1. 被虐待児童の「安心・安全な暮らしの場」を確保するために
(1) 子どもの人権保障の「最後の砦」は崩壊寸前
① 東京における児童養護施設、乳児院、児童自立支援施設などの入所情況は、ここ数年来の児童虐待の深刻化と東京都の対応機能の不在を反映して逼迫を極めてきた。とりわけ2007年秋からの児童福祉施設は、「とにかく命を救う」、「一時保護所の長期入所を解消する」ことを迫られ、子どもの人権を守り健やかな養育を行う場としての機能を維持できない「保護・収容施設」の様相を一層鮮明にしてきている。
児童福祉法改正法案は、施設内虐待についての権利擁護施策の強化が謳われているが、施設生活の水準を規定する施設最低基準や措置費水準の抜本改善が全く提示されない中で、重篤な被虐待児童の受入の増大、定員いっぱいのすし詰め状況が放置されたままでは、施設における児童間のトラブルや職員とのぶつかり合いのリスクは高まる一方である。
② 一方児童相談所も、虐待防止法の改正等による通告ケースの増大等を背景に緊急保護のケースが増大し、出口がないまま一時保護をせざるを得ず、居住環境も十分でない一時保護所に結果的に定員を大幅に超える入所が続き、受け皿がないまま長期の一時保護が常態化しつつある。
2007年度の全国の児童相談所が対応した虐待相談件数は、4万件を突破し、虐待死亡にいたったケースは判明しただけでも4年間で295人に達している。とりわけ東京の相談ケースは大都市事情を反映した重篤な被虐待ケースが多く、区市町村の虐待相談を含めると一層深刻な状況に至っている。
(2) 現実の子どもたちの状況に目を向けない東京都の子育て支援施策
① 東京都は様々な行政改革ビジョンを打ち出すものの、こうした児童養護施設や乳児院、児童自立支援施設が抱えている危機的満員状況や児童相談所一時保護所の長期滞留など、東京における社会的養護体制が危険水域に達していることへの積極的で有効な施策を打ち出さないままである。
福祉施設や児童相談所のこうした深刻な事態を招いた最大の原因は、虐待の深刻化や虐待防止法等の法整備を踏まえた受け皿の整備を怠っていた東京都の子ども家庭福祉施策の無策、責任放棄にある。運動上の最大の課題はそこにあり、都の福祉ビジョンの策定や予算人員編成に対する最大の課題となっている。
② しかし、東京都の子ども家庭福祉施策の無策、責任放棄を指弾しても現状の都政の中で解決の糸口が見出せない中で、改めて子どもと家庭の生活の基盤である「地域」と「児童相談所」や「児童福祉施設」をつなぎ、子どもの命と人権を守ることを基本とした施策の構築に向け、施設、市区町村、児童相談所の運動を結ぶ連携のあり方や課題を探ることが迫られていた。
(3) 地域での子どもの居場所づくりと施設、児相を結ぶ運動の連携
① それまで、児童福祉部門の自治研集会は、東京都本部段階どころか職域的にも分かれて実施しており、子どもと家庭の生活基盤である市区町村施策との連携はほとんど行われてこなかった。
2008年支部自治研集会は、以上のような深刻化する児童虐待を背景として、逼迫する東京の「社会的養護」体制の抜本的な改善に向けた新たな仕組みづくりをめざす取り組みとして企画された。
② 具体的な企画としては、「地域全体で子どもの養育を支える仕組み作りをめざす」との基本視点で、児童施設、市区町村、児童相談所のそれぞれの実践を交流し、学びながら、相互理解を深めることにより、実効性を持った施策連携と幅広い運動を構築していくための運動的な芽出しを試みる取り組みであった。したがって今後、東京都本部全体で「児童虐待の防止」や「子どもの人権擁護、子ども家庭支援施策確立」をめざした「東京の社会的養護体制の確立」を基本目標に運動を発展させることを視野に入れ継続的に取り組んでいく。
2. 児童虐待の深刻化と社会的養護体制の現状と課題
(1) 急速な少子高齢(人口減少)社会への進行のなかで、国・自治体を挙げて少子化対策の拡充が図られてきたが、少子化の進行の一方で児童虐待問題は量的にも質的にも増大・深刻化している。この間、児童福祉法や児童虐待防止法が何度か改正され、虐待防止に向けた区市町村を中心とした「子どもと家庭」に対する相談・支援体制の整備や、児童相談所の専門的支援機能の強化が図られてきた。
にもかかわらず児童虐待問題は深刻さを増す一方であり、今年4月から施行される改正虐待防止法は、出頭要求・立入調査・臨検・捜索・一時保護など、保護者に対する行政の強制力の強化を中心とした虐待防止策の強化が図られようとしている。
