【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅰ-③分科会 雇用の質と公共・行政・労組の役割とは

今こそ求められる労働教育と就業政策


北海道本部/全北海道庁労働組合・札幌総支部・労働委員会支部 小林 幸一

1. はじめに

 過日、とある居酒屋での管理職らしき30歳代後半グループの会話。
 「まったく、ツカエネエやつばっかりだよ。」
 「そうだ。ちょっと注意すれば、すぐふくれるし。」
 「こないだも、こっちが気を遣って、倉庫に呼び出して指導したら、逆ギレだったぜ。
その揚げ句『やめりゃいいんだろ』で、それっきり。時給なんか送金してやるかって。」
 「先輩にも聞いたが、責任感のカケラもない若いヤツが増えているようだ。すぐ『辞める』というのは、昔のTVゲームで、失敗したらすぐリセット・ボタンを押す習性が影響しているのでは、とも言っていたな。」
 「最近の新聞でフリーターの労働組合だかユニオンだかが、出来たんだとよ。」
 「ロクな仕事も出来ないくせに、権利ばかり言うヤツには、思い知らせてやろうぜ。」
 「そうだ。そうだ。お前の替わりは、なんぼでもいるぞってな。オウ 乾杯。」
 つい、聞き耳を立ててしまった。(座って聞いていたので、立ち聞きではない。)
 北海道労働委員会では、2001年10月に従前の集団的労使紛争以外の「個別的労使紛争のあっせん」制度の運用を始めたが、新規申請件数は増加の傾向を辿っています。
 また、札幌市にある北海道石狩支庁商工労働観光課内の「労働相談所」では、5人の労働相談員をローテーションを組んで配置し、全道からくる労働相談を9時から20時までフリーダイヤル電話や面談で受理(開庁日のみで、ほかは留守電対応)しており、件数もまったく減っていない状況です。
 もちろん、比較的初歩的なものから弁護士である「特別労働相談員」に対応してもらわなければならないものまで、千差万別な内容に驚かされますが、月曜日などには「昨日留守電に録音していた者だが、すぐ教えてほしい。」など、緊急の打開策を求められることもあり、せっぱつまった緊張感が伝わってくるというのです。
 これらの状況のほか、労働組合等が受ける相談や国の制度である「総合労働相談コーナー」(都道府県労働局)、「労働条件相談センター」(全国労働基準関係団体連合会)、さらには「労働審判」、「弁護士会紛争解決センター」、「社会保険労務士会総合労働相談所」、「北海道地域労使就職支援機構労働・労務相談」など、様々なところで地域雇用と密接な関わりのある労働問題の取り組みが行われています。

2. マスコミや地域に根ざした調査・研究に見る現状と課題

 今更の感がありますが、ちょっと地域雇用の特徴的な情勢をチェックしてみましょう。

(1) だれでも知っている「フリーター」や「NEET」そして「ワーキング・プア」
 マスコミをはじめ日常的にも、これらの言葉を見聞きしない日は無いぐらい巷に溢れていますが、どちらかといえば「当事者の責任」に視点が集中しているようで、はたして本当にそうか、という懸念が消えないところです。
 ひと頃さかんに(ひょっとして今でも)まくし立てられた「自由競争」、「自己責任」、「もたれ合いの官から自律的な民へ」などのキャッチフレーズに酔わされていたことを思い起こすべきでしょう。

(2) 道内経済足踏み感―雇用環境が悪化―
 本年5月1日メーデーの日に北海道新聞の経済面に載った記事。
 「北海道経済・産業の動向」と題した道庁企画振興部作成のレポートでは、有効求人倍率が前年より0.02ポイント低い0.51倍となり、2003年から続いた改善の動きが弱まった、とありますが、公共職業安定所で働く「全労働」組合員の話によれば、新規学卒者の就職状況でも正規職が減って非正規職が増えているなど、雇用の質が劣化しているとの問題意識を持っており、公式レポートでは見過ごされがちな「雇用の崩壊」とも言うべき事態に直面している感があります。

