【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-①分科会 子育て支援と児童虐待

社会的養護を必要とする子どもたちをまもるために
~北海道の福祉施策のあり方と自治体職員の役割~

北海道本部/全北海道庁労働組合連合会・札幌総支部・中央乳児院支部

1. はじめに

 道立中央乳児院は、1950年に開設された以降、現在まで、社会的養護が必要な乳幼児(概ね2歳まで)の養育を担ってきた、道内に2つある乳児院の中の1つである。
 道は、2003年7月から中央乳児院と隣接している道立小児総合保健センターが移転することを受けて、共用する設備や医療環境などを課題に中央乳児院のあり方を検討することとした。その後、様々な議論を経ながら、2006年6月には2007年度中を目途に中央乳児院を民間移譲するとした「見直し方針」を策定、最終的には、民間活力の導入という大義名分の下に、2009年度から道内社会福祉法人へ移譲されました。
 本レポートでは、中央乳児院の民間移譲方針とのたたかいを通じて、社会的養護が必要な子どもたちの処遇確保(入所児)やそうした子どもたちの育ち(将来)のあるべき姿を焦点に、労使交渉を基本としながら、里親などとも連携を図るなかで広く道民運動を展開してきた取り組みとその考え方、また、現時点での検証・総括的な見解を明らかにする。


2. 北海道における子どもの社会的養護事情

(1) 今子どもたちに起きている問題
 少子化に伴う社会構造や価値観の変化の中で、子どもの養育環境は大きく変化している。社会の育児能力の低下や、それを分有する形での家庭における育児能力の低下。つまり、育ちと育ての双方に生きがたさという困難な状況が発生している。低下した社会の育児能力を支援する子育て支援の脆弱さは、劣悪な環境下にある子ども達の増加を容認しているに等しい。それはすでに社会現象と化してしまった児童虐待や養育の放棄に代表されるように、子どもたちを巡る養育状況は悪化の一途を辿る一方で、少子化の傾向はとどまる気配を見せていない。
 北海道においてもこの傾向に差異はなく、開拓という歴史的経緯から言えば、地縁や血縁が希薄な風土から、むしろ顕著な印象もある。とりわけ出生率の低さや離婚率の高さは、全国でも上位である。その中で、社会的養護の一翼を担う施設(中央乳児院)の最前線から見ると、家庭で育つことが出来ない子どもたちは確実に増加していると感じる。また、その入所理由も明らかに世相を反映したものにシフトしている。つまり、新たな社会的養護を必要とする子どもたちは増加し、養護のあり方や施設の役割を問う必要があった。

(2) 地域社会の現状
 育児能力というと、以前は個々人の個別能力と考えられていたが、少子化以降の現在においては、社会が有している能力の反映であり、個々の親はそうした「社会の育児能力」と呼ぶべきものを分有しているにすぎないと言うのである。つまり、現在は、「社会の育児能力」が低下しているのである。結果、個々の親が育児に苦労し始めていると言える。その証拠に、行政が準備し開いている子育て支援や相談窓口には、訪れることのない多くの潜在的に社会的養護を必要とする子どもたちがいる。このことに、行政は早く気づくべきである。
 社会の育児能力を向上させるために、最小の社会単位である家族から、地域社会での関わりが不可欠である。子どもたちを家庭に帰す、あるいは里親に委託する、児童養護施設に措置変更をすると言うことは、まさにその地域に帰すと言うことであるから。しかし、現実にはその地域社会が崩壊しようとしている。地域への橋渡しとしての新たな行政の役割も問う必要があった。

3. 子どもの社会的養護の本来の姿と実態

(1) 社会的養護の理想型
 様々な理由により家庭環境を奪われた子ども達にとって、まず必要なものは、家庭の代わりとなる代替的な養護である。そしてその生活単位は、できる限り家庭に近い形態が、子どもの権利の観点から極めて重要である。すでに欧州の一部の国においては、児童養護施設は全廃に近い形となっていることからもわかるように、どのような形態であっても施設入所は子どもの育つ環境において極力避けなければならない。現状、この形態に最も近いのが里親制度である。

