【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第12分科会 昨日までの働き方…ちょっと立ち止まって考え直してみませんか?

 アルダブラゾウガメの仲間は、他にセーシェルヒラセゾウガメとセーシェルセマルゾウガメの2亜種が存在する。東山動植物園を含む19施設57個体を対象にアルダブラゾウガメ以外の亜種が隠れていないか甲羅の形態を基に調査を行った。結果はセーシェルヒラセゾウガメが5個体、セーシェルセマルゾウガメが3個体確認され、国内にアルダブラゾウガメ以外の2亜種の存在が示唆された。



隠れたゾウガメを探せ プロジェクト


自治労名古屋市労働組合・土木支部・東山動物園分会 藤谷 武史・谷  佳明

1. はじめに

 名古屋市東山動物園は日本で一番の約500種の飼育展示動物を保有し、近年ではニシゴリラのシャバーニや大きな声で「アーッ」と鳴くフクロテナガザルなど、再生プラン構想と共に市民に対し様々な形で動物の魅力を発信している。中でも両生類・爬虫類・夜行性哺乳類などの飼育展示施設「自然動物館」は、国内有数の約110種の両生類・爬虫類を飼育展示しており人気が高い。自然動物館は市制100周年を記念して1989年10月にスカイタワーとともに建てられた施設である。その自然動物館の入り口に、2010年ゾウガメ舎が新設された。オープン当初は3頭のアルダブラゾウガメを飼育展示していたが、現在は5頭を飼育展示し、ゾウガメを間近で観察できる自然動物館への導入施設として来園者に親しまれている。2013年には過去最高の飼育頭数である6頭のアルダブラゾウガメを飼育展示していたが、飼育するゾウガメの形態についてある疑問を感じ始めていた。その疑問は、ゾウガメの甲羅の形が2タイプあるのではないかというものであった(写真1)。その疑問を抱いている中、アルダブラゾウガメの仲間は分類学上3種類現存することが書かれた専門誌があることを知り、早速そのことについて調べ始めた。調べを進めていくと、アルダブラゾウガメAldabrachelys giganteaの中には、アルダブラゾウガメAldabrachelys gigantea gigantea、セーシェルセマルゾウガメAldabrachelys gigantea hololissa、セーシェルヒラセゾウガメAldabrachelys gigantea arnoldiの3亜種が現存しており、海外ではアルダブラゾウガメ以外の2亜種も飼育下で確認されていることがわかった。そこで我々は、国内で飼育されているアルダブラゾウガメを調べ、国内にアルダブラゾウガメ以外の2亜種が隠れて存在していないか調査を進めることとした。

2. 研究材料と方法

(1) 研究の進め方

写真1 当園のアルダブラゾウガメ
左:雄(アシュワル)、右:雌(モー)
 ゾウガメを、形態の違いでどのように見分けるのかを知るために、専門誌を調べることにした。専門誌にはゾウガメの再分類を行った論文の引用元が掲載されており、その論文を入手しどのようにして調査を進めていくか検討を行った。入手した論文、Gerlach and Canning 1998 Taxonomy of Indian ocean Giant tortoiseは、今まで記載されたアルダブラゾウガメ属の標本を元に甲羅の形態や骨の形態を比較して再分類を行ったものであった。甲羅の形態計測比較の中で、第一肋甲板長(C1)と第二肋甲板長(C2)の比、第二椎甲板長(V2)と第三椎甲板長(V3)の比、肛甲板長と後肛甲板最深部長の比(以下「アナルノッチ」と表記)の計測により、先に述べた3亜種の違いが顕著に見分けられるとのことから、その計測比較を中心に調査を進めることとした(表1図1)。計測対象は、東山動物園で飼育するアルダブラゾウガメを含む、全国の動物園や水族館で飼育されているアルダブラゾウガメとし、可能な限り飼育施設に出向き自ら計測を行った。調査は2013年度から開始し、京都大学野生動物研究センターによる「共同利用・共同研究」の研究費の支援を受けて行った。