(2) しかし一連の制度改正の具体化に必要な児童福祉行政の実態は、市区町村、児童相談所、児童福祉施設、都道府県のそれぞれが、現実の必要性に実施体制の整備・拡充が追い着かず、対処療法的な対応に忙殺されている。都道府県機能と区市町村が連携した計画的で体系的な施策の整備が行われず、有効な実施体制の整備や関係機関の連携ができない現実にある。
(3) 東京都では、独自施策として市区町村を単位とした子ども家庭支援センターの設置を促進し、区市町村の日常的な相談支援体制の強化を図っている。また、東京都自体も児童相談所に地域支援班を設置し、連携して区市町村の相談支援体制の強化を図っている。しかし、増大する虐待関連の相談や通告、緊急保護などの業務量は現実の児童相談所機能を大幅に上回っており、時間外労働の増大とともに、児童相談所職員の心身の疲労は限界に達しつつある。
(4) こうした児童虐待をめぐる相談・支援体制の現実は、児童福祉施設現場にも深刻な影響を及ぼしている。東京都では虐待通告の増大も影響し、一時保護を含めた保護を要する子どもたちは増大し続けており、児童相談所の一時保護所は入所定員を超過する状況が慢性化するとともに保護期間が長期化している。児童養護施設も年度半ばで定員を超えた受け入れを余儀なくされ、入所児童の居住環境の悪化や生活寮の安定的運営を困難にし、入所にあたっての兄弟・姉妹の分離など、子どもの基本的な人権すら保障し得ない状況が続いている。
さらに、児童自立支援施設の入所児童の増大や児童養護施設への措置変更の困難性の増大、乳児院の満員状況と年齢超過児童の養護施設への措置変更の困難さなど、東京都の一時保護所や児童福祉施設の定員超過問題は、年々悪化してきた。
(5) 東京都はこうした状況にもかかわらず、児童相談所の一時保護機能の強化や児童養護施設の体系的で計画的な整備・拡充を図らず、都立養護施設の民間移譲のみを絶対目標化している。
また、NHKの朝の連続テレビ小説が「里親制度」をテーマに扱っていることから、「家庭的養護」=「養育家庭」が強調され、一般視聴者が社会的養護に関する問題の本質に気づきにくくしている状況もある。現実に東京都の要養護児童の9割近くをしめる施設養護の抜本改善を先送りにしようとしており、入所枠の拡大も居住条件の改善も図られないまま、現状の施設生活を余儀なくされている子どもたちや新たに保護を要する子どもたちの、生活環境や権利保障の状況は年々悪化してきており、安心・安全・安定的生活、子どもの人権の「最後の砦」とは程遠い状況を作り出している。
(6) 児童虐待の深刻化を背景に、国は昨年2月「今後目指すべき児童の社会的養護体制に関する構想検討会」を設置し、昨年5月に「中間まとめ」を取りまとめた。その後、社会保障審議会児童部会に社会的養護専門委員会を設置し、11月に報告書を取りまとめた。
5月の「中間まとめ」では、「社会的養護」の意味内容を、レスパイトケアや一時保護、治療的デイケアや家庭支援等、地域における子どもの養育を支える体制を含め幅広い概念で捉え、広い視野から要保護児童とその家族を支える体制全体について言及した。
(7) まさに、今日の東京都における「社会的養護問題」も、こうした広義の視点から捉え、問題の所在と解決に向けた取り組みの課題を明らかにすることが求められている。
現在東京都として実施している様々な子ども・家庭支援施策の現状を「子どもの権利保障」の観点から正確に検証するとともに、子どもと家庭の生活基盤である市区町村の支援体制の現状と課題を視野に入れつつ、双方の機能強化と具体的な連携のあり方について、実践的な分析・検証が重要となっている。
(8) 2008年度支部自治研集会では、以上のような深刻かつ切迫する「東京における社会的養護問題」について、子どもや保護者と向き合いその支援のため苦闘しているそれぞれの現場から現状の報告、問題点についての討論と検証、解決に向けた課題の整理を行うとともに、地域で子どもと家庭を支えあうことを基本とした社会的養護体制の整備に向け、今後の運動的な連携の契機を作り出すことを目的として実施された。
したがって、2月の全体集会はその第1弾として位置付け、現状認識や問題点についての共通認識を図りつつ解決に向けた方向性を探っていくものであり、第2弾以降は、具体的な仕組みづくりに向け、各職域での実践と地域の子育て支援施策をつなぎ合わせる取り組みを継続的に実施する予定である。
3. 2008年度支部自治研究集会の取り組みを通じて
