【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-②分科会 持続可能な医療体制の確立

持続可能な社会保障制度を求めて「国保再生」運動


沖縄県本部/石垣市職員労働組合 吉村 安史

1. はじめに

 今、憲法九条「改正」の動きと連動し、社会保障制度の切り崩しが進んでいます。小泉政権がすすめてきた「構造改革」路線は、国民に耐え難い苦しみや困難を与えています。所得格差が拡がり、本来、国民の権利であるべき医療や福祉が「商品」に変質させられ、「自己責任」の名で人間が大切にされない社会がつくり出されています。
 「構造改革」と称してこのままこの道を進んでいっていいのか。「小さな政府」をめざすなどして、真っ先に削りとられ、また一層の縮小化がねらわれているのが、現状でも小さな「社会保障制度」です。なかでも、焦点の課題として国民の医療と健康を守るべく医療保障が壊されようとしています。
 そこで、憲法二十五条の精神を具現化する社会保障制度の要であり、かつ国民皆医療保険制度の中核を担う国民健康保険制度(ここでは地方自治体が運営する国保に限定する。以下は「国保」とする)の構造的問題の解決なく、医療費適正化の名のもとに推し進めていく政府の医療制度改革のねらいを検証し、国保「再生」運動の実践こそが社会保障をわが国に根づかせ、拡げていくことにつながることを今レポートで訴えていきます。

2. 社会保障「構造改革」とは

 1983年厚生省の21世紀をめざす「医療改革」基本指針において、「社会保障は、個人の自立を前提としつつ、国民の連帯による相互扶助を組織化して社会の安定を図るもの」と規定されました。
 これは、個人の主権の擁護ではなく社会の安定が優先され、憲法二十五条の理念と無縁な公的責任を棚上げにした社会保障論の登場を意味し、日本経済においてバブル崩壊後の1990年代半ばからの高コスト体質の是正や国際競争に遅れをもたらす規制の撤廃を訴える「構造改革」にまでつながることとなりました。
 安心・安全が第一に求められる社会保障分野においても、2001年小泉「構造改革」の基本方針(いわゆる「骨太の方針」)では、「社会保障制度が公的なものであるが故に制度そのものに非効率をともないやすい組織上の問題がある。」から民間にまかせていくという更なる社会保障「構造改革」が推し進められてきました。
 具体的には、結果として福祉の保険化のさきがけとなった2000年介護保険制度設立に始まり、障がい福祉分野においても措置制度から支援費制度、そして2006年障害者自立支援制度が導入され、最後のセイフティーネットである生活保護分野においても、適正化生活保護行政による切り捨て等あらゆる分野にまで至っています。
 そして、その改革すべき本丸である医療分野においても、混合診療(詳細は後記)解禁により公的医療保険以外にも民間医療保険分野の拡大等が虎視眈々とねらわれています。
 ねらいは、国民に「自律・自己責任」の名による多大な負担を押し付けるとともに、社会保障の公的責任を放棄し、社会保障を「競争原理」に流し込み、公的負担や大企業の社会的責任としての負担を免罪するところにあります。

3. 形骸化する国民皆医療保険

(1) 国保の構造的問題
 わが国では1961年から「国民皆医療保険」といって、原則として国内に住んでいる人については何らかの公的医療保険に加入することが義務づけられています。(外国人については外国人登録し、在留資格があって1年以上日本に滞在すると認められる場合、対象となります。)
 国民健康保険とは、その公的医療保険のひとつですが、昔からその中核を担ってきています。それでは、他の公的医療保険と比較しながら国保が抱える構造的問題にふれていきます。
 公的医療保険は、次のように大きく5つに分けられます。
① 健康保険組合(主に大企業に勤める労働者とその家族が加入。以下「健保組合」)
② 政府管掌健康保険(主に中小企業に勤める労働者とその家族が加入。以下「政管健保」)
③ 共済組合(主に公務員とその家族)
④ 国保組合(建設国保や医師国保など特定の職業の国保組合
⑤ 国保(市町村国保)があります。
 これらについては、①~④は主に世帯主の勤務先や事業所の規模により加入する公的医療保険が異なっており、「職域保険」と呼ばれ、これに対して、⑤国保は「地域保険」と呼ばれています。また、①~③は、サラリーマンが加入する保険として「被用者保険」と称されており、保険料については労働者と使用者(事業主)がおよそ労使折半で負担する仕組みになっています。
図表1 国保(市町村)の職業構成の変化
 つまりは、国民皆医療保険という体制のもと、職域保険に該当しない人々は全て国保に加入しており、公的医療保険に加入していない人々は原則として存在しないということです。
 国保は被用者保険に該当しない農林水産業者、自営業者、フリーター、無職者(退職者含む)等が加入者しており、2006年4月の段階で約4,800万人(市町村国保のみ)が加入しています。
 国保加入者の特徴は、1990年代のバブル崩壊以降の不況の長期化による中小企業の倒産や相次ぐリストラを起因とする失業者の増加などを背景に、図表1にある通り、世帯主が無職であるという世帯が約半数を占め、そして大半は高齢者であるという点です。
 国保に加入している世帯の所得階層分布(2005年の年間所得、「国民健康保険実態調査報告」厚生労働省)では、最も多いのは、「所得なし」で27.1%、次いで「100~150万円」で13.5%、「150~200万円」が11.9%、「200~250万円」が7.1%、「0~30万円未満」が7.1%などとなっており、やはり低所得者層が多いという結果となっています。
 また、国保は図表2にある通り、他制度と比較しても一人当たりの医療費が高いほか、加入者の所得額に対する保険税(料)負担も著しく高くなっています。
 また、国保の保険者である市町村によって保険税(料)賦課法や負担が異なるだけでなく、年収別に他制度と比較した図表3を見ても事業主の折半分負担もなく、世帯人数分まで賦課される国保が明らかに保険税(料)負担が高くなっています。


