【自主レポート】 |
第38回地方自治研究全国集会 第11分科会 青森で探る「自治研のカタチ」 |
大田市職では自治研活動として、障害のある人もない人も公平な立場で芸術活動に取り組み、それを公開するアールブリュット展【かくれアーティストの祭典@おおだ】を実施した。実施にあたり、大田市職を中心としたプロジェクトチームを立ち上げたところ、単なるアート展にとどまらない多様な展開につながった。また、この取り組みによって、普段は光のあたらない才能豊かな地域の人々を多くの人に知ってもらう機会ができただけでなく、このような地域活性化の事業に参画したいという人の発掘にもつながった。 |
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1. 【かくれアーティストの祭典@おおだ】とは何か この事業のきっかけは、障害者福祉施設の代表が思い込めて語った言葉であった。「障害者の作ったものだから買う、障害者の作品展だから見に行く。そうではなくて、そのものが良いから、手にとってもらいたい」 【かくれアーティストの祭典@おおだ】は、この一言から自治研活動として始めた大田市版アールブリュット展である。アールブリュットとは、芸術の専門教育を受けていない人のためのアート展と解釈されている。大田市では、障害のある人もない人も関係なく作品をつくり、展示し、それを鑑賞する機会をつくる事業として取り組んだ。 大田市には美術館や博物館がなく、行政上も文化事業はなおざりにされているのが現状である。そのため、地域にあるはずの芸術文化的資源に光が当たることは少ない。社会的に孤立しがちな人たちとなると尚更、才能があってもそれを世間に知られることなく埋もれてしまっている。 この事業では持続可能なまちづくりと共生社会の実現を目的として、大田市の「かくれアーティスト」を発掘して多くの人に知ってもらう行事を行うこととした。 事業を行うにあたって、大田市職が中心となって大田市在住の若手デザイナー、障害者福祉施設関係者、大田市社会福祉協議会職員、そして、大田市教育魅力化関係者によるプロジェクトチームを立ち上げた。さらに、市内在住の二紀展出品画家にも外部協力者として助言をもらった。また、展示会場の設営には市内の(有)中島工務店、福祉機材調達には市内に営業所のある(株)原商それぞれから協力を得た。 活動そのものは2019年6月から準備を始め、展示会は11月22・23日の二日間実施した。この二日間で219人が来場し、様々な交流や事業に広がっていった。 ※本稿では、障害者基本法という名称に基づき「障害」という表記を使用する 2. 自治研活動としてアート展に取り組んだ意図 自治研活動としてアート展に取り組んだ意図は、官民の垣根を越えた持続可能な地域づくりのための実践を行うことにあった。持続可能な地域の姿の一面として、共生社会の実現がうたわれることも多い。高齢者、障害者、海外からの移住者や労働者、マジョリティやマイノリティの関係なく、すべての人が普通の生活を営み、仕事や趣味、社会活動に参画する社会像である。 北欧諸国などの福祉先進国家では、この実現に近づきつつある。その一方で、血縁を重視する家父長制や"労働生産性の高さ"を良しとしてきたアジア諸国では、理不尽な因習や思考に囚われ、福祉先進国に遅れをとっているのが現実である。共生社会の実現には、置き去りになる人を作らない社会インフラや法律・補助制度の整備が必要となるが、その前提として解決しなければならない問題がある。 まず一つは無関心。そして無理解。さらに、偏見である。 共生社会の実現の最初の一歩として、これらの課題の解決は欠かせない。これらの課題解決に向けた実践の一つとして、大田市ではアート展を実施することとしたのである。アート展、すなわち文化芸術を社会課題解決の糸口とする理由については、後に詳述する。 【かくれアーティストの祭典@おおだ】は、福祉美術展ではない。ポイントは、次の三点である。 ① 障害のある人とない人が対等の立場で作品を公開する ② 展示作品には、タイトルと作者名(筆名可)だけをつける ③ どんな人でも安心して過ごせる交流空間をつくる 作品の出品者には、福祉施設通所者、特別養護学校の児童生徒、絵画教室に通う子どもたち、そして市内で芸術活動をしている若手のアーティストを想定した。さまざまな立場、それぞれの考えや個性がアート作品として並ぶこと。障害の有無を公言しないことで、障害をもつ人の作品にもしっかり光があたり、本人やその家族の自信につながる場となることをねらいとした。 