【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅰ-③分科会 雇用の質と公共・行政・労組の役割とは

基礎自治体の雇用・就労施策の試み
地域就労支援から地域労働市場への対応へ

大阪府本部/豊中市職員組合 西浦祐紀子・原田 圭子・岩下 良輔・西岡 正次

1. はじめに

 日本では雇用対策というと、国、公共職業安定所(ハローワーク)、そして府県を中心に展開され、基礎自治体の役割は限定的であった。しかし、1996~1997年以降の雇用・労働情勢のかつてない悪化とともに、地域における雇用対策が改めて問い直されることになった。この論文では、大阪府主導で府内市町村で展開された「地域就労支援事業」が契機となって広がった、地域に密着した雇用施策とでも呼べる取り組みを通して、基礎自治体における雇用・就労施策の意味、可能性を探ってみる。

2. 就職困難者等と就労支援

 就職困難者等とは、働く意欲・希望がありながら、年齢や身体的機能、家族構成、出身地などの理由、すなわち雇用・就労を妨げるさまざまな阻害要因によって就労を実現できず、就労に向けた支援が必要な人、あるいは雇用・就労に関する意識が希薄な学卒無業者を指している。支援の現場では、ハローワークなどを利用した自主的な就職活動が容易には適わない人、中高年齢者や若年者、障害者、母子家庭の母親などが典型的なケースとして多いが、実際の支援ケースは実に多様で、総じて長期にわたるキャリア・カウンセリングや福祉サービスなどを含めた就労支援が求められる。
 こうした就職困難者等は、なぜ出現したのだろうか。なぜハローワーク等を中心とした需給調整機構で対応することができないのだろうか。
 第1に、1990年代後半から進んだ失業率の上昇、労働市場のかつてない悪化をあげることができる。失業率の変化は、1996年に4%を超え、2002年に7.7%まで上昇する。失業者数を見ると、1970年代後半に100万人を超え、1980年代後半に150万人を超える。その後一時減少するが、1990年代後半以降は250万人を超え、400万人に迫る水準となった(注1)。第2に、非正規労働者の増加も、就職困難者等の出現の背景として見逃すことができない。さらに、「福祉から雇用へ」を特徴とした福祉政策の変化も、就労支援ニーズの拡大につながっている。こうした雇用・労働情勢の悪化に対して、政府は1999年に緊急雇用対策を決定し、2001年から緊急地域雇用創出特別交付金事業などを進めた。また雇用対策法や地域雇用開発促進法などを改正し、地方自治体と連携した地域雇用施策に乗り出した。しかし、ハローワークを中心とした雇用対策の執行体制は、「失業300万人を超える情勢になっても、インターネットサービスが加わった以外には、かつての失業100万人時代とそれほど変化していない」と言われた。従って、こうした就職困難者等は、ハローワークから溢れ、自治体に支援を求めたと考えられる。雇用・就労の窓口が少ない基礎自治体では、主に福祉などの窓口が対応を迫られた(注2)
 本市地域就労支援センターにおける相談件数、就職件数等の推移(資料1)を見ると、事業開始以来いずれも増加している。特に無料職業紹介事業を開始した2005年から件数が大きく伸びている。同支援センターの利用者が増加している意味は、景気の問題だけではなく、産業構造や労働市場の変化、あるいは高齢者や障害者、女性などの居住地に近接した就労を希望する層の増加などがあり、就職困難者等の出現は、一時的な現象というより構造的な問題であると言える。


資料1 地域就労支援事業と無料職業紹介事業 2003~2007年度
地域就労支援事業
 

2003年度
※1

2004年度

2005年度

2006年度

2007年度

合  計

相談件数

231

411

703

769

1,478

3,592

相談者数

131

207

226

246

445

1,255

うち新規相談者

131

156

146

185

349

967

就職決定

24

63

83

115

172

457

  ※1=2003年8月から

  無料職業紹介事業
 

2006年度
※2

2007年度
※3

合  計

新規求職者

58

181

239

新規求人数

169

843

1,012

紹介件数

37

137

174

就職件数

27

46

73

※2=2006年11月から
※3=2007年11月合同就職面接会 就職5件は含まれない

注1 失業率の推移

失業率

全 国

大阪府

豊中市

1990年

2.1%

 

3.4%

1995年

3.2%

6.5%

5.2%

1997年

3.4%

 