図表2 市町村国保・政官健保、組合健保の比較

図表3 平成17年度保険料負担の比較
(単位:万円)

(2) 社会保障としての国保だが……
 戦前の1938年に成立した国民健康保険法(いわゆる「旧法」)では、助け合いの精神を強調していたのが、1958年に改正された国民健康保険(いわゆる「新法」)では、助け合いの精神だけでなく、社会保障の一環であると明記され、旧法から新法へ、国保が社会保障として大きく進化を遂げました。
 しかし、この日本の社会保障を支える社会保険には当然としての「社会原理」としての性格をもつ一方で、「保険原理」の性格つまりは「私的扶助」の原理をもつ以上、大きな矛盾を抱えざるをえません。
 それは、国民皆医療保険体制で「誰もが何らかの公的医療保険に加入しています。」と宣言しているにもかかわらず、社会保険方式で運営する限りは保険税(料)滞納者への資格書発行等の制裁措置によって国保から排除される人々を抱えるという制度上の大きな欠点です。
 保険税(料)を負担できるかどうかという尺度のみで制度の対象とするかどうかの資格を判断するのでなく、重要なのは保険税(料)を負担できない人への対応を検討し実践するのが社会保障です。社会保険方式の限界を認識し、保険料を負担できない人への保障を行うことが求められます。名目のみの国民皆医療保険でなく、実質的に国民皆医療保険に近づける政策的対応が必要です。

4. 日本の医療費は高いのか

図表4 GDPに対する総医療費支出の国際比較
 「よく日本は高齢社会で医療費が年々高騰している」とよく聞きますが、これについて、医療費の過大な将来推計、そして国際比較により果たしてそうなのでしょうかと考えてみます。
 医療制度改革の素材として良く使用されているのは、「国民医療費」は、医療費抑制策を講じられる根拠ともなっています。
 以前に厚生労働省が試算した1995年の「平成7年版厚生白書」では2025年には国民医療費が141兆円に上るとされていますが、近年の同省の白書では、2025年の国民医療費は65兆円と下方修正されています。日本医師会の国民医療費の推計では、2001年以降の実績の伸び率を参考にすると、現在の医療費抑制策が継続すると仮定して2025年の国民医療費は49兆円になるとしています。これらの差が生じた理由として、厚生労働省は1995年から1999年までのデータをもとに年3~4%の伸び率で試算し、日本医師会では近年の医療費抑制策の効果などの直近のデータとなる2001年から2005年までの直近の伸び率を参考に推計し年2%台の伸び率としているからです。
 つぎに、「GDPに対する総医療費支出の国際比較」から、高いと言われる日本の医療費をみてみます。GDPとは国内総生産のことで、国内で1年間に新たに生産された財やサービスの価値の合計です。図表4は各国同じ条件の比較ではないものの、日本のGDPに対する総医療費支出の水準はドイツ、フランスなどのいわゆる先進諸国と比べても低水準であるということが分ります。医療費がかかりすぎているといわれますが、他の国々と比較してみると、必ずしもそうとは言えません。
 つまりは、(次で記述する)政府・与党が医療制度改革を提起し強行実施していくために、わが国の医療費の過大な推計が必要だったということです。

