【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅱ-③分科会 地域からつくる保健福祉のしくみ

「障害のある人の権利擁護に関する条例」づくりに向けて
~すべての人びとが等しく価値ある存在として尊重される地域社会を創るために~

北海道本部/社会福祉評議会

1. はじめに

 2006年12月、国連総会において「障害者の権利条約(以下、権利条約)」は、全会一致で採択され、2008年の5月に発効した。今後は、我が国の障害児・者施策やその生活実態等を検証し、関連法の見直しや「障害者差別禁止法(以下、差別禁止法)」の制定といった諸課題への取り組みを進め、実効性ある条約の批准と国内履行が重要課題となっている。
 また、こうした動向の中、千葉県では、2004年以降、障害者への差別と思われる事例募集やタウンミーティングを開催するとともに、公募を中心とした委員により差別の定義や解消に向けた具体的な取り組みの検討を進める「障害者差別をなくすための研究会」を設置するなど障害者への差別をなくす条例を制定するための取り組みが進められてきた。
 そして2006年10月に医療、雇用、教育、サービスの提供など8つの分野で、差別を具体的に規定するとともに、差別解消のための仕組みを用意した「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例(以下、千葉県条例)」を制定した。

2. 北海道における取り組みについて

 北海道では、2002年10月15日から18日の4日間にわたり「第6回DPI(障害者インターナショナル)世界会議札幌大会(以下、DPI札幌大会)」が開催された。
 自治労北海道本部は、この大会の開催を誘致段階から積極的に支持し、開催決定後は、資金面や運営面を大きく支えてきた。そして、大会最終日に採択された札幌宣言では、大会後のDPI運動の柱として、国連における「権利条約の成立」と各国における「差別禁止法の制定」を確認している。
 本文頭に記載のとおり権利条約は、既に成立しており、差別禁止法は、隣国の韓国で2007年成立し、我が国の現状からも、札幌宣言は、確実に実現してきている。
 DPI札幌大会終了1年後には、DPI北海道ブロック会議(以下、DPI北海道)が設立され、自治労北海道本部は、このDPI北海道の設立と運動を連合北海道とともに、支持し、連帯して、北海道における障害者の権利の確立に向けた取り組みを継続的に進めてきた。
 そして2007年11月23日にDPI北海道は、「障害者権利法制に関するセミナー(以下、11・23セミナー)」を開催し、権利条約、韓国の差別禁止法及び千葉県条例に関する成立経過、内容、課題等を検証し、学ぶとともに、道内における条例の必要性について議論した。
 特に、このセミナーのシンポジウムにおいては、シンポジストとして出席した自民、民主、公明、共産の各道議会議員からは、条例制定の必要性とその制定に向けた取り組みを進めることが、合意され、このセミナーを起点に道内における条例づくりに向けた1歩が踏み出された。

3. 北海道条例制定に向けた現状について

 現在、北海道は、「北海道障がい福祉計画」に基づき、「希望するすべての障害者が地域でくらすことができる社会づくり」を目指しているが、そうした北海道を実現するためには、障害児・者が必要とする相談支援体制やサービス提供基盤の整備を推進することや「三丁目食堂事件」のように、障害児・者が受けてきた虐待、差別や不利益の解消を図り、その権利を擁護するシステムづくりを進めるとともに、障害児・者の「暮らしづらさ」を解消するための施策が必要である。
 11・23セミナー後、道議会では、各会派において、条例づくりに向けた独自の動きがはじまった。最大与党の自民党・道民会議議員会は、会派内に保健福祉分野条例提案研究会を設置し条例要綱案を示すとともに、(仮)北海道障害児・者条例「障害のある誰もが安心して暮らすことの出来る地域づくり」に関する関係団体との意見交換会を開催した。
 一方、最大野党の民主党・道民連合では、会派の所属議員に加え、連合北海道、DPI北海道、北海道教職員組合及び自治労北海道本部の担当者をメンバーとした「障がい児・者の権利擁護条例(仮称)検討プロジェクト」を立ち上げた。
 そうした中、DPI北海道は、11・23セミナーに続くフォーラムとして、2008年6月28日に「障害があっても暮らしやすい北海道づくりを考えるフォーラム」を開催した。
 このフォーラムでは、11・23セミナーには、個人の立場でシンポジストとして参加した各道議会議員が、今回は、それぞれの会派を代表する立場で出席した。
 このシンポジウムでは、北海道における条例づくりを、道議会においては超党派で進めていくことが確認されるとともに、当事者や関係者の参画の推進の必要性も確認された。
 現在、自治労北海道本部は、民主党・道民連合が設置したプロジェクトにおいてアンケート調査(別紙1)の内容検討に参画し、現在、当事者や関係者の声の把握に努めている。

