【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅰ統合分科会 地域の公共の力を探求する

「支庁制度改革」について
(支庁制度改革は、地域主権型社会実現のためか)

北海道本部/全北海道庁労働組合・札幌総支部・建設部支部技術管理課分会 伊藤 忠雄

1. はじめに

 6月28日、道議会第2回定例会最終日、支庁制度改革関連条例は自民・公明党議員の賛成多数で可決された。早ければ、2009年度から14支庁は廃止され、9つの総合振興局、5つの振興局体制に移行される予定である。
 私は、全道庁檜山総支部に在籍していたころから、この支庁制度改革を注視してきた。2005年度自治研活動から支庁制度改革について取り組み、2006年度にはレポート作成も行った。一道民として生活面から、そして、一職員として職場環境の面から非常に関心が高かった。今年度、支庁制度は大きく変えられることとなった。ここに、自分の考えを報告書としてまとめることで心境の一区切りとするとともに、これから更に進められるであろう道政改革の検証への道筋としたい。
 また、先にも述べたように、支庁制度改革は6月28日に一応は決着がついたことから、2006年度に提出したレポートのように、支庁制度改革に対する私の提案は行わず、今回の支庁制度改革には反対の立場からの意見を中心とし、道政改革へ関心のある方々に一石を投じられれば幸いである。

2. 支庁制度改革の内容

 意見を述べる前に、可決された支庁制度の主な改革点をまとめることとする。
 主な改革の一つは、道議会第2回定例会でも揉めた支庁所管区域と支庁所在地の見直しである。
  "新しい支庁の姿(修正案)"によると、現行14支庁を廃止し、連携地域を基本とし9総合振興局と総合振興局の出先機関である5振興局を設置するというものである。表にまとめると次の通りである。


連携地域

総合振興局

所在地

振興局

所在地

管内面積
(km2

管内人口
(人)

道  南

道南総合振興局

函館市


檜山振興局


江差町


6,566


496,431

道  央

道央総合振興局

岩見沢市


石狩振興局

札幌市

8,209
札幌市をのぞく

792,794
札幌市をのぞく

後志総合振興局

倶知安町

   

4,305

250,066

日胆総合振興局

室蘭市


日高振興局


浦河町


8,509


508,046

道  北

道北総合振興局

旭川市


留萌振興局


留萌市


14,064


596,142

宗谷総合振興局

稚内市

   

4,625

78,452

オホーツク

オホーツク総合振興局

網走市

   

10,690

324,849

十  勝

十勝総合振興局

帯広市

   

10,831

354,146

釧路・根室

道東総合振興局

釧路市


根室振興局


根室市


14,531


354,948


 総合振興局は地域の広域行政を行い、振興局は住民に身近な行政を行う。二つめは、4部門体制の構築である。総合振興局の体制は、「地域振興・管理部門」、「道民生活部門」、「産業振興部門」、「社会資本部門」の組織横断的な4部門とし、道行政の効果的、効率的展開をはかろうとするものである。