 

2000年

4.7%

7.0%

5.7%

2002年

5.4%

7.7%

 

2005年

4.4%

6.0%

6.4%

※豊中市の数値は国勢調査データから

注2 生活保護の保護率の推移(下表)から、就職困難者等の増加を推測することができる。また、保護率から捕捉率20%として、いわゆる貧困層を推計してみると、たとえば豊中市の人口386,623人(2005年)の8.3%、32,000人余りとなり、就労支援のニーズの大きさをイメージすることができる。

生活保護 被保護人員:保護率の推移(‰)
 

全 国

大阪府

大阪市

豊中市

1995年

7.1

11.4

18.0

9.1

2000年

8.4

15.6

25.4

12.0

2005年

11.6

24.3

40.2

16.6


3. 地域就労支援事業 大阪府、豊中市の取り組みから

 地域就労支援事業は、2002年から大阪府のイニシアチブではじまった市町村を中心とした地域雇用施策である。従来の雇用対策は、国が主導する失業対策のほか、高齢者や女性、障害者といった労働者の類型に対応した対策が多かった。日本の雇用システムは比較的安定していたため、たとえば不況地域で国が離職者対策(公共事業など)を行う、あるいは産業振興策に関連した雇用開発をリードするなど、地域自身が地域を切り口にした雇用対策を進めることはあまり見られなかった。地域の雇用政策に関心が出てくるのは、バブル崩壊やその後の長期不況を経験してからである。

(1) 地域就労支援の背景
 では地域就労支援事業が、なぜ大阪ではじまったのか? 1つは、大阪が深刻な雇用問題に直面したこと。2つ目に、改正地域雇用開発促進法(2001年)で国は地域レベルの雇用施策の活性化を働きかけたこと、あるいは改正雇用対策法(2000年)によって、地方自治体が地域の実情に応じた雇用政策に対して努力義務を負うことになったこと、地方分権一括法によって、地方における労働行政の一元化、職業安定業務の府から地方労働局への編入などの「変化」があって、大阪府はこれまで他の自治体がしてきたような「国の政策への依存」ではなく、地域での雇用施策の主体を市町村におき、連携・支援していくという方向をめざしたことがある。3つ目に、就職困難者等の支援というユニークな地域雇用施策が生まれたのは、大阪地域の雇用システムの課題に対応しようとしたこと、さらに同和対策事業などの就労相談の経験などがあった(注3)
 個別のケースにそった、福祉や雇用の施策を総合化しながら支援するという発想と経験が継承され活かされている。
 地域就労支援事業は、まず2000~2001年度にかけて大阪府内の和泉市と茨木市で実施されたモデル事業の中で、基本的なしくみが作られ、2002年度からスタートし、2004年度に府内の全市町村で実施されるようになった。豊中市は、2003年8月にスタートさせた(注4)