(2) 社会的養護の実態
 しかし、その家庭環境に最も近い里親制度は、残念ながら今、資源として十分とは言い難い状況にあり、全ての養護事情に欠ける子ども達を措置するには程遠い実情にある。その措置の実態でいえば、全国平均で、里親委託7.4%乳児院入所7.9%児童養護施設84.8%となっている。北海道における里親委託率は全国平均よりも高く、16%程度となっているが、それでもまだまだ施設養護に頼らざるを得ないのが実態なのである。
 特に里親制度については、登録里親数が1960年度の19,022人以降急激な右肩下がりで、2000年度以降は7,000人台で推移している。しかも、深刻な里親自身の高齢化の問題もあり、今後里親制度の充実が大きな課題となっている。他方、児童養護施設の状況は里親登録数の減少に反して、在所児童数・在所率ともに増加に転じている。北海道における児童養護施設23カ所の平均在所利用率は96%(2007年3月31日現在)にまで上っており、社会的養護を必要とする子ども達の措置において危機的状況といえる。
 このように、社会的養護を必要とする子ども達が増加している一方で、その社会的養護の理想型とも言える里親制度は、登録数の減少や高齢化などの課題を抱え、現状では施設養護に頼らざるを得ないのが実情なのである。


4. 道立中央乳児院の取り組み

(1) 中央乳児院の沿革と特徴
 道立中央乳児院は1950年に、道内の乳児を養育するために、札幌市中央区に開設された。1983年、乳幼児の休日・夜間などの緊急時における医療確保を図るため、小樽市銭函にある小児総合保健センターに隣接する現在地に移転し、今日に至っている。ただし、小児総合保健センターは昨年9月に、こども総合医療・療育センターとして手稲区に移転している。その間4度の児童定員の見直しを経ながら、現状40人定員に対し、近年は常に9割以上の充足率を維持している。
 また最近の傾向として、ネグレクトに代表される虐待や、親の精神疾患と薬物の乱用などの母胎管理の怠惰、加えて受刑や監護不適当を含めた劣悪な養育環境下にある子どもたちが増加している中で、近年では、6割前後が病虚弱・障害児となっている。このようなリスクを負う子どもたちの里親委託は極めて困難であり、社会的な受け皿として施設の役割は高くなる。養護に欠けるこれら病虚弱障害児の中央乳児院への受け入れを可能にしているのは、小児総合保健センター(現こどもセンター)が隣接していることにより、医療環境が確保されているからであった。しかし、その小児総合保健センターは2007年9月移転予定となっていた為、中央乳児院もその医療環境確保のため移転が必要となっていた。
 さらに、職員配置は国の基準を大きく上まわる35人(現在31人)であり、上記の子ども達の受け入れを可能にする大きな要因となっており、採算性より養育内容に重点を置いた手厚い態勢を維持している。

(2) 中央乳児院の主な実践~より家庭環境に近づけるための実践
① 養育支援……充実した処遇と愛着形成への努力
  当院への入所を余儀なくされた子ども達は、その入所理由を問わず愛着形成への問題を抱えている。特に病虚弱障害児においては、「病弱」自体が、育てづらさと言う側面を持ち合わせており、母子関係における破綻リスク要因とされている。つまり、病虚弱障害と愛着障害と言う二重のハンディーを背負っている。そのために、当院には国の最低基準を上回る専門職員の配置がなされており、養護に欠ける乳幼児の精神身体両面へのきめ細かな養育体制を確立できている。
② 保護者支援……保護者支援・家族の再統合への取り組み
  親と子どもが、もう一度家庭で暮らせるようにという観点から、中央乳児院は、保護者への電話支援と面談(面会を利用)による支援に取り組んでいる。特に電話については退所後のケアを重視し、子育て相談や保護者の精神的ケアに努めている。また、入所中にあっても保護者との積極的な関わりを意識することで、面会・外出・外泊は年々増加し、家族再統合へのきっかけとなっている。子どもとの面会が保護者にとっての精神的安定を図るという効果から、中には保護者自身のメンタル支援もある。そのほか、行事への参加呼びかけ、子どもの状況を記した定期的なお便り、場合によっては引き取りに向けての計画的な支援も行っている。その結果、単なる面会にとどまらず、日中のほとんどを中央乳児院で子どもと過ごす保護者もいる。
③ 里親支援……里親への支援と連携
  社会的養護を考えるとき、里親は現状中心となる制度である。その制度の充実のため側面的支援と連携を行っている。電話による支援は保護者同様、委託後の相談・援助を行っている。また、里親交流会を年2回実施し、里親体験談やテーマを設定した座談会などの交流を行っている。回を重ねるごとに施設と里親との交流が深まっていることを実感している。 
 このように、保護者支援と里親支援は、施設を単なる「入所」機能にとどめるのではなく、施設の枠を出て施設の知識と経験を積極的に地域に貢献していくための手段と考えられる。つまり、この手段は、地域への橋渡しとしての新たな施設の役割が見いだせる。


