【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅰ-③分科会 雇用の質と公共・行政・労組の役割とは

県立の福祉施設民間移管阻止の取り組みについて


富山県本部/富山県職員労働組合・平和地方自治推進センター・地区書記長 竹本 昌平

1. はじめに

 私たち、富山県職員労働組合の平和・地方自治推進センターは、2006年10月に沖縄で開催された第31回地方自治研究全国大会をはじめ、「富山県の財政」について、研究成果を県内外に発信してきた。
 今や全国どの地方自治も身の丈を超えた景気対策や大規模直轄工事で財政危機の状態にある。富山県も例外でなく、大型公共事業推進により、今や1兆円を超える負債を抱えている。
 2004年10月に就任した石井知事は、この危機的財政状況を打開するため、行政改革をはじめとした様々な政策に対する「お墨付き」をもらうことを前提とした各種懇談会を設置し、県の組織の縮小再編や新たな税負担、職員削減・賃金カットなどを推進・実行してきた。
 その中で、2004年12月に設置された、「富山県立社会福祉施設あり方懇談会」は、一度も現場を見ることもなく、所属長にわずかな時間の聞き取りと計6回の机上の会議を行っただけで、2005年8月末に「必置規制のある富山学園(児童自立支援施設)を除く、すべての県立社会福祉施設の民間移管する」という報告書を県に提出した。
 その報告書をうけた県は、2005年12月に「平成19年(2007年)4月に流杉老人ホームを民営化し、これに伴う職員の身分取り扱いについて」提案してきた。
 私たちは、「県民福祉サービスの切捨ては許さない」と民間移管阻止に向け、自治労県本部、連合始め、利用者家族会、利用者保護者会など各種団体と一緒に取り組みを進めてきた。
 民営化はとめることはできなかったものの、裁判闘争における2008年3月27日の和解合意は、これまでの強引に民営化を進めてきた県の非を認めたもので、事実上の勝利と受け止め、他の福祉施設の民営化の一定程度の歯止めをかけたと言える。これまでの県立施設民営化阻止の取り組みについて報告する。


事       項
2005.12

12月27日 流杉現地集会に300人結集
県、県立流杉老人ホームの民間移管を提案
  県は、「2007年4月に県立流杉老人ホームを民間移管し、これに伴う職員の身分取扱いについて県職労に提案。介護職員45名は、退職か転職かを迫られる事実上の首切り提案。
2006.1 

総曲輪、西町で街頭署名

富山駅頭で流杉老人ホーム存続をアピール
県立社会福祉施設の存続を県民に問う取り組み開始
 新聞広告「命の砦を守って下さい」で県民署名呼びかけ
 県が、「民間移管方針は政策」と労使協議に応じないため、支援労組や民間団体と「県民福祉を守る富山県民会議(草嶋連合会長が議長)」を設立し、流杉老人ホームをはじめとした県立社会福祉施設の存続を県民に問う取り組みとして、「県立社会福祉施設の存続を求める」県民署名を開始。

家族会の立ち上げ
 流杉老人ホームにはこれまで家族会がなく、利用者の家族の方々に呼びかけ「家族会」を立ち上げる。

2006.2

2月10日 県民会議が知事に110,211筆の署名提出
11万県民署名で2月議会提案阻止
 110,211筆の「県立社会福祉施設の存続を求める署名」を石井知事に提出。知事は「入所者の理解を得る努力をする」と2月県議会への流杉老人ホーム廃止条例提案を断念。
2006.4

4・22県民シンポジウム 会場からも活発な発言
県民福祉を考える4・22県民シンポジウム
 県民会館800人参加。
 参加者アンケートでは、9割が「県の公共サービスのあり方について、県民、利用者、職員の声を十分に聞いて議論すべき」と回答、民間移管には慎重にという意見が圧倒的。
2006.6 6月県議会で県立流杉老人ホーム廃止条例を可決
 家族会調べでは「家族の8割以上が反対」にもかかわらず、知事は6月議会で「入所者・家族の9割の同意を得た」と流杉老人ホーム廃止条例を提案。県民会議の県庁前座り込み行動や社民党等の反対も及ばず、自民・公明等の賛成多数で廃止条例成立

