1. はじめに
(1) 児童養護施設は心の渇いた子が集まる
私たちの職場は社会福祉法人が運営する児童養護施設です。民間とはいえ、公共性が高く、措置費100%による税金で運営されています。児童養護施設は、「保護者のいない児童(略)、虐待されている児童その他の環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行なう」ことを目的に、人の愛情に飢えた子どもたちが入所しています。
(2) 子どもたちを守るために労組結成
児童養護施設普恵園(現:きずな)は戦後まもなく、法制定直後に開設された歴史ある施設です。しかし、1999年に経験のない施設長へと交代後から、児童の人権を認めないような運営や極端な営利主義など、「子どもを守れない」状況が生じたことから、私たちは労働組合を結成する決意をしました。
行政関係者から「施設に組合はそぐわない」との声もありましたが、私たちの思いの第一は子どもの権利を守り、民主的な職場運営について対等に話し合うことでした。
(3) 連合・自治労、市民と共闘
その後、不適切処遇問題、解雇問題、法人解散・施設廃園問題等、様々な問題に直面してきましたが、幸い連合・自治労を通じ、行政や市民などからの支援をいただき、活動を行うことができました。私(石川)自身の解雇問題も生じましたが関係者の支援を得て、解雇撤回、地位確認について地裁で完全勝利し、現在東京高等裁判所において係争中です。
2. 経営の論理と私たちの主張、そして不十分な行政の対応
(1) 給食業務の外部委託
2004年、施設長はコスト削減を理由に、施設給食を外部委託する方針を打ち出しました。しかし、私たち組合は「児童養護施設の給食外部委託は子どもの心の教育にはマイナスだし、違法性が高い」と主張し、導入は回避させました。しかし、施設長の「赤字の主張」は認め、やむなく、給与カット5%に応じました。
背景には県内の3つの児童福祉施設(うち一つは県立)は、「外部委託」が導入されていたことが挙げられます。私たち組合は「児童福祉施設最低基準違反ではないか」と県に指摘し、県が厚生労働省に照会した結果、県は児童福祉施設最低基準違反であることを認めました。そもそも、県立施設が違法状態であったこと、その状態を見抜けない「指導監査」のあり方に対する疑問が残ります。
(2) 職員採用を正職員から期限付雇用へ変更
虐待を受けた子どもは親との間で「愛着」という人間関係の基礎が確立していないため、その後の人間関係の形成においても大きな課題を抱えるといわれています。そのため、施設には子どもとの愛着関係の再形成と信頼関係を築くことが強く求められています。
しかし、施設長は私たちの反対にも関わらず、組合員数を減らし、施設長に反対する者を排除(雇い止め)するため、採用の有期雇用制(1年)を強行しました。現在、有期雇用職員が2/3を占めるに至った結果、現場の処遇などが混乱し、子どもたちは施設内にも関わらず、園内暴力など荒れた生活を送らざるを得なくなっています。ちなみに、有期雇用を取り入れている児童養護施設は他県にも例がありません。
力による支配構図で育った子どもは、好むと好まざるとに関わらずその手法を学習し、弱い者をやがて『暴力』という形で支配し始めます。私たちはそれを断ち切る義務がありますが、私たちにはこの暴力連鎖は「施設長のやり方そのもの」であるとしか思えません。
私たちの指摘に対し、県は「民間施設の人事であり、最低基準違反でないので、踏み込んだ指導はできない」との見解でした。しかし、他県では職員の離職率が高かった施設に「入所児童への影響がある」という観点から、改善指導した例もあると聞いており、極めて疑問です。
(3) 児童への人権侵害問題
施設長による公私混同や恣意的人事のほか、児童への懲戒権の濫用などの児童福祉施設最低基準違反がありました。このため、組合未加入者の賛同を得て「職員有志」という形で、2002年県運営適正化委員会へ、2006年9月県へ処遇改善のための「申し立て」を行いました。
県は申し立てを受け、施設への立ち入りでの「事実確認調査」を実施しました。その結果、複数の「不適切な関わり」や「懲戒権の濫用」の事実を確認したものの「直接的な体罰(暴力)はなかった。行き過ぎた指導だった」ということで、改善計画を提出させるだけの対応のみで終わっています。
(4) 元理事長への不適正給与支払い問題
当組合は2007年10月末に法人から、「園長は重責のため、長期休職であっても全額給与を払う」という就業規則改正に伴う意見書の提出を求められました。しかも、私たち組合へ提示したのは10月なのに4月に遡るというのです。
