【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-③分科会 地域からつくる保健福祉のしくみ

『労働者立・市民立の児童養護施設』物語
=社会福祉法人創設から2年が過ぎて……の成長秘話=

福井県本部/NPO法人 丹南市民自治研究センター・理事
社会福祉法人 越前自立支援協会・事務局長
NPO法人 自立支援ネット・事務局長 橋本 達昌

1. 「市立」から「私立」へ……。いえいえ、私たちは「市民立」です。

 福井県越前市の直営施設『児童養護施設越前市進修学園』の経営(=指定管理)を行うために創設された「社会福祉法人 越前自立支援協会」……この法人は、"自分達自身で運営していきたい"という働く仲間の純粋な想いと、それを支援する市民有志の熱意によって、2005年秋に設立されました。市民有志の皆さんと職員達で集めた寄付金の総額は1,000万円超、寄付して頂いた方々は総勢500人余り。皆様、その節は本当にお世話になりました。
 さて普通「社会福祉法人創設」というと、どこかの資産家か宗教家がポンと私財をはたいて……と想像しがちですが、うちは正真正銘、オーナーのいない社会福祉法人。
 そんな"生い立ち"ゆえ、たぶん日本一、資金力の乏しい社会福祉法人ですが、だけどその分、日本一、支援者=市民応援団=の多い社会福祉法人でもあります。


2. 市民運動が作った職場だからこそ徹底したい民主主義と現場主義……。

 法人の役員は、この法人を応援してくださる市民活動団体(NPO法人丹南市民自治研究センター、NPO法人自立支援ネット、NPO法人ケアサポート春駒、NPO法人エンジェルキッズ、法人後援会組織=市民里親応援団)からの選出者をはじめ、元市助役や元県児童相談所所長など行政経験の豊富な学識経験者、福井県里親会会長や社会福祉士など地域福祉関係者等が担っています。
 もちろん職員も、施設長はもとより、直接処遇職員の代表、調理職場の代表(=労組書記長)、事務職員の代表(=労組委員長)など、それぞれの職域を代表して法人の役員になっています。
 なお、このような組織の役職者は、働く仲間同士の互選によって決められました。当然、役員としてのみの"報酬"は"ZERO"、"同族経営"とか"世襲"なんて話は、一切"NO"です。
 そして新規職員の採用は……。基本的に調理員の採用は調理員が、指導員の補充は指導員が、直接集団面接を行い決定します。筆記試験なんて形式主義なことはしません。やる気、情熱、適性、人柄……いろんな表現がありますが、とにもかくにも一つ屋根の下で、ともに汗と涙を流す仲間として"ずっと一緒に仕事をしたいかどうか?" それだけが唯一の合否基準です。


3. 「人材」を「人財」に ……"やる気"と"向学心"を大切に。

 『自治研活動』がベースとなってできた職場。だから組織として今一番力を入れているのは、なんといっても職員の"人材育成"です。
 個人の"コンピテンス"ではなく"組織的な能力開発"(=チームワークの向上、チーム力総体の底上げ)という視点で、「評価」ではなく「育てる」ための取り組みを数多く実践しています。
 また、子ども達とともに育つ=共育=の視点や、子ども達の"いま"を大切にする姿勢=自己肯定感の創出=を学ぶため、県児童相談所のケースワーカーやセラピストを招いて行っているケース検討会や、仁愛大学(心理学研究室)に出向き催されているアタッチメント(愛着関係)学習会などは、法人創立以来、ほぼ毎月"自主研修会"として実施してきました。
 さらに職員は自分達自身で先進的な児童養護施設を見つけだし、先進施設視察研修にも行っています。明確な目的意識を持って挑む自主視察研修に参加した職員達は、常に新たな改革の芽を持ち帰ってきています。


4. ここで、この仕事を、この仲間たちと、ずっと一緒に

 私たちの法人が児童養護施設の運営を行いはじめて2年が経ちました。その結果として、入所児童数は大幅に増えました。個別ケアの充実を企図して実施した「子どもグループホームの運営」や「心理担当職員による個別心理療法・家族療法」など、"県内初"の試みも大きな評価を得ています。様々な創意工夫で、市の財政負担額を数千万円削減することもできました。
 でもなにより大きな変化は、新旧の職員全員が互いを信頼し、強い"仲間意識"を持ち始めたことです。船出から2年。渦潮あり、暴風雨あり、氷山あり……実に厳しい航海でしたが、その厳しさが、短期間にもかかわらず、いっそう強い連帯意識を育てあげました。
 「仕事が好き」「職場に行くのが楽しみ」「チームワークが抜群」「みんな一所懸命」……これは最近の職員たちの現状評価・自己評価の言です。


