【要請レポート】

自治体の労働相談から見る労働政策の課題とあり方

東京都本部/都庁職・労働支部

1. 自治体の労働相談をめぐる状況

 2003年の労働組合基礎調査によると、ついに労働組合の組織率は20%を下回った。労働組合は、大企業・公共セクターの正規労働者をカバーするに留まり、中小企業や非正規労働者(その多くは女性)は、労働組合による保護をほとんど得られない状態にある。そのため、労使間の紛争は、個々の労働者が会社と向かい合う、「個別労使紛争」という形で噴出せざるを得なくなっている。「個別労使紛争」とは、例えば、解雇(普通解雇、整理解雇、懲戒解雇)、労働条件の引下げ、退職強要、出向・配置転換、セクシュアルハラスメント・職場のいじめ、募集・採用のトラブル、いじめ・嫌がらせ等を主題とした紛争である。
 労使関係行政を所管する各都道府県の労政主管事務所では、従来から労働相談を実施しており、さらに東京・神奈川・大阪・福岡などの自治体では、労使の間に立ってトラブルを解決するあっせんも実施している。これらの相談窓口でも、近年、相談内容の個別化が急速に進んできている(平成15年度実績 相談約13万件-全国、あっせん 約1400件-7都府県)。また、全国44道府県の地方労働委員会でも、近年独自に個別労使紛争を取り扱うようになってきており(2004年3月現在)、労政主管事務所の相談と連携している自治体も多い。
 国は2001年に「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」を制定し、厚生労働省の都道府県労働局による個別労使紛争への助言・指導や、紛争調整委員会によるあっせんを開始した(平成15年度実績 相談約14万件、あっせん受理 約5千件)。
 また、司法制度改革の議論の中で、2004年4月に労働審判法が成立した。その結果、裁判官と労使の三者で構成される労働審判委員会が各地裁に設置され、3回以内の期日で紛争の迅速な解決を目指す「労働審判」の制度が、2006年にスタートすることになった。
 このように、個別労使紛争の解決システムは、司法や行政(国・地方自治体)による複数のシステムが並存する状態になっている。私たち自治労全国労政・地労委連絡会には、その中の労政主管事務所(労政事務所・労働センター・労働事務所等の名称で呼ばれる)や地方労働委員会で労働相談に関わっている組合員が多数所属している。

2. 労働契約法の検討開始

 2003年の労働基準法改正の際の附帯決議において、労働条件の変更、出向、転籍などの労働契約について、「包括的な法律を策定するため、専門的な調査研究を行う場を設けて積極的に検討を進める」と決議された。これをうけ厚生労働省では、2004年4月に「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」を発足させた。研究会では、労働契約の成立・展開・終了の各段階において、「労使当事者による自主的な決定」をできるような環境整備・権利義務関係の明確化を図ることになっており、2005年秋を目途に報告書を取りまとめる予定である。
 この研究会は、労働法の研究者のみで構成されており、労使の代表者が参加していない。ヒアリングはもちろん実施されるが、そこで現場からの声が正確に反映されなければ、過去の判例法理の法律化や、意見聴取手続・契約書式など形式面での整備にとどまり、部分的には、労働者にとってプラスにならない可能性さえある。労働の現場からの情報を、研究会に対して発信していく必要がある。

