【自主レポート】
自治体の行政執行過程における法制執務について
~新たな法制執務への取り組み~
鹿児島県本部/加治木町職員組合 内村美智浩
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1. 自治体の行政執行過程における法制執務
(1) これまでの法制執務と問題点
自治体における法制執務とは、主に自治体がその行為を執行するための根拠となる条例をはじめとする規定(以下「例規」という。)を制定するための事務であり、当該自治体が行う事務の執行過程においては、その目的と根拠を明確にするための重要な事務であるといえる。ここでは、特に自治体の行政執行過程における法制執務についての問題点とこれまで加治木町で行ってきた取り組みをレポートしたい。
加治木町におけるこれまでの法制執務とは、国や県によって示される「準則」と呼ばれるものに従い、例規の内容が適正であるか否かを精査し、如何に正しく改正文を作成するかということが最終的な目的とされていた。その他の細かい法制執務についても、基本的には先例に準じた形式を厳格に維持した運用が行われていた。
その結果として、実質的な例規の効力も自治体行政の運用方法を定めた内部事務規程に至るまで、国や県の影響を色濃く反映したものであると言わざるを得ないものであった。
そのような状況の中で、独自の形態としての例規は、図らずも例規の過半数以上を占める内部的な事務運営等を定めた規程や要綱と呼ばれるものの中でも、特に「訓令」という方法(「訓令」とは、上級機関が下級機関又は所属職員に対し、内部的な事務運営等につき指揮命令するために発する命令とされている。しかし、地方公共団体については、明確な定義規定は存在しないものである。)により制定されたものの中に認めることができたのである。
しかし、訓令によって制定されたものは、その制定過程の性質上、一定の法形式をとっているにもかかわらず、担当者により作成され、あくまでも内部的な決済だけで処理されたものであるために、自治体の例規を体系的にまとめた唯一のものである「例規集」に掲載されていないものが多かったのである。
このことは、例規について根本から検討させる契機となった。
つまり、自治体の行政行為は、最終的には住民に影響を与えてしまう性質のものであるのだから、その根拠となるものが、訓令という内部処理による方法によって効力を持ったとしても、住民の目に触れることなく有効に存在しているということ自体問題があるのではないかという考え方があったからである。
そもそも自治体における行政行為とは、法適合性と説明責任が対等に求められるものであるのだから、自治体における行政執行の根幹をなす例規については、たとえ内部事務に関する規定であってもその全てが公開されてしかるべき性質のものではないかと考えたのである。
その結果、加治木町では、内部事務規定も含む全ての例規について、住民の知る権利を尊重するべきであるという観点から、内部的な決済による訓令は用いていない。条例及び規則と同等の取扱いとしており、法令番号を付すとともに公告式条例に基づく告示の手続きを行い、その全てを例規集に掲載し、公開することになっている。つまり「住民に見せないようにする」ための手続ではなく「住民に見せる」ための手続を積極的に推進しているところである。
(2) 我が国の法制執務の歴史
現在、自治体で行われている例規の公布の方法等については、「文書規程」と呼ばれるもので定められているのが一般的である。では、その根拠はどこに求めることができるのであろうか。
旧憲法下では、公布令(明治40年勅令第6号)により法令等の公布の方式等が定められていた。しかし、この定めは、日本国憲法の施行と同時に廃止されており、その後、法令等の公布の方式等、公文の方式について定めた法律は、制定されていないのである。つまり、例規の公布の方法等に法的な根拠はどこにも存在していないのであって、現在のところは、とりあえず先例に準拠した取扱いにより定められた文書規程に従っているだけということになるのである。
加治木町文書規程も準則に基づき制定されたものであり、用語に若干の違いが見られたものの、おおむね近隣の自治体と同様の内容であり、大規模な改正が行われた形跡も存在しない古いものであった。
しかし、情報公開制度の導入に伴う文書管理システムの導入と情報化政策に伴う新しい文書事務に対応するための自治体独自の文書規程の制定が求められ、ようやくその全部を改正するに至ったのである。
2. 新たな法制執務への取り組み
(1) 例規のシステム化
自治体の条例、規則等を掲載したいわゆる例規集と呼ばれるものは、これまで紙媒体によるものだけであった。
加治木町では、紙媒体の例規集が200冊にのぼり、差し替え業務の繁雑化と地方分権に伴う新規制定例規の増加が経費的にも大きな負担となりつつあった。そこで例規集のデーターベース化及びシステム化を検討し、法制執務の効率化と加除経費の抑制を図ることになった。
この例規集のシステム化にあたり特に留意したのは次の点である。
① ネットワークに対応したWeb形式のシステムであること。
② 同時に導入予定のWeb版グループウェアシステムとの親和性が高く、グループウェアシステムの一機能として例規集システムが動作するようにできること。