当労組は当時の理事長兼園長であるN氏に対し就業規則に則らない給与が支払われていたことが想像できました。法人は11月当初に行政による監査を控えていたため、体裁を整える必要性が生じていたのです。
私たちは団体交渉を通じ、「理事長N氏には、規則違反の給与を支払っている一方で、職員の給与5%カットは許せない」と強く抗議しました。私たちは、県に問題を指摘し、県の施設監査の結果、過払い分はN氏家族より返還することになりました。
3. 法人解散・児童養護施設「普恵園」廃園問題
(1) 入所児童不在の廃園決定
当法人は建物が老朽化した普恵園と新設した施設を運営していましたが、2007年4月、突如、理事会は法人を施設ごとに2分割する決定をしました。その上で、普恵園の廃園・法人の決定を行いました。噂はあったものの、常識的には考えられないと思っていたので、理事会の決定は大変な驚きでした。
私たちは、措置費100%の税金の運営施設が資金難や後継者不在を理由に、法人解散・施設廃園の決定をしたこと自体が私物化であり、入所児童を全く考えていない、許せないことです。
(2) 県は理事者交代を考えるべき
法人の解散・施設廃園の申し出を受け、県が最初にしたことは、入所児童の受け入れ先確保でした。私たちとしては、子どもの最善の利益、混乱を最小限に止めることを最優先に考えたなら、理事者の交代で進めていくべきと考えています。
(3) 廃園を社会問題化し、存続させた
当組合は上部組織の全国一般や自治労、市民団体、普恵園卒業生の支援も受け、議員団陳情、行政への働きかけや署名活動を行うとともに、緊急集会を開催した結果、マスコミが大きく取り上げ、社会問題化することに成功しました。法人解散・施設廃園の決定を覆すこともできました。私たちは、法人の「資金難」については普恵園の運営費をもう一つの施設運営に流用している可能性が高いなど、多くの疑念があり、今後とも、解明しなくてはならないと考えています。
4. 私(全国一般普恵園支部長)が不当解雇された
2007年5月、私(石川)の業務中の自動車運転事故に対し、法人は就業規則を無視した懲戒解雇処分としました。事故を正当化するつもりは毛頭ありませんが、これまでも組合に度重なる差別的扱いがあったことから、司法に判断を求めることにしたのです。「裁判」は長期化する懸念があるものの、裁判所という最も公の場で、これまでの問題を検証することにより、これまでのたたかいを社会問題にする機会として考えました。その第一審の結果は、弁護士によれば完全勝利というものでした。
さらには判決の中に次のような一文がありました。
「……原告が、約24年間従事し、入所児童や卒園児童等への思い入れも強いと考えられる普恵園での保育士としての職を失うというのは酷にすぎ、処分としては均衡を欠くというべきである。」
「……原告なりに普恵園入所児童及び職員のためを思い勤務及び活動をしてきたとも評価でき、本件懲戒解雇は、むしろ、普恵園の経営者にとって好ましくない態度をとっていた原告を、本件事故を利用して解雇しようとした事情もうかがえるところである。」 |
とあり、私たちの訴えの正当性が認められたのです。
裁判係争中に起きた法人解散・施設廃園問題から理事者の入れ替えが行われましたが、新理事会も裁判の「控訴」を決定し、高等裁判所で争っています。
5. 私たちから行政への提言
(1) お金よりも子どもが大事
児童養護施設への入所は、児童相談所が調査のうえ、知事による「行政処分」で決定します。施設は全額措置費で運営されていることから、県(子ども政策課)が主に施設会計を適正に行われているか否かを監査しているように思えますが、児童処遇の監査はさらに大事ではないでしょうか。
(2) 子どもに直接聞いて
1996年、児童養護施設 恩寵園(千葉県)での「虐待」が表沙汰となったころから、ようやく「施設で暮らす子どもの人権」に目がむけられるようになり、堰を切ったように施設内の不適切な処遇・運営が明るみに出てきました。
県内でも、2~3年の間に連続して児童養護施設や県立の自立支援施設での人権侵害問題によって県(子ども政策課)が改善勧告、改善指導をする事態となっています。これらの問題は、実は行政機関や関係者の間では以前から知られており、県(子ども政策課)も把握していたはずです。しかし、改善勧告や指導がされた施設のほとんどが、今もなお改善されたとは言い難く、県は、問題施設を放置していると言われても仕方ないと思います。