3. 「労働相談・あっせん事例から見る労働の実態調査」の実施

 都庁職労働支部では、2004年2月の支部自治研に向けた取り組みの中で、労働相談に従事している組合員に呼びかけ、「労働相談・あっせんに関する事例調査」を実施した。
 この調査では、労働相談・あっせんのなかで典型的・特徴的と思われる事例を調査票に記入してもらい、それを収集・分析した(相談者のプライバシーには充分配慮した)。支部自治研当日の議論では、その結果を用いて、現在の労働者がおかれた現状と問題点、行政施策上の問題、法制度の不備等を明らかにするとともに、今後の労政行政のあり方について検討した。
 さらに2004年3月、全国労政・地労委連絡会としても、同様の調査を「労働相談・あっせん事例から見る労働の実態調査」として各県に呼びかけ実施した。
 その結果、相談・あっせんの事例として、現在までに合計115件の調査票を回収した。内訳は、直接雇用が99件、間接雇用が16件である。内容の要約は別表にまとめてある。
 これらは、労働相談担当者が、「典型的・特徴的事例である」と主観的に判断した事例を収集したものであるから、統計的な分析よりも定性的な分析が適していると考えられる。本稿では、これら現場からの生きた情報から、今後の労働政策に対する何らかのメッセージを発信していければと考えている。なお、相談全体の趨勢については、参考までに、東京都全体の相談内容の上位5項目を末尾に掲載した。

4. 調査票から読み取れること

(1) 労働契約成立時のトラブル
 それぞれ別の都道府県から、内定後に会社側の都合で待機させられたり雇用されなかったりしたケースが3件も報告された(直接雇用6・7・8)。入社前だという理由で休業保障を受ける法律的な権利がないのは、転職のために前の会社を退職してしまった人には過酷すぎよう。
 求人票と実際の就業条件が異なる、求人票の条件が面接で簡単に変えられるといった相談も相変わらず多い。数少ない求人に対して多数の応募がある状況では、求人票や求人雑誌の記載内容より悪い条件を提示しても、企業は採用が可能だ。就職時のトラブルでは、多くの労働者が泣き寝入りをしているだろうと考えられる。
 また、日本政府はILO第111号条約(雇用と職業における差別撤廃条約)を批准していない。この条約は、政府に対して差別待遇廃止のための政策・法整備をとることを義務付けているが、これが批准されないことは、使用者の採用差別に対して、法規制がほとんど及ばないことを示している。

(2) 労働条件の変更についてのトラブル
 有期雇用契約の更新時に、労働条件が変更になるケースが3件あった(直接雇用9・10・14)。パート労働者にとって労働時間・労働日数の減少は収入減に直結するが、期間の定めのない契約で働く正社員に比べて対抗手段がなく、多くの場合、異議がある場合には退職ということになってしまう。
 また、退職金の支払いを逃れるために就業規則を一方的に改定したり(直接雇用12)、些細な理由で懲戒解雇にするといった事例(直接雇用72)もあった。配転・出向については、外資系企業による一方的な出向命令(直接雇用19)や、家庭の事情のある労働者への遠隔地配転(直接雇用20)の事例が報告されている。
 また、在職中に労働者が会社に損害を与えたとして、会社から多額の損害賠償を求められる事例も目につく(直接雇用22・23・40)。コンプライアンスの重視や、労働者の管理の個別化は、責任の所在を特定個人に転化する傾向を生みだしている。

(3) 労働基準法違反事件について(賃金不払い・サービス残業など)
 賃金の未払いやサービス残業などは、本来は労働基準監督署が、労働基準法違反として取り締まるべき事例である。しかし実際には、自治体の労働相談にも多数の相談が寄せられている。
 サービス残業については、小規模企業であったり管理職であることを理由として労働時間の管理がなされておらず、残業手当の請求や過重労働による労災請求が困難となった事例(直接雇用20・21)などが報告されている。
 しかし、最も多いのは、監督署で門前払いされるケースや、監督署の指導によっても是正がなされないケースである。
 1つめの類型は、実質的には雇用契約であっても、形式上は請負契約や委託契約によって働いている労働者の賃金確保の問題である(直接雇用30・33)。労働基準法では、保護される賃金かどうかの判断を実質性で判断することになっているが、監督署の窓口では、実質的に雇用契約かどうかの判断にまで踏む込むことには消極的である。
 2つめの類型は、確信犯的に労働基準法違反を犯す使用者の存在である(直接雇用31・34・37・41・43)。監督署が行政指導以上の措置をとることはほとんどないため、悪質な使用者は常態的な基準法違反を行っている。権利の確保には、民事訴訟しか残されていない。
 労働基準法違反の案件は、賃金や労働時間などの最も基本的な権利にかかわるものである。監督署には、より踏み込んだ判断と、法違反を取り締まるための体制の充実が求められる。また、雑誌記事(AERA:2004年6月21日号)でも取り上げられたように、相談に対する監督署窓口の消極的な姿勢が、自治体の相談に対しても苦情として寄せられている。使用者サイドに偏っていると言われる「総合労働相談員」の人選や研修についても、改善が必要である。

