【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-③分科会 地域からつくる保健福祉のしくみ

「安心して暮らせる地域づくり」のために
自治体と市民の協力による障害者福祉

大分県本部/地方自治研究センター・社会保障専門部会・障害者と家族グループ

1. はじめに

 このレポートは、大分県地方自治研究センターの専門部会の一つ、社会保障専門部会の研究活動「障害者と自治体」の一環としてまとめられた。私たちは「障害者と家族」グループとして、10人のメンバーで作業を進めてきた。
 この1年余りの意見交換や議論を通して、障害がある子どもの誕生から成長、社会生活、親の高齢化、そして“親亡き後”の問題まで、障害者や家族が様々な思いを持って暮らしていることを知ることができた。そして自治体も限られた予算や人員のなかでぎりぎりいっぱいの仕事をしていることがメンバーの話から共有でき、同時に様々な課題も明らかになってきた。
 メンバーの職場が限定されるため、レポートではその問題のすべてに触れることはできなかったが、それでもかなりの問題について具体的な検討を行うことができたと考える。以下、その成果について報告したい。

2. 明らかになった課題

 私たちはまず、障害者が人として家族とともに地域で生きるライフサイクルを考えた。それに沿って意見交換しながら、具体的な課題を明らかにしていった。

(1) ライフサイクルから考える
 障害を持った子どもが生まれる。その子がどのように成長していけるのか。親はどのような思いで育てていくのか。その流れを私たちは次のように整理してみた。

誕生 → 育児・保育 → 入学・学校 → 卒業・進路・就労 → 成人・自立 → 社会生活 → 親の高齢化 → "親亡き後" → 本人の高齢化

 意見交換では、「生まれた子どもの障害を親が受け入れることが難しい」、「保育園では障害を伝えると反発を受けることもある」、「入学する学校の選択に悩んでいる」、「卒業後の行き先が課題」、「親は自分がいなくなったら子どもはどうなるのだろうという不安が大きい」、「家族に依存する福祉は難しくなっている」等々、多くの問題点の指摘があった。
 その上で行政の役割について考えた。
 自治体(県・市町村)の施策は国の政策に大きく左右される。「国の政策と財政の枠組みのなかで公平・公正に配分するのが自治体の役割だから、例え障害者であっても一人ひとりの市民に特別の対応はすべきではない」という意見も出された。これに対して「困っている市民がいるときに、『特別の対応はできない』で終わっていいのだろうか」という意見も出された。
 3回の議論と1回の現地調査(施設見学)を行うなかで、問題点は次のように整理されてきた。

(2) 具体的な課題
① 誕生・育児
 ・親の育児不安を軽減するために、(ア)個別に継続フォロー、(イ)医療・福祉専門機関の支援、(ウ)負担軽減―などが課題
 ・「待ちながらサポート」をする方法を基本に、検診に来ない場合は訪問
② 保育園の障害児受け入れ
 ・保育園での障害児(広汎性発達障害・ダウン症・知的障害など)の受け入れは増えており、現場では難しさもある
 ・「親の思いに添いながら一緒に考え支援する」姿勢を基本に、(ア)受け入れ体制づくり、(イ)保育所・市役所・保健所の連携、(ウ)専門機関の利用―などが重要
③ 訪問看護と障害者
 ・地域生活を希望する本人や親の希望をどう受け入れるか
 ・地域の公的病院と県立病院・専門病院との連携
④ "親亡き後"の支え・高齢の障害者
 ・従来の「家族に依存する福祉」が不可能になりつつある現実がある
 ・障害者福祉においても親や家族に依存しない仕組み作りが必要ではないか
 ・"行政の限界"と地域社会との連携

3. 実際の取り組み

 では、自治体の現場ではどのような対応が行われているのだろうか。ここで、三つの自治体職場の実例を報告する。

(1) 保育園における障害児の受け入れ
① ダウン症の男児の例
  当時4歳。オムツをしており、運動機能や言語にも遅れが見られたため、低年齢のクラスに入れ、保育計画は別に作成した。保育士を増やし、クラス編成も再検討した。
② 広汎性発達障害の疑いがありそうな子どもの例
  障害という認定(はっきりとした病名を持たない)のない子が増えている。特徴としては、目線が合わない、多動、集中できない、理解力が乏しいなどがある。外見では障害児と判断できず、親をはじめ周囲の大人たちはなかなか気づかない。多くの場合、専門の機関に相談するが、相談員が少なくすぐには対応してもらえない。
③ 保育園の障害児受け入れにおける問題点
  申請があればほぼ受け入れているが、受け入れにあたっては次のような問題点があり、早急な解決が望まれる。
 ア 保育士の加配が必要になるが、いつも加配があるわけではない
 イ 受け入れのための施設が充実していない
 ウ 保育士や園長などの専門的知識が乏しい場合がある
 エ 他施設との連携が浅い(幼稚園・小学校・養護学校・保健所など)
 オ 障害を見つけたときの親への対応
 カ 子どもの発達状況の共有など日常的な親との関わり
 キ 保育士の横の連絡


