【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅰ-①分科会 市民と公共サービスの協働

「達者村」の交流活動から見る新たな地域連携を考える


青森県/三戸郡南部町 西村 幸作

 「達者村って何ですか?」、「達者村ってどこにあるのですか?」・・・我々が、この「達者村」の活動をはじめてから、非常に多くの方々から、このような質問を頂くようになりました。
 この「達者村」とは、地元に昔からある農村景観や歴史文化、そして田舎ならではの地元に暮らす人々との心の温もりなどの各種交流資源を活用し、熱心な達者村ファンを増やしながら、地域住民と来訪者との交流を長期滞在や定住まで見据えた目標実現に向かって地域一丸となって頑張ろうというグリーン・ツーリズムの概念を更に前進させた地域づくりであり、交流促進活動です。
 ここでは、青森県南部町における地域住民と行政との協働による「達者村」の誕生から現在までの交流活動を紹介しながら、未来へと続く地域連携のあり方を考えてみたいと思います。

1. 交流資源が息づく青森県南部町

 私たちの暮らす南部町(なんぶちょう)は、「平成の大合併」により2006年1月1日、青森県の南端に位置する名川町(ながわまち)、南部町(なんぶまち)、福地村(ふくちむら)が合併し、人口約2万2千人、世帯数約7千3百世帯の農業を基幹産業とする町として誕生しました。
 首都圏等からお越しいただくお客様の玄関口となる、東北新幹線八戸駅から車で約15分の好適な交通環境を有しており、その雄大な姿から「南部小富士」の異名を持つ秀峰「名久井岳」や、悠々と流れる一級河川馬淵川に代表される豊かな自然、そして今から約800年以上前にも遡る「南部藩発祥の地」であるほか、鎌倉執権北条時頼公が開基した曹洞宗の名刹「白華山法光寺」をはじめとする貴重な文化財や史跡、基幹産業である農業とともに育まれてきた農村文化など、多くの交流資源に恵まれています。

2. 農業資源を活用した交流活動の創出

 当地方は年間の降雪量が年間約150㎝と比較的少ない盆地地帯にあるため、昼夜の大きな寒暖の差を生かした果樹栽培を中心に、稲作や野菜栽培が盛んに行われています。
 首都圏の高級フルーツパーラーでも取り扱われている洋なし「ゼネラル・レクラーク」、にんにくの全国主力品種で当町原産の「ふくちホワイト6片種」、当時の南部藩主へ献上されていた歴史を持つ地域ブランド米「ふくちこがね」など、いずれも町の代名詞であり、併せて農業の町としての当町の知名度向上に大きく貢献しています。
 合併以前の、各地区では農産物直売施設の運営や市民農園のオープンなど、これらの農業資源を活用した各種活動に取り組んできましたが、我が国で「グリーン・ツーリズム」の概念が生まれる以前の1986年に名川地区において始まったイベント「さくらんぼ狩り」(当時は「さくらんぼまつり」)に、交流活動の源流を見ることができます。
 青森県の代表的農産品として、県内の農業振興の牽引役を長く務めてきたりんごの価格が頭打ちとなり、新たな農業振興策を求めたとき地元農家の方々が着目したのが、当時既に県内一の収穫量を誇り、品質も大きく向上してきていた「さくらんぼ」でした。
 どのような形で活用するのか、実施する効果や問題、可能性などを行政を巻き込みながら何度も打ち合わせた末に、町内個々の農家のさくらんぼ園地にお客様を直接招き入れ、直接もぎ取り、食べ放題のイベントとして開催したところ、予想を大きく上回る好評を得ました。これに併せてより良い受け入れ体制の整備が重ねられ、農家・地域への経済的波及効果もさることながら、手塩にかけた農産物を食べたお客様の笑顔が見られるという農家本来の喜び、そして自らの農作物にかける情熱やこだわりが消費者の関心を生むなど、お互いにとっての良い面が融合、発展することとなり、個々の農家に対する熱心なファンが生まれ始めました。
 毎年お出でいただく親子や友達連れなど、幅広い年代層の方々との親戚付き合いのような、心の通った交流が広く繰り広げられると共に、年々増加するお客様に、地元全体の雰囲気や各種活動も自然と広く開かれたものになり、後の農産物直売施設のオープンやお土産品としての農産加工品の開発販売に結びつくなど、まさに当町における交流活動の原点となったのです。