6月12日から 県庁前公園で座り込んだ仲間で議会周囲をデモ行動
2006.8.2 家族らが流杉老人ホーム民間移管差し止めを求め提訴
 介護サービスの低下を心配する入所家族30人が、県を相手に民間移管の差し止めを求め富山地方裁判所に提訴。
2006.12.6 提案内容を県当局の都合で覆す
 昨年の提案をくつがえし、介護職員に加えて、あらたに看護師、福祉指導員の派遣提案。職転をいわれて1年間家族と思い悩みながら過ごしてきた仲間の気持ちよりも移管先法人の意向を優先。職員の意向調査を開始。
2007.2.1~6 意向調査で県は派遣を強要していると流杉職員から苦情相次ぐ
 職員に「派遣応諾のための個別説明会」を開催。当局が派遣を強要していると多くの組合員から苦情が相次ぐ。組合は、県当局が実質的に派遣の強要をしたことに対し強く抗議し、今後の意向調査の中止を要求。2月9日に個別説明の即時中止を申し入れ。
2007.2.15~16 職員への説明会
 移管期日が迫り、厚生部長自ら、介護職員に対し説明。実質的派遣の強要。
2007.3.27 仮差止め請求棄却
 民間移管の仮差し止めは棄却されるも、「流杉老人ホームと利用契約を締結して入所している親族について、廃止条例により施設が廃止された場合は、利用契約を履行することは不可能となり、法的利害が侵害される」との判断が下る。
2007.4.1 流杉老人ホーム、民間の社会福祉法人に移管
 社会福祉法人「光風会」に民間移管され、「ながれすぎ光風苑」としてスタート。
 派遣の際の労働条件を改善させ、介護職員40人が派遣に応じ、入所環境激変を避ける。
2008.3.27 流杉老人ホーム訴訟、実質勝利「和解」
① 県が民営化に際し、入所者や家族の一部に不安や迷惑を与えたと認めた。
② 法の枠を超え、県の高齢福祉課長を窓口として入所者や家族の不安や要望に対応すると約束。
③ 県は県民福祉の向上を心がけ、県民の信頼を損なうことのないよう努力すると約束。

<流杉老人ホーム民間移管差し止め訴訟の訴状概要>
合理的必要性:県立流杉老人ホームを廃止する合理的理由や必要性が、全く示されていない。
現行施設の特徴:① 認知症老人処遇技術研修に指定。県内介護施設の中枢的指導的役割。
        ② 入所者の人権、健康、安全確保に徹した施設運営を実施。
        ③ 他施設で処遇困難な県内外の入所者の最終受け入れ機関の役割を担っている。
        ④ 経験を積んだ職員による継続的な養護等を実施している。
 介護サービス変容:民間移管により、上記の流杉老人ホームの特徴はすべて消失する。
 損害の発生:民間移管により、退所を求められる可能性あり。入所者の症状の悪化や、生命や健康に深刻な悪影響。入所者に精神的、心理的にも影響が生じる。

請求趣旨:「富山県立流杉老人ホームを廃止する旨の処分をしてはならない」
 原告の権利:養護棟利用者=養護継続権がある。特養棟利用者=本県施設利用権がある。
 処分の違法性:人的物的体制が整った本県施設の廃止は、原告の上記権利を侵害している。
 県の拙速性:① 県は、民間移管によるサービス等への悪影響を最小限にする措置を講じていない。
       ② 県は、原告らの同意を得る努力を行っていない。
       ③ 迅速な民間移管は、悪影響を最小限にする注意義務に違反している。
 手続的権利侵害:民間移管は、県立施設の措置・契約の解除だが、解除の理由の説明を受けたり、意見を述べる機会もなく、原告らの手続的権利が侵害されている。

口頭弁論
原  告
被  告
第1回口頭弁論
2006.9.27
訴状要旨の陳述
・十分な検討なしでの民間移管決定
・利用者・家族の意見も聞かずに一方的に民間移管を決めたこと。

・利用者の生命健康などへの危険性
・他の民間施設が引き受け法人決定前に求人募集を行ったことに対する求釈明の申立書の提出。
答弁書の提出
 あり方懇談会の正当性と形式的内容に終始。「訴えを起した家族(原告)には、県が民間移管(廃止)を決定した事項について異議を唱えること自体認められない。」と請求の却下を求めたうえで、民間移管については、サービスの低下につながらないと弁明。
第2回口頭弁論
2006.11.15
原告側の反論及びこれまで入所者・家族が不安に思いなど具体的な項目について、県側に釈明を求める。
○派遣職員の①派遣期間、②職種・人数、③勤務時間・体制、雇用形態。
○民間移管後、サービス水準の把握方法。
○移管先法人の募集・選定時の条件に、介護職員等の夜勤体制を維持及び入所者の自己負担額を増額しないのか。
次回までに報告。

第3回口頭弁論
2007.2.7

原告側が要求していた4人の証人尋問のうち現高齢福祉課長の証人尋問を決定。

裁判所に対して「原告に値しない」と請求却下を要求。

第4回口頭弁論
2007.4.25

「これまでの運営実態」「廃止の必要性」「説明と同意」「条例審議・答弁」「引き受け法人の選定」「職員の派遣人数と期間」「契約・措置の手続きの問題」などについて70分の質問。
前任者の証人尋問を要求(保留)。
損害賠償請求も視野に入れ、審議の継続を要求。