5. 私たちを支えてくれる市民の代表

 三顧の礼ではありませんが、設立関係者が何度もお願いにあがり市民有志の総代表として就任していただいた理事長は、県の部長や市の助役を経験したいわば"自治体行政"のプロ。しかも市民活動にも理解が深く、官民問わず幅広い人脈をお持ちで、かつまた私たち現場職員の思いをひときわ尊重し、今日の『市民立社会福祉法人創設』へと具体的な道筋を作ってくれた方です。「一陽来復……厳寒の冬が続いた子ども達の人生に春の陽気を与える場であってほしい。」「子ども達の世話をする職員達が、やりがいをもって思い存分働ける環境をつくるのが理事者の役割」……施設改革への明確な指針と、職員への信頼に溢れる理事長のそんなモットーが、今日の法人経営の礎となっています。
 副理事長は、現在、NPO法人丹南市民自治研究センターの理事長で、前自治労組織内議員(越前市議)として、20年もの長きにわたり職場自治研活動を先導してきました。「市民自治が自治体改革の根源。"市民との協働"なくして、これからの公共サービスは成立しない。」……公務員本工主義に陥りがちな自治労運動を、自治研活動を通して、つねに市民に開かれたものにしようと努力してきた人です。
 さらに後援会組織=市民里親応援団の代表(法人評議員)は、地元市民活動の老舗的リーダー。古くから環境保護や食の安全、男女共生や地域福祉の充実を求めてきた女性です。"知行合一"の人柄ゆえ、複数のNPO法人の代表を掛け持ちし、市内に点在する様々な市民活動のコ―ディネーター役として縦横無尽に活躍しています。
 リーダーの志向は、組織の性格を決定付けます。その意味で、自主的な自己改革によって市民に必要とされる新たな公共サービスを創造し、絶えざる向上心とチームワーク力によって常に現状の課題を解決していこうとする私たちは、最高のリーダーを擁しているのです。


6. 目標は「貧しいけれど楽しい我が家!!!

 現職員の半数は、元自治体臨時非常勤職員。"雇い止め"の恐怖に怯え、(正規職員と同じ仕事をしているにもかかわらず)格差社会の象徴のような"低賃金"に憤懣し、(何年間も)将来に何の保証もない不安の只中で働いてきた彼らは、いまや社会福祉法人の"正規職員"となり、組織の中核として意気揚々と働いています。もちろん賃金は決して高くありませんが、それでも精一杯の努力を続けている彼らを見ていると、「公正労働」「均等待遇」「安定雇用」……といった今流行のフレーズが孕む問題の本質をつくづく痛感します。
 現在、法人職員は29人。(高齢者雇用補助金対象の高齢嘱託職員3人や大学生のアルバイト5人を除いて)全員が正規職員で「自治労越前市公共サービスユニオン」に加入しています。また地域の自治研活動拠点である「NPO法人丹南市民自治研究センター」にも全員加入しています。
 副理事長が前自治労組織内議員、現ユニオン委員長も書記長も法人役員といういわば「労使協働」を極めた組織ですから、今後とも全国で展開される自治労運動や地域の自治研活動に刺激を受けながら、いわゆる"ボトムアップ"、"フォローワーシップ型"の職場組織を維持していくことが、これから私たちに課せられた使命であると強く自覚しています。
 目標は「貧しいけれど楽しい我が家!!!」……働く者みんなが高い志を持って、明るく楽しく、思い存分に働くことができる、そんな職場づくりに向けてこれからも精進していきます。


7. 「新しいおうちづくり」は、みんなの"夢"です

 残念ながら、現在の建物は築44年。老朽化が進んでおり、つくりも昔ながらの大舎制で、構造そのものに時代とマッチしていないところが多々あります。
 そこで私たちの"今後一番の目標"は、一も二もなく"新施設の建設"です。
 今や、施設入所児童のうち被虐待児の割合は6割を占めています。"愛着関係"の再構築をするには、安心できる居場所の確保と少人数でのケアが必須です。
 そのため、私たちは、何十人の子ども達がいっせいに食事をし、職員の号令でお風呂に入り、決まった時間に就寝するような施設(大舎制児童養護施設)ではなく、普通のお家(リビングとキッチン、お風呂とトイレがあるようなこじんまりとした一般家屋、中高生はできるだけ個室に……)のような生活空間を作りたいと思っています。
 6人程度の少人数の子ども達が、やさしさを持ち寄り、"のんびり"そして"ゆったり"できる小舎制ユニット施設の建設に向けて、役職員一同は心をひとつにしています。みなさんのご支援をお願いします。


8. わたしたちの"ディーセントワーク"