4. 条例づくりに向けたプロセスについて

 条例の制定までのプロセスをどのように進めていくかは、権利条約と千葉県条例の状況からも極めて重要な課題である。そして、このプロセスこそが、条例の実効性を高め、その目的の実現に近づくために、極めて重要なポイントであり、具体的には、以下の3項目が挙げられる。
 そして、これらの課題に向き合い、その推進を図るためには、多くの時間が費やされることになるが、その議論過程こそが、条例の実効性を高めることになるだろう。

(1) 障害当事者、家族、支援者等への意識啓発と参画の促進について
 様々な具体的な問題や困難さを経験してきた当事者や関係者の多くが、その生活環境や受けてきた社会経験等から、自分たちが日常や社会生活の中で受けてきた制限や制約及び困難さを、普通のこと、我慢しなければならないこと、仕方ないこととして受けとめてきた経過がある。
 しかし、こうした人びとの実体験に基づく具体的な体験は、それが、障害のない人びとの生活実態と比較してどうなのか。障害があるから仕方ないことなのか。何故、そのような問題が生じるのか。どうすれば解決できるのか。といったことを検証し検討していくことが重要である。また、そのためには、こうした体験をアンケート、タウンミーティング等の多様な手法により、聞き取りを進めることが重要である。

(2) 議会、行政、司法、経済、観光、交通、ホテル、教育、労働組合等、条例の内容に関係する業界等への意識啓発と参画の促進について
 一般的に障害者施策で当事者といえば、障害者本人とされるが、今回の条例における当事者の範囲は、実に多方面にわたる。それは、この条例が成立したときに、その規定が適用される関係者であり、ときに障害者に対する差別や暮らしにくさを生み出す立場となる関係者も当事者といえるだろう。
 こうした様々な立場の人たちが、その違いとそれぞれの立場から、この条例の目的や理念を実現するためには、なぜ問題なのか、何が原因なのか、どうすれば改善できるのかを、率直に議論し、その改善策を障害当事者、家族、支援者とともに検討を進めることは、条例の実効性を高めることになるだろう。
 そして、条例を施行する、行政は、障害保健福祉施策担当部局のみではなく条例に関連する業界を所管する部局への意識啓発と参画も必要である。

(3) 広範な市民への意識啓発と参画の促進について
 DPI札幌大会は、国内外から多くの人びとが札幌に滞在し、大会に参加したが、大会終了後には、多くの参加者から「北海道の人びとは親切だった。」、「札幌市民は、暖かく歓迎してくれた。」との声が寄せられた。これは、大会前後及び期間中に、マスコミ各社がDPI札幌大会を報道したため、世界から多くの障害者が札幌に来ていることが市民に伝えられたことによると思われる。
 そして、こうした状況に類似した現象が千葉県からも報告されている。「差別は無知から生じる。」と発言した障害当事者がいる。また、千葉県条例に関わった障害のない県民は、「私は、障害のある人と接したことも、どんな困難さを抱えているかも知らなかったけど、この条例づくりを通じて知ることができた。」と発言しているが、この条例がなぜ必要なのか、なにを目的としているのかを、広範な市民とそのことを共有することも、必要である。

5. 条例の内容に関する主要な検討課題について

 条例の内容に関しては、条約批准に向けた国内の法整備等の動向等による影響を受けると思われるが、現段階では、現行の法制度と日本政府が署名した権利条約を根拠として、別紙2のとおりその項目を設定した。
 また、この項目内容については、特に以下の3項目の検討と、条約批准と国内履行にともなう差別禁止法の制定や関係法の改正を想定した見直し規定も必要である。

(1) 障害の定義について
 我が国は、障害の認定は、「なにができるか・できないか」という機能障害の側面を基準としているため、諸外国と比較して極めて限定的なものとしている。
 しかし、本来、障害者基本法では、障害認定の根拠法よりも広く障害者を定義しており、現在の障害者認定制度の対象外である難病患者等については、2004年の改正時の附帯決議において「六、「障害者」の定義については、「障害」に関する医学的知見の向上等について常に留意し、適宜必要な見直しを行うよう努めること。また、てんかん及び自閉症その他の発達障害を有する者並びに難病に起因する身体又は精神上の障害を有する者であって、継続的に生活上の支障があるものは、この法律の障害者の範囲に含まれるものであり、これらの者に対する施策をきめ細かく推進するよう努めること。」としている。
 また、障害者自立支援法に関する参議院厚生労働委員会の附帯決議では、「一、附則第三条第一項に規定する障害者の範囲の検討については、障害者などの福祉に関する他の法律の施行状況を踏まえ、発達障害・難病などを含め、サービスを必要とするすべての障害者が適切に利用できる普遍的な仕組みにするよう検討を行うこと。また、現在、個別の法律で規定されている障害者の定義を整合性のあるものに見直すこと。」としている。
 そして、権利条約では、「身体・精神・知的・感覚という機能障害がある人、並びにそうした機能障害と社会環境との関係から社会生活に制約がある人も障害者の概念に含む」としている。これは、障害の「社会モデル」と呼ばれる考え方であって、「障害」を個人のものとせず、社会が障害者の日常生活や社会参加を阻む障壁(バリア)をつくっていると捉えるものである。
 従って、条例における「障害の定義」については、こうした状況を踏まえた検討が必要であり、手帳制度のみに依存した定義は、避けなければならない。

