【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅲ-②分科会 地方再生とまちづくり

「松縁(まつえん)」でつなぐ、人と人との縁
~松江の「ご縁」で全国とつながろう~

島根県本部/松江市職員ユニオン・「まつえ自立塾」

1. はじめに ~人と人との縁がむすぶもの~

 皆さんは今、なぜ今住んでいる地域に暮らし、今の仕事についているか振り返ってみたことがあるだろうか? 誰でも、自分の過去の経歴をたどってみれば、人生のうちで何度も、何らかの決断を行った結果、今の生活を送っていることに気づくだろう。そして、その際に「人との縁」がその決断に重要な役割を果たしたことはないだろうか? はじめに、筆者の経験をご紹介したいと思う。
 筆者が高校生の時、県外の大学を受験することに決めて興味のある大学の情報収集を行った。大学案内や受験情報誌などである程度の情報は手に入れることができたが、一番知りたい情報がなかなか手に入らなかった。それは何かと言うと、その大学に実際に通っている(通っていた)人の声である。高校の過去の進路状況を見ると何人もその大学に進学しているものの、それが誰なのかもわからず当然連絡を取るすべもなかった。これだけ自分の高校の卒業生がいるのに……と歯がゆく思ったものである。人のつてを頼って運良く1人だけ実際に話を聞くことができ、そこで得た情報はほかのどんな情報よりも有益であり、進路を考える上で本当に参考になった。
 このように例えば進学や就職などで松江の外に出ようとするとき、そこにいる松江に縁のある人から情報を得ることができたら、どんなに参考になるだろうか。かつて松江に住んでいた人など、松江に何らかの縁がある人は全国各地に存在するのに、その人たち同士やその人たちと松江に住む人をつなぐ仕組みが今は存在しないのである。せっかくある財産を活用できていない、非常に残念な状況ではないだろうか。
 また、松江に縁があった人同士のつながりはどうなっているだろうか。一度松江から離れてしまうと次第にそれまで付き合いがあった人と縁遠くなってしまうことがある。しかし、筆者もそうであったが、たとえ松江から離れたとしても、やはりどこかで松江のことは気にかかるし、誰かと松江の話をしたいと思うこともある。もしかしたら近くに松江に縁がある人がいるのかもしれないが、それが誰だかわからない。また、少し疎遠になった人に声をかけるのも気が引ける。そうしているうちに松江への想いがだんだんと薄れてしまう可能性もあるだろう。
 松江に縁があった人同士も、つながりを持ちたいと思った時に気軽につながりを持つことができたら、ずっと松江を身近に感じていられるのではないだろうか。
 新たな縁を結ぶことはもちろん大切である。一方、現在松江に住んでいる人やかつて住んでいた人など、すでに松江に何らかの縁がある人々の縁をつなぎつづける仕組みがあったらどうだろうか? 私たちの生活はもっと広がりのあるものになるのではないだろうか、また、それは松江市にも有意義なことではないだろうか?

2. 「縁」をつなぐメリット

 1.で触れたように、人と人との縁というものが、一人一人の個人にとって非常に有意義であり、場合によってはその人の人生にかかわるような決断に影響を与える大きなものであることに疑いはないであろう。
 ところで、今われわれが住んでいる松江市にとって、この「縁」というものはどういう意味を持っているのであろうか? また、松江という土地と、この「縁」はどのような結びつきがあるのだろうか?
 結論から言うと、松江市にとってもこの「人と人との縁」は非常に重要なものである。いろいろな松江にゆかりのある「縁」をつなぎとめ、また、ひろげていく、そして、また新たな縁を結んでいくことは、松江市にとっても大きなメリットがある。本章では複数の観点から「人と人との縁」の重要性を示していきたい。