(2) 事業のしくみ
 市町村が主体となって、働く意欲や希望がありながらも、就労を阻害する要因を抱えている人=就職困難者等を、その身近な「地域」でとらえ、大阪府と市町村が連携し、ハローワーク等の地域関係機関が実施する施策も含め、広く雇用・福祉等の関連施策を総合的に活用して、その雇用・就労を支援するというスキームである。
 市町村は「地域就労支援センター」を設置し、就職困難者等からの相談に応じ、カウンセリングや助言、他の支援機関等への誘導を行う就労相談(個別ケース支援)を中心にして、職業能力開発事業や雇用・就労創出事業などを実施する。支援の主体は「地域就労支援コーディネーター」で、大阪府が養成講座を通じて、就労支援サービスを担う専門人材として重点的に育成を行った。
 コーディネーターは、まず相談者との丁寧な面談を通して就労等の課題(阻害要因)を聞き出し(抽出し)、整理することからはじめ、相談者が自主的に就職活動を行えるよう助言し、職場見学や体験、さまざまな職業能力開発講座に誘導するなど、積極的な支援を試みる。必要に応じて、市の関係セクションや関係団体が参加する「個別ケース検討会議」を開き、相談者が抱える阻害要因を克服するため、一人ひとりに適したサポートプランの作成や関係機関への誘導などの支援が行われる。そしてハローワーク等に誘導し、就職を実現させる(多くの地域就労支援センターは無料職業紹介の許可をとっていないため、ハローワークや求人誌等を利用した自主就職となる)。
 「個別ケース検討会議」は、コーディネーターのほか、雇用・人権・福祉(障害者・子育て・高齢者・生活保護)・教育の各セクションの担当者やハローワーク等の関係者で構成される。ケース検討は関連施策分野をつなぎ、たとえば「福祉から就労へ」の流れにある福祉部門との連携などを充実させ、相談者の事情に即したトータルな支援策を可能にしている。
 豊中市は2008年11月から国の許可を得て、無料職業紹介事業を追加している。地域就労支援の相談者が拡大し、しかも困難なケースが増加する中で、訓練実習等の受け入れ先や求人を独自に開拓し、より身近なところで実習等への誘導や職業紹介を行うことで、面接同行から定着も含めたサポートを行い、離職のリスクを少なくすること、あるいは新しい業種・職種を開拓し、就労の選択肢を増やすことをねらったものである。さらに、市内の中小企業の人材確保や活用の支援、市内での雇用創造などの支援を通じて、地域労働市場の改善を図ることで、結果として地域就労支援のマッチング効果を高めたいというねらいもある。
 地域就労支援センターの2007年度までの相談等の推移は資料1のとおりで、2007年度の実績は前年度に比べ相談件数、相談者数、就職件数はいずれも1.6~2倍に伸びている。職業紹介事業を組み合わせたことで、自治体の就労相談・支援がより身近になったことが大きいと言える。
 資料2は、就労阻害要因別に見たもので、相談者の中で一番多いのが中高年齢者で463人(37%)、続いて母子家庭の母親等で276人(22%)、障害者234人(19%)、若年者163人(13%)、その他119人(9%)となっている。次に、相談者のうち就労を実現した人は453人で、中高年齢者162人(36%)、母子家庭の母親等122人(27%)、障害者70人(15%)、若年者52人(12%)、その他47人(10%)であった。


資料2 地域就労支援:主な就労阻害要因別
(人)
主な就労阻害要因 
2003
2004
2005
2006
2007
 
若年者 相談
23
23
38
24
55
163
就労
4
3
19
9
17
52
中高年齢者 相談
33
87
80
104
159
463
就労
8
21
27
50
56
162
母子家庭の母親等 相談
33
49
40
47
107
276
就労
7
21
14
27
53
122
障害者 相談
20
36
44
51
83
234
就労
3
13
13
14
27
70
その他 相談
22
12
24
20
41
119
就労
2
5
10
11
19
47
合 計 相談
131
207
226
246
445
1,255
就労
24
63
83
111
172
453
注 2006年度の障害者欄で障害者就職ガイダンスによる就労4人が含まれていない