5. 北海道の提案と民間移譲

(1) 提案内容と理由
 このような取り組みを進め、家庭で育つことが出来ない子ども達の、貴重な社会資源として位置づけられている中央乳児院ですが、残念ながら北海道は「民でできることは民で」というスローガンのもと、中央乳児院についても民間移譲の方針案を打ち出してきた。その運営に関しては、北海道の特殊性を無視し、「全国的にも多くの乳児院は民間。措置費だけでも運営は可能。」としている。つまり、子どもの処遇の問題を財政の問題にすり替えた結果と言える。

(2) 見直し方針
 北海道は、乳児院に求められる役割・機能として、①養育機能の充実、②地域における養育支援の充実、③マンパワーの充実の3点を挙げ、その上で『中央乳児院は、これまで、道立道営で運営を行ってきたが、現在、様々な福祉施設で多くの社会福祉法人が活動するなど民間の担い手が十分形成されていること、また、民間の運営においては、地域への子育て支援サービスなど多様な養育ニーズに対する柔軟性や機動性が発揮されていること、さらに施設の効率的運営のノウハウが備わってきていることから、今後の中央乳児院の運営については、社会福祉法人によることが最も適切であると判断し、民間移譲を進めることとする。』と結論づけた。

(3) 反対闘争における支部の考え方
 我々は、子ども達の養育を通じて、子ども達の社会的養護の一翼を担っているということ、そしてそれは少なからず社会への貢献でもあるということで、自負を持って仕事をしている。支部組合員の思いとしては、この数年間北海道に対し言い続けてきたこと全てであり、その意味でも民間移譲の決定に関しては到底納得できるものではなかった。
 そもそも民間にする理由として上げている3点にしても、全くのまやかしであり、したがって民間にすることのメリットも、極めてごまかしの内容になっていた。特に、メリットに上げている3点(前項①②③)については、道立中央乳児院でも十分出来ることを、あたかも民間にならなければ出来ないというような言い方をしていた。それ自体が詭弁であった。
 再三言い続けてきたことではあるが、民間が育ったということを北海道はことさら強調しているが、民間はあくまで利益優先の構造社会である。福祉職場における民間が育ったと言うことは、紛れもなく年収200万円のワーキングプアが育ったと言うことで、雇用情勢的には非常に危うい実態にある。実際保育士は資格を取っても、ほとんどが正職員になれないという現実があるし、また介護職場では低賃金・短期雇用が蔓延し、ベテランを閉め出す結果になっている。そういう非正規職員による細切れな対応で、どうして子ども達に継続的かつ家庭に近い対応が出来るのか甚だ疑問なのである。そんなことから考えても、先ず民間にしてもそういう専門職が、誇りを持って働けるという雇用環境を北海道として整えることが先決であって、なぜ今拙速に移譲なのかというこの一点の説明が、結局最後までなかったということが最大の問題であった。
 そうしてみると、結局ここは財政のみの問題でしかないわけで、北海道的に言えば民間にする最大のメリットはこれしかないのは見え見えである。それをあたかも子ども達の処遇にとってのメリットにすり替えようとしているところに無理がある。このほころびが出ないうちに、北海道は方針を拙速に強行したのであった。 
 たぶんこの格差社会の流れからすれば、子ども達を取り巻く情勢というのは、もっと厳しくなっていくことは容易に想像がつく。その証拠に、最近ではテレビや新聞取材が中央乳児院にも集中している。これは、子どもの社会的養護に対しての道民の関心が高いと言うことと、行政に対する道民の目が厳しくなってきていると言うことである。本当は、こういう子ども達にとって危うい状況だからこそ、直営努力をする必要があったのだと思う。その勇気が必要だったのだと思う。いわば中央乳児院は道の財産。これを道民のためにどう使うかが本当の意味での道の使命であったはず。「あり方懇話会」では、そういう内容の話がされたのだと認識している。学識経験者が、子どもの権利擁護のプロが、オピニオンリーダーが、そういう議論をしたわけであるから、それを尊重する必要があった。
 当局は道行政を担うエリートでありながら、そもそも直営努力という発想に至らなかったというのは、中央乳児院を利用せざるを得ない子ども達の本当の顔が見えないからなのではないかと思わざるを得ない。その証拠に、子ども未来局の次長や局長の来所時に、もっと言えば隣の小児センターに知事が来たときも、誰一人として中央乳児院の子ども達を見ようとしなかった事である。ここが、最後のセーフティーネットとして、家として生活している子ども達は、いったいどんな顔をした子ども達なのかということさえ興味がないと言うこと。別の世界のことと考えていたのだろう。だから、いとも簡単に放棄できると言うことなのである。現場と乖離した机上の論に、終始した結果と言うことである。
 特に、知事はこの頃、北海道の母といってはばからなかった。しかし、その知事の決定は民間移譲といって、この子ども達の養育を放棄したことに等しい。つまり、北海道の母は、養育放棄をする母と言うことになる。一般通念では、養育放棄はネグレクトとして解釈されている。その結果において再び、子ども達は家庭を失うというリスクを背負うことになる。この事態を重視し、北海道は子ども達の処遇維持と社会的養護の強化・堅持を、行政の責任として関与していくべきと考えた。民間移譲にはもちろん反対するが、仮に強行されたとしても、子ども達の現状の処遇を決して下げないというハードルを設定する取り組みとした。