(1) 支部は2008年2月26日に「東京都における社会的養護体制の確立をめざして」をテーマに、「社会的養護」の概念を児童養護施設や児童自立支援施設だけでなく、区市町村の保育所・児童館・子育て支援センターなどが現に実施している各種の虐待相談・子育て支援策にまで視野を広げ、児童虐待問題に対するそれぞれの施策の現状と課題を確認しながら、具体的な施策の改善策や実効性ある連携のあり方について探る支部自治研集会を開催した。
(2) 集会内容としては、第1部をシンポジュームとし、第2部を実践報告で組み立てた。
第1部のシンポジュームでは、「東京の子ども家庭福祉施策と社会的養護の役割を問う」をテーマに、児童相談所、児童養護施設、市区町村、研究者の4者で、それぞれの職場のおかれた現状や課題を明らかにするとともに、子どもの権利擁護の観点から被虐待児童や家庭に対する支援の取り組みを報告し、施策の改善・改革に向けた運動の全体化を図った。
(3) シンポジストには、①児童相談所からは実際の虐待ケースを中心に、子ども・家族・地域資源を活用したソーシャルワークを担っている地区担当の児童福祉司、②地域の取り組みとしては、市民、子ども関係者、研究者、労組を含め幅広く組織した「八王子市子ども政策推進協議会」を立ち上げ、保育所・児童館・保健センター等とのネットワークの要として取り組んでいる子ども家庭支援センターの責任者、③児童養護施設からは、都の定員超過要請が子どもに与える問題点を厳しく指摘しつつも、現実に一時保護され入所先が決まらない子どもの状況を受け止め「定員超過」を受入れ苦闘している養護施設の担当係長、④そして研究者の立場からは、国の児童虐待ケースの保護者指導・支援を調査した日本子ども家庭総合研究所の主任研究員の才村氏に依頼し、今日の児童虐待の現実と被虐待児童への支援施策の現状や課題について明らかにした。
(4) 第2部の実践報告では、児童相談所、児童養護施設、児童自立支援施設から、現場報告を受けて、参加者を含めた全体討論を行った。
各職場からの報告では、児童相談所の仲間から「養育家庭の委託拡大の取り組みの現状と課題について」、児童自立支援施設から「高校進学に向けた園外のグループホームの取り組みの成果と課題について」、児童相談所一時保護所からは、「恒常的な定員超過の中で子どもを受け入れている保護所の窮状について」、児童養護施設からは「グループホームの運営や地域子育て支援の取り組みについて」、それぞれ取り組みの現状や課題について報告があり、厳しい状況の中でも、子どもの権利保障に向けた様々な取り組みについて確認した。
4. シンポジュームで明らかにされた課題の共有を
(1) 地域における児童虐待の早期発見・早期予防に向けて
八王子市の子ども家庭支援センターでは、①虐待の早期発見・予防、のために何をするのか、②実際に困っている要保護の子どもたちをどう支援していくのか、の2点を活動の柱に取り組んでいる。「支援センターへの相談は、軽微なものからハイリスクなものまで二極化してきているが、軽微な相談でも相談相手がなく追いつめられればハイリスクになっていくことがありうる。また、センターに電話をかけて来ることもためらっているお母さん方をどう発見し、どう支援に結び付けていくのかという取り組みが重要になっている」など、子育て支援のキーステーションとして支援センターが機能している取り組み状況が報告された。
(2) 児童相談所と区市町村との連携は不可欠
児童相談所からは、カルト教団からの児童保護を経て、それまでの「親権」重視から「子どもの人権」を重視する対応への明確な変化があった中で、児童相談所の専門性と機動性の向上に向けた取り組みが報告された。子ども家庭支援センターについては区市町村との連携は必要不可欠であるが、地域格差があり、未だ機能強化に向けた連携や支援が必要である。社会的養護の大きな砦として、ファミリーケースワークについても児童相談所だけでなく児童養護施設でも役割として持っており、両者の連携の重要性が強調された。
(3) 個々の子どもの状況に合わせた丁寧な養育を困難にする定員超過入所
養護施設からは、被虐待体験により心に埋め込まれた子どもたちの「弱肉強食」的な価値観を、「人間の社会は、弱者も強者も共存して生きる」との考え方に変えていくことは短期間ではできない、長い生活の中で育んでいく積み重ねが必要。また、「依存」とは「安心の原点であり、自立の原点」であるが、その依存体験が絶対的に不足しているということは、「自立が難しく、安心からも遠ざかっている」ことでもある。この二つのことを子どもに培っていくためには、細やかな職員のケアが必要であり、相当の手を掛けなければいけない。
