【モデル単組】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-②分科会 持続可能な医療体制の確立

兵庫県美方郡の地域医療を守る取り組み


兵庫県本部/新温泉町職員労働組合・香美町職員組合・美方郡の医療を考える会

1. 但馬・美方郡の状況

 但馬地域は、豊岡市、養父市、朝来市、香美町、新温泉町の3市2町からなり、兵庫県の北部・日本海側から内陸部まで、山間部が大半を占め、広大な面積の中に人口が点在する典型的な過疎高齢地域です。公共交通機関はJRと全但バスのみで、便数も少なく冬には積雪が多くこれらの運行も不安定になります。さらに今、全但バスの路線縮小や会社自体の身売り問題が生じています。但馬は、2005~2006年の市町合併により、豊岡市に公立病院が三つ、朝来市に二つ、養父市に一つ、香美町に二つ、新温泉町に一つ存在し、一つの2次医療圏域となっています。
 美方郡はその但馬の北西部にあり、香美町と新温泉町の2町からなります。町合併により新温泉町には町立病院と三つのへき地診療所、香美町には町立と一部事務組合立の二つの公立病院と五つのへき地診療所が存在することとなりました。
 但馬は、その面積は兵庫県の4分の1(25.4%)を占めていますが、2007年10月1日時点で人口が187,246人で、兵庫県5,594,249人の3.35%に過ぎません。
 高齢化率は、香美町31.7、新温泉町30.8で県下2位・4位と上位を占め、2030年の65歳以上の老年人口比率予測では、香美町が39.0、新温泉町が39.7と4割近くになります。

2. ガイドライン先取りの「但馬の医療確保対策協議会」の再編計画

 但馬には県立病院や赤十字病院がない上、民間の医療機関も少なく、市町が運営する九つの公立病院が医療の中心的役割を担っています。ところが新医師臨床研修制度が始まった2004年度から2年間で公立病院の医師が計21人も減少しました。このため、診療科の縮小や廃止、夜間救急の廃止などが相次いだため、「医師の集約化を図る必要がある」として2006年7月、県内で先陣を切って市町長や病院管理者、県の医療政策担当者で構成する「但馬の医療確保対策協議会」が設立され、2007年2月に公立病院の再編計画がまとめられました。兵庫県の養成医師は、県が学費を負担する代わりに卒業後の一定期間、へき地での勤務を義務づけられている医師で、大半が但馬に派遣されています。「医師の集約化」にあたっては、大学病院の医局から派遣を受けている医師は自由に動かせないため、県が人事権を持つ県養成医師が対象とされました。
 この「但馬の医療確保対策協議会」は、公立病院改革ガイドラインを先取りするような形で公立病院の再編ネットワーク化を目指し、2006年12月に「但馬の医療再編の基本方針案」が出され、出石病院・梁瀬病院・村岡病院の老健施設・診療所への転換が提案されました。しかしその後、三病院の地元で診療所化反対の住民運動が活発化し、2007年2月に出された「報告書」の再編計画では、出石・梁瀬・村岡病院の診療所化案は撤回されました。その内容は、豊岡病院(豊岡市)に県養成医師をすべて集め、他の病院に派遣する。緊急・重症患者への急性期医療を豊岡病院と八鹿病院が担当。それ以外の病院は慢性期医療を担う。最も規模の小さい出石(豊岡市)、梁瀬(朝来市)、村岡(香美町)の三病院は、35床とし常勤医師数を3人に、浜坂・香住病院は50床の医師6人体制とされました。

