1. はじめに
住民の安全・安心を守ることは行政の使命であり、災害に強い地域づくりは行政にとっても大きな課題です。しかし、行政主体で取り組んだとしても予算的にも人的にも限度があり、ひとたび大規模地震が発生した場合に対応しきれないのは明らかです。
持続性がある防災活動と防災体制を構築していくためには、やはり地域が自主的・主体的に取り組むことが必要です。行政はいかに限られた予算などを有効に活用して、地域における自主防災活動を支援し、活性化させていくかがその役割だと考えます。
今回、防災対策ワーキンググループでは、20万人を超える都市や2万人未満の町、住民の高齢化が進む地域、新興住宅地など4ヶ所を調査して「いかにして地域における防災力を高めるか」をテーマに報告書を取りまとめました。
2. 現地調査実施の経緯
「大災害が起こった時、県、市長など行政は何ができるのか」。ワーキンググループメンバーで話し合った結論は、大災害が起こって一定の時間が経過しなければ行政は被災住民に対して何もできないということでした。一方、住民の行政に対する要求は強まってきており、大災害が起こった時には、行政が対応できるよりもはるかに高い要求になるだろうというのが一致した意見でした。
このため、ワーキンググループでの作業を進める前提は、大災害が起こった時、被災住民に対して行政は具体的・直接的な対応はできないということでした。このことを前提に、一体市町はどのようなことを目的にどんな震災対策を行っているのだろうか。また、先進地域はなぜ先進地域となったのだろうか。これらの原因や対策等を探るために行ったのが、和歌山県串本町、三重県熊野市、名張市、そして鈴鹿市での現地調査です。
3. 現地調査結果
(1) 逃げること及び逃げることを支援(和歌山県東牟婁郡串本町)
住民ワークショップの様子
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串本町は、太平洋に面した紀伊半島の先端部に位置し、本州の最南端となっています。総面積は約136km2で、その約8割が山林です。また、海岸線に沿って東西に長いため、海岸線延長は約127kmと長いのが特徴です。人口は2008年3月末現在で、19,654人(男9,087人、女10,567人)で、世帯数は9,251世帯、65歳以上人口は6,888人(約35%)。
串本町は、古くから津波の来襲により、大きな被害を受けてきました。東海・東南海・南海地震が同時に発生した場合、串本町で想定される震度は6弱から6強で、一部では震度7が予想され、強い揺れが3~5分継続すると考えられます。また、地形的に津波による被害が想定され、早いところでは地震発生後約6分で第一波のピークが到達します。沿岸部の最大津波水位は4~9m程度になり、津波の繰り返し来襲は6時間以上継続すると考えられます。結果、沿岸部での広い範囲に津波が浸入し、河川の遡上もあって、最も深く浸水する箇所では、約6mの浸水深となるなど、かなりの広範囲での浸水が予想される状況です。
串本町の防災費は約5,000万円で全体予算の約0.5%にあたります。串本町では、実行可能かつ効果的な津波防災対策を目的として、住民ワークショップ(町内各地区で合計27回実施)および関係機関の協議により、串本町津波防災対策基本計画を策定しました。計画の基本的方向としては逃げること(ソフト)及び逃げることを支援する(ハード)対策を最優先とし、自助・共助・公助の連携が必要であるとしています。
串本町の津波防災マップ
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ソフト面の対策としては、住民ワークショップ時に行った津波避難図上訓練をもとに津波防災マップを作成し、町内全世帯へ配布や学校、事務所などへの出前講座の実施、津波避難訓練などを通して、町民への啓発と防災意識向上をはかっています。
また、ハード面では、裏山などの高台へ迅速に避難できるように避難路の整備として、階段や手すり、避難誘導灯や標識の設置、コンクリート舗装などが行われています。また、津波避難困難地域に抽出された地域については、解消のための対策として、津波避難タワーの建設や民間ビル所有者と覚書を締結し、津波避難ビルとして使用するなどの対策を実施しています。