(2) 計測方法と解析
 アルダブラゾウガメの計測は、公益社団日本動物園水族館協会に加盟している動物園・水族館で飼育されている27施設74頭(2013年度時点)を対象に調査を行うこととした。ゾウガメの計測は生体を直接測り、今回の調査では標本の計測は行わなかった。また、飼育下の個体の中でも、明らかに甲羅に奇形が生じていると判断した個体については、計測を行わなかった。計測機器は、甲板を計測する際は、工業用の60㎝ノギスを使用し、アナルノッチを計測する際は15㎝ノギスを使用した。また今回の同定には解析データとして用いなかったが、個体データの集積を目的に甲羅の直甲長や体高の計測も行った。これらの計測は60㎝ノギスでは計測できないため、輪尺という木の太さを測る大型のノギスで計測を行った。
 計測したデータは、前述したように3つの比較箇所を先行研究の値と照らし合わせ亜種の同定に用いた。3つの比較箇所は表1に示した通り、①C1がC2に対して何パーセントであるか、②V2がV3に対して何パーセントであるか、③アナルノッチがアナルスキュートに対して何パーセントであるか、という値を示し、先行研究との比較を試みた。先行研究によると、アルダブラゾウガメと比べて3つの比較箇所が殆ど違う値を示し、C1/C2とV2/V3の値は大きく、アナルノッチの値はより小さいかもしくは0という値がセーシェルヒラセゾウガメで、アナルノッチの値のみアルダブラゾウガメより小さいかもしくは0という値を示し、他の2箇所の値はほぼ同じ値を示すのが、セーシェルセマルゾウガメである(表1)。これに鑑み、3つの比較箇所が全てアルダブラゾウガメと異なる個体は、セーシェルヒラセゾウガメに、アルダブラゾウガメとC1/C2とV2/V3の値はほぼ同じだが、アナルノッチの値のみアルダブラゾウガメに比べ異なる個体はセーシェルヒラセゾウガメとした。また、アナルノッチの値は、アルダブラゾウガメでは0という値は示さず、計測の結果アナルノッチの値が0である個体は、アルダブラゾウガメ以外の亜種であることが強く示唆されることになる。

表1 アルダブラゾウガメ属3亜種の甲羅形態の比較(Gerlach and Canning 1998)

3. 形態計測による結果

図1 甲羅の形態計測部位
 計測調査は、3年間で19施設57個体の計測を行った。東山動物園で飼育する個体「アシュワル」(写真1)は、今回の研究のきっかけとなったゾウガメであるが、アシュワルの計測結果はすべての計測箇所においてアルダブラゾウガメと異なり、セーシェルヒラセゾウガメであることが示唆された。その他の東山動物園飼育個体は、残り5個体全てでアルダブラゾウガメであることが示唆された。全国の動物園や水族館の結果では、セーシェルヒラセゾウガメがアシュワルを含めて5個体、セーシェルセマルゾウガメが3個体確認され、そのうちアナルノッチの値が0である個体が、セーシェルヒラセゾウガメで3個体、セーシェルセマルゾウガメで3個体、計6個体確認された。これはアルダブラゾウガメ以外の亜種が日本の施設の中に存在することを非常に強く示唆するという結果であった(表2)

4. 遺伝子による亜種同定の試み

 形態計測による亜種同定の結果は一定の成果を出すことができた。しかし、3亜種の形態には揺らぎがあり、亜種間で形態形質が重なる部分が存在する。特に、アルダブラゾウガメとセーシェルセマルゾウガメでは、C1/C2とV2/V3の値はほぼ同じ値を示し、同定が困難である。そこで、外部形態以外の方法についても検討し、遺伝情報であるDNAの塩基配列を使って同定を試みることにした。

(1) 遺伝子サンプルの採取方法
 遺伝子サンプルは一般的に組織や血液などから遺伝情報であるDNAを抽出して採取する。近年では動物の排泄物や環境下に溶け込んだ環境DNAなどの微量な遺伝情報の採取が可能になり、様々な形で遺伝情報を手に入れることが可能になった。しかしこれらの最新のDNA採取法は、コストや技術が必要で、あまり現実的ではない。そこで東山動物園で飼育していた6頭では、獣医師による頸部静脈穿刺による採血を試みたが、6個体中1個体のみしか採血できなかった。静脈穿刺による採血は技術が必要で、ゾウガメからは簡単に行えないことが分かった。そのため、別の方法でのDNA採取を模索し、口腔内の細胞から採取することにした(写真2)。この方法では口腔内細胞を一定の時間保存する必要があるため、保存方法として、DNA安定特殊シートであるFTAカードを使用した(写真3)。FTAカードとは、DNAを安定的に保持することができる特殊な化学処理をされた濾紙である。このFTAカードに移された細胞は、細胞膜を溶解しタンパク質を変性させ、DNAは濾紙に固定・安定化され、室温での保存が可能になる。さらに、DNAを分解する酵素、酸化、紫外線からも保護する機能があり、アルコールなどで固定するよりもメリットが大きいことから、この方法で保存を行った。

(2) 遺伝子の解析
 遺伝子解析は東山動物園では行えないため、筆者が研究員として在籍している名古屋市立大学で行うことにした。比較する遺伝子座は、ミトコンドリアDNAのシトクローム遺伝子を解析し、約800塩基対の遺伝子配列を比較することとした。ミトコンドリアDNAは、細胞内に存在する細胞小器官の一つであるミトコンドリア内にあり、通常の生体を構成する重要な遺伝子を保有する核DNAとは異なり、独立して複製される。そのため生体を構成する遺伝子に比べて変異する頻度が高く、種内の変異や、近縁の種間を分類するのに頻繁に用いられる。

