【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅰ-①分科会 市民と公共サービスの協働

行政と市民との役割分担による協働を考える
~『生活のヒント展』の開催~

三重県本部/自治労伊勢市職員労働組合

1. はじめに

 伊勢市では、逼迫する財政状況を理由として、行財政改革がすすめられてきたが、市民ニーズよりもコストを優先するために、安易な民間委託や業務の廃止などが行われ、市民サービスの低下や福祉の切り捨てになりかねない状況となっている。
 このような状況に対して、伊勢市職労では、我々自治体労働者自身が自治体のあるべき姿を考察し、その役割と存在意義を再構築していくことやそれぞれの職場において、自分たちが納得のいくよりよい仕事をしていくことが「効果的で質の高い公共サービス」を実現することに繋がると考え、2004年12月から政策提言の取り組みをすすめ、2005年10月に市長に対して政策提言書を提出した。
 政策提言にあたって、まず、市の財政分析を実施したが、その中では非常に厳しい財政状況が浮き彫りとなった。
 その大きな要因として、公共事業に頼った旧態依然とした景気対策など、国の失政の影響があるとはいうものの、自治体の体質として多種多様な市民ニーズに応えるため、過剰ともいえるサービスを提供してきたことも看過できない。そして、このことが、財政の悪化を生み出しただけに留まらず、「行政はサービスを提供する側」、「市民はサービスを受ける側」という行政運営における大きな欠陥とも言える偏った構図を生み出してしまったのではないか。
 また、近年、地域社会は大きく変容し、都市の中心部では、旧来の地縁・血縁を絆とする地域コミュニティの消滅・崩壊が進む一方、その周辺部でも新旧住民の混在により、連帯感や協力する意識の希薄化などによって既存のコミュニティの混乱・崩壊が生じている。
 厳しい財政状況下で、多種多様な市民ニーズに対応し、自治体の果たすべき役割を考え、質の高い公共サービスを実現するためには、「行政、市民、民間組織がそれぞれに独自の活動をしながら相互に作用していく」ことが必要である。また、「団塊の世代」が大量に職場を離れて地域へ回帰する時期を迎え、協働によるまちづくりを支える主体となる市民層に、大きな力が増す今こそ、行政のあり方を見直す絶好の時期である。
 そこで、「協働」をキーワードに、「暮らす魅力」「働く魅力」「生活する魅力」にあふれる伊勢を、行政、市民、民間組織が心をつなぎ、生み出していくことをテーマとして政策提言を行うことにした。
 政策提言書では、財政分析と組合員・地域住民(地域の民間労組の協力を得て実施)を対象としたアンケート調査などをもとに、まず財政力に見合った、効率的な市政運営を行っていくための「政策の捉え方」について提言し、その上で、組織内において協働を実現するという意味での「働きがいのある、効率的な組織のあり方」と「市民との協働によるサービス」について提言を行っている。
 前者については、組合員アンケートの中で、市役所全体で効率的な仕事を行うために必要とするものの第一に「組織間の連携」が挙げられ、課題として明らかになったことから、「政策審議室」という組織の設置を提案している。これは、各組織が担当する政策を横断的に審議することにより、組織の連携を図るとともに、市役所内における協働の意識を生み出し効率的な組織運営をめざすものである。
 また、後者においては、行政と市民との役割分担による協働を構築するには、行政と市民・民間組織との役割分担を明確にするとともに、行政がコーディネート役となり、「地域内分権」を視野に入れ、市民の手によるまちづくりを進めていくことが必要であると提言している。支所管内ではコミュニティセンターが中心となり、コミュニティセンターがない市街地では、中学校区単位で自治会・PTA・子ども会・婦人会・NPO・企業・労働組合などで構成する「地域まちづくり協議会」を組織して、地域別のコミュニティ政策を議論・立案していく。そして、こうした行政と市民・民間組織との調整を図る行政組織として「まちづくり推進室」を設置し、それぞれの地域内の市民活動団体を把握して連携を強める等、各事業における協働をコーディネートする業務を担当することもあわせて提案している。
 さらに、職場別の取り組みについても提言を行っている。まず行政が行うべきサービスのあり方を明確にしたうえで、現業職場においては、市民生活に最も近い職場で働くという特性を活かして、市民と行政のパイプ役として市民ニーズの把握を図り、サービス向上のための企画や政策立案に繋げるなど、政策に意見を反映させていくことや災害時における活動体制の構築について提言した。さらに、病院職場における救護体制の確立などについての提言も行っている。




