1. はじめに
高齢社会に突入し、増大する医療費を抑制したい政府は、この20年間で医療法を5回改悪してきた。病床削減から始まり、受益者負担の強化、診療報酬での締め付けと進み、病院が自然になくなって行くという言わば「病院立ち枯れ政策」を進めてきた。
しかし、小泉改革からは、医師・看護師の不足を際立たせながら、「公から民へ」の姿勢を加速させ、公的病院そのものの解体による医療費抑制手法が中心となっている。
私たちは、一昨年の福島県立病院・診療所4施設廃止反対闘争で、大衆運動に依拠しながら公的医療の必要性を訴えてきた。県は、県民の声を無視して4施設を廃止したが、大衆運動の中で、公的医療の重要性が認識されてきている。
今回の公的病院廃止攻撃は、福島県の県立病院廃止攻撃だけに止まらず、福島県の全自治体病院、全国の自治体病院に対する廃止攻撃である。
今、私たちが一歩退けば、地域の医療は確実に崩壊する。公的医療の重要性を訴え、地域住民と一緒になって地域の医療を守り・拡充しなければならない。
2. 医療破壊の歴史
① 1948年戦後の荒廃した医療を建て直すために、「医療法」が策定される。
⇒医療機関の量的整備を中心に行う。
② 「出来高払い制」のひずみや、「乱診乱療」の是正が叫ばれ、医療法の改正を要求されながら、政治的思惑の中で改正されずにきた。
③ 1985年第1次医療法改正
高齢化社会への突入を控え、医療費の高騰を抑制したい自民党政府は、医療法を国民医療向上という視点に立って改正するのではなく、医療費抑制を全面に出して改悪をはじめた。
⇒病床抑制による医療費削減。都道府県に地域医療計画義務付け
⇒福島県は、7つの2次医療圏に分け南会津保険医療圏以外は病床数が多いとし、暗に公的病院の病床数削減を示唆
④ 1992年第2次医療法改正
「患者の症状に応じた医療提供」と言いながら、患者が医療を選ぶ権利の制限をし、受診機会の抑制を始める。
⇒医療機能の体系化として、特定機能病院、療養型病床群の制度化、そして、在宅医療の推進
⑤ 1997年第3次医療法改正
「介護体制の整備」を言いながら、患者の病院からの追い出し。患者の自宅で療養したいという気持ちを利用して、在宅医療の推進。
⑥ 2001年第4次医療法改正
「その他の病床」を「一般病床」「療養病床」にわける等の機能分化の徹底。医師の研修制の導入。
全体として、患者のためを装いながら、医療費抑制を主眼にしている。
3. 小泉内閣以降の自治体病院つぶし
① 2001年に発足した小泉内閣は、聖域なき構造改革と称して国民の命にもアメリカ型の市場原理主義を推進してきた。
② 医療費自己負担増を含む、患者負担の増加。
③ 国立病院の独立行政法人化後、自治体病院削減攻撃。
④ 地方自治法改悪による指定管理者制度の導入。
⑤ 2006年医療制度改革関連法を強行採決
ア 第5次医療法改正
→地域医療計画の見直し
4疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)、5事業(救急医療、災害時における医療、へき地医療、周産期医療、小児医療)担当の病院を計画に明記する。
⇒明記されない公的病院は存在価値がなくなる可能性あり。
◎各疾患・事業毎の明記された病院(2008年3月・第5次福島県医療計画)は別紙
→社会医療法人制度の創設
今まで不採算のために政策医療として自治体病院が実施してきたへき地医療等を、民間医療が参入できるように、税制優遇制度等を作った。
⇒公的医療の存在意味が法律上なくなる。
イ 健康保険法等一部を改正する法律
→医療費適正化計画の策定
生活習慣病対策として、メタボリックシンドロームの概念を導入
→保険給付の内容・範囲の見直し
→介護療養型医療施設の廃止(2012年4月)
→後記高齢者医療制度の創設
