【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱー②分科会 持続可能な医療体制の確立

地域と共に歩む自治体病院の試み
石川県立中央病院の場合

石川県本部/石川県職員労働組合・高松支部 北野 喜文

1. はじめに

 医療技術の進歩が著しい現代に、自治体病院は本来の医療技術以外の事で翻弄されているのではないか。なにがそうさせているのだろうか。憲法25条、地方自治法1条2項によれば、「国民の医療、社会保障は、基本的に国、地方自治体の責任においてなされるべきである」と記されており、民間医療機関の少なかった時代は、自治体病院が地域医療の根幹をなしていた。
 しかし、医療状況の変化により、高齢者の増加、疾病構造の変化、住民の健康への関心の高まり、患者の大病院思考の増大等々、病院に対する専門的医療需要が増大した。そのような医療状況の変化に対応せず、自治体病院の名にあぐらをかいていた旧態依然の自治体病院からの患者離れが著しくなってきた。
 自治体病院が基幹病院として地域医療に果たす役割がなくなれば、自治体病院は淘汰されると考えられる。
 その様にならない為に、地域に設立された自治体病院の目的を再認識し、病院当局と共に職員自らが、地域と共に歩む病院形成に積極的に参加、行動しなければならない。自治体病院の灯は絶対に消してはならない。
 石川県立中央病院では、地域と共に歩む病院として多くの事柄を行っているが、その中から、職員の間から自発的に出てきたユニークな2つの取り組みを報告する。職員の病院に対する姿勢が少しでも参考になれば幸いである。

2. 石川県立中央病院の現状

 石川県の県立病院は総合病院が1院、精神病院が1院ある。
 石川県立中央病院は高度医療、特殊不採算医療を担う中核病院として位置付けされ、医学医療技術の進歩に対応する施設、設備の拡充を図っている。
 診療科は精神科を除く22科(院内標榜診療科29科目)病床数662床である。
 職員数860人(医師 110人、歯科医師 4人、研修医 14人、薬剤師、放射線技師等コメディカル 137人、看護職員 464人、診療補助職員等 98人、事務職員 33人)
 2006年度の総収益は、131億7,154万円、総費用は124億9,571万円
 総収益から総費用を差し引いた純利益は6億7,583万円であり、単年度収支では8年連続の黒字決算である。
 2006年度の一般会計からの繰入金は5億4,332万円である。
 2006年度末の累積欠損金は81億3,196万円である。
 2006年度 入院患者数 1日平均  553人  総数 201,825人  病床利用率 83.5%
      外来患者数 1日平均  968人  総数 237,042人
        計   1日平均 1,521人  総数 438,867人

3. 病院を取り巻く環境

 当院を中心に半径10km以内に国立大学病院、私立大学病院、国立病院、市立病院、済生会病院、社会保険病院、国家公務員共済病院、日赤病院、NTT病院、民間総合病院、心臓専門病院、脳神経外科専門病院、中小民間病院 等々がひしめき合っており、石川県立中央病院がなくても地域住民は全く困らない環境である。

