【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅲ-①分科会 都市生活とまちづくり

能登半島地震から得たもの
自治体職員にしかできないこと~震災による惨劇を契機として

石川県本部/輪島市職員組合・書記長 河崎 国幸

 2007年3月25日午前9時41分、石川県輪島市を震源とする能登半島地震が発生し、本市が甚大な被害を被ったことは、未だ記憶に新しいところであります。
 この地震による住家被害及び人的被害の概況は、家屋等の全半壊については、約1千6百棟(一部損壊含めると1万2千棟弱)、そのうち実際に市民が生活を送っている住家屋の全半壊では約1千2百棟(本市世帯総数の約10分の1に相当)、人的被害においては、死者、負傷者合わせて約120人でした。
 この後も、同年7月の新潟県中越沖地震、本年6月の岩手・宮城内陸地震と甚大な被害を及ぼす地震が頻発しておりわが国が地震大国であること、また、いつどこで、どのような自然災害に遭遇するか全く分からないということを改めて痛感させられているところです。
 ここで、被災した当時を振り返ってみますと、当初は被害状況も把握できないため、とりあえず自宅から最寄りの行政機関に参集するところまでは、毎年の自然災害を想定した訓練通りの行動を多くの職員が迅速に行うことができていました。
 しかし、ここからが職員にとっては、訓練では想定しえない本当の試練の始まりで、それぞれの家庭を顧みる余裕などは与えられず、同時に、家庭より市民生活優先という職員の考えのもと、全力で本市復旧に向け不眠不休で究極の行政サービスを展開しなければならない用務が課せられることとなりました。
 ただ、地震発生後、約1年半が経過して言えることですが、発想の転換をするとすれば、このような状況下において、職員が懸命に市民生活の復旧・復興に尽力する姿勢を体現してきたからこそ、少なからず市民からの信頼を勝ち取ることができ、このことを組合員それぞれが実感できたことにより、行政サービスの真の必要性について再認識することに繋がったものと考えています。(行政サービスの単純な民間委託は危険である
 ここでは、行政サービスにおける市民からの信頼の獲得に繋がった一例について、私の実体験を報告いたします。
 その実体験とは、「避難所」のひとつに位置づけられている「福祉避難所」と呼ばれるものの設置及び運営についてです。
 そもそも「福祉避難所」という言葉について、これを知っている方は多くはないはずです。私自身、輪島市職員として約10年間高齢者福祉の業務に携わっておりますが、昨年3月に能登半島地震が発生したときには、そのような「言葉」は勿論のこと、そのようなものがあるという「存在」さえ知らず、震災復旧のため本市に赴いていた内閣府の担当者から初めてその言葉を教えられたに過ぎませんでした。
 事実、当時の輪島市及び石川県のそれぞれにおける防災計画においても、「福祉避難所」の位置づけは皆無の状況でした。
 また、その時点において、災害関係の法律等には「福祉避難所」の記載はあるものの、その内容は、災害救助法の基本通知の中に、僅か7行でのみ簡潔にまとめられているに過ぎませんでした。故に、わが国において「福祉避難所」が正式に設置・運営された実例も存在していませんでした。
 この基本通知において、「福祉避難所」は、次のように記載されています。
 『福祉避難所の対象者は、身体等の状況が特別養護老人ホーム又は老人短期入所施設等へ入所するに至らない程度の者であって、避難所での生活において特別な配慮を要する者(いわゆる健常者と介護認定対象者との中間にあたる高齢者等「以下、特定高齢者等と称する。」)』であり、この特別な配慮に必要となる費用とは『概ね10人の対象者に1人の相談等に当たる介助員等を配置するための費用、高齢者、障害者等に配慮した簡易便器等の器物の費用及びその他日常生活上の支援を行うために必要な消耗機材の費用』とされています。
 冒頭でも説明しましたが、本市における全半壊の住家約1千2百棟のなかに、介護保険制度における要介護・要支援の認定を受けていた者は約130人存在しており、これとは別に「福祉避難所」の利用の対象となる特定高齢者も相当数実在しておりました。
 このため、市としては、そのような身体的に不都合な高齢者の緊急受け入れ先を確保するための措置の実施が急務となりました。介護保険制度による要介護・要支援認定者の受け入れについては、先の新潟県中越地震において実績があることから、これを参考にしてなんとか受け入れ先を確保することで対処することができましたが、「特定高齢者等」については、一般的な「避難所」において障害者用のトイレなどを整備すれば、なんとか凌ぐことができるのではという甘い認識しか持ち合わせていませんでした。
 しかし、日が経つにつれて、やはり一般的な「避難所」では他人と共同生活を行うことには無理があり、最低限の生活が確保できないといった「特定高齢者等」や一般的な「避難所」を管理する方からの声が大きくなり始めていました。
 この声が大きくなる少し前の段階において、内閣府の担当者から、いずれこのような状況が必ず発生することが予想されるため、輪島市においてわが国で初めてこれを制度化した「福祉避難所」を開設してみてはどうかという意見のもと、その実現に向けて取り組みを急遽始めるに至りました。
 そこで、市内の福祉施設に簡単な概況説明とお願いにまわったところ、幸いにもある「老人保健施設」(自治労に加盟している組合を有する医療法人社団・輪生会「百寿苑」)から、承諾を受けることが出来ましたが、実際には、前例の無い「福祉避難所」の設置・運営は、全てが手作り・手探りの状態でした。