串本地区津波避難タワー
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しかし、対策を講ずる一方で海岸部に串本町職員の住居が集中しているため、津波により道路が寸断されるなど予想されることから、実際は町役場としては緊急時にはその役割は期待することができず、共助・自助に頼らざるをえないこと、2箇所ある町立病院がいずれも古い建物であるため耐震基準をクリアしておらず、また海岸に近いため津波の被害を受ける可能性が非常に高いといえます。あわせて緊急時の食料の確保や訓練の参加者などが特定になっており、広がりがなかなか感じられないなど多くの課題が残されています。
では、このような中、串本町の自主防災はどのような取り組みを行っているのでしょうか。串本町袋区は2006年10月で人口95人(男40人、女55人)、世帯数は35世帯と小さな行政区です。現袋区長の東出明さんによれば、東出さん自身も1944年12月7日の東南海地震を経験しており、近隣市町の進んだ防災対策を見たときにその必要性を感じたとのことでした。そして、それがきっかけとなり袋区で自主防災に取り組むことを2003年4月に決めました。袋区では、住民に避難経路の周知とともに自主的に避難訓練を実施。また、出前講座や救命救急、消化・防災用具の使用について研修を受けて防災意識の向上に努めています。さらに町行政からの支援を受けて避難路や一次避難所(4箇所)の整備なども行っています。これらの取り組みによって住民の地震による津波防災への意識が高まったということです。
しかし、袋区も若年層の減少による高齢化や地域コミュニティとしての機能の低下などが進んでおり、後継者の問題が大きな課題となっています。
防災行政ラジオ
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(2) 地域のことは地域の自分たちが守る(熊野市遊木町)
熊野市は、三重県南部に位置し、北西部は、標高500メートルを超える山々が縦横に連なっており、東南部は黒潮おどる熊野灘に面してリアス式海岸と白砂青松の変化に富んだ景観に恵まれています。また南西部は和歌山県、奈良県と接しています。総面積は約374km2で、人口は2008年6月現在で、20,860人(男9,735人、女11,125人)で、世帯数は10,173世帯です。
熊野市も前述の串本町同様に東海・東南海・南海地震が同時に発生した場合、強い揺れによる家屋の倒壊や土砂崩れ、地震にともなう津波による大規模な被害が想定されます。市の防災費は約1億8,500万円で、全体の予算からみて約1.6%の割合です。
熊野市では、風水害対策編、地震対策編と地域防災計画を策定し、それに基づいて第1配備(主務課)から第3配備(全職員)と、緊急時の職員の人員配置について決めています。
また、広報紙に防災関係の記事を掲載するとともに、昨年度は海岸部を中心に総合防災訓練を実施するなど、市民への防災意識向上を図っています。さらに、防災行政情報を自動で受信できる防災行政ラジオの配布を行っています。自主防災組織に対しては、リーダー研修の実施や自主防災組織が購入する資機材に対する補助金制度を設けています。
大規模災害時には、紀南医師会との連携により自動的に21か所の救護所(巡回救護所)を設置することにしており、現在、救護所開設時に必要となる大型テント、発電機、投光器などの資機材や医薬品などの整備を進めています。
また、物資確保のため相互応援として県内全市町、奈良県桜井市をはじめとする全国52団体と協定を結んでいますし、市内のスーパーや食料品店とも生活必需物資の確保に関する協定を結んでいます。
東南海地震の津波到達を示す石碑
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熊野市では、ほぼ全域で自主防災組織が結成されたことにより、定期的に防災訓練が行われるなど地域が連帯し、「自分たちの町は自分たちで守る」という意識が広がりました。しかし、一方で高齢者や障害をもった方など要援護者の災害時における避難支援方法が課題となっています。