3. 支庁制度改革への意見

(1) 市町村合併の進捗
  "新しい支庁の姿(修正案)"では、支庁制度改革は地域主権型社会の形成に向けた取り組みである。
 地域主権型社会とは、「官依存、中央依存から抜け出し、地域の課題解決や活性化のために、一人一人の個人が、そして共に力を合わせた住民が、更には地方自治体が、自ら主体的に考え、決断し、行動する社会である」、それ故、住民に身近な事務は住民に最も身近な市町村(基礎自治体)が行い、市町村が行えない事務は都道府県(広域自治体)が、都道府県が行えない事務は国がと言うように、補完性の原理に基づいた行政体制を形成するものである。
 支庁制度改革は、これを見据えた改革であるらしい。地域主権型社会の形成には私も大賛成である。
 しかし、今日、地域主権型社会の大前提である基礎自治体の体制の充実ははかられているだろうか。あるいははかられようとしているだろうか?
 道は今年度から、合併後の新市町村に対し補助金を出すことを決め合併を促しているが、江別市と新篠津村の合併協議が中止となったように、一向に市町村合併は進んでいない。
 旧合併特例法下では、道内市町村数は、212から180に32減っている。合併新法の下、道が構想した"北海道市町村合併推進構想"では、構想外となった17市町村を除く163市町村の合併再編案を示しているが、このことは163市町村は基礎自治体である市町村体制の充実が不足または強化が必要であることを示している。合併新法は、2005年~2010年までの時限立法である。合併新法の期限切れまで後、2年弱であるが、現時点で合併を検討中なのは情報交換レベルを含めても8例どまり(毎日新聞2008.2.10、日本経済新聞2008.6.19)である。(江別市と新篠津村の合併協議は中止となった)
 このような中、支庁の再編(支庁制度改革)は、なぜ、今必要だったのかあらためて疑問に思う。
 まして、道議会第2回定例会開会中、将来基礎自治体となるであろう道内町村の道町村会・町村議会議長会が緊急集会を開き、支庁制度改革反対を決議している。
 何というねじれであろうか。今回可決された支庁制度改革は、少なくとも地域主権型社会の形成に向けた取り組みであることは理屈として認識されつつも、そのこと(再編)は全く支持されていないのである。本来であれば、地域主権型社会の実現のための改革であるならば道民はじめ市町村は大多数で賛成であるはずである。
 今回道が進めた支庁制度改革が、"地域主権型社会の形成に向けた取り組みである"という大義について懐疑的な意見を述べるが、大多数の道民は、地域主権型社会の形成と言っているが、山のものなのか海のものなのか、さてまた絵空事なのか、いつ実現するのかわからない理屈であることを見透かし、むしろもう一つの大義である道財政立て直しのための地方組織の大合理化であることを直感的に感じているのである。
  "地域主権型社会の形成"は、道財政立て直しのための大規模な組織統合を実施するための、現実感のない極めて理想的な建前論であると感じているのである。「道財政の立て直しのために、なぜ我々の地方(旧支庁所在地)が犠牲にならなければならないのか?」「14支庁体制を維持し、本庁を含めた全支庁一律のスリム化を行うべきだ。」当然の理屈である。
 話を市町村合併に戻そう。
 旧合併特例法が2000年4月に改正され、全国では1999年3月末現在で3,232市町村の62%にあたる1,993市町村が合併し、2006年3月末で1,821市町村まで減少した。この平成の大合併も、地域主権型社会の形成が大義というよりむしろ2000年4月の法改正で盛り込まれた、普通交付税の算定の特例の期間の延長と合併特例債という財政措置が第一の目当てだったと言う感じがする。
 2001年、小泉政権が誕生し聖域なき構造改革が推し進められ、地方交付税も削減されていった背景があった。地方交付税を減らされるよりも、合併して当面の間、交付税を減らされない方を選択したのである。
 地域主権型社会の形成は、基礎自治体の体制整備が大前提である。基礎自治体である市町村合併の進捗がはかられる見込みが無いままでの支庁再編は、道民に対し説明責任が果たせない。支庁制度改革の進め方では、過渡的改革と将来的改革の段階がある。市町村体制が整うまでの間を過渡的改革と言っているが、「まさか、過渡的改革が次の100年間続きませんよね。」と知事に念を押したい。
 先にも述べたが、合併新法は2010年で失効する。あと2年、高橋知事の主張(支庁再編は市町村合併の先駆けである)が、正しいのか、そうでないのか、一道民として今後も注視していきたい。

(2) 道民の関心
 今回、可決成立した支庁制度改革は、道民の多数の合意があっただろうか?
 私には、とても道民の多数の合意があったとは思えない。私が言わんとしている合意とは、もちろん支庁制度改革への賛否もそうであるが、道民全体の関心の高さも含めたものである。支庁が廃止される檜山、日高、留萌、根室に関しては、支庁の廃止は地域の死活問題なのでそれなりの関心があったように思われる。6月9日の道庁周辺での約500人による集会や抗議行動、道議会第2回定例会の傍聴人数の多さでも明らかである。
 しかし、支庁が今後も置かれる地域の住民や支庁制度改革に影響されない地域の住民の関心は、それほど高かったとは言えないのではないだろうか?
 道は、これまで各地域で意見交換会を実施してきたが、支庁が所在する市町参加者から意見があったものの、支庁が所在する市町以外からの参加者の発言はほとんど無かった(1月下旬北海道新聞)。また道は、パブリックコメントを実施しているが、2005年3月の"支庁制度改革プログラム(案)"での道民意見は、2人、34団体から延べ76件、2008年2月の"新しい支庁の姿(原案)"では、11人、4団体から延べ33件の意見が寄せられた。100年続いた支庁制度の改革に対する意見が、この数字である。とても、道民の関心が高かったとは言えない。
 更に、6月14日の北海道新聞によると、同社が行った全道世論調査結果では、道の支庁再編案に対し、「支庁再編よりも、支庁職員削減などの行革を優先すべきだ」との回答が37%、「地域の反発がある以上、進めるべきではない」とした17%と合わせ、慎重・反対論が過半数を占めた。道の計画通り「来年度から進めるべきだ」としたのは5%にとどまり、また、「時期にこだわらず理解を得て進めるべきだ」との回答が36%に上り、賛成派にも道の十分な説明を求める声が多かった。
 これら客観的事実からしても、今回の支庁制度改革は道民の多数の合意を得たものとは言えない。
 そもそも、支庁制度改革は地域主権型社会の形成に向けた取り組みの一つである。
 地域主権型社会の形成に向けた支庁再編が、主権者である道民の意見とこれだけ乖離している状況で成立したことは、単なる皮肉であろうか?" 地域主権型社会の形成"は、道財政立て直しのために組織統合を実施するための、極めて論理的な方便であると感じざるを得ない。所詮、政治は多数である。支庁制度改革は支庁の再編ありきであり、その必要性はあとから付け加えた理屈にすぎない。道民は、それを見透かしている。政治への無関心、投票率の低迷等、国民の無意識の内の意に同情を覚える。