(1) 定住対策との関係
 松江市では2005年の国勢調査において、戦後はじめて人口が減少に転じたこともあり、2006年に定住地域振興課を新たに設けるなど、現在定住対策に力をいれている。しかしながら、定住対策はまだ始まったばかりとはいえ、現在のところ、住民基本台帳ベースでは毎年わずかではあるが、松江市の人口は減少している。また、その中でも転入転出に伴う社会減が多く、進学、就職といった機会をきっかけに松江を離れていく実態がある。
 一方で、松江市が実施した「縁結び市長の手紙」UIターン等に関するアンケートの集約結果にあるように、松江にUIターンを希望する人は非常に多いものの、現段階では「働き場」の確保が条件となっており、とにかく「雇用に関する情報」を欲している状況である。ということは、定住対策を進めるにはとにかく雇用に関する情報をUIターン希望者に提供することが重要となる。
 参考までに、総務省が2001年に実施した「過疎地域における近年の動向に関する実態調査報告書」によれば、Uターンの際に仕事を見つけたきっかけについては、「知人からの紹介」が非常に高い割合であった。また、転入者を増やすために望まれる施策として、「職業のあっせん」、転入者に長く住み続けてもらうために望まれる施策として「地域への溶け込みと協力体制」が高い割合であげられている。これらは、行政の施策として金銭をかけて行えることもあるだろうが、転入希望者と在住者との「人と人との縁」があれば解決できることも多くあるだろう。実際に、筆者も一時的に在住した地域でお世話になった方々とは連絡を取り合っており、その地域の状況を知りたければ、直接聞けば、他の情報源では得られない生の声が聞ける。また、その方々がおられる土地ならば、もし明日からそこに住むことになったとしても、縁もゆかりもない土地での暮らしと比べて、大変心強く思えるだろう。この事例は松江市には直接は当てはまらない部分もあろうが、UIJターンの居住地選択にあたっても、その土地に関する「人との縁」が重要な役割を果たすといえる。

(2) ふるさと納税制度との関係
 2008年4月、「ふるさと納税」に関する法案が成立し、以前から盛んに話題になっていたふるさと納税がいよいよ現実のものとなった。ふるさと納税の仕組みを簡単に述べると、自らが応援したい自治体に寄付を行うと、住民税額の1割の金額を上限として、寄付額から5,000円を控除した金額が税額控除される制度である。わかりやすく表現すれば、このことは5,000円の手数料を支払うことで、住民税額の1割を居住地以外の自治体に納付ができるようになったということと同義である。このような制度であるため、各自治体では、法案成立前から既に「寄付の確保」のために、あれこれと知恵を絞っている。松江市においても制度の開始にあわせ「ふるさと松江だんだん基金」を創設し、中海・宍道湖などの環境保全、松江城をはじめとする景観保全に役に立てる仕組みをつくっている。
 現在、全国的に見れば寄付による各種の優遇制度を設けた自治体もあり、さながら「寄付金獲得合戦」の様相を呈している。しかしながら、どれだけ優遇制度や仕組みを整えたとしても、結局のところ「ふるさとや、縁のある土地への愛着心」がなければ、寄付といった善意の行為は長続きしないのではないだろうか? 今はまだ手続きも面倒で、金額もわずかなものだろうが、もし全国に「松江市との深い縁」を持っている人が大勢いたらどうだろうか? 様々な縁の中でも、縁の深い松江市に寄付をしてくれる可能性は高いだろう。

(3) 何をするにも「人と人との縁」
 考えられる事例を具体的に2点ほど例示したが、このほか観光面においても、「人の縁」は非常に重要である。松江市が2007年3月にまとめた「松江市観光振興プログラム」によれば、松江を知った最初の情報源は、知人・友人・同僚などからの口コミが37%、最終的に松江に決めた情報源も口コミが34%と、広告ではなく、口コミが第1位を占めている。家族、親戚からの口コミも加えると松江に来訪する観光客のうち5割は口コミでの来訪であり、松江の観光においては、既に事実として「人と人との縁」が重要な役割を果たしていることがわかる。
 このように考えてみると、人と人との縁というものは、単に個人と個人とのつながりだけでなく、一つの「地域」を単位としてとらえた場合、様々な可能性が見えてくる。人がその土地でいったん結んだ縁というのは、すぐには形に結びかなくても、何かの出来事をきっかけとして、ふと以前結んだ縁が、ふたたび活きてくるということも多いのではないだろうか。逆に、これまで述べてきたように「人の縁」が人の意思決定に重要な影響を与えているとすれば、「いくら一生懸命松江の良さを正攻法でPRして定住、観光その他に結び付けようと考えても、何らかの人との縁がなければ、数多くの他の地域と比較して"松江"を選ぶきっかけにはつながらない」といえるだろう。