(2) 差別の定義と合理的配慮について
 障害のある人が、暮らしやすい地域づくりを進めるためには、障害当事者やその家族が受けてきた様々な分野における差別と思われる体験や暮らしづらさや、逆の体験も、検証することが必要である。そして、そうした事例に基づき、何が差別なのか、差別でないのか、どうすることによって、その差別や暮らしにくさ、および不便さをなくすことができるのかといった基本的なことを検証していくことが、必要な作業のひとつである。
 それは、虐待、まちづくり、交通機関、情報保障、福祉サービス、就労、教育といった多方面にわたるとともに、ライフサイクルに応じたものと思われる。
 また、障害のない人を基準としてつくられた社会制度や仕組みのため、障害のある人の活動や行動及び参加が阻まれているために生じていることも確認できると思われる。
 なお、権利条約では、障害者が必要とする配慮を「合理的配慮」として定義し、それを提供しないことは、差別と明記している。この概念は、障害のある人とない人の実質的な機会の平等を保障するための概念であり、以下のように整理することができる。
① 障害者が、障害のない人と同様に、現在認められている権利や基本的自由を保障し、その行使をするためのもの
② ある特定の場合に必要とされる、適切な変更や調整のこと
③ そうした変更や調整に、過度な負担を要しないもの
 この概念は細かい違いはあるが、アメリカ、イギリス、オーストラリアおよび韓国などの差別禁止法等にすでに取り入れられており、この規定に関する検討も必要である。

(3) 権利擁護のための実効性の確保について
 条例の実効性を高めるためには、さきに記載のとおりその制定過程が重要であるとともに、条文で規定する障害者に対する差別や虐待が生じた場合の権利擁護体制の確保も、道内で発覚した「三丁目食堂事件」を例として挙げるまでもなく、重要な課題である。
 そして、権利擁護体制としては、障害当事者や家族および支援者等から障害者に対する権利侵害や差別に関する申し出を受け、関係者から事実関係を聴取し、違法又は不当な事実確認とその改善を進めることを目的とした権利擁護・調整機関の設置が必要である。
 また、こうした機関が、問題事例に係る立入調査権限の創設とその範囲および問題事例への具体的な対応として、勧告・名称公表・罰則の有無等の課題に関する議論と検討も必要である。

6. おわりに

 2007年4月に内閣府が発表した「障害者に関する世論調査」結果では、障害者に対する差別や偏見については、80%以上の人が社会の中に「ある」と回答している。世代別では、20~40代においては、いずれの世代も90%以上が「ある」と回答している。
 また、同じく10月に発表した日米独で実施した「障害者の社会参加促進等に関する国際比較調査」結果では、障害のある人がない人と同じような生活を送っていると思うかという設問に対して、日本では「思う(18.8%)」、「思わない(74.8%)」。ドイツでは「思う(81.9%)」、「思わない(16.4%)」。米国では「思う(53.7%)」、「思わない(45.4%)」となっている。そして、企業や飲食店等が段差の解消等といった障害者が必要とする「合理的配慮」を実施しないことが差別になるかという設問には、日本では「差別(42%)」、「差別でない(44.6%)」とほぼ同数であるが、米では「差別(70%)」、「差別でない(28.5%)」。独では「差別(64.8%)」、「差別でない(32.5%)」となっている。
 この二つの調査結果は、2006年の自治労障害労働者全国連絡会総会の記念講演において、権利条約日本政府派遣団の顧問であり、自らも車いす生活をおくる東弁護士が、「権利条約は、これまで放置された障害のある人たちとない人たちの社会参加や生活の格差を解消することが目的である。」と話されたが、この説明を裏付けるものであるといえるだろう。
 東弁護士が提起した課題に対して、私たち自治労北海道本部は、北海道における条例づくりへの参画を通じて、以下の2点を目的としてその改善を地方の取り組みとして進めていることを報告して本レポートを締めたい。
(1) 自治労運動が提唱してきた「権利としての福祉の確立」と「誰もがともに暮らすことのできる社会」の実現をめざして
(2) 障害の有無に関わりなく、労働者や市民を勝ち組と負け組に分け、「共生・共存」ではなく「競争・格差」を増幅させてきている現代の政治と時代のながれに抵抗し、市民自治により人間性豊かな地域社会を創りあげる運動として進めるため


別紙1 【アンケート回答用紙】「不便だな、困ったな、よかったな」と思ったことを教えてください


別紙2 (仮称)北海道障害のある人の権利の擁護に関する条例目次(素案)