熊野市遊木町は、熊野灘に面し、漁業が盛んな美しい集落ですが地震時には津波被害の危険性が極めて高い地区です。この地区も1944年12月7日の東南海地震の際には大津波が来襲し、今もその浸水域の記録が町の中に残されています。また、高齢化が進んでおり、65歳以上の高齢化率が40%と非常に高いのが特徴です。しかし、住民同士の交流は活発で、地域コミュニティの機能が高い地区でもあります。その背景には、熊野市が進める「地域まちづくり総合計画」があり、その計画に基づいて市内すべての地域に地域まちづくり協議会が設置されました。その中で遊木町では災害に強いまちづくり整備事業を推進してきました。
バッテリー型照明器具
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遊木町は住民の転出入は少なく、そのため東南海地震の教訓が語り継がれ活かされているといえます。加えて、阪神・淡路大震災も契機となって防災としての自助・共助が重要と感じ、1996年に遊木町としての自主防災が発足しました。遊木町では毎年9月に防災訓練を実施し、昨年は遊木町総人口約490人のうち約170人が訓練に参加しました。しかし、夜間は漁に出るため、昼間よりも人口が少なくなることから、1998年には夜間訓練を行い、約7~8割の住民が参加しました。また、地区から行政に要望してバッテリー型照明器具の設置、要援護者の救助のため対象の世帯に担架を装備したり、園児の避難路を確保するため手すりの設置やコンクリートで整備するなど様々な防災活動に取り組んでいます。遊木町自主防災組織会長の濱中康さんは「訓練しておけば、いざというときに気持ちが落ち着き冷静に行動できるのではないか。訓練しかないと思う。現状では、遊木町で防災に対する意識が薄れることはない」と話していました。しかし一方で、「過去の地震などの被害を考えると、磐石だとは思ってはいない」とも濱中さんは語っていました。
また、海岸部と山間部とでの地域防災に対する住民の意識にかなりのひらきがあるのも事実です。
(3) 新興団地域における防災の取り組み(名張市百合が丘)
名張市は三重県の西南に位置し、総面積は129.76km2で、人口は6月現在で83,371人(男40,319人、女43,052人)で世帯数は31,176世帯です。
市の防災費は約4,000万で、全体の予算からみて、約0.2%の割合です。
市の災害対策体制については、名張市防災会議が作成する計画「名張市地域防災計画」に基づいて体制作りを行っています。また、防災啓発として、FMなばり、地元のケーブルテレビ、市広報、出前トークなどの広報活動を行っています。さらに、災害を未然に防止し、災害復旧の通信手段として、名張市地域防災無線運営協議会を設置し、通信の確保を行っています。
名張市内には14の「まちづくり委員会」があり、この全てに「自主防災隊」が結成されていて、市からの支援としては地域防災無線のほか、救助道具セットの配置を行っています。また、各自主防災隊が中心となって実施する防災訓練については、企画の段階から支援を行っています。さらに、市は自主防災隊の代表で組織する「名張市生活安全推進協議会」の事務局として自主防災リーダーの研修を行ったり防災講演会等を開催しています。
名張市の行政としての防災対策を聞く
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避難活動については、市指定の避難所に発電機、投光器等の資材、備蓄用毛布などを配備し、市庁舎にはアルファ米、毛布、テント、ブルーシートなどを備蓄しています。
前述の「自主防災隊」が実施する防災訓練や研修会、出前トークによる啓発活動の開催が多くなってきており、住民の防災に対する意識の高揚が見られるようになったこと、災害時の要援護者対策についても山間部のみならず、振興住宅地でも同様の取り組みが進められるようになったことが成果と言えるところです。
今後の課題としては、要援護者の正確な把握や、地域や民生委員の持つ地域の調査結果を基本台帳と合わせてどう活用していくかというところです。
百が合丘区での自主防災活動を聞く