(3) 社団法人北海道雇用経済研究機構の「若者労働をめぐる」リポートなど
 永年にわたって北海学園大学経済学部で労働経済論を担当しておられる川村准教授によれば、今や学生アルバイトでも当たり前の「サービス残業」、正規・非正規を問わず30歳代男性労働者の目を覆いたくなるような「働き過ぎ(働かされ過ぎ)」、過酷な勤務と処遇の低さで若年性燃え尽き症候群(予備軍)の「女性福祉労働者」、かつて即戦力思考にマインドコントロールされていた正規社員(多くは男性)の離職の契機に見る「労働条件の悪さや体調不良・病気」など、地道な調査・研究による職場実態が縷々述べられているのです。
 そして最後に、「いま若者は、あまりに無防備のまま労働社会に飛び込んでいる。若者に対する内容豊かな職業教育が欠かせない。それは、働くルールを学ぶのはむろんのこと、自分の仕事のしんどさを出発点にして、産業や社会・経済のありようを鋭く問う視点をもつに至るものである必要がある。」と貴重な提言をされておられます。

(4) 2007年度あおもり県民政策ネットワーク調査研究報告書から
 以前に我が職場である「北海道労働委員会事務局」に視察にこられた「国立大学法人弘前大学人文学部:青森雇用・社会問題研究所」の紺屋研究主幹と研究員の皆さんから、標記の研究成果をこの4月にお送りいただきましたが、そこに「若年者の県外流出を考える―若者とその送り出し雇用に関する実態調査から―」と題する今日的考察が載っていましたので、そのエッセンスのごく一部を紹介したいと思います。
① 若者が自らの雇用形態を理解出来ぬまま、就労が開始されることに対し、派遣業者は「どこかの工場へ派遣されて働く」という理解で問題ないとの認識だそうである。
② 若者らが送り出された先の就労環境について、派遣業者の県内募集に際して提示される労働条件は、あくまで「見込み」であり、派遣先企業が決まっている場合には、赴任前に誓約書を書かせ、実際の労働契約の締結は、働く工場の付近の派遣会社の別営業所で書面により仮契約が行われる。そして健康診断で問題のない人と雇用契約を結び、採用へと移行するシステムが構築されており、そのことを県内段階では若者のほとんどが知らないという。
 その報告書の中でも問題提起や課題解決策などが鋭く指摘されていたところですが、本稿でも、就労政策としての労働教育の必要性を痛感せずにはいられない思いです。

3. ついに立ち上がったNPO法人「職場の権利教育ネットワーク」

 昨年10月北海道大学の労働判例研究会が中心となり、連合北海道の支援を受けて、NPO法人「職場の権利教育ネットワーク(代表理事:道幸哲也北海道大学大学院法学研究科教授)」が設立されました。
 いわく、「職場において権利が守られるということは『働くこと』の前提であり、営々と築き上げられてきた『文化』にほかならず、生きる力は職業能力だけではなく、権利主張をする知識と気構えをも含むものであり、同時にこのような権利教育は、民主主義の担い手を養成するという市民教育でもある」というのが、設立趣旨のコアとなっています。
 そして、具体的事業としては、①学校におけるワークルール教育のために専門家を派遣し、そのために専門家のネットワークを形成するとともに、人材のデータを作成すること、②ワークルール教育や労働教育のための資料やテキストを作成し、そのために必要な調査・研究をすること、③ワークルール教育の担い手の教育・研修を行うこと、④労働に関する相談を行うこと、を想定しているのです。
 そもそも、若年者を対象にした労働教育の必要性は、2006年5月に北海道労働審議会(会長:道幸北大大学院教授)が知事あてに「意見具申」したことが発端でしたが、危機的財政状況など道行政を取り巻く環境が厳しさを増す中、なかなか思ったような施策が採られず、悲惨な労働者の現実を見聞きするうちに、見切り発車の形で設立された感があります。
 さて実際には、今年度から本格的に事業を開始する運びのようで、6月18日に大学生を対象に、格差やワーキングプア問題等多くの労働問題が発生する中において、閉塞する職場実態と労働組合の役割について、日常的な組合活動を担っている実務者を招いた講演会の開催を手始めに、7月17日には学校教師を対象とした職場の権利教育研究会を立ち上げることとしています。
 また、道内では財団法人北海道労働協会が、北海道庁からの財政援助を受け1954年労働大臣の認可を受けて設立され、中立的な立場で「労働講座」、「労働セミナー」、「ILO関連行事」及び「北海道労働資料センターの運営」を実施してきましたが、財政的支援も厳しくなり先細りの状況といえるでしょう。
 いずれにしても、このNPO法人「職場の権利教育ネットワーク」設立は、誠にタイムリーで、労働委員会制度ともある意味で目的を同じくすると言えることから、大いに期待されるとともに当労働委員会支部としても是非協力していきたいと思っております。