3. 農家民泊による農業体験修学旅行生の受け入れ

 1989年、隣接する県南の4自治体が広域的観光振興を目的に組織していた「三戸地区観光振興協議会」(現在は1市4町による「三八地域農業観光振興協議会」に組織替え)により、首都圏等に在住する方々に田舎ならではの良さを広く周知することを目的とした「ふるさと体験ツアー」が実施されたのを縁に、首都圏側の実施関係者から農業体験修学旅行の受け入れについて打診がありました。
 受け入れについては交流活動を意欲的に実施していた名川地区で検討することとなりましたが、地元農家からは、生徒とは言え全くの他人を自らの住居に招き入れ一緒に作業することと、トイレやお風呂などの設備面や食事を中心に不安の声が多く聞かれました。しかし、「年の離れた生徒達と一緒に作業することは、日々の農作業に新鮮さを感じるきっかけになるはず」「生徒達が、農家や農作業の現実を知ることは、お互いにとって必ずプラスになるはず」との期待感が不安を押し切り、有志農家が参画し、「ながわホームスティ連絡協議会(現在は町合併に伴い、全町に拡大し達者村ホームスティ連絡協議会となる。)」を立ち上げ、1993年度に「神奈川県座間市立栗原高等学校」を受け入れすることとなりました。
 迎えた対面式では、生徒達も受け入れ農家も互いに緊張しましたが、各農家に分かれて一緒に食事や作業をしてみると、生徒達は準備された料理を「おいしい」と、おかわりし、おぼつかないながらも農家の指導を素直に聞きながら、額に汗して一生懸命作業するなど、当初の心配をよそに和やかに過ごしていました。
 離村式では生徒達が「農家の苦労が身にしみて分かりました」と感想を語ったほか、受け入れ農家との別れを惜しんで涙を流すなど、お互いが充実感や感動を覚える場面の連続となりました。「この交流を続けていくことは、必ず良い結果を生むはず」と確信した協議会側では、構成各町で「ホームスティ連絡協議会」などの受け入れ組織を立ち上げ、ホスピタリティの向上を図るなど交流基盤を築いていったのです。
 現在では、主として関東や関西の中学・高校による農業体験修学旅行や、近隣市町村の小・中学校の体験学習が実施されるようになり、2007年度からは、一般客の受け入れも行うなど、この活動は達者村そして当地区のグリーン・ツーリズムの中核を担っています。




4. バーチャルビレッジ「達者村」開村へ

 「交流」に軸足を置いた活動は、2002年度の東北新幹線八戸駅開業を契機に更に加速し、従来の収穫体験に加えて、各種栽培管理体験も資源として活用する「通年農業観光」や、お客様を直接町内にご案内する無料シャトルバス運行(行政が管理運営)、町民で構成する観光ボランティアガイドなどの新たな取り組みにつながり、その輪は着実に大きく成長していきました。その反面、地元関係者の間では「地元の資源を活用しきれていないのでは」「点ではなく面として地元の良さをもっとアピールしたい」という思いが生まれていました。
 時同じくして青森県においては、お出でいただくお客様に県の基幹産業である農林水産業や地元で暮らす人々の生活や文化に触れていただくことで、従来の観光地巡りの旅行では感じることが難しい「感動」や「知的体験」を味わっていただき、当地再訪のきっかけにしていただこうと「あおもりツーリズム構想」が練られ、それを具現化する「達者村開村モデル事業」が計画され、旧名川町に白羽の矢が立ちました。「県と町、双方が協働し汗を流して実現しよう」との要請に町もこれを快諾し、県では各会の専門家7人へのアドバイザー委嘱や各種計画・立案を、町側では町民代表や役場職員による検討・実施組織の立ち上げや地元交流資源の洗い出しなどを行い、2004年10月9日三村申吾青森県知事をはじめとする関係者など約500人の参加のもと盛大に開村式を行い、ここに「達者村」の誕生を迎えました。