 私たちは「小舎ユニット型」の新しい家屋で子どもたちと共に暮らすことに大きな夢を描いています。保育士や指導員などの直接処遇者は、家庭的な雰囲気の中で十分な個別対応をはかり、そのなかで「人を愛し、人に愛されること」を学びあえることを楽しみにしています。また心理士は、地元大学付属心理臨床センターとの強力な連携のもと、専門性の高い心理ケアチームとして、必要に応じ、心理療法や家族療法を行い、子どもや保護者の心の傷を癒していけることを望んでいます。さらに調理員は、地元のNPOの方々と協働して"地産地消" "安全安心"な食の提供と食育が実践できることに期待しています。相談員・事務局スタッフは、メンタル的にしんどい職場だからこそ、つねに"明るく、楽しく、おもしろく"をモットーに職場を陽気にしつつ、改革の機運を盛り上げていこうと考えています。
 組織として"若い"私たちは、その職域の中で、次々と将来の夢や希望を話し合っています。そこにはもちろん自分の「仕事」を誇りに思う気持ち=やりがい・働きがい=が満ちあふれています。


9. "ピンチ"を"チャンス"に 元気があればなんでもできる

 自治体財政の悪化と指定管理者制度の導入によって、今日、自治体直営の福祉施設職場は、いずれも不安と混乱の渦中にあることでしょう。いつ民営化されるの? 誰が経営するの? 多くの自治体では、実際に働いている現場職員の知らないところで、大切な話が次々と決まっていく。それが実態ではないでしょうか?
 しかし一面、本当に仕事を愛し、職場に誇りを持っている福祉労働者にとっては、この状況はチャンスであるのかもしれません。(信頼できる職場の仲間と志ある市民を結集することさえできれば、)受け皿となる法人組織を作り、自分達自身が指定管理者に立候補すればいいのですから……。『エンプロイー・バイアウト』あるいは『ワーカーズ・コレクティブ』……「労働者が自分達の職場を自分達でつくり経営していく」ことは決して難しい話でありません。むしろ「いま、ここで現実に入所者(児)と向き合い、働いている」ということは最高の強みですらあります。
 いよいよ本格的な市民自治の時代が到来しました。アントニオ猪木ではありませんが「元気とやる気があれば何でもできる」……ともに頑張りましょう……


参考資料 =越前自立支援協会はこうして誕生しました(設立経過)=

職場自治研活動と子ども達の声が改革の原動力でした。

① 1998年~
  市職内に職場自治研組織『児童養護施設活性化部会』を創設。2001年には『福井県公共サービスユニオン』が誕生し、職場の臨時非常勤職員が全員加盟。以後、正規職員、臨時非常勤職員が一体となって児童養護施設活性化のための自治研活動に取り組む。
② 2003年5月~10月
  市が、障害児や要養護児童のための支援計画「児童自立支援アクションプログラム市民案」を策定。現に児童養護施設に入所している児童(高校3年生2人)や卒園児OBが策定委員として加わる。また彼らがコーデイネータ―になって、施設内で中学生以上の入所児童全員とのワークショップ(討論会)などを開催する。
③ 2003年11月
  「アクションプログラム市民案」を広く市民に公表するため市民フォーラムを開催。入所児OBがパネラーとして登壇し、市長と意見を交わす。これら一連の過程で、進修学園に入所している子どもたちの不安や不満を集約。以後、市民活動家や施設職員、入所児童やそのOB等が協働して施設運営の抜本的な改革に向けて歩み出す。

子ども達の自立を支援する市民活動(NPO)が生まれました。

④ 2004年6月
  アクションプログラムを策定した委員達が中心となって、障害児・青年および児童養護施設に入所している児童や卒園児を支援するNPO組織(NPO法人 自立支援ネット)が設立される。これにより市民による支援基盤が整い、施設運営の受け皿が完成する。
⑤ 2004年11月
  施設に働いている職員全員が、設置運営主体であった市に対し"職員提案=自治研活動研究成果報告="を行い、施設運営の具体的な改革案を提示するとともに、市から独立した新しい事業体の創設を提起する。

市民活動の"ノリ"で、募金活動を行いました。

⑥ 2005年4月~6月
  市民有志によって「市民里親応援団」=社会福祉法人設立準備会=を結成する(事務局はNPO法人 自立支援ネット)。新事業体創設のための募金活動(一人一口10,000円)を開始し、わずか1ヶ月余りで約500人の市民からの浄財を得、基本財産に必要な1,000万円を確保する。
⑦ 2005年7月~12月
  7月、県へ社会福祉法人認可申請書提出。11月17日、県より社会福祉法人の認可を得る。さらに12月議会で市より指定管理者の指定を得る。多くの市民の協力を得て、きわめて民主的な形で法人が成立したことから、一部マスコミでは「市民立」の組織と形容される。