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新興の百合が丘区は大阪などへの遠距離通勤者が多く、防災・防犯に対する意識はあるものの、活動への参加はそれまで少ない状況でした。また、旧村の青蓮寺区は山間部に位置するため、大雨の際の土砂災害の危険を有しています。しかし、百合が丘区との連携をうまく取ることができませんでした。東海・東南海・南海地震がいつ起こっても不思議ではない状況の中、自主防災組織も行政主導により設立され、防災活動が行われていましたが、発展性のある内容ではありませんでした。
名張市では2003年4月に「住民が自ら考え、自ら行う」ことを目指し、市民参加により自立的、主体的なまちづくりを行うための財政支援として「ゆめづくり地域予算制度」を創設しました。その後、この制度をもとに2006年からまちづくり委員会の下部組織として安全・防災部会が発足、防災活動を担うことになりました。消防と連携し防災資機材等を活用した防災訓練、要援護者を中心とした安否訓練、災害が起こったときに正確な情報を伝えるための情報伝達訓練、心肺蘇生(AED)講習など様々な訓練や講習を実施しました。
緊急災害時には百が合丘区の避難所となる市民センター
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また、防災訓練時の安否確認に必要ということから百合が丘の住民名簿を作成し、住民の約9割に協力していただいたそうです。自主防災を自治会から切り離し、役員を複数年化したことから、活動が活性化しました。やはり、経験者が長く役員を務めることは必要であり、防災活動に取り組んだことでまちづくりが進んだといえます。
(4) 20万都市での防災対策(鈴鹿市) 現在、市の総面積は194.67km2、人口約20万人で東に伊勢湾、西に鈴鹿山脈がそびえています。鈴鹿市では、阪神・淡路大震災を契機に、また東海・東南海・南海地震が同時に発生した場合の甚大な被害が懸念されることから、市としての防災体制を構築してきました。鈴鹿市の防災費は約2.9億円で全体予算に占める割合は約0.5%です。
鈴鹿市ではまず、災害時の避難の仕方や応急手当の方法などについても記載した防災マップを全世帯に配布するとともに、木造住宅の無料耐震診断も実施しており、昨年の三重県中部地震から問い合わせが急増しています。また、市内には多くの外国人が在住しており、外国人学校をベースに防災の啓発活動を進めています。
自治会や学校からの依頼を受けて防災出前トークを実施しており、年間約60件の依頼があります。また、児童・生徒、保護者を対象に各小学校に整備されている防災井戸や備蓄物資の説明を行う井戸端教室も開催しています。最近では、企業からも研修や講演の依頼要請があります。
緊急災害時の体制として、本庁に災害対策本部を設置し、地区市民センターに支部を置きます。支部には地区市民センターの職員(嘱託職員も含む)と支部に割り当てられた職員を3人配置します。さらに、第4の非常体制時には、全職員が職場へ参集しますが、大規模な災害発生で参集が困難な場合は、最寄の支部(地区市民センター)を基点に収容避難所などに参集するようになっています。総合防災訓練と地域地震防災訓練を年1回交互に開催していますが、体制を含めた職員への訓練は行われていないのが現状です。
防災物資は市役所及び収容避難所である市内小学校30校などに1日分くらいの食糧や簡易トイレや毛布、発電機などを備蓄しており、防災に関する協定を結んだスーパーやホームセンター、岐阜県多治見市などから食糧を含めた物資が配送される予定です。また、学校や地区市民センターなど主要な施設に防災無線を設置しています。
鈴鹿市として、新規に結成された自主防災組織に資機材を提供するとともに、既存の自主防災組織の活動支援として2004年度から補助金制度を創設しています。
緊急災害時には緊急避難所(市内公民館中心)と収容避難所(市内小学校中心)が開設され、収容避難所については各地区市民センターに配置される災害対策支部職員(1人くらい)とその施設に勤める職員で対応します。しかし、緊急避難所は自治会での対応のため自治会の認識の度合いにより温度差があるのが現状です。
また、2004年の台風21号にともなう集中豪雨により道路が寸断されたり、多くの家屋が床上浸水となりました。そのとき、職員に土地勘がなかったことなどもあり、対策本部および支部に正しい情報を集めることができませんでした。その後、メール配信の普及にともない、被害の大きかった地区の住民から積極的に情報提供がされるようになりました。