5. 達者村開村による効果

 達者村開村後は、各種モニターツアーや自然景観を活用した「達者村三十六景」(現在は合併によりエリアが広がったため「達者村百景」として実施中)、地元で作られた農産加工品や手工芸品を審査・認証する「達者村特産品認証事業」なども始まり、各種の取材をいただく機会が大幅に増えマスコミを通じ町内外にこれらの取り組みが知られることとなりました。また、これに合わせて首都圏の大手人材派遣会社から打診を受け、2005年度から「農業インターンプロジェクト」を実施しています。同プロジェクトは、近年増加しつつある農業法人や大規模経営農家等からの人材派遣の要望に応え、また衰退の一途をたどる農業分野を活性化させる人材の育成を目指して実施しているもので、具体的には同社が採用した農業分野での起業を目指す意欲ある若者による、農家でのインターン実地研修や、専用ほ場での生産から販売に至る研修等を行うものです。
 農業情勢が年々厳しさを増す中で、新たな可能性を見いだし敢えて就農を目指す若者達の姿は、地元農家の新たな刺激になるほか、就農促進や農業への理解を深めることになると共に、達者村が理念の一つとして掲げる長期滞在や定着にも期待しており、初年度の9人から始まり翌2006年度は5人、そして2007年度は8人の研修生を迎えています。この取り組みにより、2007年度研修コーディネーターを務めた30代の男性が達者村での営農に挑戦するために再訪したほか、研修生に農産物直売施設や町民祭における販売実習のみならず、町民運動会等のイベントへ積極的に参加するなど、地域住民との幅広い交流が図られています。
 その他にも、退職した団塊世代の方々を地域活性化につながる「達者」な人材として招き入れ、活躍いただくためのモデル事業として、2006年度そして2007年度に渡り青森県と共同で「セカンドライフの『暮らし』と『しごと』大学in達者村」と銘打ち、モニターツアーを開催しました。またJR東日本の協力により中高齢の方々を対象とした達者村体験型旅行商品「大人の修学旅行」を企画販売していただくなど、様々な分野の多くの方々からの協力をいただきながら充実に努めています。更に2007年度から、各種の世代の方々にも各種活動の根底に流れる「心」を感じ取っていただこうという趣旨から地元コミュニティを対象とした花壇コンテストを実施し、町民総参加型の達者村づくりに努めています。
 2008年度においては、交流活動を更に拡大するため来訪者による農産物の植栽から収穫までいつでも参加できる「リレー農園」の創設や町内の空き家の有効利用を通じて定住促進を図るための「空き家バンク制度の設置」を実施する予定としております。
 このように、各種の交流事業を実践してきたことから「達者村」への再訪者が増え続けてきており、直接対応された地元の農家等との田舎らしさの再確認とふるさと回帰を満喫する交流事業が民間企業からも注目を浴び、旅行商品として販売が行われるなど予想外の展開・効果が現われてきています。

6. 結びにあたり

 達者村を中心とした交流活動事業を推進していく上で、活動を支える地元住民で組織される「達者村ホームスティ連絡協議会」等の各種民間団体が当町にとって最も貴重な財産であり、他例を参考にするまでもなく、今後の地域振興、地域経済活性化のためにも地域住民と行政との協働、そして外部からの民間活力の導入が必要不可欠なものと考えています。
 今後達者村の活動を継続・拡充する上で大きな壁や難問が立ちふさがることもあると思いますが、行政と民間人で組織された「達者村づくり委員会」を中心として、終わることのないまちづくり「未完のチャレンジ」のコンセプトのもと、お出でいただいたお客様と地元住民が交流を通じてお互いに達者になろうという「達者の循環」が生まれる達者村づくりに、確実に少しずつ歩んでいくことを確信しています。