4. 若者向けの先駆的な労働(就労)教育の事例など

 あまり多くはないが、主に若年者をターゲットにした労働(者)教育の実践例をここで簡単に振り返って見ることとします。

(1) 2007年度「生活と人権」北海道奈井江商業高校・三浦教諭(家庭科)
 年間22時間の「働く現場での人権」の学習は、「高校生・大学生・青年の就職難を考える連絡会」が出版している『めざせ Decent Wark!!』を用いて授業を行っている。(残念ながら、三浦教諭は3月で定年退職され、ボランティアで活動中)
 学習内容は、「クビだ」は適法?、給与明細、労働時間、社会保険、女性の労働環境、TVの労働基準監督官・和倉真幸、偽装請負、労働組合、最低賃金、規制緩和、労働災害、新聞記事からなど、多義にわたっています。

(2) 2006年度「就職内定者ガイダンス」札幌東商業高校・高橋教諭(現・札幌啓北商業高校)
 1時間目で13枚のスライドを用いて、内定と内定承諾書、健康診断、新人研修、社会人と報酬、就業規則などの説明をし、後半2時間目であいさつや対応の仕方などきめ細かなものとなっています。

(3) 高校の総合学習の時間を利用した出前授業・北海道社会保険労務士会
 社員の「給与明細書」を教材にして、天引きされている雇用保険や社会保険の仕組みや時間外手当など初歩的な労働教育の取り組みを進めています。

(4) 道内大学・短大における先駆的な補助教材と位置づけられる著書
 「18歳からの教養ゼミナール」と題する2005年4月15日発行(札幌学院大学法学部教授家田愛子・編)の書籍において、「どう働く?どう生きる?」、「男女差別の現実」、「過労死あるところに少子化あり」、「社会保障制度の意義と機能」、「セク・ハラはなぜおきるのか」など部分的ではあるが、労働問題入門とも言うべき論点整理がなされています。

(5) 若者向けにワークルールをやや専門的に掘り下げた著作物
 「15歳のワークルール」と題する2007年3月15日発行(北海道大学教授道幸哲也・著)では、「仕事につくとき、仕事をするとき、辞めるとき知っておきたい32のルール」として具体的な解説と突っ込んだ説明が展開されています。

 これらの他にも、次のような参考資料(書籍)があります。
① 働く若者ルールブック  北海道雇用労政課・平成20年3月発行
② 働く若者のハンドブック  大阪府雇用推進室・平成19年10月発行
③ 生活・職場実態点検手帳  自治労北海道本部青年部発行
④ 中学・高校「働くルール」の学習  教育ネット・2005年10月第2刷発行
⑤ ようこそ働く仲間たち 権利手帳2006  東京春闘共闘会議発行
⑥ 2008年保存版 社会人になるあなたへ贈る権利手帳  高校生・大学生・青年の就職難を考える連絡会(北海道就職連絡会)発行
⑦ 「生きのびるための労働法」手帳  フリーター全般労働組合発行
⑧ 働くことを学ぶ ―職場体験・キャリア教育―  全国進路指導研究会編・2006年8月15日初版第1刷発行
⑨ しごとダイアリー  NPO法人POSSE編・2007年10月1日第1刷発行
⑩ はたらくって? ―働くことに関する45のQ&A―  労働開発研究会・2007年6月1日第1刷発行[季刊労働法夏号別冊]
⑪ おしえて、ぼくらが持ってる働く権利  首都圏青年ユニオン監修・2008年3月15日第1刷発行

