第6次一括法」の成立により、「職業安定法」(昭和22年11月30日法律第141号)が改正され、いわゆる「地方版ハローワーク」が法定化された。この改正法は2016年8月20日より施行され、以降、自治体が就労支援を国の機関任せにせず、地域の実情を踏まえて主体的・積極的に取り組んでいくことがよりいっそう期待されている。職安法の2016年改正の意義は、自治体の無料職業紹介事業を民間事業者のそれとは区別される公的な立場で行われるものとして各種の規制を緩和し、あわせて、政府方針の閣議決定に基づき2014年9月より順次始められていた、国のハローワークの求人・求職情報のオンライン提供を法定化したことである。改正の概要は以下のとおりである。 ① 自治体の無料職業紹介事業を、民間事業者のそれとは区別される公的な立場で実施されるものとすること。そのため、「第2章の2 地方公共団体の行う職業紹介」を創設し、法律上の章を独立化。 ② 廃止された規制 事業開始・廃止の届出(通知に切り替え)/国による助言指導、勧告、報告徴収、立入検査/事業停止命令/改善命令/職業紹介責任者の選任/帳簿の備え付け/事業報告書の提出 ③ 改正後も維持された規定 名義貸しの禁止/性別等による差別的取扱の禁止/労働条件等の明示/適格紹介/労働争議への不介入/取扱職種の範囲等の明示/守秘義務 ④ 希望する自治体への国のハローワークの求人情報・求職情報のオンライン提供を法定化(第29条の5)。 地方版ハローワークとは、国のハローワークが収集・管理・紹介している求人・求職情報を、公的な立場で無料職業紹介事業を行う主体とされた自治体がオンラインで取得・共有し、無料職業紹介事業にこの情報を活用し、求職者への職業紹介を実施する仕組みである。つまり、その実施自治体の区域を、従前より当該区域を管轄してきた国のハローワークの管轄域から切り離し、当該区域でのハローワークとしての業務を実施自治体に全面的に移管するといった性格のものではなく、実施自治体は国のハローワークの持つ求人情報等を求人者の同意があったものに限って提供され、自らの無料職業紹介事業に利用できる。 2. 豊中市の就労支援施策の体系と特徴 「生活困窮者自立支援法」(平成25年12月13日法律第105号)に基づく自立相談支援事業の一環として実施が求められている就労支援の実施について、豊中市では、同和対策に起源を持つ「就職困難者」対象の「地域就労支援事業」(2003年8月開始)や、2003年の職安法改正で解禁された「無料職業紹介事業」(2006年11月開始)、さらには「パーソナル・サポートモデル事業」(2011~12年度)、「生活困窮者自立促進支援モデル事業」(2013~14年度)などの実践を経て蓄積されてきた、支援の機関・人材やスキル、多機関・多職種の連携ノウハウを結集し、以下のとおり、その内実を形成している。 ① 地域就労支援事業 ・就職困難者という支援対象の設定により、幅広い要支援者像を想定 ・専任のコーディネーターによる対応、ケース会議の開催、個別支援プランの作成、多機関の連携などによる、就職困難者に対するきめ細かな就労支援の実践 ② 無料職業紹介事業 ・信頼関係に基づく、地元企業・事業所からの求人情報の収集 ・求職者の個別事情に合わせた求人情報の内容の調整 ・クローズド求人による、求職者の生活スタイル、心身の状態などに応じた地域の仕事のマッチング ③ パーソナル・サポートモデル事業、生活困窮者自立促進支援モデル事業 ・就労支援にとどまらない、自立に向けた総合的な生活支援の実践 ・中間的就労、家計相談支援(多重債務者支援)のノウハウの習得・蓄積 ・多職種連携などによる、複合的な問題を同時に抱える困難ケースへの対応 一方、「社会福祉法」(昭和26年3月29日法律第45号)第3条を踏まえながら、「生活保護自立支援プログラム」(2005年度実施)によって導入された新たな自立観を継承する生活困窮者自立支援制度は、就労支援を中心とする「経済的自立支援」だけでなく、日常生活の規律の回復・向上などをめざす「日常生活自立支援」、および、自尊心や社会参加意欲の回復などをめざす「社会生活自立支援」を合わせた3つの柱を並列に捉えて、一体的な支援をめざすものである。 豊中市ではこうした理念のもと、生活困窮者自立支援の実践において、支援対象者の経済状態だけでなく、心身の健康状態、日常生活の規律、社会参加意欲なども含む「支援対象者の総合的な現状」を見極め、一般就労が可能な状態としてすぐに就職先をマッチングできる状態にあるか、一定の準備を経てから就労支援を行うべき状態にあるかを判定し、それぞれに見合った支援が受けられるよう、多彩な支援メニューを整備している。 支援メニューは、支援の進展により支援対象者の状態が変化しうることを踏まえたものであり、状態の変化に対応して、就労支援の内容も以下のとおり複数のメニューが用意されている。さらに、これらのメニューは、支援対象者それぞれに相応しいかたちでの自立の実現に向かってステップを段階的に上がっていくようなイメージで配置されている。