【自主レポート】 |
第38回地方自治研究全国集会 第10分科会 北の地から見つめる平和 |
米軍再編を受け入れることとなった、いや、受け入れざるを得なかった大竹市。国から多くの再編交付金を受けたことで財政状況が改善され、さまざまな事業を進めることはできました。しかし、地域振興の名のもとにお金をばら撒く代わりに、住民に負担を強いる手法は米軍再編に限らず、多く行われているのが実状です。住民の安心、安全を守り、あわせて生活環境や自然環境を守るために、私たちは何をすべきだろうか。 |
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1. 岩国基地の歴史 岩国飛行場は、1938年4月、旧日本海軍がその建設に着手し、1939年12月、呉鎮守府所属練習隊を配置、1940年7月に岩国海軍航空隊として開設され、主として教育隊、練習隊の基地として使用されてきました。終戦後、基地は米海兵隊に接収され、英連邦空軍・米空軍が駐留しました。朝鮮戦争の勃発とともに国連軍として英海軍部隊・米空軍及び米海軍部隊の一部が派遣され、基地から毎日のように単発戦闘機・ジェット戦闘機(英豪空軍)および中型爆撃機(米空軍)などが前線支援のため発進していました。 その後、日米安全保障条約の締結に伴い在日米軍基地となり、米空軍、米海軍の使用を経て、米海兵隊航空師団に主導権が移り、米海兵隊岩国航空基地(MCAS IWAKUNI)となり現在に至っています。 また、海上自衛隊も1957年以来、一部共同使用しています。 岩国基地は市街地に近接する基地であることから、これまでも騒音に対する苦情が多く寄せられていました。日本政府はこの状況を解決する策として、瀬戸内海を800m埋め立て、基地の滑走路を1km沖合に移設することを決め、1997年から滑走路沖合移設事業が開始されました。土地の埋め立てには岩国市の愛宕山から掘削された土砂が使用され、船で約4.8km離れた現場まで運ばれました。事業は2010年3月に終了し、新滑走路は同年5月から使用開始され、2012年12月には岩国錦帯橋空港(軍民共用空港)が開港しました。 愛宕地区は現在、独立行政法人国立病院機構岩国医療センターが黒磯地区から移転され、愛宕スポーツコンプレックス(野球、ソフトボール、陸上競技場、テニスコートなど、在日米軍と日本国が共有使用できる施設)が整備されています。一方、新たな米軍施設ともいわれている米軍家族住宅エリア(AtagoHills)が整備され、262戸の住宅が建っています。これは空母艦載機の移転に伴い、米軍人や軍属、家族約3,800人が岩国基地へ移転するため整備されたものです。 2. 空母艦載機移転にかかる動き (1) 岩国における動き1999年、井原勝介岩国市長が誕生。2003年に二期目の当選を果たしましたが、二期目の任期途中、2004年7月中旬、世界的な米軍の変革・再編の一環として、在日米軍の再編を話し合う日米両国政府の協議の中で、「米軍厚木基地の空母艦載機を岩国基地に移転する方向で検討している」という報道があったことを受け、防衛庁、外務省に対する要請活動を市長自らが行いました。また、地元自治会では移転に反対する署名が行われました。 そうした中、2005年10月29日、在日米軍再編問題にかかる中間報告を受けています。内容は次の通りです。
そうした中、防衛施設庁は在日米軍再編計画への地元の同意がないことを理由に、2005年より3年計画で予定されていた岩国市役所庁舎改築事業への国からの補助金を凍結し、2007年度予算に計上しませんでした。 このため、国からの補助に替え合併特例債を財源とした市庁舎改築事業の予算案を巡って岩国市議会が紛糾、岩国市の当初予算が2007年6月定例議会でも成立しないという事態に陥りました。市当局は同年9月議会にも岩国市庁舎改築事業の財源の大半を合併特例債に切り替える補正予算を二度にわたり提案しましたが、在日米軍再編に同意し、米軍再編交付金の受け入れを迫る議員が過半数を占める市議会がいずれもこれを否決しました。 この状況を打開すべく、井原市長は同年12月26日、12月議会での通算5度目の予算案提案の際に「私の首と引き換えに予算を通してほしい」とし、市議会議長に辞職願を提出しました。翌年2月10日に、在日米軍再編を争点とした出直し市長選が行われ、議会主流派が支持し、在日米軍再編に関して国との条件交渉を求める新人の福田良彦(元自民党衆議院議員)が移転反対を訴えた井原前市長を僅差で破り、当選しました。
