【要請レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅲ-①分科会 都市生活とまちづくり

現場の知恵を市民のために
~「大阪市従総合政策シンクタンク」から
「大阪公共サービス政策センターへの道のり」~

大阪府本部/大阪市従業員労働組合

1. はじめに

(1) 2002年10月、大阪市従業員労働組合(以下大阪市従)は、「大阪市従総合政策シンクタンク」(以下「シンクタンク」)を設立しました。
   中央集権から地方分権時代への移行の中、市民に身近な地方政府による公共サービスの充実が求められ、特に、自治体と市民とがどのようにパートナーシップを創り上げていくのかが、急務な課題となる中、大阪市に働く現業職員を中心に組織した労働組合である大阪市従は、日常の作業を通じてどのように住民の意見を吸収し、地域住民の視点に立った業務体制を作り上げるのかをテーマとして、市民社会の中で真に必要な「職の確立」をめざした職場活性化運動を進めてきました。
   そして、2001年の4月に登場した小泉首相が市場万能主義の政治を加速させたため、社会的格差の拡大とセーフティーネットの破壊が進み、市民福祉、市民生活の安心・安全を担う基礎自治体の役割は、いっそう重要なものとなっていました。
(2) このような社会状況の中で、大阪市従は、自分たちの労働条件のみでなく、市民が安心して生活できる環境をつくることも労働組合の重要な使命であると考え、地域社会の中でどのような政策が求められるのか、市民生活の向上につながる働き方とはどういうものなのかについて研究しなければならないという認識に立ち、労働組合の枠にとらわれることなく、学者や市民などの幅広い層からの意見も取り入れながら研究する機関を、大阪市従の組織内に設けることとしてきました。そして、分権自治体改革・現業職場活性化という観点から、それまでの現業職場活性化運動をワンランク・アップさせ、大胆な意識改革と、職場での実践を進めていくため、「シンクタンク」は誕生しました。

2. 「大阪市従総合政策シンクタンク」活動の概要

(1) 「シンクタンク」では、労働組合の枠にとらわれず、外部の方々から意見を求めながら、研究活動を進めていくため、地方自治やまちづくりに精通した人たちに、専任研究者についていただくよう依頼することとし、明治大学の牛山久仁彦教授、近畿大学の久隆浩教授、日本女子大学の堀越栄子教授の3人に、その任に当たっていただくこととなりました。
   「シンクタンク」設立記念のシンポジウムは、2002年の12月2日に行われました。講演と、パネルディスカッションの2部形式のシンポジウムでしたが、その第1部、「21世紀に求められる自治体職員像」というタイトルの講演を行った、近畿大学の久隆浩教授は、「ここにお集まりの皆さんは、公務員の身分を守りたいためにここにおられるのですか。それとも職を守りたいためにここにおられるのですか。もし、身分を守りたいのなら、私は協力できません」と話されました。
   このショッキングな問いかけと共に「シンクタンク」の活動は、始まったのでした。
(2) その組織は、3人の研究者と、市従本部内の事務局による「研究会議」を中心とし、具体的な研究活動は、研究者と、学者やNPO関係者、市民活動員などの協力研究員、そして、職場から公募したボランティアのスタッフにより構成される課題別プロジェクトチームで行いました。
   課題別プロジェクトチームでは、「現業職場をめぐる法制度に関する研究」を行うプロジェクトAと、「協働のまちづくりにおける現業労働者の役割に関する研究」を行うプロジェクトB、そして「現業職場における新しい働き方に関する研究」を行うプロジェクトCの三つのチームに分かれ、研究活動を行いました。活動期間については最大で5年、中間年に当たる3年目には課題を総合的に検討することとしました。
(3) 参加したスタッフの多くは、当初、職場を守るための特効薬となるようなヒントを求めるとともに、職場の必要性をPRし、市民に認知してもらうことで、職場を守りたいと考えていました。しかし、市民へのアンケート調査や、NPOへの訪問調査と、ワークショップなどの活動を重ねる中で、市民の本音や市民社会の実態と、スタッフたちの認識が、食い違っていることに気づき始めます。
   市民にとって大切なことは、公共サービスの提供者が公務員か民間労働者かではなく、サービスの質と費用対効果でした。また、市民社会の公益活動の数々が、すでにNPOなどの市民活動員によって担われており、市民を公共サービスの単なる「受け手」として限定すべきでないこともわかってきました。
   市民の要望を的確にくみ上げて、サービスの質に反映させうる仕組みづくりと、公共サービスの担い手の多様化に対応する働き方の改革が必要であり、その視点から、多様な市民とどう関わり、新しい公共サービスのあり方をどう考えていくべきなのかをテーマに研究しなければならないことに、気づいていくことになりました。
(4) そして3年目の2005年12月4日に、中間的なとりまとめを行うため市民公開シンポジウムを開催しました。このシンポジウムでは、第1部で、元三重県知事、早稲田大学大学院教授の北川正恭氏と、明治大学大学院長の中邨章氏をスペシャルゲストとして招き、トークショーを行うとともに、第2部で、とりまとめた提言「働き方改革に向けて」の概要説明と、それをめぐってのパネルディスカッションを行いました。
   「働き方改革に向けて」では、多様な人々が安心して暮らせる共生社会づくりに向け、市民参画と市民協働による「新たな公共」の考え方にもとづいた自治体職員の働き方や、組織のあり方、自治体と市民の関係のあり方について、検討を加え、改革を促進させることをうたっています。
(5) その後の活動は、課題別のプロジェクトチームを解散して、第2期目の活動を進めることとし、改めてスタッフを募集しました。「防災」「福祉」「環境」「地域」のテーマに分かれ、これらの課題に対応する、現業職員の働き方などついて、NPOとの意見交換や市民アンケートなどを交えながら研究を行いました。そしてその内容についても、2007年8月5日の市民公開シンポジウムで発表しました。環境チームは総合的な環境施策のための「縦割り行政」の払拭への提案を行い、福祉チームは地域への食の支援を実践していく方向性を示しました。防災チームは地域防災には日常的な地域との絆が重要と提言し、地域型チームは地域とのつながりが発想を変化させたことを報告しました。