③ インターネットでの例規集公開ができること。
④ 新旧対照表の作成支援プログラムが付属していること。
⑤ ライセンスフリーであること。
CD版の例規集が主流であった当時において、これらの条件に適合させるシステムを提案できるベンダーは少なかったが、これまで加治木町の例規集の編纂を行っていたベンダーが、これらの条件を満たすことのできるシステムを提案するに至り、採用となった。
システムの開発に並行しながら行わなければならなかったのが、200冊以上存在する紙ベース版例規集の削減計画の実行であった。そこで、段階的に減らし、最終的にはゼロにするという目標をたてて取り組むことになった。その第一段階としてシステム稼働の翌年度に100冊以下に減らすこととなった。
ところが、パソコンの設置台数の問題、また総冊数の一割以上を保有する町議会議員の理解を得ることができず、現在のところ64冊まで減らすにとどまり当初計画した紙ベース版例規集を全廃するというところまでは至っていない。
しかし、多くの人に例規集を公開するということであれば、経費面だけを重視し電子化により半ば強制的に紙媒体のものを取り上げるということでいいのだろうかという疑問が残る。なぜなら、電子化されたデーターは、表示用の端末(パソコン等)がなければ見ることができないからである。そう考えると紙ベース例規集に対するニーズがあるのも十分理解できることである。紙ベース例規集のメリットも調査し、その要望にも対応できる様々な形態での例規集の提供方法を考慮してゆかなければならないのではないかと考えるのである。
(2) インターネットでの例規の公開
インターネットでの例規集公開は、既に多くの自治体が実施しているところである。インターネットでの例規集公開にあたりまず問題となるのが、首長の同意を得られるかという問題である。
加治木町の場合は、町長自身が積極的な情報公開を進めるという方針のもと、むしろ積極的に進められることとなった。
加治木町で特に問題になったのは、ホームページの容量の問題であった。加治木町の公式ホームページは、民間のプロバイダーに委託するという形態で運用されている。民間プロバイダーへの委託によるホームページ運用は、コストを抑えることができるという点とハード的な面を考慮しなくてもよいという点で、自治体独自でWebサーバーを設置する大規模な運用方法に比べ優位性があると考えられる。
しかし、ホームページによって提供される情報への要求は、今日のインターネット利用の普及により、提供者側も利用者側も増大する傾向にあり、その要求に対応するために情報量を増やしてゆくと、どうしても容量制限という問題が生じるのである。
確かにインターネットで全国の例規集を検索してみると、本則は掲載されているが様式等へのリンクが切れており様式のダウンロードが出来ないものもある。これは、ワープロソフトによって作成された様式のデーターを省略することによりホームページ掲載に必要な容量を節約しながら公開しようとするものである。しかし、このように本文のデーターだけを掲載しても例規集の公開という目標は、十分達成できるのである。
加治木町の例規集は、全データーで50メガ程度のものであるのだが、それでも他の情報と比較すると大変大きなものであった。例規集の掲載によって他の情報が掲載できなくなるというのも本末転倒なことである。そこで、例規集掲載のために特別に容量の追加契約をするということも検討したが、別途料金が発生してしまうことになる。結局、予算面においても大変厳しい状況であるので、公式ページでの例規集の掲載は残念ながらできない。という結論に至った。
このままでは、例規システム導入のメリットが役場内部だけのものとなり、住民側へ例規の情報を広く提供するという最大のメリットが失われてしまうことになりかねない状況であった。
なんとしても加治木町の例規集をインターネットで公開しなければならないという決意が、職員自らの手で例規集を公開するという前例のない取り組みへの原動力となった。
インターネットで、職員個人が例規集を公開するためには、職員の自宅にWebサーバーを設置する必要があった。Webサーバーについては、全く知識がなくゼロから始めなければならなかった。当然、予算面での援助もない状態で手持ちの資源を活用した取り組みとなった。
それでも、職員相互の情報交換と試行錯誤を繰り返しながら、なんとか目標とした2002年4月1日に全データーを公開することができたのである。現在でも加治木町の例規集は、職員の手により公開され続けている。
http://kajiki.zive.net/~reiki_int/
(3) 新旧対照表方式への取り組み
自治体の法制執務において、特に時間がかかりかつ大変面倒な作業として、例規の一部改正に伴う改正文の作成事務がある。
この問題については、鳥取県が2000年7月から全国に先駆けて「新旧対照表方式」を導入し、いわゆる県民主体のわかりやすい条例改正の方式への取り組みを進めているところであり、この方法は、全国的にもいくつかの自治体で導入されはじめている。
加治木町でも、従前から「溶け込み方式」による例規の一部改正の改正文の作成が難しく、なによりわかりにくいという意見があった。
