1. はじめに
茨城県立友部病院(以下、県立友部病院)は、精神衛生法下で建設されてから47年が経過、老朽化と狭隘化は目を覆うほどである。患者処遇を規定する精神衛生法が精神保健福祉法となり入院患者の人権尊重と社会復帰が明記されるなど大きく変化した。
県立友部病院の改築計画は1994年に棚上げとなったが、新たな精神保健福祉法に対応するため入院処遇と治療環境の改善、精神科救急など政策医療の遂行、消防法に適合させるため施設改修などを重ねてきた。
私たちは友部病院医師組合(以下、医師組合)と共同で「社会的入院ゼロの病院を目指して」と題する政策提言と早期改築をもとめて9万筆におよぶ請願書を2003年4月県議会に提出、家族会・障害者団体、地域に呼びかけて「茨城の精神科医療を考える」フォーラムを開催してきた。
2007年9月県議会で県立友部病院の建て替えが承認され、2011年4月開院が公表されるに至り、これまでの取り組み経過と新病院の方向を報告する。
2. 国及び県内の精神医療動向
平均在院日数の推移(全国、茨城県、県立病院)(図1)
|
|
国の精神医療の無策による「20世紀からの負の遺産」と呼ばれる社会的入院患者に光を当てたのは、厚生労働省精神保健福祉対策本部(2004年9月)が策定した精神医療保健福祉の改革ビジョンであった。改革ビジョンは「入院中心主義から地域生活中心」という基本方針の下に、今後10年間の間に、「精神疾患に対する国民意識の変革」、「立ち後れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化」さらに「社会的入院の解消による約7万床の病床削減」を民間病院団体の反対を押し切って決定された。
茨城県の精神病院数35病院内国公立病院は3病院、民間病院病床数は6,814床に対して国公立病床数637床で10%にも満たず、県内の精神科医療は民間主導で行われている。
厚生労働科学特別研究事業、「あらたな算定式に基づく、早期退院と社会復帰促進のための精神保健福祉システムに関する研究(2004年度総括・分担研究報告書)」によると、茨城県の平均残存率(1年未満群)は全国ワースト4位、退院率(1年以上群)においてもワースト5位である。2002年の統計でも平均在院日数は、全国平均363.7日に対し、茨城県は513.3日とワースト3位である。(図1参照)
この報告書は茨城県を徳島、長崎.大分、宮崎、鹿児島各県とともに「退院促進に向けた特別な対策を要する」都道府県としている。
3. 県立友部病院と茨城県の動向
(1) 県立友部病院は、1954年代に611床で開院し、12個病棟体制(開放4病棟、半開放1病棟、閉鎖病棟7病棟)で運営されてきたが、1993年に420床の建て替え報告書(新病院将来構想策定委員会報告書)が公表された。この報告書に基づき基本設計まで進んだが元知事がゼネコン汚職で逮捕され、後任の知事によって棚上げ凍結となり今日に至る。
当時、茨城県は棚上げの理由を、家族会が病院縮小計画に反対していることとバブル経済の破綻が県財政に陰りを見せてきたことだと説明してきた。
1994年、県立友部病院は420床構想にむけた退院促進を行うため院内にリハビリテーション会議と精神科訪問看護室を設置し精神科リハビリテーション(以後、精神科リハビリ)を本格化させた。精神科リハビリは、基本的に「集団から個へ」という視点の転換でもあった。当時の友部病院は、社会的入院患者が全入院患者の4割以上を占め、男女別では6対4の割合で男性が多かった。
入院・外来患者の推移(図2)
|
|
(2) 1993年から2007年の14年間において、社会的入院患者のリハビリテーション活動の取り組みにより在院患者数は大幅に減少(図2参照)、病棟も12病棟から7病棟体制となった。病棟拡張が認められないため病床数抑制の方針で運営をしてきた。
長期入院で現在、残っている入院患者は、退院困難の要因が重複している慢性重症例である。
この国の改革ビジョンを先行した県立友部病院の精神科リハビリは、「20世紀からの負の遺産」の精算であったが、同時に退院促進による入院患者減少は病院経営悪化を誘発し、県財政からの補助金負担金に大きく依存していく事態を招いた。