2. 提言内容を実践する活動 ~『生活のヒント展』開催~

 この政策提言書では、個々の事業にまで踏み込むのではなく、広く自治体労働者の立場から、これからの自治体運営を考えていくうえで、「政策とはどうあるべきか」、「政策実現に向けた取り組み方はどうすべきか」を「協働」をテーマに提言する内容としている。よって、個々の職場が抱える問題について、提言書の趣旨に基づいて、いかにして具現化していくかということが課題として残ったが、『実践してこそ、提言が生きる』との考えに立ち、その後の自治研活動に取り組んできた。
 そして、組合執行部のなかで「市民との協働」をテーマにした活動について検討を行い、『生活のヒント展』を企画していくこととなった。
 『生活のヒント展』については、「各職場の業務の中から職員が身につけた日常生活のヒントとなる知識を市民に伝え、それらを自分のものにしてもらうことで、行政と市民との協働や市民の自立をめざすための活動」として位置付けている。


(1) 開催に向けて
 『生活のヒント展』は、執行部内に組織する自治対策部が中心となって、開催に向けて準備を進めた。
 まず、開催場所と開催時期であるが、開催場所については、「できるだけ多くの市民に訪れてもらえるように、何かのイベントと合わせて実施する」ことを決定したが、市職労の他の活動との兼ね合いもあって、なかなか開催時期を決定することができず、先に、市民に紹介する内容の募集を行っていくことになった。
 次に、紹介する内容について、テーマを設けるべきかどうかについて話し合いを行った結果、「ある程度テーマを設けたほうが市民に分かりやすいのではないか」という意見があり、今回は、「防災、安全、安心」をキーワードに、各職場における業務から災害時に役立つヒントとなるような事柄を中心に紹介を行うこととなった。ただし、職場によってはテーマを決めてしまうことで参加できないところもあるため、テーマにこだわらず「日常生活のヒント」になる事柄であれば良いこととした。
 また、参加については、支部・分会単位とし、2006年8月に分会長会議を開催し、全支部・分会に対して紹介する内容の募集を行った。その結果、5つの支部・分会から紹介内容の提案があった。提案内容は、
  ① 給水パッキンの取替実演(上水道分会)
  ② 乾パンを使った非常食調理方法の紹介・試食、アルファ米の試食(学校給食分会)
  ③ 家庭でできる応急処置の紹介(病院支部)
  ④ アルミ缶のかさばらない出し方の紹介、古新聞・雑誌のほどけない結び方の紹介(清掃分会)
  ⑤ 古新聞・ビニール袋を利用した簡易トイレの作り方の紹介、災害時のエコノミークラス症候群防止体操の紹介(健康分会)
となっている。
 その後、参加する各支部・分会において担当者を選出し、組合執行部の担当者とともに、紹介内容の調整・準備を行った。
 このうち、②の学校給食分会では、学校が災害時の避難所になることから、分会の活動として日頃から災害支援に対する取り組みを行っており、炊き出し方法や非常食のレシピ等をまとめた防災支援マニュアルを作成している。2006年10月に開催した伊勢市職労60周年記念行事では、『生活のヒント展』での開催に先んじて、組合員への周知も含め試みとして紹介を行っている。
 一方、開催時期と開催場所については、自治対策部で検討を重ね、2007年10月14日開催の「伊勢おおまつり」の出展ブースに出展することを決定した。しかし、5つの支部・分会の展示となるとかなりのスペースを必要とすることから、地元商店街の協力を得て、まつりのメイン会場近くにある商店街のイベントスペースを借用し、テントを設置して開催することになった。