自治体における対応のモデルケース


(2) 在宅支援(訪問看護ステーション)の取り組み
 訪問看護ステーションは、地域で療養する人及び介護する人を支援することを目的にしている。赤ちゃんから高齢者まで、在宅療養者、障害者など幅広く保険で利用でき、疾患の種類や障害の程度を問わないので対象範囲が広く、多様化したニーズに対応できる。
① 精神障害者の訪問看護の例
  精神障害者への訪問看護は「統合失調症」を主に「躁鬱病」「アルコール中毒症」などが主な利用者。「生活のリズムの調整、身体的なケア」「治療、服薬の相談」「家事・生活の仕方の援助」「家族支援」「睡眠ケア」などにかかわっている。
30歳代 男性
 ア 病名;統合失調症、てんかん
 イ 訪問までの経過
   1980年頃 錯乱状態にて発症、入院
        寛解、再発をくりかえす。
   2000年頃 クリニック通院
   現在   訪問看護 月2回、デイケア・作業所 週4回
 ウ 問題点
  a 支援体制が変わったことにより、精神状態が不安定になる可能性あり
  b 生活がひきこもり
  c 家族関係の調整、支援の必要あり
 エ 目標
  a 状態を観察して、悪化防止に努める
  b 家族の介護負担を軽減
  c 本人の望む生活を可能に
② 母子訪問看護の例
  母子の訪問看護は「母」と「子ども」双方の要因で訪問することが多い。

幼児(男の子)
 ア 病名;18トリソミー
 イ 訪問までの経過;県立病院で手術。退院後、吸引などのため訪問看護を依頼
 ウ 社会的背景;母親が地元で介護したいと希望
 エ 目標
  a 状態の悪化がなく療養生活を送れる
  b 本人、家族のサポート
 オ 問題点
  a 退院後の悪化の可能性
  b 気切部の管理等が一人では困難
 カ 対応
  a 県立病院とも連携、緊急時はK市民病院を受診
  b 呼吸、心拍、SpO2チェック、経管栄養の管理
  c 気切部の観察、Yガーゼの交換等

(3) 障害者と親の高齢化
 地域では少子高齢化社会が現実となり、施設に入所している障害者も高齢化している。入所者が40~50歳代の場合、身元保証人はほとんど親で60~70歳代が大部分である。本人の帰宅時の受け入れなどは、身体の弱っている親には大きな負担になる。金銭面では、障害者本人の年金だけでは足りず、「生活費を削って出費している」という話を聞く。しかし、施設から自宅や地域の生活に移行させようとする親はほとんどいない。施設を出ても親や地域が施設のように面倒を見ることができないからである。
 日本の福祉は、これまで家族の介護に大きく期待もしくは依存する仕組みだった。しかし、核家族化など社会の大きな変化により、家族をあてにすることが難しくなっている。地域社会においても隣同士などのつながりの希薄化等から、家族以上に期待するのは困難な状況である。
 ではどうすればいいのか。親や家族に依存せずに、障害者を地域で支える仕組みを作る必要がある。行政として必要な法整備とサービス基盤の整備を行うこととともに、地域社会が行政と連携して障害者をもっと理解していく努力をする必要があると実感している。

(4) 現場から見えてくること
 以上の三つの現場の実例を見ると、自治体職場においては、直面する問題に対して可能な限りの努力をしながら、市民のニーズに応える対応をしていることが伝わってくる。しかし同時に、財政の制約をはじめ様々な問題を抱えて、苦悩している姿も浮かび上がってきた。
 私たちはここで、「自治体職場は公共福祉の立場から市民の生活を直接支える仕事ができる場」であるということを改めて確認するとともに、その役割を十分に果たすためには、大きな壁があるということも認識しなければならない。
 その壁を越える方法はないのだろうか。それが私たちの最大の課題であり、その答えを求めることがこのレポートの役割である。

4. これからの自治体のあり方について ―― 私たちの提言

 地域で暮らす障害者や高齢者、さらにいろんな困難を抱える人たちの要望は尽きない。むしろ高齢化や過疎化、地域共同体の弱体化のなかで暮らしの困難は増す一方である。しかも、財政削減や負担増はすべての人を直撃し、「苦しいのは障害者だけではない」というのも多くの人の実感である。
 しかし私たちは、「だから障害者福祉はこれ以上できない」、あるいは「切り下げざるを得ない」と言うことはできない。それは自治体としての役割を放棄することに他ならない。「国がいくら財政を削減しても、自治体は市民を守る」、「障害者と家族を守る」という姿勢こそ、地域の行政を担う自治体に相応しい姿勢だと考える。
 そのような姿勢を堅持して障害者福祉の行政を進めている自治体が大分県内にもある。まず県内の実態を概観し、問題を整理したうえで、宇佐市の"市民参加"と"ネットワーク活用"の取り組みを一例として取り上げ、これからの自治体と障害福祉行政のあり方について提言したい。

