【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅰ-②分科会 立ちあがれ自治体職員 ― 地方自治の可能性を探る ―

「決裁」のあり方について
~効率の良い意思決定過程と情報の共有化について~

島根県本部/松江市職員ユニオン 野村 拓也・伊藤 彰洋・宮本 功太

1. 現状の問題点

 組織において、物事を決定していくためには、企画書あるいは稟議書を起案し、最終決定権者まで決裁を受けるという過程が一般的である。このことは、松江市をはじめとして公務員の社会においても例外ではない。
 ところが、現在松江市の文書決裁過程において、必要性の如何にかかわらず、次長・参事など課長職を兼務している職員へすべからく決裁を受けなくてはならないといった状況が見受けられる。
 現在のこのような決裁の仕組みについては、より多くの職員が、それぞれの見識から意見を付与する機会を得ることができ、あるいは情報を決裁の過程で共有することが期待できるなどの利点を持ち合わせている。
 一方で、意思決定までの過程が非常に長いこと、またそのことにより適切な時期の業務執行に支障をきたす恐れがあること、さらに責任の所在が不明瞭になるという弊害がある。業務量が増加する一方で、職員数は減少傾向にある現在の市役所業務の中では、迅速な意思決定が必要であり、過度に長大な時間がかかる意思決定の仕組みは見直されるべきものである。
 では、なぜこのような決裁システムがこれまで漫然と行われるのだろうか。その理由として、稟議書に直接的な意思決定以外に、多大な機能を期待しているということが考えられる。その多大な機能とは、概ね次の3点が考えられる。

【意思決定を除く決裁の機能】
① 情報の共有
② 新たな意見付与の可能性
③ 責任の分散

〔図1〕


 〔図1は、現状の決裁の過程をモデル化したものである。
 こうしたことが起こる背景には、市町村合併により職員の人数が増加し、また職員の年齢バランスが崩れたことで、ある程度の経験を積んだ職員については補職を設け処遇する必要が発生したことが挙げられる。旧来では存在しなかった役職が増えたことから、やむを得ず決裁行為が必要となった役職が多く存在する。さらに、昨今では職場における事業所掌意識や責任感の低下、問題の複雑化・高度化、直接的コミュニケーションの忌避なども挙げられる。このような決裁システムが横行している現状は本来健全な状態とはいえないのは言うまでもない。
 そこで、このレポートにおいては、意思決定の際の決裁システムについて、上記の問題点を克服するため、機能の分化と意思決定の判断ポイントを設けることで、迅速かつ有効なシステムの構築を試みるものである。

2. 日常業務の中での非効率な決裁の事例

 では日常において、どのような決裁事務の場合に問題があると思われるのか実際の事例をいくつか紹介してみたい。

(1) 【事例1】
 ある部長専決(松江市事務決裁規則による)の稟議書を作成し、決裁を受けようとしたところ、自分の担当業務とは異なる担当を持っているはずの副参事まで決裁を求められ、その後課内における決裁文書はすべて副参事も受けることとなった。また、自分の所属する部においては次長が一人と参事が一人いるが、いずれにも決裁をすることを求められた。ちなみに決裁を受ける受けないは各部署においてバラバラだということを後日他の部署の人に聞いた。
  
    問題点:副参事・参事などのライン職ではないスタッフ職の担当する業務が不明確であることで、それぞれの部署で決裁のスピードが異なってしまう。また、参事が課長事務取扱であったり、課長補佐が係長事務取扱であったりするため、自分の課係とは全く異なる部署の決裁権者からも判断を受けなくてはならない。

(2) 【事例2】
 ある部長専決の稟議書を作成し決裁を受けようとしたところ、部長より市長(あるいは収入役)まで決裁を受けるよう指示を受けた。その後その事務すべてが市長決裁を受けることとして慣例化した。その業務は部長専決となっているが、なぜ部長決裁が下りた段階で実行できないのか納得がいかなかった。

    問題点:部長ないし課長専決事項の文書においては、事務の効率化を目的としてあらかじめ事務分掌あるいは例規上、本来は市長がすべてを決裁する必要があるのだが、一定の事務においては部長級、課長級においてその実行権限を与えられている。しかし、本来さらに上級決裁権者にその判断を委ねるにあたっては、特別にその必要がある個別事例に留めるべきであるが、これを一般化してしまうことは、専決の趣旨に反するものであり、その業務においての判断する権限や説明する責任を専決者が放棄しているともいえる。

(3) 【事例3】
 ある市長決裁区分の文書を回付した。その際、合議のために他の部局に回付したところ、当初想定をしていなかった課について、「責任分担の観点から合議を行うべきではないか」との見解が示された。この段階で初めて合議を行うことを決定したため、他課との調整に時間を要してしまった。結果として市長決裁を受けるために1か月の期間を要した。

    問題点:この事例においては、事前の調整不足など起案者の準備不足が最大の原因ともいえる。この職員はこのアドバイスにより致命的な過ちを回避できたかもしれない。しかし、意思決定という視点から見れば、当初予測した時間をオーバーして事業に取り掛かる必要が出てきたため、効率的な事業執行ができなくなり、迅速な意思決定という側面からみれば問題があるだろう。