4. 中央病院手話サークルの取り組みについて

 10数年前から石川県の方針として、公共施設のバリアフリーが施行され、その一環として病院も多くの改造が行われた。
 しかし、建物はバリアフリーとなっても、病院職員の心まではバリアフリーにはならず、まだ多くの職員は障害者に対して偏見を持っている様に見られた。
 10数年前に、院内の小さなサークル『中央病院手話サークル』は、病院職員の心のバリアフリーを目標に、障害者に対する偏見を少しでもなくそうと活動を開始した。その効果が徐々に現れてきて、心のバリアフリーが少しずつ表れてきている感じがする。
 1997年、医事課職員から、金沢西地区手話サークル『あての会』が使用している会場が使用できなくなるので他の会場を探しているがなかなか見つからずに困っている。病院の会議室を使用できないか、と組合に相談が持ちかけられた。
 病院管理局に交渉したが、病院関係者以外が定期的に会議室を使用することは許可出来ないと断られた。医事課職員には病院管理局の考えを説明し無理だと返答した。
 その後『あての会』は会場を探したが見つからず、再度医事課職員から病院の会議室を使用出来ないかとお願いされた。しかし、病院管理局に一度断られているので、双方が納得する方法がないかといろいろ思案の結果、北野個人が、病院職員を対象にした手話サークルを院内に設立し、中央病院手話サークルの講師を金沢駅西手話サークル『あての会』にお願いする形にして、中央病院手話サークルを設立した。
 病院管理局と交渉し、中央病院手話サークルのために定期的に会議室を確保した。
 初めの頃は、中央病院手話サークルはあての会の中で、共に活動を行っていたが、合同で行うことに不都合が生じ、PM.6時~7時に中央病院手話サークル PM.7時~9時に『あての会』で各々活動を行う事にした。
 中央病院手話サークルには、あての会の聾唖者、手話通訳者数名を個人的に講師にお願いして、主に病院関係用語の手話中心にサークル活動を始めた。
 1998年から正式なサークルとして、旗揚げし、県職労、共済組合からの補助金交付を受け、大々的に病院全職種を対象に会員募集を開始した。
 しかし、開催日が隔週で手話を使用する機会もなく、新しい人は多く来るが会員の多くは長続きせず、簡単な手話を覚えて辞めていく人が多く、活動は常に10数人で行っていた。現在もこの状態が続いて毎回10数人で細々と活動している。
 サークルを辞めていく職員は多いが、その結果院内各部署に手話を少し学び障害者に対して偏見を持たない職員が増え、その職員が聴力障害者に接する姿勢を見て、他の手話を学んでいない職員も障害者に対する偏見が薄れ、院内の心のバリアフリーが少しずつ広がってきた。
 手話サークルを設立以後、受付窓口、検査室、外来や会計で聴力障害者に「おはよう」「お大事に」等簡単な手話で話しかける職員が少しずつ増えてきたが、さらに輪を拡げ、少しでも職員の障害者への偏見を取るために、毎年1回、病院職員を対象に、聴力障害者を講師に迎え、障害者の話を、一方、聴力障害者には、病院の職員を講師に迎え、病気の話をと、両者に対してセミナーを開催している。
 手話サークルの設立前には、聴覚障害者の外来患者数は微々たるものだったが、手話サークル設立後、聴覚障害者間の口コミにて中央病院の手話サークルの噂が広まり、来院者も徐々に増えてきた。
 聴覚障害者の外来患者が増えるに従い、手話が出来る医事課職員だけでは対応が出来ず、職場要求の一環として、専任の手話通訳設置を組合から強く要求した。
 その結果、始めは毎週火曜日の午前中、障害福祉課から手話通訳が受付窓口に待機するようになり年間50~80人の患者数だったが、2000年度から嘱託の手話通訳が常勤設置され、それに伴い患者数も以下の様に大きく増えた。
 2000年度 260人、2001年度 235人、2002年度 280人、2003年度 308人、2004年度 353人、2005年度 342人、2006年度 341人、2007年度 287人
 2007年度からは診療が予約制になり今後280人で推移すると考えられる。また、地域医療連携が進み、毎年1~2人だった紹介患者が、2007年度は5人に増えた。今後は紹介と検診の再検患者が増えると見込まれる。
 聞こえない患者さんにとっては、簡単な手話でも声を掛けてくれると安心して検査が受けらるという声がある。技師の方でも身振り手振りや、文字、照明のON、OFF等で検査内容を説明して、検査がスムーズに進むように心がけるようになった。
 聴力障害者からは「通訳がいなくても大丈夫」と言う声が出てくるようになり、複数の患者が重なった時には、その場を技師に任せて通訳者がいない時もある。
 小さな出来事に組合が関わり出来たサークルから、口コミで中央病院は心のバリアフリーの病院と、障害者の中の狭い世界ではあるが徐々に浸透してきたことは喜ばしいことである。