⑥ 2007年の経済財政諮問会議で公立病院改革を決定し、7月には総務省に公立病院改革懇談会が設置され12月に答申
ア 三つの視点に立って改革する。
経営の効率化→給与、定員管理の適正化。経費の節減合理化。病床利用率向上。
再編ネットワーク化→基幹病院とサテライト病院等の機能分担の徹底。
経営形態の見直し→指定管理者制度、独立行政法人化、民間への譲渡。
イ 各自治体で、2008年度内に三つの視点にそって数値目標を含めた公立病院改革プラン策定の義務付け
→公立病院と民間病院の統合等による指定管理者制度導入が主体の公的病院廃止プランになる可能性がある。
4. 福島県立病院・診療所4施設廃止反対闘争総括
① 県立病院改革審議会は、2005年3月10日にリハビリテーション飯坂温泉病院・三春病院・猪苗代病院・本宮診療所の廃止と会津病院・喜多方病院の統合を答申した。
② 県は、その後、行財政改革推進本部の方針として3月28日には「県立病院改革に係る基本方針」、7月28日には「県立病院改革実行方策」を次々と発表し、18年度末廃止や希望退職という職員の処遇を含めた工程表も策定した。
③ 病院・診療所統廃合の主な理由は、(ア)一般医療の提供だけ、(イ)民間医療との競合、(ウ)都市部に近い・広域性がない等である。
④ しかし、3次にわたる県立病院事業経営長期計画という経営改善計画が実行されなかったことや医療法上必要な医師さえ配置できないこと、激変する医療状況に県として有効な方策を打ち出せなかったこと等が経営悪化の原因であり、その責任を明確にした上でどのような対策をとるかを議論する前に県病・診療所の統廃合を議論するのは本末転倒であり、許されるものではない。
⑤ また、経営改善のために2004年4月から地方公営企業法全部適用に移行したが、経営改善の効果が出るはずもない1ヶ月後に県立病院・診療所の存廃だけを議論する福島県立病院改革審議会を設置したことも、経営改善の意欲に水をさし、医療の空白化を助長するものであり、許されるものではない。県内医療において、救急医療や高齢者医療、先進医療等の政策医療は十分なのだろうか。診療圏に山間部や豪雪地帯を抱えている県立病院が廃止になって県民医療は守られるか。県立病院は今後も県民医療を守る多くの分野で必要である。
⑥ 大衆運動との結合なしに地域医療は守れないとの観点から、平和フォーラム、社民党を中心に「地域医療を守る福島県民会議」を結成するとともに、廃止対象施設当該地域に「地域の医療を考える会」等を結成し、全県ビラ配布、全県集会、全県署名を展開した。
⑦ 全県で14万5千筆以上の県立病院を残してほしいという声を集約した。特に、三春・猪苗代では、住民の80%にも及ぶ声を集約し、「県民会議」での交渉を強化してきた。
⑧ 2006年2月県議会で、累積欠損金を増大させた県の責任が一切明らかにされないまま、2007年3月末での4施設の廃止が不当にも議決された。
⑨ このたたかいの反省点は
(ア) 運動の広がりが廃止施設地域以外に広まらなかった。
(イ) 公的医療の必要性を十分に宣伝しきれなかった。
5. 今後のたたかいの方向(総括を踏まえ)
① 公立病院ガイドラインを使った公立病院廃止攻撃は、前回の攻撃(県立病院廃止)と異なり、全県の、全国の公的病院に対する攻撃であり、医療を営利追求の民間医療に委ねようとするものである。公的医療がなくなって良いのか、全国的議論を巻き起こさなければならない。
② 大衆運動の再構築のために、「地域医療を守る福島県民会議」の再開と全地域に「地域医療を考える会」を結成し、ビラまき・シンポジウム・署名等を取り組む。
③ 私たちが考える地域医療を、県民に訴えていく。
④ 県や、自治体病院設置団体に公的医療の必要性を認識してもらうために、交渉を強化する。 |