3. 「美方郡の医療を考える会」の結成と取り組み

 2004年度に新卒医師臨床研修制度がスタートして以来、香住病院、浜坂病院では医師確保が一層困難な状況に追い込まれていました。2006年4月から両病院では、病棟閉鎖、診療科の休診、夜間救急の受け入れ制限などが行われていました。また、両病院では、希望退職、勧奨退職の実施、香住病院では看護師を研修として鳥取県立中央病院と豊岡病院に派遣するなどの人員整理が行われました。新温泉町職労と香美町職はこうした事態に当局交渉を行い対応してきました。医療体制の維持が困難になる中で、2006年2月には「公立豊岡病院組合立病院のあり方検討委員会」が設置され、3月には「香美町医療体制検討委員会」が答申を出し、8月には「公立浜坂病院医療体制検討委員会」が設置されるなど、地域あげて対応策が検討されてきました。
 2006年3月、但馬丹波ブロック衛生医療評議会は幹事会において実態の把握に務め、対応策を協議しました。組合員の雇用と賃金・労働条件を守っていくためには情勢を正確に理解し、美方郡の医療体制が置かれている危機的な状況に対する認識を住民と共有していく必要があります。その上で住民ニーズに沿った病院運営をしていくことが病院を存続させ、組合員を守って行くことに繋がると考え、4月に両病院の衛生医療評幹事会で「美方郡の医療を考える会」の起ち上げを決定しました。自治労の枠を越え幅広く結集することとし、連合但馬・美方郡地域会、町会議員・医師・住民等にも呼び掛け、2006年4月26日に、第1回「美方郡の医療を考える会」を開催したところです。この会合には新温泉町と香美町の町会議員、浜坂病院の医師も参加し、5月に住民も対象にした学習会を開催することを確認してきました。
 この学習会には、連合や自治労の組合員を中心に約100人が参加し、「考える会」としての意思統一的な集会としました。自治労衛生医療評議会の松丸重子議長・木村崇事務局長から全国的な情勢と医療労働者の立場からの講演を受け、兵庫県の西村嘉浩主幹からは兵庫県保健医療計画の概要について説明を受けました。
 新温泉町職労は独自に2006年7月に「地域に求められる医療とは何か」「病院職員である私たちにできることは何か」を探るため全組合員アンケートを実施しました。
 2006年7月には「但馬の医療確保対策協議会」が設置され香美町と新温泉町の住民の間では地元の病院の存続を危ぶむ声が出ていました。
 こうした中、2006年8月30日には、新温泉町にて「地域医療を考える講演会」を開催し、約300人が参加しました。美方広域消防本部の田村隆雄消防長から、「美方郡の救急医療の現状」を、神戸大学大学院へき地医療学講座の石田岳史特命准教授から「美方郡の医療 今後の課題」について、地元の現状と今後の方向性が示されました。この講演会では、但馬のような地域で医療を守るには、救急救命士の増員、救急車の増車、総合診療体制の実施とともに地域で医師を育てるという考え方について学びました。
 2007年5月23日には、香美町にて「美方郡の医療を考えるシンポジウム」を開催しましたが、約340人が参加し、集会を開催するごとに参加者も増え、地域住民の参加も増えてきました。このシンポジウムでは、石田岳史准教授をコーディネーターとして、新温泉町と香美町の住民代表、公立八鹿病院の高木信昭医師と公立香住病院の安東直之医師をパネラーに「医療確保対策協議会報告書の解説、総合診療科の考え方」について議論をいただきました。住民からは、より身近な医療機関の維持や病気予防等の啓発に行政の更なる努力を求める意見がだされ、医師からは、「患者と医師との人間関係が良ければ、医師が田舎で働く魅力も向上する。双方の歩み寄りが必要では」との発言や、初期症状に対処する方法や医師との上手なつきあい方を学ぶ「患者学」の勉強会開催の提案もありました。

4. 住民アンケートとシンポジウムから見えてきたもの

 2008年になり地域医療を守るためには地域住民の理解・意識改革・医療スタッフとの相互理解が必要であるとの視点から、地域医療・公立病院にかかわる住民アンケートに取り組み、住民の現状に対する思いや要望を掴んだ上で住民公開のシンポジウムを開催することとしました。住民アンケートは2008年5月に取り組み、1,520人の集計を得ました。
 そして、2008年6月1日に、新温泉町にてシンポジウムを開催し、約270人(一般50人)の参加がありました。前参議院議員の朝日俊弘さんから「地域医療を取り巻く情勢」と題して基調講演を受け、その後、「考える会」から住民アンケートについて、中間的な集約・検証を報告しました。その中で、2007年の但馬の医療確保対策協議会により、但馬地域の公立病院の再編が行われて以降も、多くの住民・患者が救急体制や受診に不満・不便を感じていることを報告しました。パネル討論では、公立村岡病院の石田長次院長、郡医師会の浜辺茂樹会長、新温泉町の馬場雅人町長、神戸新聞社の慶山充夫論説副委員長が参加し、それぞれの立場からの提案・報告をうけました。地域医療の充実には、住民側にも受け入れのための行動が必要等の意見が交わされました。また、馬場町長は、「但馬の医療確保対策協議会」が示した再編案について、「確かにスキームは決まったが、その通りには進んでいない」と現状を述べました。朝日さんからは、「三つの公立病院がもっと連携できないか」と投げかけがありましたが、それぞれの病院の生い立ちの違い等があり、すぐには難しいとの現状が出されました。さらに、「美方郡の医療を考える会」に対しても「つくる会」への脱皮が求められました。最後に石田院長は、病院周辺地区が、50年後の日本で想定される高齢化率(約40%)になっていることを指摘し、「これからの高齢者医療のモデルだと思い、夢を持ってやっている」「へき地医療に必要なことは、思いやり・謙虚さである」と発言があり、会場から拍手をうけました。