 まずは、「福祉避難所」を設置する福祉施設との管理運営委託契約の締結、ここで働く介助員の確保及び勤務形態、必要物品の調達及び調達のための購入方法等や日々の利用者の実績の記載様式など、想定されるあらゆる事態に対応するための周辺整備を2、3日で完成させ、地震発生後10日目の2007年4月4日にようやく「福祉避難所」の開所にこぎつけました。そして、2007年6月5日に閉鎖するまでの間に、実人数13人、延べ320日の利用がありました。
 この「福祉避難所」を設置・運営していくなかで判明したことですが、一般的な「避難所」で生活が可能であった方については、被災後、約1ケ月で建設される仮設住宅へ移ることが可能ですが、一方で「福祉避難所」での生活を必要とする「特定高齢者等」については、介護保険制度にいう要介護・要支援認定の対象外であることから、介護保険施設の利用もできず、また、不慣れな仮設住宅に適応することも困難が伴ってくることから、自宅の修繕もしくは再建の必要性や養護老人ホームへの入所待ちなど、次の生活場所の確保ができるまで、相当の期間が必要とされてきます。このことから、必然的に「福祉避難所」の設置・運営期間は、一般の「避難所」に比して長期間となります。
 それ故、被災地における「特定高齢者等」の最低限の生活を確保するためにも、この「福祉避難所」の設置・運営は不可欠であったのだということを痛感いたしました。
 実際に「福祉避難所」を設置・運営した感想ですが、約10人という少人数における相当期間の共同生活から生まれる「連帯感」は、家族のようなものであったといっても過言ではないと思っております。そして、この「福祉避難所」もひとつの「避難所」である以上、次の住みかが確保された方から、それぞれのところに移っていく際には、全員でお別れの集合写真を撮影したりしながら、その別れを名残惜しんでいる光景を、数多く見てきました。その都度、ここを利用した方からは、「もっと長くここで生活したかった。」であるとか「こんな便利な避難所を開設してくれて、本当にありがとう。」といった心温まる言葉を沢山いただいたことも事実です。
 その結果、本市においては、市長、防災担当職員、高齢者保健福祉担当職員を始めとして多くの職員がこの必要性を認識するに至り、震災発生後の1年以内に、市内において高齢者施設を有する全5法人6施設のすべてにおいて、本市との間に「福祉避難所の設置・運営に関する協定書」を取り交わすことに繋がりました。
 次に、私事ではありますが、先般の地震を契機として、「福祉避難所」の開設・運営を行ってきた経験をもとに、「福祉避難所設置・運営に関するガイドライン」を策定するための委員として、日本赤十字社及び厚生労働省から招かれ、その策定に関与してきました。
 このガイドラインは、2008年6月2日に開催された「平成20年度災害救助担当者全国会議」において各都道府県を経由して、全市町村に配布がなされていると思います。その中には、本市の福祉避難所の設置・運営実績や、災害発生時における福祉避難所の設置運営に関する協定書などを添付しておりますので、是非とも、いつ起こるともわからない災害に備えて、一読され、活用していただければと願っております。
 「福祉避難所」は、どの自治体においても、ほとんど費用を掛けることなく整備できる「事前の予防策」であることから、防災行政におけるひとつの手段として、早期のうちに整備を行い、これを住民にアピールしておくことが必要であると考えています。
 この経験を通じて、これからは、自治体職員も自らが、どのような小さいことであっても、行政にしかできないことを住民に対して、その内容を明確にし、それをアピールしていく必要があると考えるとともに、これを継続していく必要があると思っております。このことが行政サービスの真の必要性を市民及び当局に認識させることに繋がり、ひいては、安易な民間委託に歯止めを掛けることに繋がっていくと考えます。
 「行政」という仕事は、一見、ただのデスクワークに映るかもしれません。
 しかし、内容によっては、災害時の対応時に見られるように「行政」でしか行えないものが本当に沢山あり、それらは、多くの場面で営利を目的とした民間サービスでは考えられない「心の通った真の行政サービス」であると、この震災を通じて確信しました。
 とりわけ、このような非常事態にあっては、自己犠牲を払いながら、緊急かつ迅速に物事に対処するためには、日頃から私たちがそれぞれに抱える業務の中で「市民」や「民間企業」と多くの接点を持ち、多くの情報を有する「行政」でしか為し得ない事務・事業が数多く存在しています。
 そして、その行為と継続が「市民」の心を捉え、国の「法律を変える」、また、「基準が作成される」といったことに直結してくるのです。
 冒頭にも触れましたが、わが国においては、いつ、どこで、どのような自然災害に遭遇するかは、全く未知数です。本当に、事前の準備と市民への継続したアピールが、いざというときに効果を発揮し、行政の必要性を一般市民に再認識していただく絶好のチャンスに成り得るのです。
 このように、市民生活を支えていくためには、自治体職員でなければできないことが、数多く存在しています。私たちは、自身の職務の中において、ひとつでも多くそのような役割を担う業務を発見し、これをいつでも活用できるように日頃から整備を行い、それを市民にアピールしていく義務があります。
 最後になりますが、私たち組合員全員が「真に必要な行政サービス」の数々を真剣に考え・持ち寄り、これらを当局側にアピールしていくことで、安易な民間委託に歯止めを掛ける取り組みを推進・継続していかなければなりません。
 私は、能登半島地震を通じ、自治体職員が立ち上がることによって、今まで以上に市民から信頼される地方自治を造り上げていくことができるということを心から実感いたしました。