(4) 解雇・退職についての事例について
 相談やあっせんの中で最も多いのは解雇に関するものである。勤務不良・協調性のなさを理由とした解雇(直接雇用50・51・55)だけでなく、経営者や上司との関係悪化による解雇(直接雇用54・56・58・59・60)など、当事者の資質や人間関係を含んだ複雑な相談が多い。これは、後で述べる「いじめ」の問題にもつながる。相談の担当者には、まず労使の主張に耳を傾け、双方を解決に向けて歩み寄らせる努力が必要である。
 解雇については、2003年の労働基準法改正で、従来の判例法理に基づき、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」という規定が追加された。しかし、明らかに合理的な理由を欠いた解雇であっても、それを無効とするには裁判で長期間争うしかなく、裁判費用や時間などの問題から、ほとんどは事実上労働者が諦める形での金銭和解になっているのが現実である。
 そのため、自治体のあっせんで「解決」した事例でも、ほとんどが解決金の支払による和解で終わっている。一方、労働基準監督署は、この規定に対する違反を申告の対象としておらず、使用者に対して指導をすることはない。
 労働審判法の第二十条では、「労働審判においては、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる」と定められており、裁判の判決よりも柔軟な審判が可能になっている。合理的な理由のない解雇の場合には、金銭和解だけでなく、労働者の雇用確保が可能となるような制度の運用を期待する。

(5) セクシュアルハラスメント・いじめ・メンタルヘルス相談
 セクシュアルハラスメント(集計表ではスペースの関係でセクハラと標記)・いじめ・メンタルヘルスに関する相談が、全部で25件報告されている。これは全体の5分の1以上であり、労働相談の担当者が、この問題を非常に重視していることが読み取れる。
 セクシュアルハラスメントについては、会社の苦情処理委員会や行政窓口での、被害者に対する配慮が欠落しているという苦情が目立っている(直接雇用77・79・80・81)。また、セクシュアルハラスメントの結果、うつ症状やPTSDにより、心療内科等の通院を余儀なくされた事例も多く(直接雇用78・81・82)、メンタルヘルス相談とのつながりも強い。
 いじめについては、最近「パワーハラスメント」や「モラルハラスメント」という名前で、少しずつ注目されてきているようである。上司や同僚との感情面を含めた対立により職場から排除される事例が典型的なものだが、その背後にヘッドハンティングや人員削減など、労働力の流動化やリストラといった要因がうかがえる事例(直接雇用88・90)もある。また、いじめの標的となり孤立した労働者へのセクシュアルハラスメントの事例(直接雇用83)も報告されている。いじめにあった労働者は、精神的に大きなダメージを受ける。いじめの相談もまた、メンタルヘルスの相談と密接なつながりがある(直接雇用80・81・87・89)。カウンセラーや医師とも連携した、加害者へのケア体制の整備が必要である。
 2004年7月18日、厚生労働省は「過重労働・メンタルヘルス対策の在り方に係る検討会報告書」を発表した。メンタルヘルスに関して取り組むべき対策としては、医師による面接指導、労働者の不調や職場復帰に対する事業所内外の相談態勢整備、労働者や管理監督者に対する研修や相談態勢の整備を上げている。過重労働や人間関係を原因とする自殺も増加し、心の健康の問題は無視できなくなっている。
 本調査では、うつ病その他で休職していた労働者を、どのように職場復帰させるかという事例(直接雇用94・98・99)が複数報告されている。労災申請の問題(直接雇用96)や、休職と職場復帰を繰り返さざるを得ないケース(直接雇用93)もあり、会社の人事部門だけでなく、医師(主治医・産業医)・カウンセラー・労働組合・行政機関などが連携して解決していく必要がある。
 これらの問題では、働きやすい職場づくりという、使用者としての配慮義務が問われている点が共通している。また、一応の解決に至るまでの期間が非常に長いことも共通しており、問題解決のため会社が社外の機関(EAP)を活用する場合でも、専門的な第三者による継続的な相談と長期的な介入が不可欠な場合もある。