5. 結びに代えて

 手元に、スウェーデンの中学教科書SASM2「あなた自身の社会」(川上邦夫訳・新評論発行)があります。
 この本は、13歳から年齢とともに増大する法律的権利と義務、消費者としての基礎知識、コミューン(地域共同体)の行政と住民の役割、社会保障制度とその内容が豊富なエピソードを通して簡潔に解説されています。また、それだけではなく、いじめ、恋愛、セックス、結婚と離婚という人間関係についても取り上げています。そして、暴力と犯罪、アルコールと麻薬、男女間の不平等、社会的弱者や経済的・社会的に恵まれない家庭の存在など、いわば「社会の負の面」も隠すことなく紹介しています。
 特に、「社会保障」の単元では、「仕事を失う人もいる」の項で、「最も脅威にさらされているのは若者だ」、「労働環境の悪さ」、「けがと病気」との見出しで、分かりやすく平易な表現で説明しているのです。
 末尾にある訳者の解説によれば、SASM3「権力と経済」には、「労働者としての生活」の単元で、「労働力と労働市場」、「労働者組織」、「賃金をめぐる攻防」、「労働市場をめぐる対立」、「賃金」、「労働時間」、「平等と性の役割・社会階層」、「完全雇用」を項目立てして、授業が行われているそうです。(残念ながら、訳本は出版されていない。)
 そして特徴的なことは、この教科書の2人の著者が、「この教科が、生徒自身にかかわっていることを示すために、多くの事例を生徒たちの現実から選び、興味深くするために物語的な叙述に多くのスペースを用いた。」とのことです。
 我が国では、なぜこのような教科書が中等教育で使われないのでしょうか。
 余談ですが、この本の「社会保障」のところに、次のような「子ども」という詩がありました。字数に余裕は無いのですが、ぜひ、紹介したいのです。

  批判ばかりされた 子どもは 非難することを おぼえる
  殴られて大きくなった 子どもは 力にたよることを おぼえる
  笑いものにされた 子どもは ものを言わずにいることを おぼえる
  皮肉にさらされた 子どもは 鈍い良心の もちぬしとなる

  しかし、激励を受けた 子どもは 自信を おぼえる
  寛容にであった 子どもは 忍耐を おぼえる
  賞賛をうけた 子どもは 評価することを おぼえる
  フェアプレーを経験した 子どもは 公正を おぼえる
  友情を知る 子どもは 親切を おぼえる
  安心を経験した 子どもは 信頼を おぼえる
  可愛がられて 抱きしめられた 子どもは 
  世界中の愛情を 感じとることを おぼえる    ドロシー・ロー・ノルト

 このレポートの「はじめに」にあった「管理職らしき人々」も、働く人々の権利と義務を若いときにきちんと学習したことがあれば、もっとマシな対応が可能であったと思われてならないのです。
 おりしも、本全国集会の第Ⅳ統合分科会「人権・平和・共生のまちづくり」におけるテーマ別分科会「①これでいいのか!? 日本の人権」でも、貴重なレポートが報告されています。それらの中でも、労働権、生活権、生存権をはじめ幅広い議論がされると思われますが、各分科会を通して労働組合としての存在意義を再確認出来る機会になれば、と考えております。
 とかく我が国では、「権利意識」の希薄さが指摘されてきましたが、なんといっても「社会」に出る前に就労政策としてキチンと教えてこなかったことが根底にあると思われます。
 何はともあれ、希望を持ってそれぞれの得意分野で行動を起こしましょう。
 最後に、資料や情報を提供していただいた関係者、職場である労働委員会支部の組合員各位に感謝しつつ、筆を置くこととします。