(1) 地域社会で「自分らしく」暮らせるように
 大分県の障害者人口は10万5千人。そのうち身体障害6万5千人、知的障害は1万2千人、精神障害は2万8千人で、県民のおよそ8.7%(12人に1人)が何らかの障害を有していることになる。(県福祉保健部「平成19年度福祉保健行政の現況」より)
 これまでは、その多くの人が家族、特に親に支えられ、守られて生活してきた。障害によって、また障害児・者の年齢によって異なるが、特に知的障害者や精神障害者の親は養育する責任から生涯解放されないのが現実だ。地域社会や周囲の人々も「家族が面倒を見るのが当然」と考え、行政も家族を福祉の資源とみなしてきた。しかし、少子高齢化や核家族化の進展により、従来の家族に依存する福祉を続けることは難しくなっている。
 施設入所については、身体障害者のおよそ20分の1、知的障害者の3分の1程度とされ、精神障害者の場合は入院が中心で大分県では5分の1程度と見られる。入所施設や入院施設は必要だが、これまでのような形で依存することは、財政面での制約や障害者本人の生き方を尊重する人権的側面からも限界が見え始めている。
 家族任せや施設依存の限界を見極め、社会的に障害者を受け入れ、支え、ともに暮らせる地域をつくることが今必要になっている。そのためには障害者への理解が不可欠だ。地域において、障害者と健常者がともに考え、ともに地域づくりを進めていくことが、障害者福祉の困難を克服する方法として見えてくる。

(2) 宇佐市の取り組み ―― 市民参加の「ネット」づくり
 宇佐市は昨年度、行政の担当部門が障害者、家族、福祉関係者、ボランティア、関係機関などに呼びかけて、「ともに生きるネットワーク」(下図参照)を作った。
 今年も三つのネットが活動を始めている。それぞれに30人を超す市民が参加し、事務局は福祉関係者や障害者本人が担う。お茶も出ないし、県外先進地視察も自己負担で行う。それでも参加者は増えている。
 話し合いでは、地域で暮らして感じる不便や願いなど、障害者や家族、福祉関係者の意見が次々に出てくる。市の担当者は、「予算のことは気にせずに、何でも言いたいことを全部言ってください」と呼びかけ、じっくり聞く。そして、事業の緊急性を判断しながら、予算をかけなくてもできる方法を一緒に考える。


図 宇佐市の障がい者福祉ネットワーク

 夏休み期間の子どもの一時支援事業はボランティアを呼びかけて実施した。障害者の移送サービスは、タクシー利用を考えるとともに運転ボランティアの募集も行っている。今年3月には、市民の理解を深めるため、民生委員などにも呼びかけて400人規模の市民集会を開いたが、すべての参加者から200円の参加費をとった。その一方で、相談支援事業などポイントになる事業には他市を上回る予算をつけている。
 宇佐市の例は、むしろ「お金がない」ことを逆に生かして、市民参加を推進していると言える。

(3) 一つの可能性 ――『市民参加』と『市民との協働』
 宇佐市の取り組みは、私たちに行政が持つ力の生かし方を教えてくれる。それは、市民の思いを受けとめた上で、市民の活力を引き出すことによって、市民生活の向上につながる行政を実現するための手法である。
 福祉や社会保障を担う自治体が、一人ひとりに個別に対応しようとすれば、予算と人員を大幅に増加しなければならない。それは困難である。とすると、市民の参加により市民との協働を進めるこの方法が有力になる。
 それは自治体の役割を放棄することではない。むしろ、自治体の役割は大きくかつ重要になってくる。まず、その方向性を打ち出すのは自治体の役割である。市民の意欲を掘り起こし、人と人のつながりを作り、専門的な知識を供給し、市民が力を発揮できるよう条件整備するのも自治体の役割だ。つまり、自治体職員は市民を動かすコーディネーターということになる。この役割を果たしたとき、自治体職員に対する市民の信頼は大きく広がるに違いない。

5. おわりに

 障害者と暮らす家族にはいつも、「親亡き後」という言葉がずっしりと覆い被さっている。歳をとっていく障害のある子の行く末を心配しながら、多くの親は子どもより先に亡くなっていく。
 「大丈夫、後はまかせてください。お子さんは楽しく自分の人生を過ごしていくことができますよ」と言える時がいつ来るのだろうか。それは、自治体と市民が協力し、「誰もが安心して暮らせる地域づくり」を実現したときに他ならない。その日を一日でも早めるために、市民と協働する手法を確立し、地域に支えあいのネットワークを広げていくことが求められている。
 その実現のために、自治体労働者として①国の政策を無条件に受け入れるのでなく、市民の声を反映した行政の施策の方向を示していくこと、そして②自治体職員として持っている力(権限)を市民のために活用すること――の2点を最後に強調したい。
 障害がある子が生まれても、そして大人になっても、親が高齢化しても、誰もが安心して暮らせる、支えあいがある地域を市民と一緒に作り上げることを願いながらこの報告を終わる。