このような経験を積み重ね、障害のある人もない人も混在する状況が当たり前となっていけば、障害者に対する偏見や無理解が少しずつ解消されていく。地域住民の偏見が少なくなれば、障害者も外へ出やすくなる。また、障害者が外に出ることで、街の物理的・心理的バリアが明確化する。そうやって一つ一つ問題点を見つけ、解消していくことで、誰もが住みやすい街となれば、地域は持続していくことができるはずである。 文化芸術を共生社会実現の糸口とすることは、回り道のように見えて近道なのである。 3. この活動のもう一つの意義 アート展を行う会場は、老舗料亭「仁万屋」の二階にある大小の宴会場を選んだ。仁万屋は、天保十一年創業の老舗割烹旅館である。島根県内では、仁万屋で結婚式を挙げた人もかなり多い。この仁万屋は大将が早くに亡くなったため、東京から嫁いだ女将が切り盛りをしていた。しかし、2018年4月の島根県西部地震によって被害を受けたことで、2018年の8月を以て長い年月に幕を閉じた。大田市商店街の中心付近にある仁万屋には多くの人の思い入れがあり、惜しまれながらの閉店であった。この活動では、仁万屋のうち、建物が耐震化されている部分を会場として一時的に借用することとした。 仁万屋には、エレベーターがない。会場は二階であり、階段で登らなければならない。もちろん段差もあり、バリアフリーには対応していない。 このような課題を、メンバーや関係者が集まって解決していくことが、この活動の大きな柱でもあった。近年では、福祉用品のレンタル事業が増えてきており、用具も安価で借りられるようになっている。また、デジタル機器などによる会話や意思疎通の補助も以前に比べて精度が増してきている。これらの補助器具や当事者・関係者との対話を通して、物理的な障害を克服していくことにもう一つの意義があった。 この試みによって、これまで「この施設はバリアフリーではないから」という理由で外出を諦めていた人や、障害者をどことなく避けていた行事、さらには空き店舗を活用した地域活性化の促進などに、小さな風穴を開けることができれば良いと考えた。 4. アート展を選択した理由
共生社会への課題解決に向けた取り組みにアート展を選択したことに、違和感をもつ人もいるだろう。この取り組みでアート展、いわゆる文化事業を選択したことには、二つの理由がある。 まず一つは、文化活動や文化行政の生む交流が、大きな可能性を秘めていることである。 「地域社会を持続させるためには、文化事業よりも福祉事業や産業振興を優先に取り組むべきである」。日本では、そのような論調が主流であるように見受けられる。大田市もその例外ではない。しかし、極端に表現してしまえば、人口増や地域再生に成功した自治体は、いずれもそうではない。 たとえば、徳島県神山町の事例は有名である。この町では、合併による1955年の神山町誕生以来、2011年に初めて人口増に転じた。IT企業の誘致に成功し、税収の増加も実現した。その始まりは、芸術家を町に招致し、一定期間居住して作品制作や発表を行ってもらう「神山アーティスト・イン・レジデンス」の実施であった。これにより注目度を増し、住民と来町者の交流が増えた。来町者の中に、世相に鋭いアンテナをもつ企業経営者も含まれていたのである。地上デジタル放送の実施に合わせてケーブルテレビが整備され、条件も整ったことで、神山町に目をつけていたIT企業のサテライトオフィスが次々と進出してきた。文化事業による直接的な収益は少ないものの、文化事業に端を発する交流の結果、地域にもたらされた間接的な収益は数億円とも言われている(吉村)。 そのほか、社会整備や治安維持のための基礎づくりとして、インフラ整備の前に文化施策に取り組む方法はヨーロッパや中南米でも行われ、成果を挙げている(田村)。持続可能な地域づくりの最初の一歩として文化事業に取り組むことは、至るところで成果を挙げているモデルなのである。 二つ目の理由は、都市の維持発展には文化行政や文化活動によって育まれる寛容性が重要な要素となることである。 先に述べたように、海外にはインフラ整備や治安維持の前提として文化事業に取り組んだ国々がある。文化事業が都市の維持発展に貢献する理由は、都市の維持発展に必要な要素が「人材(Talent)」「社会技術(Technology)」「寛容性(Tolevance)」だからである。社会心理学の研究では、文化事業は、寛容性や協調性を養うのに効果的であることが報告されている(中川)。寛容性の高い人の多い街は、地域に孤立する人を作らない。物質的・心理的に孤立した人を作らないことが、教育や地域産業の向上につながり、社会を維持する人材確保につながる、という連鎖を生み出すのである。 