<アンケート集計>


5. 美方郡の地域医療確立にむけた「提言」

 医療制度を考えるとき、まず国に対して、社会保障費の削減をやめ、増額すること。特に、公立病院に対する財政支援(交付税)を増やすこと、医師の養成数を増やすことを求めます。兵庫県に対しても、公立病院への財政支援を強化すること。県養成医師を増やすこと。今回の「但馬の医療確保対策協議会」や「兵庫県保健医療計画」を検証し、県としての改善策を早急に具体化することなど、求めていかなければなりません。
 地元自治体・病院に対しては、今日全国的に深刻化している医師不足や自治体財政、医療財政の逼迫する状況を受け入れ、身の丈にあった地域医療を模索していくことが求められます。美方郡の医療を考える会ではこの間の取り組みを通して以下の提言を行います。

(1) 救急搬送体制の充実
 再編後、美方郡の三病院は慢性期病院の位置づけがされた。医師3~5人で24時間の救急体制をとることは不可能。また高度な救急医療の提供も出来ない。一方、美方郡から豊岡・八鹿・鳥取の救急に対応できる病院までの搬送時間は30分~1時間。冬季には積雪も多い。こうしたことから救急搬送体制の強化は喫緊の課題である。
  ① 救急救命士の着実な増員
    すべての救急出動に複数の救急救命士乗車可能な体制。そのための予算確保
  ② 救急救命士の技術レベルの向上
    救命救急センターなどでの研修体制を強化する。そのためにも増員が必要。
  ③ 救急車と救命救急センター間の連絡機能の強化
    搬送中に救命救急センター医師の指示が得られる通信・連絡体制を整備する。
  ④ 美方郡の三病院と消防との間で救急対応マニュアルを作成
    救急病院搬送前に緊急な処置が必要な際、何が出来るかを確認しておく。
  ⑤ 但馬に救急(防災)ヘリの常駐
  ⑥ 豊岡~鳥取間の道路整備

(2) 総合診療科の強化
 今日の全国的な医師不足の中で医師3~5人体制で専門診療科の医師を配置することは困難であり非効率。一方、総合診療科を希望する意見も多くあり、総合診療科への期待が大きいことがうかがえる。
  ① 外科系の強化
    外科系のプライマリー(初期・基本)診療や軽微な外科処置を可能にする。
  ② 小児科への対応強化
    小児科設置は不可能。総合診療科医による小児のプライマリー診療能力向上は不可欠。
  ③ 豊岡病院総合診療科との連携強化・一体的運用

(3) 医療と福祉の連携強化 地域ケア体制の充実
 美方郡は高齢化率が県下で最も高い。急性期病院の豊岡・八鹿病院は7:1看護やDPC(診断群分類包括評価)のため早期退院を進めており、他の病院は後方病院になっている。しかし美方郡の三病院も、在宅医療を政策的に誘導する診療報酬上、経営的に長期入院は避けなければならない。こうした状況の中、多くの高齢者や家族が医療と介護、在宅と施設の狭間で苦労している。香美町と新温泉町は直営で病院、介護老人保健施設、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所などを有している。これらと行政の福祉関係部署や開業医が患者情報を共有し、隙間無く患者や家族を支えていく体制を整備することが求められる。行政が積極的にコーディネートし、関係者の連絡会議の定期的開催。

(4) 豊岡病院、八鹿病院との連携強化
  ① 紹介システムの整備
    双方の紹介・逆紹介が患者の負担無く円滑に行われるようシステム整備を行う。
  ② 患者情報の共有
    検査データや画像のやり取りが可能なシステム導入。将来的には電子カルテのシステム統合。
  ③ 応援診療による外来診療機能強化
    豊岡・八鹿病院からの応援で慢性期の診療に対応する外来診療を行う。
  ④ 医師研修システムの整備
    浜坂・香住・村岡病院の医師が豊岡・八鹿病院で研修できるシステムを整備する。

(5) 公立病院を住民の共有財産としての位置づけの強化
  ① 行政・議会の意識改革と医療行政のレベルアップ
    行政・議会は病院の経営悪化をことさらに強調するのではなく、今日の医療情勢に対する認識を高め、限られた財政や医療資源の中で町の医療政策として公立病院の有効な活用方法を示していくこと。香住病院では眼科医が院内開業を行うなど、民間医師との相互協力が試みられている。医療現場と行政・議会のコミュニケーションを。
  ② 計画的な医療機器の更新
    今日の医療水準に見合う医療機器の更新が必要。経営ではなく政策投資である。

(6) 定期的な集落ごとの懇談会の開催 「患者学」の開催
 病院医師と地域住民の懇談の機会を作る。健康講座、健康相談、患者学講座等。病院医師や職員と住民が身近に接することで「自分たちの病院」意識を醸成。