6. 民間移譲に対しての取り組み

(1) 取り組みへの逆風
 しかし、民間移譲反対の取り組みは、それを全面に打ち出すことで、むしろ関連関係機関や道民自体に理解を得ることの難しさを感じる事となった。それは、公務員(道職員)に対する風当たりが強いこと、そして中央乳児院の過去における評価にあった。というのは、以前は、「乳児院から来る子どもは愛着形成が出来ていない」「表情が乏しい」「言葉が遅い」という客観的な評価や、「時間外の入所は受け入れて貰えない」等の組織体への不評があった。つまり里親、児童養護施設、措置権者である児童相談所からでさえ中央乳児院の評価は低かった。このことを背景に正攻法で子どもの処遇を語っても、人が多くても処遇に反映されていなかった過去の事実が足かせとなり、結局自分たちの職域を守るだけの取り組みではないかと見られがちであった。
 一方この逆風に対し、前述した<中央乳児院の主な実践>にもあるように、その中身は確実に変わっているという自信もあり、国の基準より多い職員配置は紛れもなく子どもの処遇に反映されているという確信もあった。

(2) 内に対しての取り組み
 この取り組みはかなり遡ることとなり、それは1998年、北海道の中で中央乳児院のあり方が議論された時、職員の中(組合が中心となり)から養育内容の改善、および自らの働き方についての検証がなされた。それは、管理養育から子ども優先の養育へのシフトであった。その結果、以前からの慣習や誤った認識での対応を顧みて、大人の思いや大人の都合に合わせた養育からの脱皮と、子どもの目線に合わせ、子どもの成長する力を育むために寄り添い見守る養育へとシフトすべく、職員の意識改革を目指すところとなった。さらに2004年からは、関係機関との連携を視野に入れながら、家族支援や里親支援などに積極的に取り組み、閉ざされた施設から家族や里親、地域に開かれた施設へと着実に変貌してきたのである。
 その経緯の延長線で、私たちは今回の民間移譲に反対する取り組みをしてきたのである。過去の管理養育から子ども主体の養育への転換と気づきは大きく、子ども達の処遇を守るという観点から、移譲後も現状の中央乳児院が実践している養育の理念とノウハウを決して低下させず、加えて家族や里親への支援も継続させる事を主張してきた。つまり、子どもへのサービス水準の維持を柱として取り組むことが出来たのである。