また、虐待を理由に親から生活を分離しても、施設内のトラブル等で子どもが傷つくようなことがあれば、親へも言い訳はきかず、定員超過入所の中でも子どもの状況の把握の重要性が指摘された。また、地域で子ども・家庭支援策が拡充されなければ、軽症の子どもが放置され、重篤化しなければ施設援助できず、そのことが子どもと施設職員へ一層の困難さを加重していると、地域での取り組みの重要性が強調された。
(4) 地域における「おせっかい型」サービスこそが必要
才村先生からは、児童福祉法は、「国および地方公共団体は、保護者とともに子どもを健やかに育成する責任がある」と、保護者の養育責任と同等の重みを持って国および地方公共団体は養育責任を負っていると、虐待施策における行政責任の重要性が強調された。
また、地域における予防的支援に関連し、「子育てに自信をなくし悩み苦しんでいる親は自分を責め続け、自ら足を運んで相談に行く勇気がない。従来の申請主義は限界があり、"おせっかい型のサービス"が必要。当事者から願い出がなくてもどんどんおせっかいを焼いていくサービスが必要」と「待ち」ではなく行政の積極的な支援の必要性が強調された。
里親施策の拡充について、「特定の大人との濃密で安定した永続的なかかわりが子どもの健やかな育ちには欠かせない、と言う理念からすれば、親と生活できない子どもにとって、里親が理想的と考える。が、残りの85%は施設養護であり、"家庭的養護"の充実は歓迎するが、それだけで目を奪われてはいけない。」と言及。また、「養護施設は極めて厳しい状況におかれている。いま"施設崩壊"が現実のこととなっており、これをどうするかが緊急課題」と指摘し、とくに、「人材確保が重要課題」とし、「子どもの幸せの実現は人を介して行われるわけなので、それを担う人材がアップアップし、誇りも持てず疲弊しているようではその実現は困難。社会的養護を担う人材を、量と専門性の両面にわたって確保するための議論と、そのためにソーシャルアクションが必要」と訴えられた。
5. 今後の運動課題―地域の中で、子どもの居場所づくりを―
(1) 2005年児童福祉法改正で、児童家庭相談の一義的実施機関は市区町村に移行しており、実際にも、市区町村による多様な地域子育て支援事業が展開されている。とりわけ東京においては、子ども家庭支援センター(都単独事業、全市区町村設置)を中心に、児童虐待防止を含め様々なネットワークを作りながら子育て相談・支援事業が実施されている。
しかしその相談・支援過程で必要性が顕在化してきた、児童虐待等への対応を含めて子どもを一時的に家庭から預かり(引き取り)、保護・養育する仕組みづくりは今後の課題として残されている。
(2) 既存の入所施設の利用ルートは、児童相談所も児童養護施設も満員に近い状況の中で、きわめて狭い門となっており、今後一層生活施設としての養護施設等への入所ニーズは増大が見込まれている。一方で、国も東京都も社会的養護施策のあり方として「家庭的養護」の推進を最大課題に掲げているが、里親制度(東京都は養育家庭制度)や小規模グループホームの設置促進は遅々とした歩みである。
(3) 子どもの被虐待体験に心身ともに傷ついた子どもたちに寄り添って、時間と手間をかけて子どもの養育に携われる養護施設の改善・改革とあわせ、重篤になる前に、地域の中で、身近で気軽に利用できる支援施設を整備していくことは、今後の社会的養育体制整備にとって必須の課題と考えられる。
今回実践報告いただいた八王子市は、市内6カ所に子育て支援センターを設置し、より身近な地域での支援体制の整備を目指している自治体であり、推進力としても行政的にも市民運動的にもそして労働組合的にも体制が整った自治体である。
今回の自治研集会で児童施設・児童相談所との連携の過程で明らかになったことは、「地域の子どもを地域の中で救済し、地域で立ち直っていく仕組みを作ること」をどう具体化していくのか。その道筋において、児童養護施設や児童自立支援施設、児童相談所がどのようにかかわり、連携していくのか、東京における社会的養護体制の整備にとって極めて重要な課題といえる。
「子どもの抱える問題の解決と自立、親子関係の回復を図るための宿泊可能な常設の居場所」をどう地域のなかに作っていくのか、児童養護施設や児童相談所の運動にとっても必須・不可欠の運動課題である。 |