(7) 健診や保健指導の受託
 公立施設の利点を活かし、保健師の活用を含め、地域での健康・保健指導に積極的に対応していくべきである。

(8) 通院に対する支援
 アンケートによると高齢者が通院に苦労していることが伺われる。町としての巡回バスの運行等を検討すべき。

(9) 住民の意識改革とコンビニ受診の自粛
 アンケートでは、地元に総合病院を期待する声が依然として多いが、どのような医療提供体制を求めるのか、住民・行政・医療関係者がともに考えるべきである。コンビニ受診の改善や住民との交流を行うなど、地域挙げて医師を招聘すべきであるし、医師が育ち定着する地域社会をめざすべきである。また行政として住民への医療情報の提供(「こどものけが・病気で困った時は」などのパンフレットの配布)や上手な病院・医師の活用方法等を周知していくべきだと考える。

 また、新温泉町職員労働組合は職員アンケートに取り組んだ結果から、浜坂病院に対して「いまできること」として次の提案をしてきました。
 ① 町当局は町民に対して病院の将来像を説明すること。
 ② ソフト面の改善として
  ア 職員の接遇(あいさつ、公共性を保つ、全職員の声掛け運動・研修)
  イ 職員の名前+顔写真(担当スタッフを覚えてもらう、職員の意識向上)
  ウ 待ち時間の目安の提示
 ③ ハード面の改善として
  ア 待合の椅子・TVの配置変え
  イ 中待合と診察室の遮断(プライバシーを守る)
  ウ 施設のリフォーム(トイレ・ソファ)
  エ 照明(待合室を明るくする)
  オ コーヒーコーナー設置(患者が軽食をとれるところ)
 ④ 通院患者に対してアンケートをとる

6. 最後に

 公立病院改革ガイドラインでは、病院の再編・ネットワーク化の他に経営効率化・経営形態の見直しが触れられています。経営の健全性を確保する努力は必要ですが、医療の質を落とすこととなってはなりません。公立病院故に不採算部門の政策医療を担っていることからも、単年度での黒字決算にこだわるべきではないと言えます。一般会計からの繰入もどの程度までが可能なのか、住民の理解の範囲内なのか病院関係者・行政・住民が一体となって考えていくべき課題です。経営形態の見直しについても、指定管理者制度や民間譲渡は美方郡のように民間医療機関が少ない地域では難しい状況にあり、地域医療崩壊の危険性があります。地方独立行政法人化も長期的に見てその評価が判断できる段階にはありません。したがって、当面は公営企業法の全部適用を含め直営にて経営努力することを提言します。そして将来的には経営基盤の強化と連携体制の強化を目指し、但馬全域での一部事務組合化などの経営の一体化を目指すべきです。広大な面積の但馬で豊岡病院と八鹿病院を急性期病院とした場合、救急搬送で1時間程度掛かる美方郡が救急医療体制から外れていると感じ、患者・住民の不安は解消されないでしょう。その距離・時間から言えば、救急搬送体制を含めた救急体制全体の整備が必要です。ただし、その場合でも、本当に緊急な患者のみの受け入れでなければなりません。安易なコンビニ受診を無くす努力が住民側に求められるのは当然です。高齢者を多く抱える地域性からも、一つの医療機関で治療が完結しないケースが多いと思います。医療と福祉・介護の連携を図りつつ、急性期病院との連携を強化した地域医療を目指すべきと考えます。介護型療養病床の全廃と医療型療養病床の削減が進められている中で、美方郡は県下でも先行した高齢社会であり、高齢者だけの世帯や高齢者単身世帯が増加していることを鑑みるとき、在宅診療・介護を進めていくことの是非を含めた議論が必要です。そのうえで在宅を進めるのであれば、地域挙げての支援体制をとることが求められてきます。また、県養成医師以外の各公立病院直雇用の勤務医師の処遇等についても考えていかねばなりません。地域医療を支える仲間としてこの地に定着して頑張っていただくためにも、患者・住民にも意識改革が求められています。美方郡において、大都市部のような公立病院の規模・施設を求めるなら、決して財政的にもその水準には到達できません。また、地域完結で高度先進医療を求めても実現は難しいと言えます。村岡病院では遠隔画像診断システムが機能しています。このような連携体制を幅広く導入し、限られた財政や医療資源を有効に活用する、身の丈に合った地域医療の確立を目指すべきです。医師・医療スタッフと患者・住民との信頼関係・日常的な繋がりこそが美方郡における地域医療のあり方であると思います。その実現のためには医療提供側と住民そして行政のコミュニケーションを深めていくことが最も大切であると考えます。
 まさに今、行政・医療機関・住民が連携して、医療問題のみならず福祉・介護の充実や地域活性化を展望した取り組みに発展させていく必要があります。これは地域再生の取り組みと位置づけられます。美方郡の医療を考える会は今後も提言の実現に向け活動を続けていきます。