その後も岩国市と国は協議を重ねた結果、2017年6月23日、福田市長は正式に米空母艦載機移転を受け入れる考えを表明しました。 なお、井原前市長は、2012年の市長選挙にも立候補しましたが、現職に敗れています。これを受け、同年4月21日に「草の根ネットワーク岩国」を設立。基地問題について、現在も精力的に活動を行っています。 (2) 大竹における動き 大竹市は、先述の通り空母艦載機の移転を検討しているという報道を受け、2005年7月、廿日市市、江田島市、旧大野町、旧宮島町とともに3市2旧町で『岩国基地NLP移設計画反対期成同盟』を結成し、加盟しました。そこでは「住民の安心、安全を守り、あわせて生活環境や自然環境を守る」という行政に与えられた使命を忠実に実行するということから、3市2旧町で小異を捨てて移設に対して、絶対反対という姿勢を堅持することを確認しています。 また、広島県も広島湾・瀬戸内海を守るという立場や中国山地における低空飛行訓練の実施に対して積極的に反対の意思を表明しました。 しかし、2006年6月の市長選挙において、大竹市職労が推薦する入山欣郎・現大竹市長が当選すると、その半年後の12月21日、入山市長は米軍空母艦載機移駐を容認する意思表明を行いました。 入山市長は、移転を容認するにいたった理由を次の通り述べています。
国は第1次安倍政権時の2007年5月に、在日米軍再編計画に伴い基地負担が増える自治体への交付金を支給するために「駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法」を成立させました。現在まで再編関連特定防衛施設として19施設、再編関連特定周辺市町村として延べ47市町村が対象となっています。 入山市長が移転を容認したことで、再編交付金の交付対象自治体となり、県内では大竹市のみとなっています(2007年度から2019年度までの13年間で総額約53億円が交付済)。 再編交付金は、在日米軍の再編により影響を受ける地域の住民に対し、生活の利便性の向上などのための特別の措置を講じることにより、再編の円滑な実施に資することであり、再編により影響を受ける住民の生活の安定に資するよう適切に配慮された地域において行う事業に対して交付され、対象事業は防災に関する事業、福祉の増進及び医療の確保に関する事業など、次に掲げる14種類となっています。
大竹市職労では、「移転反対」を主張し、次の通り取り組みを進めてきました。 ① 各種集会への参加 ア 2005.10.23 米軍岩国基地機能強化反対集会 イ 2006. 2.19 「岩国基地機能強化に反対する働く者の会」総決起集会 ウ 2006. 3. 5 米軍岩国基地機能強化反対集会 エ 2006. 3.19 米軍岩国基地機能強化反対総決起集会 オ 2006. 7. 6、2006.11. 2、2007. 3. 9 「岩国基地機能強化に反対する働く者の会」学習会 ② 各署名の取り組み状況(参考:2005.10現在。大竹市職労 組合員数246人) ア 2005.10 「NLP移転など岩国基地機能増強に反対する署名」435筆 イ 2006. 2 「在日米軍基地の再編と日米軍事同盟の強化に反対し、基地の縮小・撤去を求める署名」349筆 ウ 2006. 2 「米軍岩国基地機能強化反対はがき」307枚 ③ 組合員への働きかけ 「米軍岩国基地機能強化反対」の意思を全組合員に共有してもらうため、執行委員会や各部評の部会で各集会への参加報告会を開催し、現状の問題点や集会内容、参加者の思いを機関紙に掲載しました。また、3月12日に行われた住民投票では、岩国市在住組合員に対し、参加と意思表示をお願いしています。 ④ 市民団体の動き 2006年に、佐伯大竹廿日市地区労組会議が活動を支援する市民団体「岩国基地機能強化に反対する働く者の会」が結成され、地区労議長が働く者の会の代表を兼ねることとなりました。大竹市職労も佐伯大竹廿日市地区労組会議の一員として、上記の通り積極的に働く者の会が主催する学習会等に参加をしました。 ・学習会(第3回まで実施) ア 「周防大島の静かな空を取り戻すために」と題して、山口県周防大島町における空母艦載機移転計画反対運動の取り組みを紹介。 イ 「軍事力によらない平和な未来の為に~基地の町、岩国から見えてくるもの~」と題して、2006年2月7日の住民投票発議から投票の成功に向け、ビラ配布・声掛け・人文字による意思表示等できることを行ってきた旨を報告。 ウ ドキュメンタリー映画「米軍再編 岩国の選択」を視聴。本作品は、米海軍厚木基地から横須賀を母港とする「空母艦載機の移駐」を一方的に押し付けようとする政府のやり方に対し、岩国市において受け入れの是非を問うため実施した住民投票の記録映画です。 ・抗議文書提出 2007年2月9日に大竹市役所3階応接室にて、2006年末に在日米軍再編を容認した大竹市長・大竹市議会議長に対し、「在日米軍再編に伴う岩国基地への空母艦載機移転容認について抗議するとともに、容認の白紙撤回を求める」旨の抗議文を提出しました。 その後、働く者の会の活動は、諸事情により佐伯大竹廿日市地区労組会議が事実上引き継ぐこととなりました。地区労では、地方自治・民主主義を守るたたかいを続け、安心・安全な暮らしを確保するために、引き続き米空母艦載機受け入れ容認を撤回するための取り組みを強化することを確認しています。 3. 再編交付金と引き換えに…… 移転完了後、岩国基地に近い大竹市阿多田島では騒音被害が悪化することとなります。 漁業が盛んなこの島の人口は約270人。岩国基地の北東に位置し、最短地点で約6㎞、滑走路北側から飛び立つ米軍機の飛行ルート直下にあたります。国が島に設置している騒音測定器では、2017年11月~2018年1月までの3カ月間で70デシベル(聴覚的に「うるさい」と感じ、掃除機、セミの鳴き声を近くで聞いたときに感じる音レベル)を記録したのは平均149回だったのに対し、移転完了後の2018年11月~2019年1月には平均299回と倍に増えています。また、さらに1年後の2019年11月~2020年1月には平均477回と2年前の3倍以上に膨れ上がっています。 一方、市中心部の測定器では、それぞれ4.7回、10回、11.3回となっており、このことが島民と本土市民との生活環境の差、さらに言えば意識の差につながっています。 たしかに、島内の高齢者へのフェリー無料券配付や漁業協同組合施設の改修補助など島民にも再編交付金の恩恵はありますが、激しくなった騒音に島民の不満は大きくなっており、「島だけに負担が押し付けられている」と感じています。 住民は市に対し、「再編交付金を活用し、新しい船を建造してほしい」、「通信インフラなどライフラインの充実を進めてほしい」などの要望を出しています。ただ、「岩国基地はいらない、即時撤去を」という声がほとんど聞かれないことについては、住民の間に諦め感が漂っているような気がします。 ※阿多田騒音実態調査(騒音状況について、阿多田島漁協が調査しているもの)
※岩国基地周辺の航空機騒音状況(自動騒音測定装置。中国四国防衛局からのデータ)
4. オスプレイについて MV22オスプレイは、米海兵隊の主力兵員輸送機のことです。主翼両端のプロペラの角度を変えることでヘリコプターのような垂直離着陸と、固定翼機並みの速度で長距離飛行ができますが、開発段階から墜落事故が相次ぎ、安全性への懸念が指摘されているところです。 2012年6月、防衛大臣が山口県を訪問した際、オスプレイの岩国基地への陸揚げを申し入れましたが、同時期にモロッコやアメリカ国内で墜落事故が相次いだことから、山口県・岩国市は国に対し、「安全性が確認される前にオスプレイの岩国基地への先行搬入をしないよう」要請しました。 しかし、国は米政府の意向を受け、同年7月23日、岩国基地でオスプレイ12機を陸揚げしました。その後、国は墜落事故音調査結果や分析結果などを山口県・岩国市に対して説明、同年9月21日、オスプレイは準備飛行を開始し、10月には沖縄へ移動を開始しました。 翌年以降も、複数回にわたり岩国基地へオスプレイが飛来し、飛行訓練が実施されていますが、国は山口県や岩国市からの要請を受け、事前の離着陸予定と事後の目視状況を毎回知らせてはいたものの、2019年8月24日以降、米側からの情報提供が途絶えている状況です。 