(6) 派遣労働について
 本調査では、「間接雇用」として、派遣労働や、製造業のライン委託、委託契約による事実上の派遣労働(違法派遣)の相談について別個に集約した。これらの類型では、雇用関係と指揮命令関係が分離されており、派遣先(委託会社)・派遣元(受託会社)・派遣労働者(受託会社の労働者)の三者による複雑な労働関係が発生している。
 派遣元から見れば派遣先は顧客であり、派遣元が派遣先から派遣労働者を保護することは非常に困難である(間接雇用8・10・11・12)。また、派遣独特の事例としては、同じ派遣先で継続して働いているのに、派遣元が倒産して雇用主が別の派遣元に変わったため、有給休暇等の権利がすべて消滅した事例(間接雇用1)なども報告されている。また、派遣労働者のほとんどは有期の雇用契約を更新しているため雇用が非常に不安定であり、一方的な中途解約であるにもかかわらず、残った契約期間中の雇用や賃金補償もないケース(間接雇用9・11)もあった。二重派遣や製造業への派遣など、違法派遣の疑いのある事例(間接雇用3・8・9・13・15)については、派遣登録のない派遣業者や請負契約の場合、監督官庁である労働局の民間需給調整の窓口では行政指導しないという実態も明らかになった。

5. まとめ

 労使間には明確な力の不均衡がある。労働契約の締結や更新時が典型的だが、自主的な決定と言ったところで、労働者側から見れば、使用者側の提案を受け入れるか退職するかの二者択一となるケースがほとんどだ。最終的な救済手段である訴訟は、労働者から見れば、あまりにも敷居が高い。労働条件の変更についても、これを拒否する場合には退職を覚悟せざるを得ず、あっせんでも、ほとんどが雇用関係の終了と金銭和解による「解決」となっている。
 また、セクシュアルハラスメント・いじめ・メンタルヘルスなど、企業の配慮義務をめぐる問題については、これらを労使関係の問題でもあると認識することで、使用者自身の取り組みだけでなく、企業外の専門家の関与や、行政からの支援などの対策が必要である。
 労働契約法制の整備にあたっては、法の保護を受ける「労働契約」の範囲を、名称や形式にとらわれず就業実態に即して明確に規定した上で、契約の成立から終了までの各段階において明確な法規制を行う必要がある。これは、個別労使紛争の予防になるだけでなく、職場復帰型の解決の増加にもつながる。そして、新たな紛争解決手段である労働審判制に対してその判断基準を提供するという大きな意味も加わってくるだろう。
 一方、労働基準法や労働者派遣法違反の事例は、本来、国の監督・指導により是正されるべきものである。しかし、相談窓口が使用者への指導に対して消極的であったり、監督機関としては個別の労働者の権利実現に対して限界があることから、結果的に自治体窓口に多くの相談が寄せられている実態も明らかになった。



参考 平成15年度相談項目上位5位(東京都)
 
1 位
2 位
3 位
4 位
5 位
総件数
49,156件
(100.0%)
解  雇
10,867件
(22.1%)
賃金不払い
8,599件
(17.5%)
労働契約
6,487件
(13.2%)
賃金その他
4,397件
(8.9%)
退  職
4,151件
(8.4%)
(注)1件の相談が複数の項目にわたることもあるので項目数の合計は件数と一致しない。

別表 労働相談・あっせん事例から見る労働の実態調査 要約