これまでの行政との関わりから強く感じたことは、行政は「施設に対する遠慮」があり、「難しい子どもを預かってもらっている」という意識が先に立って「少々のことは目を瞑る」という、子ども側ではなく施設側への配慮が優先されているのではないかということです。これでは、どんなに立派な権利擁護システムを作っても、システムは機能しません。
今まさに、人権侵害をなくし子どもの権利擁護をどう遂行していくのかが、行政に求められている最大の役割だと考えます。
(3) 子どもの人権侵害を防ぐためには
私たちは、県が問題のあった施設に対しての指導することはもちろんのこと、人権侵害が起きた背景を検証し、どうすれば再発防止が出来るのかを考えて欲しいと思います。
事情を施設長だけでなく、職員にもヒアリングして、問題が起きる構図を理解し、それを全ての施設指導にも活かしていくような対応をしない限り、問題は後を絶ちません。また、一歩発展して、行政と施設の共同で権利擁護のシステムづくりをしてほしいと思うのです。
(4) 児童行政職員の増員と専門性の確保
その一方、行政職員と施設不足の問題が挙げられます。要保護児童の増加により、施設は常に満床状態で、措置児童の保護先確保が難しくなっています。加えて、ワーカーの担当ケース数が多いため、施設に任せきりで、問題の発生後、初めてケース児童と会うということも少なくありません。
2004年栃木県小山市で二人の幼い兄弟が父親の同居人から虐待され、橋の上から川に投げ入れられて亡くなった事件が発生し、全国から大きな反響を呼びました。皮肉なことに、それを契機に作られた県の再発防止策によってケースワーカーが大幅に増員されました。しかし、代償はあまりにも大きかったと言わざるを得ないでしょう。
私たちは、行政職員にも児童福祉行政の目的である「子どもの最善の利益」のためには、何をするにも「子ども側に立つ姿勢」を忘れて欲しくないと考えています。このため、人材の質の確保も重要です。最前線で、特に保護児童に携わる児童相談所は豊富な経験と専門性が要求されますが、かつての福祉のベテランは続々退職し、新採の行政職が最前線にたっています。他県では実施されている、使命感と専門性を持った「福祉職」の採用を行い、レベル向上に努めて欲しいと考えます。
6. 労働組合の有効性と可能性(私と仲間の今後の決意)
(1) 労働組合というツールをさらに使っていきたい
「納得できない」……ただそれだけの思いで私たちは労働組合を結成しました。
「福祉に組合はそぐわない」という行政などの批判もある中、納得がゆかず、「今、言わなくちゃ」と判断した私たちは、周りの景色を眺める余裕などまったくないまま、全力で駆け抜けてきました。
この問題に対して、職員個人が福祉法人に立ち向かうのは絶望的です。解雇も撤回されておらず、今もなお、苦しい状況にあることには変わりありませんが、労働組合があったからこそ、解雇撤回裁判や法人解散・施設廃園などの大変な事態に対しての連合・自治労をはじめとする支援を受け、一定の成果を出すことができました。また、法人の不適切な運営に対しての改善申し入れ等、労働組合のチェック機能としての一定の役割を果たすことができたとも言えるのです。
私たちは、他の施設に対しても組合結成を呼びかけています。理想を言えば、行政と施設長の対話チャンネルの他に、直接現場を知る私たち労働組合が加われば、入所児童の処遇改善に大きな役割を果たすことができると思います。今後は、さらに仲間を募り、施設現場の声を市民の皆さんに直接届け、また、行政に対する政策提言などしていきたいとも考えています。
(2) 子どもたちとの約束を果たしたい
最後に、私(石川)の裁判闘争について決意を申し上げたいと思います。新理事会は「解雇に関する対応の悪さ」を認めているものの、今後の施設運営の方針が私の処遇方法と違うとし、高裁で「退職前提の和解」を主張し、数千万円の金銭提示をしています。
私たち組合は「入所児童」に言い続けてきたことが間違いではないことを伝えるためにも、「和解」には応じず、「原職復帰」を求めることを確認しています。
私自身も組合結成し、支部長を担った姿勢・責任があります。不当な懲戒解雇に屈する前例をつくることは絶対に受け入れるべきではありません。私の思いは「施設の子どもの権利を守り、民主的な職場運営について対等に話し合う」という組合結成の原点にあります。私はいくら「お金」を積まれても応ずることなく、仲間とたたかっていきます。 |