答えられる質問のみ答え、都合が悪くなれば、言い訳や「前任者時代の話だからわからない」と不利な発言を避け、曖昧な答弁に終始。

第5回口頭弁論
2007.7.4

○民営化「差し止め」請求→民営化「取り消し」請求へ変更
○国家賠償法による「損害賠償請求」を追加
○証人尋問での県高齢福祉課長のいい加減な証言に対しての反論
○被告は、説明責任を果たしていない
○事故報告書の文章提出命令を要求。

○不十分な文章で、反論する姿勢なし。
 ⇒裁判所:次回までに反論を文章で再提出を指示。
○情報開示請求で全面黒塗りの文章。
 ⇒裁判所:事故報告書の提出を指示

第6回口頭弁論
2007.9.26

4月1日以降退所せず、サービスを受けているので民営化を認めたので説明義務は生じないと言うのは本末転倒。4月・5月に施設内で介護事故の多発していることは、人員確保が未確定。7月の食事中に死亡したケースは、病気だとする県に対し、施設が救急車を呼ぶなど適切な対応が取られたのかどうかの書類提出などを求める。引き続き、事実関係を知る光風会理事長及び前高齢福祉課長の証人尋問を要求。
⇒裁判所:国家賠償請求の中身について整理。

『①原告1は、法律上の権限がない(入所請求権がなく、市町村に措置義務があり、身元引き受け人には何の関係もなく、市町村にも委託先を選択に関与できる立場にない)ので、説明義務は生じない』『②4/1以降サービスを受けているから黙示の承諾したので、本件処分に違法性がなく、説明義務違反も生じない』『③適宜説明を実施した。その説明会の中で民間移管を問題視する質問・意見がなかった』と主張。
⇒裁判所:原告提出書類の反論の提出

第7回口頭弁論
2007.11.28

①不法行為を行ったものの特定と損害賠償請求の根拠に、国家賠償責任に加え、債務不履行を追加。②来年4月における派遣状況に関する主張・立証が明らかになるまで弁論を終結するべきではない。③2007年7月に死亡事故に関する書面の提出を求める。マスキングなどをすればプライバシーは守れると反論。
⇒裁判所:文書提出命令の申し立てについて意見書を踏まえて検討。次回の進め方について進行協議でつめたい。

③プライバシーなどを理由に拒否。
⇒裁判所:説明義務違反に関する反証・立証の予定は? ⇒被告:ない。

12・26進行協議

双方に和解の打診。原告側の和解案提出①原告・入所者とその家族への県の謝罪、②サービス低下などの不利益がないよう県が責任を持って対処する文言、③本件を教訓に県民福祉の向上と適正かつ公正な県政運営を行い、原告・県民の信頼回復に努める。④解決金を支払う。
⇒裁判所:1月中旬までに双方に和解案を示す。

1・30進行協議

双方に裁判所の和解案を提示。2月にもう一度進行協議で、和解するかしないか含め判断。

2・21進行協議

2・26議会の常任委員会で報告し、3・10追加提案、3・24議会の可決を経て和解する県のスケジュールが出る。知事と直接会うことが条件としたが、県は条件にできないと拒否。引き続き知事に対して面談を求めていくが、和解を受入れることを決断した。各原告団の皆さんに裁判所から勧告された内容で和解に応じるかどうかとその対応を原告団及び原告団長に一任する旨の同意について一軒ずつ確認した。


2. 最後に

 私たちは、県の財政運営の付けを、医療や福祉に責任転嫁し、新幹線・新湊大橋・ダムといった県民にとって必要性に疑問がある大型公共事業ばかりを「聖域」にしてきた石井県政に対し、「削るところが違う」と訴えてきた。
 更に、民営化により利用者などのサービス低下をきたし、生命や健康の安全が守れないと訴え、家族会とともに県内外に訴えてきた。
 今回の裁判の和解で、県の非を認めさせたことは、今後の他の県立施設の民間移管に一定の歯止めをかけたといえる。
 派遣職員が引き上げれば、職場からチェック体制が手薄になることは必至だが、県は、和解で、法を乗り越えて、入所者及びその家族からの不安や要望に誠意を持って対応すると約束した。
 今後は、家族会と連携してサービスのチェック体制の強化のために最大限の支援をしていきたいと思う。
 このたたかいで、「諦めずにやれば、道は開く」ということを改めて感じさせる取り組みであった。全国的に県立施設の民営化・事業団化・廃止などが進んでいるが、私たちのたたかいは、全国の福祉職場で働く仲間を大きく勇気付けたと言える。
 民営化すれば解決でなく、民営化して本当に良かったのかという検証も重要になる。
 もう一度公立施設の存在意義・公的責任について考え直さなければならない。