 以上のとおり、現状の決裁事務の実例から、迅速な意思決定ができていない場合も見受けられる。

3. 具体的な業務改善方法

 では、これらの事例から、現在の決裁システムにおける欠点を克服し、迅速な意思決定を図るためにはどのようなことが考えられるのだろうか。以下、具体的な方法を提起する。

(1) 意思決定過程と情報共有過程の分化
 意思決定過程を非効率にしている原因のひとつである補職(副参事:現在は調整幹あるいは専門幹となっている、参事、課長補佐等)の増加による権限の不明瞭な決裁においては、その補職の見直しあるいは意思決定における業務分担をきちんとルール化することにより、一定の整理はできる。しかし、この補職による管理職の増加は市町村合併により常態化したものであり、根本的な解決を図らなければならないものの一つであろう。
 では、意思決定過程における決裁区分の問題と事前の情報の共有化の課題については、どのような解決の手法が考えられるだろうか。私たちは意思決定過程と情報共有過程を明確に分化することで解決が可能と考える。その中で、決裁にかかる時間の短縮や責任の明確化を図っていくものである。
 具体的には起案前の関連部署との担当者会議(ブリーフィング)等を定例化して行うことで、起案時には一定の情報共有や問題点の指摘などを経ることができ、また、最終的な情報共有については担当次長・参事が責任を持ち、部長および他の次長・参事が説明を行うというものである。一時的には事前の協議等の準備することに要する時間がかかることになるが、結果として、意思決定過程においては短時間で決裁が完了し、事業展開の適時性と同時に適切な情報共有を担保されると考えられる。
 〔図2〕は、上記の点に主眼をおいた決裁システムの変更を行ったモデルであり、意思決定に要する時間の短縮と、責任の明確化を果たしながら、情報の共有化と意見付与の機会を創出することを目的としている。


〔図2〕


(2) 職印を用いた新たな決裁システム
〔図3〕
 では、コンパクト化を図ったとした意思決定の過程において、改善すべき点はないのだろうか。私たちはこの中にもまだまだ改善すべき点があると考えている。
 私たちは決裁を行う際に、明確な規定はないが、日本独自の印鑑による確認の習慣から印鑑を用いている。この際の捺印は苗字のみの場合が多く、誰の印か判別が困難である。また別の問題として、印はいつ捺印されたか、後日確認しようとする時に判断する材料がない事が挙げられる。現在の稟議書上では、意思決定にかかる日付は、起案日と決裁日のみであり、事業の見直しの際や、判断に要する時間などを知る手がかりがない。さらに言えば、公的な業務に用いる印鑑にも関わらず私費で準備して使用している現状がある。
 上記の3点を改善するためには〔図3〕に示すような「職印」の採用が比較的安価で、かつ有効な手段である。「職印」には所属部署名、苗字、年月日を表示できるものとし、誰が、いつ捺印したかを明確にすることができる。これにより業務改善の際の追跡を用意にし、また、そのことによって取材しやすくなる利点がある。(所属部署名については異動があった場合には新たに準備する必要があるため、経費上問題があれば空欄でもかまわない。)下記の〔図4〕はこの職印を用いた場合の新たな効果も示した図である。


〔図4〕


(3) 決裁区分の見直し
 (2)では、「職印」というツールを用いた新たな決裁システムを提案したが、コンパクト化した意思決定システムにおいてさらに見直せる点はないだろうか。そこでさらに改善する点として「決裁区分の見直し」があげられると考える。現在の業務における決裁(専決)区分については、取り扱う金額と事務分掌から決められている。これは法律レベルで定められている部分もあり、一定の妥当性に基づいているため、これを見直すことは大いに議論を要するところであろう。しかし、実務ではこの決裁区分における業務内容に該当しないケースも多く、実際、職員各自あるいは係長等の判断において行っているのが実情であり、管理職の決裁が形骸化している事務も多い。「決裁区分の見直し」とは、これらの部分をさらに仕事の現状に合わせて細分化すること検討するものであり、一定の要件を付して段階的に緩和することで、決裁事務における意思決定過程の所要時間の短縮を図るものである。
 細分化のデメリットもあるが、一方で「決裁区分を見直す」ことにより、各課あるいは各係の業務をきちんと普段から話し合い、整理して統一させていく結果として、意思決定過程におけるスピードを上げ、効率的な業務執行ができるのではないのだろうか。
 以下〔図5〕にこのモデルを示してみる。


〔図5〕


4. 「ゆとり」の創出と業務改善

 上記3.において、決裁事務における迅速な意思決定という観点からいくつかの改善策を列挙してみた。下記〔図6〕では、これらによる時間短縮による効果のモデルを図示したものである。時間短縮は、1件あたりの処理コストの削減が図れるばかりでなく、最終的には職員の「ゆとり」創出にもつながる。この「ゆとり」は、日常の業務や市役所のサービスを客観的にとらえ、その改善を図る時間につなげることができる。また、「ゆとり」が増えれば、職員の資質向上やさらには地域とのかかわりのための時間とすることもできる。
 「ゆとり」の創出は、結果として職場の業務改善や個人の資質の向上にもつながり、それは最終的に行政のプロフェッショナルとしての信頼を市民から得ることにもなる。これは現在の行政改革に欠けている視点を補う上でも重要な改革ではないかと考えている。


〔図6〕

※「Aランク」、「Bランク」、「Cランク」については〔図5〕の「変更後の処理プロセスモデル」による

5. 最後に

 今回、決裁事務に関して私たちが思うところを提起してみた。この業務改善は、単に私たちの業務の負担を軽減することを目的としているのではない。現在ひとりあたりの業務量が増加している現状において少しでも業務にかかる負担を軽減し、自らのスキルアップにつなげたり、または家庭での時間を増やし、明日の業務への活力を生み出すことで、「市民のための仕事」に還流していくことを目的としている。
 私たちが行政の仕事に携わっていく上で、職員一人一人が考え、それぞれの立場から知恵を出し合っていくことは、単なる「人の集まり」を「問題意識を持った、解決能力のある組織」に変えることに繋がるのではないかと思う。