 

宮内  聡

高橋はるみ

荒井  聡

檜山管内

     

 江差町

291

3,330

2,299

 上ノ国町

106

2,525

1,504

 厚沢部町

162

2,643

701

 乙部町

137

2,342

591

 奥尻町

61

1,619

517

 今金町

160

2,347

1,483

 せたな町

275

4,969

1,857

1,192

19,775

8,952

日高管内

 
 
 

 日高町

462

5,760

2,185

 平取町

159

2,665

1,122

 新冠町

194

2,469

965

 浦河町

549

5,527

3,293

 様似町

122

2,470

1,082

 えりも町

131

2,560

956

 新ひだか町

737

10,406

4,702

2,355

31,857

14,305

留萌管内

 
 
 

 増毛町

112

2,167

1,152

 小平町

117

1,536

964

 苫前町

71

1,500

890

 羽幌町

123

3,301

1,930

 初山別町

31

699

340

 遠別町

66

1,363

640

 手塩町

66

1,666

791

 幌延町

77

1,318

421

663

13,550

7,128

留萌市

454

7,281

6,038

 根室管内

 
 
 

 別海町

439

6,832

2,534

 中標津町

454

7,752

4,419

 標津町

136

2,342

1,180

 羅臼町

109

2,227

1,117

1,138

19,153

8,980

 根室市

914

10,113

4,943

(3) 2007年統一地方選挙と2007年参議院選
・2007年4月に知事選、道議選、市町長選、市町議会議員選挙等の統一地方選挙があった。北海道におけるこの統一地方選挙(知事選及び道議選)の民意が、これほど顕著に相反する結果をもたらしたことは、ほとんどの有権者が予想もつかなかったことではないだろうか。
 北海道知事選では、高橋知事を含む3人が立候補し、高橋知事は173万票を獲得し、2位荒井氏の98万票に大差をつけ勝利した。この知事選での高橋知事と荒井候補の公約では、支庁制度改革に対する違いがはっきりと出ていた。
 高橋知事は、"支庁の組織体制を抜本的に改革"、一方、荒井氏は"支庁の予算・権限を強化し市町村支援を行う"というものであった。結果は、先にも述べたように高橋知事の圧勝であった。
 今回振興局に格下げとなった檜山、日高、留萌、根室管内の知事候補者3人の得票数を表にまとめた。
 2007年4月8日の投票の結果は以上のとおりである。4つの管内のどの市町も全て高橋知事の得票がトップである。道内の他の市町村も、この傾向はかわらなかった。
 あえて述べるが、高橋知事1期目の4年間、週1回の定例会見や、道産米の消費拡大を狙ったテレビCM出演など、マスコミ等での露出度の高さが功を奏した。更に、"道民党"を旗印として既存の政党色(自民公明党推薦)を出さなかったことも、勝因の一つであった。そういう意味で私は、決して高橋知事が政策内容で再選したとは思わない。道民は、高橋知事の政策内容を諸手をあげて賛成したとは思わない。
 しかし、支庁再編に反対だった全ての道民は、理由はどうであれ高橋知事を再選させた時点で、今回の事態(支庁再編)を予期すべきであったし、結果の重大性を認識すべきであった。
 万事が決まってしまったが、これを機に道民は、投票行動が見掛けの良さに惑わされると取り返しがつかないことを、肝に銘ずるべきである。高橋知事は、173万票を獲得して再選したが、173万票全てが支庁制度改革への賛成票であると誤解しないでほしい。
 高橋知事に投票した者の中には無党派層の者もいるはずである。組織の締めつけに左右されない無党派層をはじめとする良識ある多くの有権者は、自ら投票した高橋知事の言動を、常に無関心を装って注目している。
 多くの道民の意に反した言動を続けることは、高橋知事が掲げた"道民はみな家族"と言う考えに逆行するばかりか、道民の心を逃す結果となるに違いない。