防災に対する住民への啓蒙と意識の向上をどのようにはかっていくかが、これからの課題といえます。
(5) 調査結果のまとめ
市町は、いろんな手法で地域の防災力を高めようとしています。まず、住民の大規模震災に対する意識を高めることです。海岸沿いの地域ではこれまでの地震の経験などから意識が高いところが多く、地域として具体的な取り組みが比較的行われていますが、他の地域では阪神淡路大震災等を受けてその重要性から数人の牽引者がいる地域を除き、全般的に震災に対する意識が低く、具体的な取り組みが低調となっています。このため、防災訓練、講演会やパンフレットの配布などを通じて住民に大規模震災に対する認識、震災への備えを求めています。次いで、各地域に組織された樹種防災組織の活動を促進するための取り組みであり、備品整備、研修会への講師の派遣などでした。さらに、震災時に震災等に関する情報を住民に提供するための基盤整備なども取り組んでいます。これらの取り組みは、市町が地域の防災力を高めるために比較的多くの地域で行われていますが、地域のことは地域主権により地域力を高め、その結果として地域の防災力も高まるとの考えのもと、地域力向上策に力点を置き、地域住民が主体となった地域防災力向上策となっているところもありました。また、大規模震災時に住民の避難方法・場所の確保を最重要と考え、そのことを中心に取り組んでいるところもありました。いずれの自治体でも共通している課題は、財政が非常に厳しく、厳しい中でいかに効果的な対策を実施していくかということです。
震災対策を地域として取り組んでいるところの共通点は、リーダーが存在していることで、それも一人だけではなく、複数いることです。リーダー誕生の経緯は地域により異なりますが、リーダーの存在が地域の防災力を高めるには必要不可欠であり、さらに複数存在することで地域の取り組みは継続できています。このような先進地にも共通している今後の課題は、後継者をいかに育てるかということです。現在のリーダーが高齢化していく中で後継者の育成は引き続き地域として震災対策に取り組み続けることができるかどうかの必要不可欠な要件となっています。
4. まとめ
市町の現地調査でもう一つわかったのは、住宅の耐震化が進んでいないことでした。確かに、耐震の診断等は無料で行われても改修は多額の費用がかかるため進んでいないとのことでした。言われてみれば、なかなか進まないのが現実であり、厳しい財政状況の中で、今後住宅の改修にかかる費用への多額の補助は困難であり、震災時の避難所となる学校の耐震化を進めるのが精一杯の状況です。また、現在市町等が自主防災組織の取り組みを促進するために実施している備品等の購入補助なども今後は難しくなると予想されます。
このような中、地域防災力を高める、あるいは維持し続けるために行政は何ができるのでしょうか。そのヒントとなるのは名張市などで取り組まれている中学校区等を単位に地域力を高める取り組みではないかと考えます。今、三重県内の市町でも厳しい財政状況の中、また市町村合併を経て。地域に財源を付与し、地域自治を進め、地域力を高めてもらおうとする動きがあります。いざ大震災が起こった時に、行政をはじめとするさまざまな支援はすぐに間に合いません。家族はもちろんですが、地域住民が互いに助け合い、行政等の支援を待つしかありません。日頃から地域が自ら決めて地域住民がそれぞれの役割を担う「地域力」を醸成することは、いざという時の「地域防災力」の向上にもつながるのではないかと考えます。地域力を高める手法は全国の自治体で実践されており、創意工夫し、その市町に合う手法を試行し、地域力の向上につなげてもらいたいと考えます。また、地域力、地域防災力を確保する上でリーダーの育成は不可欠であり、そのために市町の支援を必要とする地域もあり、その際は地域の人づくりに向けて具体的な対策を行う必要があります。
最後に行政として、これまで以上に県と各市町の率直な意見交換等を通じた意思疎通を図る中で、地域にあった効果的な震災対策を検討・実施するとともに、震災時の初動、とりわけ震災情報の共有化と県民への情報提供のためのシステム作りに取り組む必要があると考えます。
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