(2) 『生活のヒント展』開催
① 給水パッキンを取り替えよう 【上水道分会】
  上水道分会では、模型の水道設備を使って給水栓のキスこまを取り替える手順の実演を行い、参加した市民に交換用キスこまセットを配布した。
  また、災害時の対策として、ペットボトルを使用して泥水をろ過する方法の紹介もあわせて行った。これは、ペットボトル・キッチンペーパー・砂・小石を使ったろ過装置を作り、泥水をろ過するものであり、飲料用とすることはできないものの手の汚れを落としたり、衣類などを洗ったりするくらいには使用できる程度まで透明にろ過することができるので、災害発生直後の断水時には役立てることができる。


ペットボトルを利用したろ過装置
 

パッキンの取替方法を説明する様子

② 非常食こんな食べ方もあるよ【学校給食分会】
  学校給食分会では、一般に災害時の非常食として準備されている乾パンを使用した非常食の調理方法の紹介を行った。メニューは、乾パンをサラダ油で揚げて砂糖をまぶした「乾パンの揚げドーナッツ」とコンソメスープのクルトン代わりに乾パンを利用した「乾パンのスープ」の2種類を準備した。
  一般に、災害が発生した場合、救援物資が届くまでの3日間程度の食料は各家庭で準備しておく必要があると言われており、日持ちのする乾パンが非常用の食料として準備されていることが多いが、こういった形で調理のバリエーションがあれば、ある程度、自分たちで自足できることにつながる。いずれも、カセットコンロを使用して調理が可能であり、スープに入れると乾パンがやわらかくなるため、小さいお子さんやお年寄りにも食べやすくなるという利点もある。
  会場では、調理方法の紹介・試食とあわせてレシピも配布した。
  また、アルファ米がどのような味かを市民に体験してもらうため、アルファ米の試食も行った。


乾パンの揚げドーナッツ

乾パンのスープ
~配布したレシピ(抜粋)~


骨折・捻挫の応急処置の様子
③ 誰でもできる 応急処置【病院支部】
  病院支部では、手足を骨折・捻挫した場合や鼻血・外傷による出血時の一時的な応急処置方法の説明を行った。
  看護師が中心となって、骨折・捻挫をしたときに手足を固定する方法や出血時の止血方法について実演を行ったが、これらは、災害時の応急処置だけでなく、日常生活においても、病院に行くまでや救急車が到着するまでの応急手当として役立てることができる。

アルミ缶のつぶし方の紹介
④ ごみを出す前に……ひと工夫【清掃分会】
  清掃分会では、現業職員がアルミ缶のかさばらなくする方法と新聞・雑誌類のほどけない結び方の紹介を行った。
  ごみの分別収集が進む中で、収集日まで資源ごみを家に置いておかなければならないが、多くの家庭では、ビール缶などのアルミ缶はかさばって場所をとってしまうことが悩みのひとつである。紹介した方法は、器具を使わずにアルミ缶を約1/3の大きさにつぶすことができ、省スペース化を図ることができるというものである。
  また、新聞・雑誌類をビニール紐でしばって仕分けする場合、結び目がゆるくなってしまい困ることがあるが、紹介した方法では簡単にほどけないので、収集場所まで運ぶときも便利である。
  さらに、職員が収集する際にも運びやすいので作業効率が上がる利点があり、ぜひ多くの方に習得してもらいたい方法である。

⑤ 災害時 少しでも健康に【健康分会】
  保健師のいる健康分会は、災害発生時の被災者の健康・衛生面からヒントとなる事柄として、「簡易トイレの作り方」と「災害時のエコノミークラス症候群防止体操」の紹介を行った。この簡易トイレは各家庭にあるレジ袋と新聞紙で作ることができ、水洗トイレが普及した現在では、災害発生後に仮設トイレが設置されるまでの間は、こうしたものでしのがなければならないため、知識として知っておくと便利である。
  また、被災時に健康管理面で大きな課題となるエコノミークラス症候群の防止については、足や腕を動かす体操などを保健師が実演した。