5. 医療制度改革大綱がねらう医療破壊

 政府・与党は、今年4月から施行され現在でも連日の如く新聞報道される「後期高齢者医療保険制度」も含む「医療制度改革大綱」が2005年12月に強行決定しました。
 改革の基本的な考え方として、①国民の医療に対する安心・信頼を確保、質の高いサービスが提供される医療提供体制を確立。治療重点の医療から疾病の予防を重視した保健医療体系へ転換を図る。②皆保険制度を将来も持続可能にするため、医療費の過度の増大を招かないよう、経済財政と均衡がとれたものにする必要がある。医療給付費の伸びは、実績を検証する際の目安となる指標を策定するなど、国民が負担可能な範囲とする仕組みを導入する。糖尿病などの患者・予備軍の減少、平均在院日数の短縮を図るなど、計画的な医療費に適正化を推進する。医療費の無駄を常に点検し、公的保険給付の内容・範囲を見直す。③新たな高齢者医療制度を創設し、高齢者世代と現役の負担を明確化。都道府県単位を軸とする保険者の再編・統合を進め、医療保険制度の一元化を目指す。とされました。
 上記の医療制度改革はいかに医療破壊をねらうものなのかを以下の視点で具体的に検証していきます。

(1) 予防重視とは?
 医療費抑制のために予防の重視ということで、生活習慣病の予防が課題とされ、都道府県や各自治体がそれらに力を入れることは大いに推進すべきです。しかし、厚生労働省は2015年までに生活習慣病罹患・予備軍を25%減少させるために、特定健診受診率の低い保険者に対してペナルティーを課すという方針からも、健康の自己責任論から「生活習慣病になった(あるいは健診の結果数値が悪くなった)場合に自己努力を怠った結果として、窓口自己負担の割合が増やされたり、あるいは民間保険で行われているその分保険料が高くしたりすることも考えられます。
 介護保険の「改革」が「予防重視型システムへの転換」などと称して、「予防」という名で軽度介護者のサービスを抑制・切り捨てが行われている現状を忘れてはなりません。

(2) 皆医療保険を崩す「保険免責制度」の提案
 これは、今大綱には盛りこまれなかったものの、経済財政諮問会議で提案されたもので、今回の改革のねらいを知るうえでは重要な問題です。
 「保険免責制度」というのは、例えば、かぜの治療費が5,000円だと仮定すると、現在はその3割の1,500円を窓口で支払いますが、1,000円の免責が実施されると、5,000円のうち1,000円は全額自己負担、プラス残り4,000円の3割1,200円を負担するため、合計2,200円を窓口で支払うことになります。治療費が安いものほど負担割合は高くなり、診察だけなら全額自己負担ということも生じ、通院回数が多い患者さんにとっては大変な負担になります。
 給付費抑制の提案として、一番わかりやすく皆保険制度を破壊する改悪で、これが盛り込まれれば、国民各層から大きな反発を招くことは必至でしたが、今後の給付費動向等によっては再提案されるものと考えられます。

(3) 「混合診療」の問題点
 日本の医療保険制度は、病気やけがに対して必要な治療をまるごと保険で提供しようという大原則(現物給付)のもとで運営されてきました。保険がきくということは、国がその治療方法や薬の効果について「安全で有効だ」と保障して、全国どこでも同じ値段で受けられるというしくみです。この根底には生存権を保障した憲法二十五条があり、国と保険者が国民に必要な十分な医療を提供する責任を負うというもので、「国民皆医療保険制度」の中心的な命題なのです。
 これを保険の使える部分と使えない部分に分け、一緒に使ってよいとするのが、「混合診療」です。なんでも自由に使えるとなったら、本当に効果があるかどうか、国は責任を持たないことになります。
 さらに、これを認めると、いま保険適用されている診療分野までも保険適用外となる恐れが多く、1階の保険給付部分は公的医療保険、2階の保険外部分は民間医療保険にとっては絶好の市場となり、1階の保険給付分を押しつぶすことにつながっていきます。