「みなさん、共に頑張りましょう


 (参考資料)文献:福祉避難所設置・運営に関するガイドライン(P41~)より引用
災害発生時における福祉避難所の設置運営に関する協定

 輪島市(以下「甲」という。)と                (以下「乙」という。)は、災害発生時において、身体等の状況が特別養護老人ホーム、老人短期入所施設等へ入所するに至らない程度の者であって、避難所での生活において特別な配慮を要するもの(以下「要援護者等」という。)を受け入れるための福祉避難所について、次のとおり協定を締結する。
(目 的)
第1条 この協定は、災害発生時、乙の運営する福祉施設内において、福祉避難所を設置し、要援護者等を当該避難所に避難させることにより、要援護者等が日常生活に支障なく避難生活を送ることができることを目的とする。
(管理運営)
第2条 乙は、福祉避難所の設置運営にあっては、第4条第1項各号に掲げる費用等に関する届出(別記様式)を作成し、これを甲に提出するとともに、次に掲げる業務を履行するものとする。
 (1) 要援護者等への相談等に応じる介助員等の配置及び福祉避難所に避難した要援護者等の日常生活上の支援
 (2) 要援護者等の状況の急変等に対応できる体制の確保
 (3) 福祉避難所の設置運営に係る実績報告及び費用に係る毎月の請求(第4条第1項第3号に掲げるものについては、領収書を添付すること。)
(管理運営の期間)
第3条 この協定における福祉避難所の管理運営の期間は、災害発生時から一般の避難所が閉鎖するまでの期間とする。ただし、特段の事情のあるときはこの限りでない。
(費用等)
第4条 甲は、乙に対し、福祉避難所の管理運営に要した費用であって、次に掲げるものについて支払をするものとする。
 (1) 介助員等に要する人件費(夜勤、宿直等に要する費用を含む。)
 (2) 要援護者等に要する食費
 (3) その他オムツ代等の乙が直接支払を行ったものに要した費用
2 前項各号に掲げるもののほか、洗濯機や乾燥機などの備品等については、事前に甲に了承を得て購入するものとし、その請求は当該備品等の販売事業者が甲へ直接行うよう指示するものとする。
(協力体制)
第5条 乙は、福祉避難所の介助員等に不足を生じると判断したときは、速やかに甲に連絡しなければならない。この場合において、甲は、乙以外の協定を締結している法人(以下「協定締結法人」という。)に対し協力要請を行い、乙以外の協定締結法人は当該協力要請に応えるものとする。
(要援護者等の受入れ等)
第6条 甲は、輪島市地域包括支援センター等において福祉避難所での避難生活が必要であると判断した要援護者等を紹介し、乙はこれを受け入れるものとする。この場合において、要援護者等は、可能な限り家族等の協力を得て自身の責任において福祉避難所へ避難するものとする。
(個人情報の保護)
第7条 甲及び乙並びに介助員等及び協定締結法人は、福祉避難所の管理運営に当たり業務上知り得た要援護者等又はその家族等の固有の情報を漏らしてはならない。
2 前項に規定する個人情報の取扱いについては、別記「個人情報取扱特記事項」を遵守しなければならない。
(権利義務の譲渡等の制限)
第8条 乙は、この協定により生ずる権利又は義務を第三者に譲渡し、若しくは継承させ、又はその権利を担保に供してはならない。
(関係書類の保管)
第9条 乙は、この協定に関する書類等を事業所に整備するほか、事業実施後5年間はこれを保管しなければならない。
(協定の解除)
第10条 甲は、乙がこの協定に基づく指示に違反したことにより、この協定の目的を達成することができないと認めるときは、これを解除できるものとする。
(協定締結期間)
第11条 この協定の締結期間は協定締結後1年間とし、甲乙いずれかより異議の申し立てがない限り、毎年自動更新されるものとする。
(疑義の解決)
第12条 この協定に定める事項その他業務上の必要な事項について疑義が生じた場合は、甲、乙協議の上、解決に努めるものとする。