災害時のエコノミークラス症候群防止体操の紹介

 当日は、伊勢おおまつりにあわせて開催したこともあって、約1,800人が会場を訪れた。はじめは、どんなことをしているのかよく分からず来場する方もいたが、それぞれのコーナーで、分会の担当者が中心になって説明や実演を行うと、訪れた市民のほとんどが興味深く説明を聞いてくれて、中には積極的に質問をしてくれる方もいたりと、良い反応を得られたと感じている。
 このように、「行政と市民との協働」を目的とした『生活のヒント展』は確実に第一歩を踏み出したのである。


3. これからの取り組み 

 今回の『生活のヒント展』は、「行政と市民との役割分担による協働」を構築することをめざして企画したものであるが、今のところ、自分たちが業務の中で身につけた知識を市民に伝え、役立ててもらうという段階にすぎず、市民との役割分担を云々するには程遠い。『生活のヒント展』は、これからも継続して開催をしていく予定であるが、イベントだけで市民との協働を構築していくことはなかなか難しいものがある。
 今後の課題は実効性をより高めていくことである。第一には、政策提言の主旨を組合員に認識させることに努め、『生活のヒント展』を市職労全体の活動として成熟させていくことである。第二には、『生活のヒント展』以外の取り組みを模索し、「行政と市民との役割分担による協働」の前進をめざしていかなければならない。こうした取り組みによって、行政が一方的にサービスを提供するという偏った構図を打開し、限られた行政力のもとでの自治体のあるべき姿を生み出し、さらには、行政に対する理解を得ることで働きがいのある職場をつくることにつなげていきたいと考えている。
 とりわけ「行政に対する理解」という点では、『生活のヒント展』を開催したことで、地域に出て市民と直接公共の業務について話をするという機会になり、話をしていく中で、「なぜ公がその業務を担わなければならないか」ということを理解してもらうきっかけとすることができたと感じている。日頃、仕事をしている中で感じるのは、市役所を訪れて手続きをしたり、サービスを受けている市民は、公共サービスの必要性について理解を示してくれる人も多く、いわゆる「公務員バッシング」は、マスコミ報道などからくる先入観やイメージによるものが大きいのではないかと感じさせられる。もちろん日常業務においても、市民の声を聞いたり、業務や制度について説明することは必要ではあるが、実際は業務に追われ、余裕がないというのが現状ではないだろうか。そのため、このような市民と直接話をする機会を設けることは、公共サービスの一端を理解してもらう貴重な機会だと考えている。
 さらに進んで、市民との対話の中から、「市民がどのようなことを求めているか」を感じ取っていくことも必要だと考えており、こうした活動の中から「公共サービスのあるべき姿」を見つけ出し、その上で、市民との役割分担を考えていくことにつなげていきたい。
 今、ほとんどの自治体では、厳しい財政状況の中で、行財政改革が実施されているが、本来の公共サービスのあり方が検討されないまま、民営化ありきで合理化が進められた結果、サービスのひずみや行政内部の矛盾が出てきていることも多いのではないだろうか。それは、市民サービスの低下といった直接的な問題だけでなく、例えば、公共部門を民間に移した結果、コストカットのしわ寄せが労働者の賃金に及ぶといったことにもつながっている等、公共サービスのあり方が社会に与える影響は非常に大きいと言える。
 我々は、公共サービスに従事する労働者として、公共サービスのあり方を常に考えていく必要がある。その意味で、自治研活動は、今後ますます力を入れていかなければいけない活動である。自治体職員としての立場から、個々の業務においても改善や見直しは当然すべきであるが、労働組合は、異なる職場や職種の職員が日頃から一緒に活動に取り組んでいる組織であり、その点において、職場の壁をこえて横断的に考え、話しあうことが容易であり、自治体全体の改革につなげていくことが可能である。特に、個々の業務の専門性が高まりつつあるなかでは、「職場を超えた横断的なネットワークづくり」は、ますます重要となるのではないだろうか。
 伊勢市職労においても、自治研活動を通じて、市当局からの押し付けられた行財政改革ではなく、職員自らが声を上げ、現場の知恵を活かした質の高い公共サービスの実現に向けて、今後も取り組みを強めていかなければいけないと考えている。


『生活のヒント展』イメージキャラクター
ヒントくん


お揃いのエプロンで集合写真