つまり、最終的に一般就労を果たすにせよ、生活保護などの一定の公的支援を受けながらの就労(いわば「半就労半福祉」)をめざすにせよ、各人に最も相応しい自立のかたちへの到達をめざすことになる。 ・被保護者就労準備支援事業:社会参加意欲の回復 ・自立相談支援機関での相談支援(インテークアセスメントなど) ・就労準備支援事業:集団で体力確認、働く達成感を体験 ・就労訓練事業(非雇用型):本人の理解に合わせて段階的体験 ・就労訓練事業(雇用型):支援付き雇用 ・事業所内実習:職種適性や職場相性の確認 ・無料職業紹介事業:職業紹介 -無料職業紹介所での公開求人(市独自収集の地元企業等の求人情報) -地域就労支援事業の支援対象者(就職困難者)へのクローズド求人(同上) -地方版ハローワーク(ハローワーク提供の求人情報の利用)
(2) 豊中市の就労支援体系の中での地方版ハローワークの位置 3. 豊中市の実践から見出しうる自治体就労支援の可能性 豊中市の取り組みを以上のように理解した上で、国とも民間事業者とも区別される、「自治体による就労支援」だからこそ到達しうる実践上の独自性もしくは可能性を指摘したい。第一の可能性は、就労支援を、求職者への一時的な職業紹介に終始せず、生活困窮者自立支援制度で採用されている自立観、すなわち、日常生活上、社会生活上、経済上の自立を一体的に支援する、総合的な自立支援の諸方策の一環として行いうることである。今日、自治体に就労支援への積極的な取り組みを求めている法制度の一つが「生活困窮者自立支援法」であることをここで再度指摘しておきたい。この文脈を踏まえるならば、地方版ハローワークの実施自治体における無料職業紹介事業は、国のハローワークと同様のサービスを実施するだけでは全く不十分である。この点、豊中市の取り組みに学ぶならば、地方版ハローワークの取り組みにおいて以下の2つの方向を同時に追求する必要があると考える。 一つは、生活困窮者や就職困難者として就労準備支援ないし就労訓練を受けてきた求職者たちの「出口」の拡大である。日常生活の規律や社会参加意欲の回復、就労に向けた訓練などを経て、段階的に一般就労が可能な状態を獲得ないし回復した就職困難者や生活困窮者が、一般就労を希望する場合、自らに相応しい就職先を探すにあたり、市独自収集の地元求人情報だけでなく、国のハローワークから提供される求人情報をも合わせて検索対象にできることは、情報の質・量を大幅に拡大させるものである。その際、支援者側には、個々の求職者がより適性の高い職を見つけられるよう、的確なサポートを行うことが期待される。 二つは、無料職業紹介所を利用する者の中から、職探しの前に生活困窮者自立支援事業で支援するべき状態にある者を発見し、自立相談支援機関へ誘導する、「入口」としての活用である。地方版ハローワークの事業所の存在は、より広い市民層の中から生活困窮者自立支援事業等の支援対象者を発見・捕捉する最初の接点になりうる。その際、支援者側には、無料職業紹介所の利用者を全て仕事を紹介するだけの対象として一律に扱わないこと、利用者ごとに異なる状態(もっと言えば、困窮の度合い)を見極める仕組みを整備することが求められる。このような取り組みは生活困窮者自立支援事業で求められるアウトリーチの積極的な実践にも合致する。 第二の可能性は、求職者への就労支援を、地元の中小零細企業に対する支援策や産業振興施策と連携させうることである。豊中市で2003年より続けられている地域就労支援事業は、同事業による就職困難者への支援の趣旨を理解し、市の求めに応じて協力を続けてきた地元企業等によって支えられてきている。一方で、人材不足の問題に悩む中小零細企業等にとって、市の就労支援施策は、関係事業のもとで一定のトレーニングを積み職業適性を高めた人材をそれら企業等に供給するという側面を併せ持つ。こうした機能を果たしている自治体の就労支援施策に地方版ハローワークにかかる取り組みが追加されることには、より高度な人材を自治体が捕捉し、場合によっては地元企業等へと供給する可能性を高める。 第三の可能性は、まちづくりへの活用である。これら就労支援施策や地元企業支援の方策は、自治体のまちづくり施策の中に位置づけを得ることで、その重要な基軸となりうるものである。2017年に改正された「社会福祉法」は、あらゆる地域住民を対象とした市町村の包括的相談支援体制の構築を掲げ、2018年に改正された「生活困窮者自立支援法」は、あらためて基本理念を明記し、「個人の尊厳の保持」と「地域共生社会の実現」の追求を自治体に課した。 自治体の無料職業紹介事業を産業政策や福祉政策などと連携して実施することで、国の各省庁が行う縦割りにされた施策を自治体レベルで統合できる可能性が生まれたことについて、自治体の雇用労働政策における最大のメリットであるとする評価もある。自らの地域事情と自治の視点に立って、就労支援や地元企業支援のあり方を追求する自治体が今後多数現れてくることを期待したい。 |