3. 大阪市公務員バッシングと「シンクタンク」

(1) 2004年秋から、大阪市職員厚遇問題・労働組合バッシングの大キャンペーンがマスコミにより展開され、大阪市従の職場は、かつてない厳しい逆風の中にその身をおくこととなりましたが、「シンクタンク」の各プロジェクトチームの活動は、厚遇批判の頂点に当たる2004年の秋から2005年の春にかけての間も休むことなく続けられ、市民との接点を探り続けました。
   2005年3月20日、住吉区において、「シンクタンク」は、職場活性化の取り組みをPRし、市民からの意見を聞くためにシンポジウムを開催しましたが、そこに参加された市民から、「労組側は情報戦で遅れを取り、一方的に悪者にされている、現状は厳しくても労組としての情報戦略も必要で、ホームページを立ち上げるなどしてはどうか」という指摘がありました。
(2) このような取り組みは、強烈なバッシングの中であるからこそ、市民の中に飛び込んでいくことが必要であること、正すべきところは正しながら、市民と共に歩む姿勢が必要であること、そのためには、市民とともに公共サービスを築いていくようなシステムの構築に向けた運動が必要であることを、スタッフたちに再認識させました。
   職員厚遇批判に端を発した労組バッシングは、非常に厳しいものでした。しかし、「シンクタンク」のスタッフは、自らが職場を改革していく必要を強く感じていましたから、「目標」を見失うことがなく、また時間的な制約の中で厳しい活動を続けてきたので、自信と誇りを持って活動を続けることができました。

4. 「シンクタンク」とさまざまな職場活性化への影響

(1) 「シンクタンク」での活動の進行と共に、職場においてもさまざまな取り組みが進められていました。
   それ以前にも、日常業務に付加価値をつける職場活性化の取り組みは、さまざまな職場において実践されていましたが、それは、市民を公共サービスの受け手として、職員側からの創意と工夫により、より親切に提供していくことに重点がおかれていました。ところが、「シンクタンク」以降は、それを基礎にしながらも、より多様な市民の視点に立ち、市民の参加を促していく、そういう方向性が付加され始めました。
   調理師による市民への料理講座や、市民と一緒にすすめる公園作り、下水道施設での市民参加のイベントの開催、中央卸売市場での「食」の流通を考える体験ツアー、市民協働の道路パトロール・放置自転車整理、業務中の移動時間や待機時間を利用した子どもの安全パトロール、また、市民活動員による違反広告物の除去作業などです。
(2) また、第2期目の活動に入ると、研究テーマである「防災」や「環境」、「福祉」などの社会的な課題を、より意識した働き方を職場で実践する例も見られるようになりました。

5. 「大阪公共サービス政策センター」の設立と今後の課題

(1) 大阪市従は、「シンクタンク」活動の最終年度を迎えるにあたり、その後の政策研究や働き方改革を更に進めるためにはどのような取り組みが必要かを検討しましたが、「提言」で示された「働き方改革に向けて」の具体的実践を継続的に進めることと、地域政策活動の強化を目的に、「シンクタンク」を発展的に解消し、市従の組織内から外に出て、広く大阪における公共サービスを考える組織として「大阪公共サービス政策センター」(以下、「政策センター」)を設立することとしました。
   そして、2007年12月2日、「政策センター」の設立総会を開催し、同志社大学政策学部教授の真山達志氏を理事長とする役員体制と、事業計画などを確認、その日の午後から「シンクタンク」の最後のシンポジウムを行い、5年間の活動を振り返りながら、今後の具体的な実践は、「政策センター」に継承することを確認しました。
(2) 現在、具体的にはセミナーの開催と、「公共サービスの概念と質の検討」をテーマとする理論研究型の調査研究事業と、会員の一般公募による、指定管理者制度にかかる公共サービスのあり方についての調査研究事業、さらにグループ自らがテーマを設定するグループ研究型調査研究事業などの取り組みを進めています。
   現在の地方自治体は、コスト優先の安易な民間化や市場化が進められ、住民サービスを脅かすとともに、労働の質の劣化を加速させ、「企画と現場の分離」が市民にとって真に有効な公共サービスの提供を阻害している傾向にあります。
   このセンターは、そういう現状の中、市民福祉の向上と、安心・安全な共生社会を市民とともにつくるため、①公共サービスのあり方をめぐる調査・研究、②現業職員の働き方改革の実践方法の検討と事業実施、③近隣自治体やNPOとの連携による公共サービスネットワークの形成、を主な役割とし、市従総合政策シンクタンクの活動を継承しつつ、より広範な地域社会全体の住民福祉の発展に寄与するため、市従組織から外に出て、学識経験者やNPO関係者、自治体関係者、市民それぞれの相互交流を基盤として、公共サービス従事者の大阪における公共サービスに関する総合的・実践的な調査研究を行い、大阪における公共サービスネットワークのひとつの軸となることをめざします。