(4) 都道府県単位の「適正化」のねらい
 日本の税制分野においても、各種控除の廃止や引き下げや所得・住民税における定率減税の廃止等の羅針盤なき庶民への大増税や社会のあらゆるところで構造改革が推し進められ格差社会が拡がっていくなか、社会保障分野においても、介護保険制度導入時からの年金天引き、障害者自立支援法、不安・不信感のみの年金問題等が大きく社会問題となっています。
 こんななか、今年4月から医療制度改革の一環として導入された「後期高齢者医療制度」においても、高い保険料の負担や少ない年金からの天引きが反感をかっている状況です。
 都道府県単位での医療費適正化対策としての手始めの改革である後期高齢者医療制度に引き続き、市区町村が運営している国民健康保険を都道府県単位に統合することと、国が管理運営を行っている政府管掌保険を都道府県単位での運営に振り替え、その際、弱小の健保組合もいっしょにする医療保険制度の一元化の検討がすすめられています。
 介護保険制度がそうであるように、国の責任と財政負担を都道府県に押しつけ、各都道府県で医療費適正化対策を競わせようというのが政府の基本的な考え方です。
 この地域単位の保険運営では、保険料や保険給付上の地域格差がもたらされるのが危惧されます。
 以上の検証の通り、これらの「改革」内容に貫かれた最大の目的であり、問題点は「医療保険給付費」の抑制・削減のために、日本の医療保険制度の根幹である国民皆医療保険制度をまったく違うものにしてしまおうというねらいを見逃してはなりません。
 つまり、公的医療保険だけでは必要な医療が受けられない制度に変質させる、医療の市場化を加速する。そのための大きな一歩を踏み出すのが今回の「改革」提案なのです。
 郵政民営化の背景にも、アメリカ政府の強い要望が明らかになっていますが、「日本の教育・医療分野における投資を可能とするための規制改革や混合診療の解禁も強く求め迫っている(2004年版「日米投資イニシアティブ報告書」)ことを忘れてはなりません。

6. 「国保再生」運動に向けて

 今年4月からスタートした後期高齢者医療制度も重なり、資格証発行等を始めとする国保税(料)滞納者への制裁措置が連日の如く新聞報道されています。国保は社会保険であり、その限りにおいて必ず制度から制裁される滞納者が現れてきます。
 そして、現在の現年度一般分収納率92%が達成されないと国からの交付金減額ペナルティーだけでなく、2009年度から自治体財政健全化法が施行され、自治体財政収支が連結決算(普通会計と公営企業会計や特別会計などの連結)により、「連結実質赤字比率」が市町村で30%以上となると、「財政再生団体」として国の管理下に置かれることになります。つまり、累積赤字の国民健康保険特別会計が当たり前となっている(市町村)国保では、保険税(料)収納率を高めるために今まで以上に財産差し押えや資格証発行等の滞納者への制裁を推し進めるでしょう。
 持続可能な国保を求めていくうえで大事なことは、滞納者への制裁措置よりも、上記3(1)でも記した国保の構造的問題への対応です。
 国保は、国民皆保険を下支えするという社会保障として重要な役割を担っています。だからこそ、国保を改善する運動は、単に医療だけでなく社会保障の全体的底上げ、歴史的な前進につながります。
 当面の課題に限定して国保問題といかに向き合うか大きく3ステップの取り組みを提起します。
 まず、各市町村が保険者である(市町村)国保においては、全国的な国保の実態調査が必要です。保険税(料)の賦課方式や額、減免制度、資格証発行基準とその実態、保健活動や医療費無料化制度等の優れた各自治体の取り組みも含め多様な実態を自治労が各県本部を通して集約し把握する。
 次に、全国的なレベルで集約した保険税(料)が被用者保険と比べ明らかに高いという客観的な数字をもとに、構造的問題を国保に押しつけている国と企業の社会保障への責任の明確化を要求していく国民運動につなげる。同時に累積赤字を抱える各市町村国保においては事態が改善されるまで国や県に対して粘り強く補助金交付を求めていく。
 最後に、自治体が運用する国保だからこそ、住民の願いを実現してきた国保の歴史的役割も含めた自治体の取り組みを再度認識し、国保においても都道府県を保険者とする「国保の広域化」の動きがある今こそ、国保「再生」運動が強く求められます。
 つまり、村落に医師が定住してもらうための「足止め料」や「僻地手当」、全国に先駆けて高齢者・乳児医療費を無料にした岩手県沢内村の取り組み等から「医療は人民の手で」という多様な形で医療を獲得してきた自治体の国保再生のエネルギーを今だからこそ見つめ直し、安易な「国保の広域化」に警鐘を鳴らす時です。

7. 最後に

 われわれは、「競争社会」ではなく、人々は安心して仕事や生活の場で、何度でも「挑戦」が可能な「協力社会」を構築していくために持続可能な社会保障制度を求めます。
 自治研運動として持続可能な社会保障制度を求めるにあたり、「自己責任」の名のもとに憲法二十五条だけでなく、更には憲法九条をも変容させ国民生活をどん底に追いやり富める者だけが富める社会を築くことを目的としている構造改革を押し返す視点が大切です。
 私たちの命と暮らしに直結する権利がうたわれている憲法二十五条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と、私たちの権利と、国の義務を明確に定めています。
 つまり、社会保障は「施し」ではなく、国民・労働者の「権利」であるという再認識のたたかいの実践の連続が住民のなかに社会保障を根づかせ拡げることにつながります。