これを受け、山口県は「住民の安心安全に関わる部分であり、しっかりと説明するべき。関係する都道府県と意見交換し、対応したい」、市民団体も「非常に事故率が高い危険な機種。情報提供されなくなった理由が知りたい」とそれぞれ訴えています。 5. おわりに 再編交付金は、まさに「アメとムチ」といえます。地方自治法第1条の2では「国は(中略)地方公共団体に関する制度の策定および施策の実施にあたって、地方公共団体の自主性および自立性が十分に発揮されるようにしなければならない」とされています。また、2000年施行の地方分権一括法により、国と地方は対等・協力関係にあるとされている、はずです。しかし、実務を進める上で、従前の「上下・主従関係」が残っていることは否定できません。「国の言うことを聞かなければ話は聞かない、お金も出さない」と言って、表現は不適切かもしれませんが、まるで札束で顔を叩いて言うことを聞かせるような行為が行われていると言っても過言ではありません。実際、再編交付金もそうした性質を持つものですが、これと同じような交付金として「電源立地地域対策交付金」があげられます。ここではあえて原発について触れることはしませんが、地方公共団体は地方交付税不交付団体を除き、財政的に余裕はあるとは言えません。大竹市も再編交付金を受領したことで、財政状況がかなり改善されたことは事実です。 しかし、そのことが「基地による財源依存」につながるおそれがあり、財政運営上の自立性や安定性に影響するほか、国から新たな負担を求められても反対しにくくなるのではないでしょうか。「基地負担の増加と取り引きするような形で特別にお金を授受するのは、地方自治の本来のあり方としては不正常」、「再編交付金などの支給は国の判断次第。市民サービスを維持する上で、市はリスク管理を考える必要がある」と指摘する専門家も存在します。現に、2018年9月19日の大竹市議会本会議において、2021年度に期限を迎える見通しの再編交付金について、終了後も国に財政支援を求める要望書の決議案を採択しています。市議会は「住民の生活環境に負担が続く限り、見合う財政支援措置が必要」と強調していますが、こうしたことが常態化すれば、国は財源的に厳しい地方自治体に対し、ますます「金で解決」しようとしてくるでしょう。 日本に存在する米軍基地の75%が集中する沖縄では、米軍機の墜落や兵士の暴行などが頻繁に起きています。沖縄では地域振興の名のもとに、基地を受け入れることでさまざまな不利益を被ってきました。現在、大竹市において騒音以外、めだった被害は報告されていませんが、基地機能が強化されることにより、こうした懸念がますます大きくなってくることは言うまでもありません。(1958年5月に阿多田島山中に墜落、1964年8月不時着。双方とも死傷者なし) 第32回地方自治研究広島県集会の第4分科会においてご講演いただいた、広島市立大学広島平和研究所の河上暁弘准教授の言葉を引用すれば、「国防は国の専権事項だから、地方公共団体は何も言えないのではない。住民の安心・安全に直結する内容であり、まさに地方公共団体が先頭にたって取り組むべき課題である」と言えます。 真に住民の安心・安全を考えるのであれば、地域振興の名のもとにお金をばら撒き、一部の住民に犠牲を強いるのではなく、2005年に結成された『岩国基地NLP移設計画反対期成同盟』の理念である「住民の安心、安全を守り、あわせて生活環境や自然環境を守る」という行政に与えられた使命を忠実に実行するための施策を推進していくことが必要です。また、未来永劫交付されるとは限らない再編交付金等の基地財源に依存することなく、自立した行政運営を行っていくための知恵を絞らなければなりません。「再編交付金がなくなった。さぁどうしよう?」では遅いのです。もちろん、組合としても当局任せにすることなく、ともに知恵を絞り、汗をかき、実践に移すことが必要です。 最後に、私の亡き父が産まれ育った阿多田島を「捨て石」にするのではなく、住民誰もが安全・安心に暮らせる世の中をつくっていくため、取り組みを進めていく決意を述べ、本レポートの締めとさせていただきます。
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