議会の前に開催される加治木町法令審査会においても、改正文の字句や形式に誤りがないかどうかを審査するために大変な時間がかかり、本来必要とされる条例案の内容について検討、審議する時間が相当少なくなってしまうというのが現実であった。ところが、議会において改正内容を説明する場合に用いられるのは、補足資料として添付された新旧対照表であって、手間と時間をかけて作成された改正文はわかりにくいということで使用されることがほとんどなかったのである。
次に、自治体職員を対象に開催される「法制執務研修」と呼ばれるものについて考えてみることにする。自分自身の体験でもそうであったように、研修内容の大半を専門的な改正文の作成のために費やしているというのが現状ではないだろうか。
法制執務研修において最初に学ぶのは成文法としての憲法から始まる法体系であるのだが、これら成文法の概論をひととおり学んだ後で、突如として法的根拠もない慣例に基づく法改正の技術を延々と学ばされるのはなぜだろうか。
つまり、例規の改正文を作成する技術とは、真に我々自治体職員にとって必要なものなのだろうかという疑問が生じるのである。
過去に何らかの法制執務研修を受けた原課の担当者が、必要に迫られていざ例規の一部改正をしようとしたところで、多忙な日常業務の中で、難解な改正文を専門書等を確認しながら作成するというような時間は到底ありえないのである。そこで、とりあえず新旧対照表のようなものを作成しておいて、あとは法制担当者に改正文の作成を依頼するという流れになっていた。
特に税務担当課からは、年度末になると毎年発生する制度改正に伴う膨大な分量の改正文を、限られた時間の中で作成しなければならないということもあり、早急に改善を求める切実な要求があったのである。
そこで、加治木町でも新旧対照表方式の導入を検討することとなった。
鹿児島県内には新旧対照表方式を採用しているところがなかったので、インターネットで情報収集を行うことにした。すると、北海道町村会法務支援室に資料が整理してあるとの情報があったので、早速連絡をとり当該資料を送付していただき、先ずはその資料の分析から始めることになった。
新旧対照表方式とは、改正後と改正前の条文を左右2段に表示し、一目で改正箇所と改正内容がわかる方式である。これまでの改正文を用いたいわゆる「溶け込み方式」とは異なり改正文独特の表現方法によらないものなので、誰もが一目で分かりやすいという利点がある。
加治木町では、この新旧対照表方式を制度化するために、「加治木町の法規文等の一部改正に関する規程」(以下「規程」という。)を新規制定することにした。参考となる例規が少なかったので、資料を参考にしながら実際にいくつかの過去の改正文をもとに新旧対照表方式による改正文を作成しながら規程の条文を作成していくことにした。
そこで、新旧対照表方式にもいくつかの問題点があることが判明した。
最大の問題点は、新旧対照表方式では従来の方法に比べると必要となる頁数が増えてしまう傾向にあるということであった。
その理由として、
① 改正箇所を表示するために当該改正条文の全てを表示する必要があること。
② 様式や別表の一部改正において、これまでの改正文方式であると改正の必要な字句を表現すれば足りるのであるが、新旧対照表方式では改正しなければならない字句を含む部分を改正前、改正後共に全て表記しなければならないこと。
が挙げられる。
しかし、これらの問題点はあくまでもわかりやすいものを作るためには、むしろ必要とされるものであるのだから、新旧対照表方式を採用できないという直接の理由には成り得ないという結論に達した。
新旧対照表方式への移行については、議案の提案方式の変更という意味から議会の同意を得る必要があったが、これまでの改正文が大変わかりにくいものであるという認識は、以前から議員の誰もが持っていたようであり、問題なく同意を得ることができた。
結果として、規程は2004年4月1日から施行することとなり、新旧対照表方式への移行がひとまず完了したこととなる。しかし、導入されたばかりの新しい方式であるので、今後も問題点を抽出しながら、更に改善していく必要があると考えている。
3. 今後の法制執務への展望
従来の自治体における法制執務とは、まさに国の法律の改正に従った例規整備の作業であったといえる。しかし、地方分権の流れの中でこれまで国や県が示していた「準則」というよりどころが突然として失われ、同時に発生したものが、権限委譲による自治体が独自の責任において行わなければならないとされる自治事務の急激な増加であった。そして、自治事務の急激な増加は、当該事務の根拠となる例規整備事務等の法制執務の急増に繋がることとなった。その結果、法制執務においても従来の方法では、対応できない状況になってきているのである。
しかし、加治木町では例規のシステム化を始めとする新たな法制執務への取り組みを実践することにより、この問題を克服しながら、併せて住民自治の根幹をなす自治体の法制執務分野においても、広く住民に開放されるべき道を模索しているところである。
今後も、職場の仲間と共に様々な知恵を出し合って、「自治」と「自立」の両立を目指しながら新たな課題に取り組んでいきたい。
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