【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-②分科会 持続可能な医療体制の確立

公立村岡病院の取り組み


兵庫県/公立村岡病院・病院長 石田 長次

 当院は兵庫県北部(但馬地方)の標高約220mの山間にある50床の病院です。当地域でも医師不足は深刻です。不足した医師数の中で必要な医療をどう提供するべきかを、関係者が議論を重ね、高度・救急医療を行う基幹病院に医師数を確保し、当院のような周辺の小病院は医師数を減らし、慢性期医療を中心に行う方針が出されました。これを受けて、当院では救急業務を制限し、以前から医療の原点と考えて、業務の中心にしていた、高齢者の在宅医療にさらに力を入れることにしました。また、医師数が3人と減りましたので、内科、外科と区別して業務を行うことは効率的でないと考え、総合診療科体制にして、診療科に関係なくプライマリケアを行う業務に再編成しました。結果的に、この総合診療科体制は、複数の疾患を併せ持つ高齢者に医療を提供する体制として、より目的にかなったものとなりました。
 以下、当院の現状を、前半で村岡病院の組織運営について、後半で在宅医療を中心とした高齢者医療について説明します。

1. 村岡病院の組織

(1) 村岡病院の診療圏
  村岡病院の診療圏は、人口約8,000人で、高齢化率が40%弱の地域です。日本は50年後には全国平均で高齢化率が40%前後になるという試算があります。その意味では、当院の状況は将来の日本を先取りしているといえ、当院が現在取り組んでいる地域医療は、将来の日本高齢化医療のモデルケースとなりうると考えて、日々業務を行っています。

(2) 村岡病院関連組織
 村岡病院は養父市と香美町が設置した一部事務組合である公立八鹿病院組合が設立運営しています。一部事務組合立運営の特徴として、事務職員がほぼ病院業務専任であることがあげられます。これは、2年に1回行われる複雑な診療報酬の改訂などの様々な病院事務業務に、専門職で対応しやすいという利点があると思われます。
 病床は一般病床50床、医師3人(総合診療科)、看護師23人他の構成です。関連施設に看護師が4人所属するむらおか訪問看護ステーションがあります。また、香美町村岡区内に国保の診療所が兎塚診療所、川会診療所、原診療所と3か所あり、ここに各週1回出張診療にいっています。

(3) 村岡病院理念
  どの組織も、その組織の目的を明確に定めないと、組織そのものの維持が目的となり、本来の機能を果たさない、共同体に陥ってしまいがちです。病院の評価は病院が果たすべき目標をどれだけ達成できたかで評価すべきと考えます。その意味で、具体的な病院理念を設定し、職員に浸透させることが重要と考えて、以下のような、病院理念、看護部理念を作りました。月1回の朝礼で唱和しています。
● 住民のニーズに基づいた,医療・保健・福祉サービスを行います
● 患者さまと家族を医療における主役と位置づけます
● 外来から入院、入院から在宅まで、連続したケアを行います

(4) 看護部理念
  同様に、院内で最も大きい存在である、看護部門にも、理念を設定してもらい、看護業務の基準としてもらっています。
● 患者様の人権と権利を尊重し、真心のこもった療養環境を整え安全を守ります。
● 専門職としての誇りを持ち、品性を高め責任を持ち、自己研鑽を重ね看護の質の向上に努めます。
● 地域のネットワークを大切にし、住民の皆様に信頼されるきめ細かい看護を提供致します。

(5) 目標管理
 次に、一般企業ではすでに取り入れられている、目標管理制度(MBO)を取り入れています。
① 年度目標発表会と実績検討会
  職員自らが、部署ごとに達成度の評価可能な具体的年度目標を設定し、その到達度を評価しあうシステムを作っています。部門ごとの目標設定が重要で、年に一度全体会で評価し次年度の目標を設定しています。
② 全職員参加の各委員会
  縦割り組織の弊害をなくし、組織横断的な経営改善を行うため、各種委員会を作っています。
③ 医師中心の予算編成
  予算編成に、医師が深く関わることが重要です。他人が決めた目標に沿って、仕事をする場合には成果は余り望めません。事務職員が机上で決めた数値目標を予算化し、ノルマを決めて叱咤激励しても、現場の声が反映されていない予算は、達成される可能性は低いと思います。医師が診療の目標を立て、具体的な予算計画を行い、それを元に予算を作成し、実行することが、最も重要であると思います。

2. 高齢者の在宅医療

(1) 高齢者に病状の特徴
 高齢者の病状には、以下のような特徴があります。
① 複数の疾患を併せ持つ
  高血圧症、変形性関節症、白内障等々多くの高齢者が同時に複数の疾患を併せ持ちます。このため、服薬等の治療に当たっては、合併疾患や、副作用について十分注意を払わなければなりません。
② 高齢者特有の疾患がある
  一般成人が経験することの少ない、認知症、せん妄、尿失禁、転倒等の高齢者特有の疾患があります。これらの疾患は、高齢者の尊厳を傷つけることも多く、慎重な対応が求められます。
③ 日常生活上の機能障害を起こしやすい
  また、高齢者の疾患は後遺障害を残すことが多いのも特徴です。脳血管疾患や骨折は麻痺や筋力低下等の障害を残すことが多いのです。しかし、肺炎などで長期ベッド上臥床したら、肺炎は治ったが、筋力低下で歩行困難になったというような、原疾患とは直接関係ないことで、障害を残すこともあります。