・北海道議選の話に移そう。ここでは、2007年4月の道議選で当選した檜山、日高、留萌、根室管内の候補者と政党そして得票数を表にまとめた。

 

名前

所属政党

得票

檜山管内(定数1)

福原 賢孝

無所属・現

15,626

日高管内(定数2)

藤沢 澄雄

自 民・現

18,076

金岩 武吉

無所属・現

16,062

留萌市(定数1)

石塚 正寛

自 民・現

無投票

留萌管内(定数1)

工藤 敏郎

自 民・現

無投票

根室市(定数1)

松浦 宗信

無所属・新

8,324

根室管内(定数1)

中司 哲雄

自 民・現

21,280

 6月28日道議会第2回定例会は、"北海道総合振興局設置条例"を巡り揉めに揉めた。
 特に、与党自民党内の議員の中でも意見は最後までまとまらず最終的には党議拘束をかけ自民公明両議員の賛成多数で可決成立した。
 上表で示した振興局に格下げされる4地域から選出された自民党会派の道議の中で、最後まで案に反対したのは、石塚氏(留萌市)、松浦氏(根室市)、藤沢氏(日高支庁)の3氏のみである。他の候補は、あれだけ地元の団体や住民が反対したにもかかわらず高橋知事を選んだのである。
 民意以上に高橋知事との"約束"と知事の"メンツ"そして今後の"自分の立場"を優先させたのである。
注)無所属の福原氏は民主・道民連合、金岩氏はフロンティア所属
 3氏の行動を心情的に捉えると、地域のために反対票を投ずるのは当然であると思うが、そもそも3氏は、今回の支庁再編に賛成してきた自民党・道民会議系議員である。北海道知事選と北海道議会議員選の投票日は同じ2007年4月8日。知事選での自民の得票と道議選での自民の得票(当選者)をみると、檜山以外の3地域はこの時点では、支庁再編に賛成であると受け取られても仕方がないのである。
 ただ、3氏が処分覚悟で最後まで反対したことや道議会第1回定例会での条例案提出断念、第2回定例会開会前後の動静等をみると自民党も最後まで悩んだことは理解できるが……。
 地域主権型社会形成のための支庁再編を唱えている議員は、本当に地域のことを考えているのだろうか。 (地域の代表者である立場を理解しているのだろうか)そして、本当に地域主権型社会を理解し将来展望を描ききっているだろうか? この度の道議会第2回定例会を見ていると、私には全くそのように思えない。
 定例会での知事の答弁で支庁再編の最大の大義が道財政の立て直しだとわかった(それまでの住民説明会等では地域主権型社会の形成を強調)ことや議会開会中の住民の声が全く届かなかったこと、そして与党議員の票固め、いわゆる数の論理が旧来通りまかりとおったことからである。
 「"官から民へ"と言うスローガンが、自民党の売り物となったが、そこで言う民とは民間企業の民であって、市民の民ではないことがはっきりした」と言うことを、2007年参議院選挙後、山口二郎氏が北海道新聞の記事の中で述べていたが、全く同感である。私は道議会第2回定例会を見ていると、"市民の民"になる時は相当先になりそうな感じがした。