以上のことから、地域の中にある無関心・無理解・偏見の三つの解決方法として、「交流」と「寛容性」の増加を促す仕掛けに挑戦する。その手法として、大きな可能性を秘めており、かつさまざまな人が関わりやすいアート展を選択したわけである。 5. この活動で焦点とする本質的な課題 この活動の焦点の一つが、"孤立"の解消の足掛かりを得ることである。2016年度に、障害者差別解消法が成立した。この法律は障害者基本法の一部門である。障害のあり方を広く捉えて、より多くの人へ支援がいきわたるよう合理的配慮の必要性を明記したこと、そして法の主眼が「障害者の自立」から「個人の尊厳」へと変化したことが注視されている。 この障害者基本法の主な原則は、以下の三つである(二本柳)。 ① 障害のある人もない人も、地域で一緒に暮らす ② 障害を理由とした差別を禁止する ③ 人権が尊重される共生社会をつくるため、世界各国と協力する しかし、障害者基本法が存在し、障害者差別解消法が成立した現在でも、法制度そのものや「共生社会」の認知度は低い。2017年度に行われた共生社会の認知度に関する調査では、「知っている」と答えた人の割合は46.6%で、「言葉だけは聞いたことがある」は19.6%、「知らない」は33.7%となっている(内閣府)。 大田市は、共生社会実現に向けて独自に条例を制定している。2014年策定の大田市人権尊重のまちづくり条例である。世界遺産を抱える街として、ユネスコの精神に基づいて共生の社会となる大田市を築くとしている(大田市教委)。しかし様々な地域事情があり、心理的・物理的条件による「社会的弱者」の孤立現象には、なかなか歯止めのかからない現状がある。 社会的弱者の孤立を表す数値として、経済面でのデータも報告されている。成人期の障害者会計調査によると、二つの傾向があったという(田中)。一つは、食費・水光熱費・日用品費・福祉サービスの自己負担分に対する支出が多いという点。これは、グループホームや入所施設へ移行すると、より顕著に傾向が表れる。もう一つは、交通費や外食等による食費など、外出にかかる費用や、冠婚葬祭を含む交際費が非常に少ないという点である。 この調査対象となった人のうち、1/3の人が一ヶ月間のうちに外食をしたり、弁当を買ったりをしていない。また、4割の人が、交通費を伴う移動を行っていないという。田中はさらに、冠婚葬祭に関する支出をした人が極わずかであったことから、障害をもつ人が地域や親族のネットワークから孤立している状況が窺えると述べている。 これまでの障害者支援関係の法律や制度、福祉施設等の取り組みにより、障害者は自分で収入を得て、最低限の「自立した」生活は営めるようになった。本当はそれだけではなく、生存権の裏打ちの上に営まれる「自由な」暮らしを通して、自己の可能性を引き出し、自己実現を遂げる人生を送ることが、人権として保障されていなければならない(鈴木)。そのためには、障害をもつ人をはじめとする社会的弱者が、いわゆる健常者の日常から隔離されていたり、「保護するべき相手」とされている状況を変えていくことが必要となってくる。 6. 先進的な事例から学ぶこと 高知市のふくねこ(NPO法人 福祉住環境ネットワークこうち)は、先述のような社会的弱者の孤立を防ぎ、誰もが住み良いまちをめざす活動に取り組んでいる。商店街の空き店舗を活用してタウンモビリティステーションを設け、高齢者や歩行に困難のある人への外出支援を行ったり、同じ悩みを持つ人同士が集える交流スペースや行事、外国人観光客向けの多言語案内などを行っている。ふくねこ代表の笹岡和泉氏は、外出に困難を感じている人や諦めている人がどんどん街へ出ることが必要である、と提言を行っている。障害や困難をもつ人が外に出たとき、初めて街の中や人の心にあるバリアが見えてくる。それを解決することから、誰もが自由に暮らせる共生社会が始まる、というのである(笹岡/自治研)。 街なかのバリアは、バスのステップやちょっとした段差、点字ブロックの上の自転車などという物理的なものだけではない。障害をもたない人は、障害の程度や多様さを知らず、一様であるとの思い込みや偏見を抱えている。そのため、介助が必要なときに助けることができなかったり、「思いやり」設備や対応が逆に障害者の不便を招くことが多い。こうした事例の背景には、障害のある人とない人との間に、交流や対話の少ないことがあると指摘されている(古庄/自治研)。 7. 実践の結果 【かくれアーティストの祭典@おおだ】には30点あまりの作品が集まり、当日は219人の来場があった。