 この協定の締結を証するため、本書2通を作成し、甲、乙双方記名押印の上、各自1通を保有するものとする。

 平成  年  月  日

         (甲)所  在  地  輪島市二ツ屋町2字29番地
            名    称  輪島市
            代表者職氏名  輪島市長

         (乙)所  在  地
            名    称
            代表者職氏名


別記様式(第2条関係)

福祉避難所の設置場所、介助員等に要する人件費
及び要援護者等に要する食費に関する届出

福祉避難所の設置場所  
(1) 介助員等に要する人件費(夜勤、宿直等に要する費用を含む。)
   ・日勤(日給・時間給)          円/(日・時間)
   ・夜勤(日給・時間給)          円/(日・時間)
   ・宿直                  円/ 回 
(2) 要援護者等に要する食費  ・朝食          円 / 食
                ・昼食          円 / 食
                ・夕食          円 / 食
                (計) 円 / 食 
(3) その他オムツ代等の乙が直接支払を行ったものに要した費用
                   実費相当額 

(あて先)
 輪島市長 

  上記のとおり届け出ます。

    平成  年  月  日
                所  在  地
                名    称
                代表者職氏名



別記

  個人情報取扱特記事項

(基本的事項)
第1 乙は、個人情報の保護の重要性を認識し、この契約による業務を処理するための個人情報の取扱いに当たっては、個人の権利利益を侵害することのないよう、個人情報を適正に取り扱わなければならない。
(個人情報の漏えい防止及び事故防止)
第2 乙は、この契約による業務に係る個人情報の漏えい、滅失、改ざん及びき損の防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない。
(再委託の禁止)
第3 乙は、この契約による業務を処理するための個人情報を自ら取り扱うものとし、甲の承諾があるときを除き、第三者に取り扱わせてはならない。
(目的外使用及び第三者への提供の禁止)
第4 乙は、甲の指示又は承諾があるときを除き、この契約による業務に関して知り得た個人情報を当該業務を処理するため以外に使用し、又は第三者に提供してはならない。
(複写及び複製の禁止)
第5 乙は、甲の指示又は承諾があるときを除き、この契約による業務を処理するために甲から貸与された個人情報が記録された資料等を複写し、又は複製してはならない。
(事故発生時における報告義務)
第6 乙は、この個人情報取扱事項に違反する事態が生じ、又は生ずるおそれがあることを知ったときは、直ちに甲に報告し、甲の指示に従うものとする。この契約が終了し、又は解除された後においても同様とする。
(立入検査等)
第7 甲は、乙がこの契約による業務を行うに当たり、取り扱っている個人情報の状況について必要があると認めるときは、立入検査又は随時調査をすることができる。
(提供資料の返還義務)
第8 乙は、この契約による業務を処理するために甲から貸与され、又は乙が収集し、若しくは作成した個人情報が記録された資料等を、この契約の終了後直ちに甲に返還し、又は引き渡すものとする。ただし、甲が別に指示したときは、当該指示に従うものとする。
(秘密の保持)
第9 乙は、この契約による業務に関して知り得た個人情報をみだりに他人に知らせ、又は不当な目的に使用してはならない。この契約が終了し、又は解除された後においても同様とする。
(従事者への周知)
第10 乙は、この契約による業務に従事している者に対して、在職中及び退職後においても当該業務に関して知り得た個人情報をみだりに他人に知らせ、又は目的以外に使用してはならないこと等、個人情報の保護に関し必要な事項を周知させなければならない。
(契約の解除及び損害賠償)
第11 乙がこの個人情報取扱特記事項に違反したことにより甲が損害を被ったときは、甲は直ちにこの契約を解除するものとし、乙はその損害を賠償しなければならない。

輪島市内の福祉避難所