・2007年参議院選挙はご存じの通り、戦後はじめて野党が過半数以上を占めた大勝利に終わった。
 非改選議席を合わせた与野党獲得議席を見てみると、与党105議席に対し、野党・その他137議席である。与党自民党の敗因は、年金問題や閣僚の失言等があったが、それ以上に小泉改革による格差拡大や地方切り捨てが国民の批判を浴びたことである。
 この度の支庁制度改革は、まさしく小泉改革の北海道版であり地方切り捨て以外の何者でもない。自民党にいたっては、先の参議院選挙の敗因を全く理解していないどころか国民の民意が何を求めているのか全く理解していないのである。このような政治家に果たして、地域主権型社会などというものが実現できるであろうか?
 地域主権型社会では、北海道は国の補完から市町村の補完へ180度転換を求められる。
 私は、それ以上に政治家が一番転換を求められなければならないと思う。なぜならば、たとえ知事が同志であっても地域住民(選挙区)の民意がノーであれば、その民意に限りなく従わなければならないからである。ここを理解しないで、地域主権型社会の形成を唱えているのであれば、将来認識が甘いか、または詭弁である。
 そろそろまとめるが、"地域主権型社会とは、私たちが経験したことのない全く新しい社会を築くことである。"と思いがちであるが、私は次のような見方もできるのではないかと考える。
 それは、本当の意味での三権分立である。
 現在の国会や議会運営をみていると、与党出身の首相あるいは知事が提出した法案や条例案は、国会や議会で多数を占める与党によって、すんなり通ってしまう。国会(議会)での論戦は、形式上のものに思えてならない。今回の道議会第2回定例会でも結局は、自民党がまとまるかまとまらないかということが条例案の成否に影響した。野党が反対しても多数の自民党がまとまれば問題ないのである。
 しかし、地域主権型社会での国会や議会は、国会(議会)たる責務(行政の行き過ぎを防ぐ)を忠実に果たすべく、行政と国会(議会)が対峙とまではいかなくても、議員は自らの良心で行動し、常に民意(世論)を反映させ、時には行政と渡り合うのである。
 郵政民営化が最大の争点だった2005年の衆議院選挙の際、郵政民営化に賛成した小泉首相(当時)が大勝利を収めたが、その後、民営化に反対だった議員が自民党に復党している。民営化に反対した住民の票によって当選したはずの議員が、賛成の自民党に復党したのである。地域主権型社会では、こんなことはあり得ない。民意を反映出来ない議員は民意によって落選するのである。
 また、国や都道府県の事務権限を市町村へ移譲することは、国の行政機構があまりにも肥大しすぎて、その維持に費用がかかるうえ、各地域(風土)に合ったきめ細やかで迅速な行政サービスが出来ていない。そのための行政改革である。
 地域主権型社会の形成は、欧米に比べて遅れている民主主義と欧米に比べて権力が中央に集中している中央集権化を是正するための改革であり、単純に言えば、行政機構を欧米型に近づけるとの見方も出来るのである。
 私は今回、支庁制度改革を述べるにあたって、知事選、道議選、参議院選の話を持ち出すことに決めていた。なぜなら、地域主権型社会とは住民の責任と意思で様々な施策を考え実施していく社会であるからである。そこでは行政と議会が"正常"に機能し、政治は、常に住民全体の利益を追求していく社会であるからである。現在の政治機構がいかに理想とかけ離れているかを政治家はじめ有識者、そして国民の多くが感じ、改革の必要性をどこかで思っているのである。
 国際情勢はソ連崩壊を期に一気に様変わりし、東西冷戦にかわってテロとのたたかいを繰り広げている。国内においては、1990年代のバブル崩壊以降、右肩上がりの経済発展がほぼ横ばいの低成長時代を迎えるとともに、電気通信技術の発達や流通産業の発達で人々のライフスタイルが大きくかわった。
 また、国家の財政難が国民の将来生活への不安感を大きくしたばかりか政治や行政の無駄や効率化への関心を一層高くした。これを払拭すべく、現在、地域主権型社会の形成が叫ばれることを、今一度、確認したかったのである。
 政治は、自分と別世界の様に思いがちである。個人が何を言おうと権力者には勝てないとかだれがなっても同じであると思いがちである。
 しかし2007年参議院選挙のように、最終的には国民の投票(意志)が国会に反映できるのである。