(3) 外に対しての取り組み
 子どもの育ちからではなく、財政優先の民間移譲方針に対しては、里親を中心とする関係者から異論が唱えられた。社会的養護を必要とする乳幼児の育ちを保障するのは、公的責任であり、少ない措置費のみでの運営(民間)では子ども達の処遇の低下が懸念されるという発想で、「北海道における乳幼児の社会的養護を考える会」を設立した。
 そして、シンポジウムの開催、北海道への要請書の提出、道議会への要請行動など、様々な取り組みを行うことが出来た。また、マスコミの協力もあり、とりわけ「こどもの日」に焦点を当て、シリーズで報道された新聞記事の連載は、道立中央乳児院を舞台に社会的養護事情の現実、里親や児童養護施設、乳児院の施設を利用せざるを得なかった保護者の思い、職員との関わりを通しての幼い子どもの心の葛藤が描き出されていた。事情があって家庭で育つことが出来ない子ども達が、道立の乳児院の中ですくすく育つ姿が全道に紹介された。
 このことは、かつての中央乳児院に対しての評価を大きく変えるものとなり、社会的養護を必要とする子ども達の姿に心を痛め、これを見守り支援したいという想いの結集となった。時期を前後して、テレビ取材も殺到した。特に「イチオシTV」では、特集を組み、中央乳児院を視察に来たメインキャスターが、『乳児院を訪れるまではどんな親でも一緒に暮らす事が幸福だと思っていたが、そうではなく自分を本当に愛してくれる人と共に居ることが幸福なんだ』と、つまり、社会がその様な環境を用意する事の必要性を強調していた。最後には、『子ども先進国と言われる北海道が財政難の波に押し流され、この40人の子どもの施設を民間移譲という決断をした』として、知事の顔が画面に映し出されていた。多くの道民が不快を感じた事は、容易に想像できる。


7. 取り組みの成果

(1) サービス水準の確保
 一部追い風もありながらこれらの取り組みの結果、力及ばず、中央乳児院の民間移譲を阻止することは出来なかった。その過程に於いて職員の意識改革、外へ向けての取り組み、そして世論への訴え、これらの取り組みがもう少し早ければ、と悔やむことしきりである。しかし、この取り組みにより引き出せた成果も多い。

○ 現在の道立中央乳児院で行われているサービス水準の確保。
○ 第三者評価を受審し、評価結果を公表する。
○ サービス水準の維持・向上を図るため法人、道、児童相談所、里親会関係者、選定委員会のメンバーなどを構成員とし、定期的に協議する場を設ける。

 上記が、北海道との確認の中で約束された項目である。また、新たに乳児院を運営することとなった福祉法人でも「現在の乳児院のサービスの質を下げることのないようにやっていきたい」としている。
 社会的養護を必要とする子どもの問題は、特別な子どもの問題なのではなく、核家族化、少子化、地域社会の脆弱化、精神疾患の増加、薬物依存、貧困、格差社会……と言う現代社会が抱えている問題そのものである。「考える会」を通してのこの取り組みは、健全で他者を思いやれる子どもを育てることは、明日の社会を創ることであり、そのために大人はあらゆる知恵を出し合う義務があり、かつ行政はその旗振り役にならなければいけないと言うことであった。そのための投資が必要であり、人もお金もかけなければならないのだと言うことである。

(2) 考える会について
 設立当初は、中央乳児院の道立道営を継続することを目的に、里親をはじめとする関係者の支援をよりどころとし、「北海道における乳幼児の社会的養護を考える会」のシンポジウムを開催した。その中で、多くの子どもの養育にかかわる人たちからの意見を頂き、「会」の存続を求められた。また、新聞報道やテレビによる報道で、より社会的養護に対する道民の関心が高まっていた。そこで、乳幼児に限定せず、広く子どもに視点を当てた社会的養護を考える活動が求められていることから、「北海道における子どもの社会的養護を考える会」に名称変更をした。