この補助金への高依存体質は、近年の県財政危機によって出資団体等への補助金見直しで病院経営は危機にさらされた。
2006年4月から公営企業法全部適用、病院会計の内部留保金枯渇の原因となり、国の改革ビジョン先行による精神科リハビリの評価は経営面ではかならずしも芳しいものではない。この事実は日本の診療報酬体系が出来高払いのため「医療の質」を追求すると「病院経営」を圧迫し、働く者への労働条件切り下げ、病院存亡の危機に瀕するということを現したものである。
(3) 1999年度に「県立精神病院のあり方検討委員会」は、県立精神病院として民間医療機関との機能分担、病・病連携、病・診連携を積極的に行い、県内の精神医療の先導的な役割を担い、高度先進的分野や不採算分野を中心に医療を提供するべきとの提言を行った。この提言を踏まえ2003年9月に「病院機能や病床数、建設場所」の報告がされたが、茨城県第三次行財政改革大綱により大規模建設事業は見送るという方針で改築整備は着手されなかった。
この茨城県の改築遅延決定は、精神科リハビリによる退院促進の結果、小規模病棟を生み出していた県立友部病院の赤字の要因を増幅させたばかりか、24時間精神科救急など政策医療ができていない、時代のニーズに応えていないとの県議会、民間病院からの強い批判にさらされる要因となった。
4. 組合の取り組み経過
(1) 県立友部病院が精神科地域医療と政策医療を十分に提供できる基幹病院としての役割と機能充実を図るため改築凍結以降、あらゆる機会を通して解除を茨城県に求めてきた。
(2) 2001年3月児童思春期「親の会」の呼びかけに呼応し、友部地区労センターに結集し「児童思春期病棟設置」、「思春期ネットワーク創設の署名活動」に協力、2万人の署名を県議会に提出し同年10月県議会で全会一致の採択となった。
翌年(2002年)7月から県立友部病院の休棟を改修して専門病棟(30床)を開設、併せて児童思春期ネットワークも県庁内に設置された。
(3) 2002年7月に「県立友部病院の改築整備検討委員会中間報告(以下、中間報告書)」(215床)が出された。この報告書は、概ね5病棟体制で急性期医療に再編成し、「自己完結型病院から急性期医療を主軸とする病院」への転換、精神科リハビリ病棟、社会復帰デイケアを持たない病院構想であった。この中間報告書は、現場臨床医の意見の反映がない、急性期医療に特化し精神科リハビリ、デイケアを廃止することに批判的な医師達が医師組合をたちあげた。
2003年に医師組合と県職員組合で「茨城の精神医療を考える会」(以後、考える会)を立ち上げ9万筆の県民署名と自民党政調会で「社会的入院ゼロを目指す」の考える会の方針説明を行った。同年3月に旧友部町中央公民館で「心の医療を考える」(21世紀 地域の時代における県立友部病院の役割)シンポジウムを行い250人を超す町民の参加を得た。
5. 病院の経営悪化と新病院建設の決断
県立友部病院が国に先駆けて行った精神科リハビリ、退院促進は、結果として経営悪化を招き経営危機を迎えた。この経営危機に対して茨城県は、新たな病院事業管理者に経営を委ねる地方公営企業法全部適用(以後、全適)で乗り切ろうと、2006年4月から全適に移行した。全適を前後して経営危機は職員の高賃金と看護師が多いことに起因していると県議会・マスコミを通した執拗な追求が行われた。
この攻撃に対して、組合は経営危機の背景は、2年ごとに替わる医療整備課と病院事務局長の人事による無責任体制、繰り返された改良工事による負担増、病院改築の棚上げと退院促進による患者数の減少、小規模病棟による慢性的な赤字体質などを指摘し改善を求めてきた。
新たに発足した茨城県・病院局は、組合指摘による小規模病棟では「経営改善はできない」「新病院になっても精神科は即黒字とはならない」が改築以外に収益確保の選択肢はないとの判断に至った。これまでの組合主張が取り入れられた瞬間であった。さらに新病院の病床数215床では患者処遇において「社会的問題が生じる」ことを現場の院長が説明した結果、285床まで増床となった。この結果は「考える会」の署名(2003年4月に9万筆提出)が相当数反映されたものであり、新病院では更に強化されるものと確信している。
6. 新病院の基本計画の概要
新病院:病床規模(7病棟 285床)(表1)