(4) 道州制
 支庁制度改革は、道州制を理解すると非常にわかりやすい。
 道州制は、地域主権型社会を目指した自治の姿であり、個人が、そして地域が、更には地方自治体が自ら主体的に考え、決断し、行動することとする考え方であり、国からの視点ではなく住民や地域を主体とするものである。行政でいえば、国や都道府県よりも住民に近い市町村が主体となって決定し、取り組みを進めていけるようにすることであり、国、道州(広域自治体)、基礎自治体(市町村)は、これまでの国をトップとする上下の関係ではなく、それぞれの役割分担を明確にし、補完性の原理に基づいた、対等の行政機構に制度を根本的に改革することである。
 今回の支庁再編は、一言で言えば、道州制のもとでは基礎自治体が地域行政の主体であることから、広域自治体としての体制を目指すべく、道の出先機関である支庁をあえて統合したものである。この考え方は、理解できないわけではないが、先ほどから述べているように住民の合意が得られていない状況にあることと、支庁の撤退で地域の財政が更に悪化して破綻してしまうとの不安が払拭されていない状況では、あまりにも時期尚早ではないか。ということである。
 最近では、道州制議論の中で北海道と開発局の統合論が世間を賑わしている。道は、2004年4月の"道州制プログラム"で二段階統合論を打ち出しているので、開発局との統合は、想定の範囲内であろう。しかし、約5,600人の職員をかかえる開発局との統合は、現在、北海道が全庁をあげて取り組んでいる行政支出削減と人件費削減が無意味なものになりかねない。
 支庁制度改革(支庁再編)は、この道州制の進捗を見極めてからでも遅くはなかったのである。道州制の進捗いかんでは、14支庁体制を維持し、本庁を含めた全支庁一律のスリム化を行い、開発局との統合実施時点で、一気に再編を行った方が地域住民の強い反発を招かなくてもすんだかも知れない。
 高橋知事はこれまで、支庁制度改革や市町村合併等、どちらかと言えば能動的立場であった。しかし、(局との統廃合等)道州制では、受動的立場に見受けられる。7月2日の会見で知事は、「財源を伴う形での移譲でなければ引き受けられない。分権で北海道がつぶれては本末転倒」と述べている。立場が変われば、これまでの支庁再編に対する住民の主張も理解できるであろう。
 支庁再編についての住民の主張は、次のとおりではなかったのではないだろうか。
 「地域主権型社会を形成する取り組みである支庁制度改革によって、基礎自治体となるであろう市町村がつぶれては本末転倒」。

4. 最後に

 日本経済新聞 7月3日の記事を引用したい。
 『行革優先に警戒 国には自らの行革を進める狙いも大きいだけに、道庁内には早くも警戒感が強まる。道路特定財源の一般財源化の動向も絡み、事態は複雑だ。さらに開発局と統合する前に、市町村への権限移譲を急がなければ、道庁ばかりが肥大化してしまう。支庁改革を巡る地方との対立、進まぬ市町村合併―。道州制の先行実施には多くの難関が待ちかまえている。』
 知事や道は、まさか見切り発車をしたわけではあるまい。多くの難関を想定し、緻密な計画の上での発車であろう。今更、改革の放棄や断念は許されない。まして、「支庁再編は、道財政の立て直しのためだけでした」とは言えないだろう。
 大分県での教員不正採用が発覚し、多くの教員に対し国民の不信感を募らせている。
 支庁制度改革が、"地域主権型社会の形成のためである"と唱えている者の内、道民に対し詭弁とまではいかなくても、良心につかえるものがある者は、今のうちに本心を明らかにした方がよい。
 話の締めくくりとしてこれだけは、述べておきたい。
 支庁制度改革の背景には、交通・通信網の著しい発達や住民活動の広域化そして地方分権改革の進展や行財政(組織のスリム化、行政コストの抑制)の課題解決が挙げられるが、全くその通りである。
 住民活動の広域化に伴う支庁所管の広域化、市町村合併や道州制に伴う支庁所管の広域化、行政組織のスリム化に伴う支庁所管の広域化全てが、広域自治体としてリフォームするための改革である以上、合理的発想である。しかし、一番大事な部分の広域化(改革)があえて忘れられてはいないだろうか?
 道議会議員定数の広域化(削減)である。住民活動の広域化、(市町村合併や道州制に伴う)基礎自治体の体制の拡充、事務権限の移譲に伴う行政組織のスリム化が進められれば、道議会議員定数の広域化は必至であるはずである。なぜ、その議論がないのか。道民に対しては、社会の変化に伴う市町村合併や道行政組織の変更の必要性(痛み)を唱えておいて、その変更に著しく左右されるはずの道議会議員の選挙区は、現状維持だそうだ。
 そう言う高橋知事の姿勢には、正義と公正さが全く感じられない。"地域主権型社会の形成"が、空々しく聞こえる。評価の是非はさておいて、小泉元総理は"聖域なき構造改革"を行った。改革を阻む者を抵抗勢力・守旧派と呼び、時には同志と争ってまで改革を推進した。その姿勢に国民は、絶大な支持をした。
 高橋知事は、彼を模範にしているかどうかは知らないが、とりあえず改革を推進してみせている。
 高橋知事が、単なる人気だけではなく道民の"絶大な支持"を得るためには、"変人"の二文字が足りないのかもしれない。