5. 栄養部の取り組み

 病院の評判の多くは患者の口コミによるところが大きい。特に入院患者、見舞い客の口コミは無視できない。特に入院患者の食事に関する口コミが多く、例えば一部の産科専門の病院はホテルの様な食事を提供し、それが病院選択の大きな要因になり、今では金沢市内の産科専門病院の多くは毎食ホテルの様な食事を提供している。しかし、当院の産科の食事はホテルの様な食事でなく普通の病院の食事であるが、食事以外の点で産科の評判が良く患者数は多く、産科医9人で地域医療に貢献している。
 私感では医療とは関係のない分野が病院選択の要因になっている事に矛盾を感じる。しかし、医療技術水準が平均化された現代では、病院間で違いの差を出すことはなかなか困難である。そのようななかで患者に判りやすい、食事の違いを前面に出すのも良いのではないか。
 当院の栄養部は全国的に見ても希な取り組みをしており、他県からの視察も多い。また調理師は講習会、研修会、学会等の講師要請もある。
 全国でもまれな取り組みとは
① 終末期を迎えた患者が入院すると、管理栄養士と調理師が患者と会話し、会話の中から好きな食べ物を聞き、患者の好みにあった食事を提供している。また病室に調理師が定期的に訪問し会話をして、患者の状態に応じた味付や形態の食事を提供している。この取り組みは食欲の無かった患者の食が進み、食べられた満足感が治療意欲につながると大きく評価されている。
② 患者は入院時、食材で嫌いな食材、朝食の種類、味付け、硬さ、切りかたの大きさ等々食事に関する全ての情報を栄養部に伝えられ、食事に関してはほぼ個人対応が実施されている。
③ 糖尿病教室や腎臓病教室で調理師が材料を持ち込み、患者と共に調理実習を行い具体的に指導をしている。
 ただ問題点もある。調理師は変則4交代制(早出 6:00~15:00 4人、日勤 8:30~17:15 1人、中出 9:15~18:00 7~8人、夜勤 11:00~9:15 2人)で、定数調理師15人、嘱託調理師7人の計22人で、勤務後に担当者が集まり患者別の料理方法を話し合い、調理実習の準備等々、現在の水準を維持するため自己研さんを絶えず行っている。それらを実践することにより業務量が増加したが、それに対して増員等はなく現人員で全てに対応しており、オーバーワークになっているのが現状である。それに対する超過勤務手当等は無い。
 このシステムは全て業務ではなく、多くは調理師のボランティア精神の上に成り立っている不安定な形態のシステムである。もしも、調理師の定数削減、または栄養部調理部門が委託化されれば、個人対応のシステムは泡のように消え去り、石川県立中央病院の評価も大きく下がると考えられる。しかし、調理職員がこの様に病院の為に頑張っているにもかかわらず、病院当局は調理職場の民間委託化を絶えず提案して来ている。
 この取り組みは、地元の新聞『北陸中日新聞』に写真入りで大きく取り上げられ、県民の間で反響をよんだ事は嬉しい事である。

6. 組合の役割

 現在の私達は、組合の先輩が血のにじみ出るような闘争で勝ち取った権利に守られている。しかし、多くの組合員には過去の権利闘争を知らされておらず、それらの権利を組合が死守していることも理解していない組合員が多い。組合活動に無関心で権利は当たり前、組合活動を一部の役員に任せっきりで、その上に胡座をかいて、汗を流さずに美味しいところだけに群がる組合員が多いのが現状である。組合は私達の知らない先輩の血の滲み出るような闘争の過程を語り継ぎ、常に組合員に話すべきではないか。
 医療職の給与は人員不足時代の高い水準を維持しているが、現在は一部の職種を除いて供給過多になり、同じ仕事をしながら、賃金の安い定数外員が増えてきた。さらに再任用制度が導入され、職場環境がより複雑な構造になり、かつ賃金体系維持も怪しくなってきた。公立病院改革懇談会のガイドラインに沿い、今後の公立病院はどの様に変化するのか判らない混沌とした時代になってきた。
 この様な時代にこそ自治労は原点に戻り、自治労4つの目的を達成しなければならない。
 自治労第一の目的『組合員の生活水準を向上させ、労働者の権利を守ること』
 自治労第二の目的『やり甲斐のある仕事が出来るように話し合ったり、考える場を提供すること』
 この第二の目的こそ自治体病院を守り、私達の職場を自らの努力で確保する原点ではなかろうか。

7. おわりに

 自治労の第一の目的は組合員の権利確保である。
 しかし権利を守ろうにも、守る職場自体、自治体病院そのものが無くなる現象が全国各地で起きてきた。
 現在では病院間において、医療技術の水準に大差はなくなり、自治体病院の必要性も薄らぎ、全国各地で自治体病院閉院、民間委託が進み、我々の職場が無くなってきている。
 しかし、医療技術がどんなに進歩しても医療はあくまでも人間相手の人間が行っている仕事である。いくら高度な医療行為を行っていても、患者に安心感を与える治療でなければならない。
 地域住民のために設立された自治体病院は地域住民と共に歩む病院であり、地域住民の病を治す病院である。その自治体病院は私達の病院でもあり、職員全員が自ら知恵を出し合い、行動して盛り立てて行かなければならない。
 今回の報告は直接医療技術とは結びつかないかもしれないが、地域と共に歩む病院としての、職員から自然と湧いてきた試みの報告である。