表2 計測した施設とゾウガメ個体及び計測結果

5. 遺伝子解析の結果

 遺伝子採取は東山動物園の6個体と世界淡水魚園水族館アクア・トトぎふの3個体を対象とした。遺伝子解析の結果は、予想に反して、全9個体の遺伝子配列で一塩基の変異も見られなかった。前述したように、通常種内の変異を解析するのにミトコンドリアDNAが用いられる。そのため、たとえ同種内であっても数塩基対から数十塩基対の違いは見られる。加えて今回用いたシトクローム遺伝子はミトコンドリアDNAの中でも変異が著しい遺伝子座であるため、一塩基の違いもなかった結果は予想外であった。
 生物の持つDNA塩基配列は、遺伝子配列情報として全世界的なデータバンクに登録されてインターネット上で公開されている。アルダブラゾウガメ属3亜種に関しても例外ではなく、事前にミトコンドリアDNAのシトクローム遺伝子の塩基配列も登録されているのを確認していた。登録されているアルダブラゾウガメ、セーシェルヒラセゾウガメ、セーシェルセマルゾウガメの386塩基対比較では、5タイプの遺伝子型にわかれ、最大10塩基対の変異が見られることが分かっている。今回のわれわれの解析は、データバンクに登録されている塩基対より長い塩基配列を用いたため、種間で遺伝子タイプがはっきり分かれることが期待されたが、形態解析でセーシェルヒラセゾウガメと判別した東山動物園の個体アシュワルについても「遺伝子配列に違いがない」という当初の予想と反する結果となった

6. まとめと考察

 
写真2 綿棒で口腔内細胞を採取   写真3 FTAカード
 今回のゾウガメの亜種同定は、東山動物園で飼育されているゾウガメ種に疑問を抱いている中、他園からの訪問者の方がゾウガメ種について書かれている雑誌を紹介してくれたことがきっかけで取り組み始めた研究であった。形態による調査では、東山動物園で飼育する1個体が当初の予想どおり、アルダブラゾウガメではないと示唆される結果となった。さらに、全国の動物園・水族館で飼育されているアルダブラゾウガメの中にも当該種ではない可能性のある個体が当園以外に7個体いることが確認でき、これらは一定の成果である。
 動物園は、来園者に飼育展示する「動物種」の正確な情報を伝える義務があり、今回の研究は「正しい亜種の展示」に大きく貢献することが期待される。また動物園の役割の一つであり世界的規模で取り組んでいる「種の保存」は、種や亜種を正しく認知していなければ果たせないことである。そのため今回の亜種同定の研究は、世界の動物園・水族館にとって非常に有意義であり人類の財産となると考える。
 遺伝子解析での同定では、予想と反して全く同定ができない結果となった。先に述べたように、遺伝情報のデータバンク上では、アルダブラゾウガメ属3亜種のなかで、ミトコンドリアDNAのシトクローム遺伝子において変異があるとされている。しかし、今回の解析結果ではそのような結果ではなかった。これは、過去における遺伝子解析の精度の問題が原因で、データバンクに登録されている情報に不備がある可能性も考えられ、新たに近年の遺伝子情報解析の技術を用いて、再登録が必要であると察する。遺伝子情報の蓄積は研究分野に広く貢献できる可能性が高く、我々人類にとっても知的財産の創造にとどまらず、医療分野などの科学的財産として活用されることが期待されている。動物園・水族館の飼育動物がこれらのことに貢献できることは、新たな価値の創造につながると思われる。一方で、形態による同定は数値に曖昧な部分を含み、必ずしも同定が完璧に行えるものではない。形態による種の同定では、多くの形質を多重解析する必要があり、先に述べた先行研究では、骨の形質も解析に加えている。今回の研究では、生体を用いたあくまで簡易的な方法にとどまり、今後より精度の高い解析方法が必要であると思われる。また、遺伝子解析に関しては、ミトコンドリアDNA以外の遺伝情報を使って、亜種間で違いがはっきりとする遺伝子座の探索も今後必要になってくる。

7. 終わりに

 東山動物園は、非常に大きな敷地や規模、動植物という財産を保有している。これらの財産は市民にとって価値があり最大限に活かされるべきである。そして、日本の中の「動物園」という役割も担っている。今回のゾウガメの亜種同定に関する研究は、東山動物園にとどまることなく、全国的に行った研究であった。このように、東山動物園では時には園外に出て研究活動を行わなくてはならないことがある。動物園の大きな役割は、種の保存、研究、教育、レクリエーションの4つである。これらの役割は時には園内に留まることなく活動することが重要である。そのことによって、動物園の役割を最大限に引き出せることが期待できるからである。東山動物園では現在、京都大学野生動物研究センター、名古屋大学、名古屋市立大学などと連携協定を結んでいる。これらの利点は名古屋市民の財産が各研究機関に有効活用されるだけでなく、名古屋市からもこれら研究機関を利用でき、市民財産を最大限に活用できることでもある。われわれ東山動物園の職員は、今後もこのような研究活動を通じて、市民財産を最大限に活用し、知的財産価値や創造価値を拡大し、市民に還元できるよう努力していきたい。