注3 「大阪府労働施策の基本方向」大阪府2001年
注4 「地域就労支援事業方策検討調査」大阪府2002年3月

4. 雇用・就労施策推進プラン(基本方向)の試み

 この間の地域就労支援事業、無料職業紹介事業を通して、基礎自治体の雇用施策の課題、可能性が浮かび上がってきたと思う。
 第1に、構造的な問題としての就職困難者等の存在と、高齢者や障害者、女性などの地域に根ざした就労ニーズの存在が確認でき、さらに既存のハローワーク等による機能を補完する取り組みが、基礎自治体で可能であることがわかった。雇用の流動化、非正規労働者の増加などに伴う格差等の問題、景気の問題ではなく慢性的な性格のものとなってしまった失業の問題、制度改革の途上にある雇用ルールの問題など、労働市場の先行きは不安な状況にある。従って雇用・就労をめぐる相談や支援の潜在的なニーズは拡大していると考えられる。
 第2に、労働需要側である企業等もまた労働市場の変化に対応すべく悩んでおり、雇用・人材面からの中小企業支援が問われている。本市では無料職業紹介を通じて企業等への対応が拡大してきたが、医療福祉などのサービス産業、ものづくり系企業などでは人材の確保や定着、育成などで悩んでおり、また今後の労働力人口の減少に備え、新たな雇用管理を模索している企業もある。障害者雇用率の向上のほか、「人の多様性」「ワークライフバランス」に注目した業務改革や雇用管理の改善なども企業経営の課題となってきている。
 第3に、就労支援への期待と就労支援サービスの特性を踏まえた人材育成や体制づくりが課題となってきている。失業率の高さ、高止まりする離職率などで課題の多い若年者の就業問題をはじめ、「福祉から雇用へ」推進の動きなど、福祉や教育、男女共同参画などの分野で自立・就労支援が重要な施策課題となっている。また労働力人口の減少を目前に、労働力供給の余地が相対的に大きい層、若年者や高齢者、女性、障害者などの就業促進が課題となり、就労支援という機能やサービスへの関心が高まっている。
 就労支援は、基礎自治体が行う相談・支援サービスの中でも今までないものであり、関連部局では専門人材の育成や業務体制などで課題を抱えている。相談員1人の「ひとり職場」も多く、情報交換やケース検討もままならず、また自治体全体としての雇用・就労支援という枠組みが明確でなく、それぞれが期待される効果をあげられていないようである。民間分野ではすでに「キャリア・カウンセリング」といった形で再就職支援の機能・職能が整備されつつあるが、自治体はこれからである。
 こうした課題に対応するために、また今後ますます財政政策が強まる中で雇用・就労という新しい自治体施策分野を切り開いていくために、本市では「雇用・就労施策推進プラン(基本方向)」(注5)を作成することにした。従来、雇用対策というと、主に求職者・労働供給側を意識した事業(失業対策やマッチングなど)を考えたものだが、我々は企業等の労働需要側への対応を重視し、いわゆる地域の労働市場施策といった方向を念頭に、検討を進めた。就職困難者等の支援の場面でも、たとえば障害者やニート等の若年者の支援では、企業等での訓練や実習などの支援プランが欠かせないケースが多く、地域の中小企業との連携が重要になっている。一方、その連携の実効性を高めるには、「企業の理解と協力」といった関係ではなく、実習や求人への紹介がその企業がめざす業務改革や雇用管理改善の取り組み、経営支援につながることが問われている。すなわち中小企業支援としての雇用施策という側面が重要になっている。こうした中小企業振興は、同時に求職者の選択肢を拡大することにつながる。
 地域就労支援の技術や体制の整備では、これまで培ってきた「キャリア・コンサルティング」的な機能・ノウハウを関係部局における自立・就労支援に伝え役立ててもらうため、ケース検討などの機会を充実させるとともに、関連分野における施策や事業と総合化すること(母子自立支援プログラム事業の共同化、障害者就職ガイダンスやシルバー人材センター事業などとの連携)が必要になっている。
 雇用・就労施策推進プラン(基本方向)は、4つの基本方向を設定し、基礎自治体の特性を活かした雇用・就労施策の具体化をめざすこととした。1つは、就職困難者等の就労支援の継続である。2つ目に、地域特性を踏まえた就業の促進で、労働力供給の余地が相対的に大きい高齢者や若年者、女性、障害者等の就業促進策を位置づけることにした。3つ目は、雇用・就業機会の確保・創出。最後に、雇用・就業のセーフティネットとして、労働相談や個別労働関係紛争の解決支援を位置づけた。
 総じて、同プランがめざしたことは、自治体の雇用・就労施策であり、地域労働市場施策における基礎自治体の役割、特に企業等と関係構築に有利な労政部門の役割を見直してみることである。格差や貧困が話題になり、雇用戦略や再就職支援策がさまざまな形で打ち出され、また「非正規労働センター」など、全国的な取り組みが始まっているが、これら雇用対策に対応する各種事業の執行体制は従来の発想を超えるものとはなっていないように思われる。つまり、基礎自治体の役割、地域労働市場へのアプローチが弱いことである。生活支援と連携した就労支援、中小企業振興や教育、子育てといった総合行政のポテンシャルをもった基礎自治体の役割に対する理解の無さである。大阪府あるいは本市の経験から、雇用施策の執行体制に自治体をうまく位置づけることで、新たな展開を開くことができると考える。本市は無料職業紹介事業を実施するなど、特異な面もあるが、中小企業への対応は無料職業紹介事業に拠らなくても基礎自治体において可能であろう。こうした企業や経済団体等との関係、福祉や教育、子育て支援などにかかわる住民団体や支援団体、労働団体との関係など、基礎自治体は地域に密着した雇用施策のプラットフォームをさまざまな形で育んできている。自治体による新たな地域雇用施策の創生を期待したい。


注5 豊中市雇用・就労施策推進プラン(基本方向) 2008年7月