|
|
2011年4月開院にむけて県立友部病院整備基本計画が2008年2月に明らかになった。
新病院の主な診療機能は、①精神科救急医療、②児童・思春期医療、③薬物中毒医療、④身体合併症医療、⑤医療観察法による鑑定入院及び指定通院医療などの専門的な医療を提供する。なお、認知症疾患アセスメント、睡眠障害医療、疼痛医療など中央病院の各診療科との連携による総合医療が提供できる体制も整備される。
病床規模は7病棟285床内「医療観察法」1病棟15床となる。(表1参照)
職員の配置では、①精神科救急病棟は、基準看護10:1とする、②急性期病棟及び急性期・薬物中毒病棟は、基準看護13:1とする、③児童思春期病棟は、基準看護10:1とする、④医療観察法病棟は、基準看護4人+1:1.3以上とする、⑤薬剤管理指導料を取得し入院患者への服薬指導を行うため、各病棟(医療観察法病棟は除く)に薬剤師1人を配置する、⑥外来診療の拡充、救急患者への検査等に対応するため、検査体制を強化する、⑦社会復帰を促進するため、各病棟に精神保健福祉士を1人以上配置する、⑧委託が可能な業務は全面委託化を推進するなどとし、医師18人、看護師169人、コメディカル37人、事務職9人を予定している。
7. 私たちが訴えてきた新病院建設像
茨城県の精神科医療の全般的な後進性が明らかになる中、県立友部病院の建て替えは県内精神科医療の足りない地域医療としての診療機能を補完しつつ先駆的医療を行うものでなければならない。
(1) 24時間精神科救急をベースに「誰でも安心してかかれる」基本診療機能の充実による精神科医療のモデルを確立し、未治療患者への積極的なアプローチ、民間病院との連携による専門性の高い政策医療の推進を図る。
① 24時間精神科救急は、当面、全県一区で対応する。精神保健福祉センターは精神保健福祉士、看護師など専門職の配置により相談機能と専門性をより強化する。(2008年4月よりスーパー救急実施)
② 精神科救急で広域的な事案に危機介入できるよう警察・消防と連携した移動精神科救急体制を整備する。
(2) 精神科身体合併症を政策的に県立友部病院が県立中央病院と連携して積極的に担う。
茨城県の精神科身体合併症入院指定を受けていた(独)霞ヶ浦医療センターが医師不足により2008年3月に休止となった。
(3) 病院財政赤字の元凶と批判されてきた精神科リハビリについて、その技能は友部病院に一日の長があり、改革ビジョンを推進する障害福祉課と協力し民間精神科病院への支援をはかる。また、院内に「滞留」している慢性重症例患者の治療効果を高め県立友部病院の先進性を明らかにする。
(4) 「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」、いわゆる「触法患者の治療」を強化すること。そのためには警察・司法・医療が一体となった「医療観察法」病棟を設置する。この「医療観察法」が行っている多職種チームアプローチを学び、精神科医療にフィールドバッグさせる。
(5) 薬物中毒精神障害者、うつ病・自殺対策を政策的に強化するため、精神保健福祉センターが持っている相談機能と友部病院の医療機能を一体的に運用し、治療効果を高める。
(6) 県立友部病院を基本診療と専門医療分野が両立する茨城県精神科医療センターと名称を変更する。
(7) その他の診療機能は、「県立友部病院の運営とあり方についての検討会」(議長 朝田 隆(筑波大学教授))報告書を踏まえ整備をはかる。
なお、建て替えに伴う起債について、病院事業負担分を明確にする。
8. おわりに
私たちは「差別と偏見」を社会からなくすることを柱に取り組んできた。
政治の「精神科はあの程度の建物でよい」とする無理解が、結果として県民の精神科医療への差別を増長させてきたことを茨城県行政は、重く受け止めるべきである。
県立中央病院改築から遅れること20年、友部病院建て替えが凍結されてから14年目にしてやっと改築にゴーサインが出された。
なんと長い期間棚上げにされてしまったのか。新病院建設に向けて精神科医療が広く県民に支持されるよう茨城県と病院局は精神科医療への理解と啓蒙に努力を惜しんではならない。
私たち友部病院で働く者として、努力を惜しまないことを付言しておく。
|