仁万屋の物理的な課題である二階への階段は、モーター式の昇降車椅子で対応した。また、当日はアートのワークショップとして、ステンシル作品づくりやオリジナル缶バッチづくりのコーナーを作った。来場者アンケートの結果は、表のとおりである。展示会そのものは非常に好評であり、「継続してほしい」という声を多くもらった。また、「次は自分も運営に関わりたい」という人もおり、地域の中でかくれていた文化芸術資源だけでなく人材の発掘にも繋がった。これらのことから、事業はおおむね成功に終わったといえる。 まず一つは「仁万屋が開いたから来た」と声をかけてくる来場者が数人いたことである。「仁万屋に灯りがついていると嬉しい」という人もいた。当日に様子を見に来ていた女将も、それにはとても喜んでいた。この出来事は、シャッターを下ろした老舗が再活用されることで、地域に活気が戻る可能性を示唆している。 もう一つは、デザイナーとの作品づくりを通して、福祉施設同士が新たな繋がりをみせたことである。ある福祉施設でカラフルな絵を描く人がいた。その人の作品からデザイナーが設計図を作り、木工の福祉作業所で木のパズルに仕立てあげた。このパズルは来場者にも好評で、現在は商品化も検討されている。さらに、この出来事がデザイナーを介した福祉施設同士の連携の糸口となり、2019年開催予定だった植樹祭の記念品作成にも臨むこととなった。 COVID-19の感染拡大により、2020年のアート展開催はできず植樹祭も延期となったが、様々な可能性が生まれた点は、この活動の大きな成果といえるだろう。 8. 今後の課題 この事業は、自治研活動として大田市職員組合の予算と、募金活動によって成立した。今後、継続して開催していくにあたっては、どうしても資金の確保が課題となっていく。もちろん大田市職の自治研活動として継続していくことも可能ではある。しかし、多様な展開を求めていくと、自治研活動の枠の中から飛び出すことが増えていくと予想できる。そのため、プロジェクトチームが自走できるような仕組みを構築していく必要があるだろう。プロジェクトチームと自治研活動が並走するような形態が理想ではないかと考えている。もう一つの課題は、組合内における自治研活動への温度差である。プロジェクトチームメンバーの福祉施設関係者が、市役所の地域福祉担当窓口へ赴きこの活動に関して連絡会などの場における情報共有等の協力を要請した。そうしたところ、メンバーの要請は拒否され、職員組合から自治研担当に「市役所に迷惑をかけるな」と注意が届いた。自治研から始まり、地域活動に波及してもう一度行政に戻るのは、自治研活動の循環の一つといえる。ところが、職員組合の中では執行委員の中だけで取り組むべきこととの認識が強くあり、活動の広がりを抑制する方向に力が動いた。この出来事はメンバーのモチベーションを大きく下げてしまい、活動に支障をきたした。 自治研の研修会等へ参加すれば、自治研の多様な取り組みや様々な可能性が提示される。しかし、それはその場限りのものであって、現場ではそこまで本気で取り組もうという単組は少ないのではないだろうか。自治研活動の最大の課題は、自治研の意義や目的の浸透にもあるといえるだろう。 |
【参考文献】 大田市教育委員会2016「第8章(6)まちづくり」 『石見銀山学習副読本 石見銀山ことはじめ』 京極高宣2001『この子らを世の光に 糸賀一雄の思想と生涯』NHK出版 鈴木勉2011「第2章 2節 障害者観の転換と平等回復」『現代障害者福祉論』高菅出版 鈴木勉2011「第2章 3節 福祉の実現とは何か」『現代障害者福祉論』高菅出版 田中智子2011「第1章 4節 現代社会における障害者・家族の貧困」『現代障害者福祉論』高菅出版 田村孝子2018「文化・芸術の活用と人材育成」『文化・芸術を活用した地域の活性化』公益財団法人市町村研修財団市町村職員中央研修所 地方自治研究全国集会2018「第7分科会 すべての人が共に暮らす社会づくり」『土佐自治研』地方自治総合研究所 内閣府 2017「1.障害者に対する意識調査 (1)『共生社会』の周知度」『世論調査』 中川幾郎2018「文化施設の活用革新と行政の役割」『文化・芸術を活用した地域の活性化』公益財団法人市町村研修財団市町村職員中央研修所 二本柳覚編2018『これならわかるスッキリ図解障害者総合支援法』翔永社 日本労働組合総連合会2019『連合2019障がい者雇用シンポジウム~職場から障がい者雇用の取り組みを進めよう~』日本労働組合総連合会 吉村光宏2018「文化芸術から地域の活力創出を」『文化・芸術を活用した地域の活性化』公益財団法人市町村研修財団市町村職員中央研修所 |