(2) 高齢者医療・ケアの特徴
  高齢者の医療・ケアの特徴として、以下の点があげられます。
① 健康は目的ではなく、手段であるという発想が必要です。疾病の治癒が最終目的ではなく、患者さんの人生の目的を達成し、充実した人生を送る手助けをするという視点が必要です。
② 自然治癒能力を信じて、障害に対しては住宅改修当の徹底的な環境整備をする必要があります。
③ 高齢者の医療はゆっくりとしたターミナルケアと考えて、本人の希望・選択に添ったケアが重要です。

(3) 在宅医療
  人間の生活の場は、本来自宅です。完治しない障害を持った高齢者に、長期的なケアを提供するのは当然在宅が中心になりますし、多くの患者さんもそれを望んでおられます。在宅医療では高齢者の生活の質を考え全人的・包括的・長期的な医療・ケアを行うことができるのが特徴です。また、自宅は患者さんの権限の範囲ですから、玄関を入る段階から、患者さんか家族に許可を貰わなければなりません。訪問した、医師や看護師は部外者になり、自宅内での最終決定権は、患者さんにあります。この点が患者中心の医療が在宅医療でより実現されやすいと考える点です。入院治療後、病状が安定した状態の時と、退院後在宅での患者さんの顔を見ると、在宅の方が、はるかに生き生きとしています。こういう時に、私たちは、在宅医療の重要性を実感します。

(4) 在宅医療を選択し集中
  高齢化率が40%近く、人口密度が少なく、交通の不便な当地域では、上記高齢者のニーズに基づいて、通院困難な患者さんに積極的に訪問診療を行うという選択をしました。ただ、医師が訪問する頻度は、安定した高齢者の場合は月に1~2回と少ないです。そこで、むらおか訪問看護ステーションを設立し、頻回に訪問看護を行って頂き、充実した在宅ケアを目指しています。高齢者の在宅医療を行っていく上で、訪問看護ステーションはなくてはならない組織です。

(5) 地域包括ケア
  高齢者ケアは、病院内で様々な職種との連携を持つことが重要ですが、それだけでは不十分で、院外の介護関係者との連携が、非常に重要です。まず、当院では入院した時点から退院計画を始めます。住宅改修を行う場合は、1ヶ月かかることもありますから、退院できる状態になってから、計画を始めたのでは、間に合わないことが多いからです。当院には、ソーシャルワーカーはいません。その代わりに、全看護師がソーシャルワーカーの発想を持って、退院計画を立てています。退院が近くなれば、患者、家族と在宅生活の計画をたて、具体案の作成には訪問看護師さんやケアマネージャーに加わって貰います。介護関係者との連携は非常に重要です。当院では、月に1回地域の医療、介護関係者が集まる在宅ケア会議を開いて、退院後の経過の相談を始め、様々な在宅患者の情報交換を行っています。当院の目的の一つが、介護関係者との垣根をなくすという点で、具体的には、ケアマネージャがいつでも、自由に、病院、病室に自由に出入り出来るようにすることでしたが、これは、現在ほぼ実現できました。

(6) 在宅医療の現状
  現在、当院で定期的な訪問診療を行っている在宅患者総数は約90人です。1週間のうち月、水、金の半日を訪問診療に当てています。"町は大きなホスピタル、家は病室、道路は廊下"という発想で、日々訪問診療を行っています。小病院が在宅医療を行うことの利点として、いつでも入院可能であるという点があげられます。在宅で、急変したときに、受け入れ先の病院を探す必要がなく、そのまま当院に入院できます。これは、在宅療養中の患者さんや、ご家族に大きな安心となっていると思います。在宅での看取りも訪問看護ステーションと連携を取りながら積極的に行っています。多いときで年間13人の患者さんを在宅で看取りました。これはその1年間で当院が看取った患者さんの約25%に当たります。

(7) 神経難病患者の外出支援
  当院では、神経難病で長期入院している患者の外出支援を行っています。気管切開と胃瘻処置を受けた神経難病の患者さんは当院に数年間入院しておられます。自分の意志を伝えることもなかなか困難な状態です。しかし、知的レベルは全く低下していません。長期入院により、患者さんも医療者もマンネリズムに陥る中、お互いを活性化する取り組みが、外出支援です。計画は、担当看護師が立て、それを支援するために、他の職員がバックアップします。医師も、業務の合間をぬって参加します。一銭にもならない外出支援ですが、私たち医療者はそれぞれ専門資格を持つ、プロフェッショナルであり、その専門技術を患者のために生かし、成果が得られたときにもっとも喜びを感じます。この外出支援の時の成果は、患者さんの笑顔です。医療者は患者さんが自宅に帰った時、あるいは普段会えない親戚や、近所の人と会ったときに、病院では見られない笑顔を見せます。この時に私たちは、患者さんが地域社会とのつながりをもった存在であり、地域社会での歴史をもった存在であることを、再認識します。この地域の中での患者さんの存在を意識しながら医療を行うことが、地域医療の本質であると考えます。

 最後にへき地の高齢者医療・在宅医療に最も必要なことは"思いやり"と"謙虚さ"であると考えます。




参考文献
 [病院管理関連]
 病院「変わらなきゃ」マニュアル(日総研出版) 塩谷 泰一 1999年
 病院管理学入門 第4版(医学書院) 高橋 政祺 1995年
 ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則 (日経BP社)ジェームズ・C. コリンズ 2001年
 [高齢者・在宅医療関連]
 高齢者医療と福祉 (岩波新書) 岡本 祐三 1996年
 ケアを問いなおす―「深層の時間」と高齢化社会 (ちくま新書) 広井 良典 1997年
 退院計画―病院と地域を結ぶ新しいシステム(中央法規出版) 手島 陸久 1996年