(3) 考える会の会員と事業
 子どもの養育にかかわる人たちの広範さから、施設グループ・里親グループ・子育て支援グループ・有識者グループの4グループ制を取り入れることとした。さらに、各グループに数名のリーダーを置き、その中から代表・事務局などを選出することとした。そして、先ずはグループ内での活動報告・声を会報を通して共有し合い、相互理解につとめる事業を展開している。
 現在中央乳児院は、施設グループにおける中央乳児院チームとして活動しており、事務局もつとめている。2008年3月31日現在、総会員数は101人となっており、地域別では札幌市が7割を占めているが、全道に及んでいる。

(4) ネットワーク作り
 現在、様々な視点から、子どもに関する活動をしている団体が数多く存在している。しかし、大同小異ゴールは一緒と感じる。それらの活動の、横の連携の希薄さを強化する必要に対しての多くの意見があった。その役割を、「考える会」に求められていた。
 そこで上記グループ制を踏まえ、子どもの養育にかかわる人たちが、普段から顔の見える関係作りを心がけ、施設職員・里親・子育て支援というような、それぞれの分野を超えて交流・情報交換をすることを通して相互理解を深め、社会的養護を必要とする子どもに愛着形成に配慮した、とぎれぬ愛とぬくもり(連続した家庭的な環境)を保障できるよう、幅広いネットワーク作りに重点を置くこととした。

(5) 考える会の課題
 社会的養護を額面通り考えていくと、ネーミングの大きさから膨大な事業展開を要求され収拾が付かなくなる。そこで、社会的養護の範囲を一度整理し、身の丈にあったモノにする必要がある。また、現在事務局運営は、中央乳児院グループが担っている。しかし、本年度をもって移譲が決定しており、事務局としての拠点が無くなることと職員が分散してしまうと言う問題を抱えている。
 一組合活動の延長として出発した市民活動に対し、我々自治体職員として何処まで責任を果たせばよいのかという岐路に立たされているのも事実である。ネットワークの必要性と、そのコーディネートが主な役割であることが見えてきた「考える会」ではあるが、それも事務局という拠点があったればこそのこと。やはりここでも、自分たちの職域を守るだけ、という誤解だけは避けなければならないと考えている。


8. 社会的養護を必要とする子ども達をどう支えるか

(1) 労働組合の役割
 福祉職場の場合、民間の限られた措置費や予算では、到底望ましい処遇を確保することは難しく、したがってそのしわ寄せは利用者やそこに働く人たちに向かう。その犠牲の上に成り立っていると言っても過言ではない。多くの福祉施設では、労働基準法ギリギリのところで運営しているのが実態と聞く。採算が望めない福祉サービスについては、公で行うことを当然として求めたいが、民であっても行政にも必要な責任を担わせると言う姿でありたい。このことを利用者、経営側、市民運動家、議員など多くの人たちと共に行政(北海道)に要求し、かつ実現するための活動の一翼を自治労が担うという姿が求められる。

(2) 自治体職員としての役割
 自治研との出会いは、日々の自分たちの仕事が利用者の立場に立っているか、と言う問いかけであった。その事を考えたとき、中央乳児院という機関が50年以上もの間、社会的養護を必要とする子ども達の立場に立ってどの様な役割を果たしてきたのかという検証が必要であると考えた。
 心に大きな傷を抱えた子ども達の育ちを十分に支えることが出来たのか、将来安心をして生活できる環境作りに心を配ることが出来たのか、同じ自治体の機関である児童相談所や保健センター、福祉の窓口等とネットワークが作れていたのか。このような疑問は尽きない。多分、縦割り行政の弊害から社会的養護を必要とする子ども達の未来や、家庭の再統合というところまでは手が届かなかったのではないだろうか。
 本当は、子どもの育ちと言う部分に焦点を当て、関係する全ての機関が連携し、問題解決に向けた努力をすると言うことが、まさに必要なのである。そのためのシステムを作り、先行している他の自治体に学ぶべきである。それだけの知的資源が自治体にはあるはずである。自治体職員として、未来を担う子ども達の「育ちを保障する」「人を育てる」「地域を育てる」と言う事にもっと重点を置き、そこに関わる自治体職員の意識の改革が求められている。