3. 「縁」のつなぎ方、活かし方(提言)

(1) 「だんだんレター」の提案 ~松江から旅立つ人に「だんだん」の気持ちを~
 松江市には毎年8,000人近くが転入してくる。この人たちに対しては、私たちは「ようこそ松江においで下さいました」という気持ちで接しているし、市としても松江で生活していく上での様々な情報を提供している。
 逆に、松江から転出していく人たちに対してはどうだろうか。現在は転入よりやや多く、8,000人強が毎年転出していく。確かに松江市民ではなくなり、直接的な関係はなくなってしまうのかもしれないが、よく考えてみれば松江のことを知る人間が毎年8,000人も全国に散らばっていくのである。
 現在、松江に転入した人や市外に住む松江に縁のある人、また松江に興味を持っている人には様々なアプローチをしているが、転出する人に向けては何も行っていない。転出した人たちが先々で松江のことを宣伝してくれたら、膨大な効果があるのではないだろうか。今はこのチャンスをみすみす逃しているのである。
 そこで、市役所で転出の手続きをした人に対して、窓口で松江市からの「だんだんレター」を渡すことを提案したい。これは、今まで縁あって松江に住んでくれた方へ松江市からの感謝の気持ちを伝え、またその人のためになる情報をお知らせするものである。
 例えば次のような情報を掲載してはどうだろうか。
① これからも松江とのつながりを持ちたいと思う方に
  松江SNSや、各種メーリングリストなどの紹介(市が主催するものに限らない)
② これから知り合う人に松江を紹介していただくために
  観光スポットの情報、松江市や観光協会のHPアドレス
③ 松江のことが恋しくなったら……
  全国各地の松江の特産品が購入できる場所や、松江の味が楽しめる飲食店の情報 など
  また、ただこの「だんだんレター」を手渡すだけではなく、窓口で応対した者から「(今まで松江でお世話になり)ありがとうございました」と声に出して(もちろん笑顔を添えて)伝えることも必要だろう。
 恐らくどこの市町村でも、転出者に対しては事務的な対応しかしていないと思われる。いわばそれが当たり前の中、松江市では出て行く人に対して感謝の気持ちを伝えたとしたら、これは大きな差別化である。きっと転出する人も嬉しいに違いない。そして同時に、松江に転入した人へは今まで以上に「いらっしゃいませ」という気持ちを持って接することも重要である。
 このように転入するときには「いらっしゃいませ」、転出するときには「だんだん」の精神で接することで、松江に対してのより良い印象を持ってもらい、「松江ファン」になってもらうのである。「松江ファン」になった人々が、転出した先々で松江のことを聞かれた時に「いい所だったよ」「素敵なまちだったよ」と話をしてくれたら、どれだけの効果があるだろうか。実際にそこに住んだ人の言葉は、きっと実感を伴って相手に伝わるはずである。こうして転出した人に各地で松江の親善大使としての役割を果たしてもらうのである。
 「だんだんレター」の配布自体は全く難しいことではないし、予算もほとんどかからない。窓口対応は今すぐにでもできる。たくさんの人が転出していくという事実を人口の減少とネガティブに捉えるのではなく、何千人もの「松江ファン」や「松江親善大使」を全国や全世界に向けて送り出すのだと発想を転換し、少しの工夫と努力をするだけで大きな効果があるものと考える。

(2) 「だんだん応援団プロジェクト」制度の提案 ~松江に縁がある人たちの知恵をみんなで共有しよう~
 (1)では松江から旅立った人に対して、旅立つ際に情報提供を行い、その後も適宜情報提供することで、松江との縁をつないでいくことを提案したが、逆に、現在の松江市民にとって今、他の地域にいる人たちとつないだ"ご縁"を活かすことはできないだろうか?
 松江に何らかの縁があって、現在他の地域で暮らしている方々は、皆、それぞれに他の地域で活躍をしている。それらの人々の知恵を、もし何らかの形で松江に還元することができれば素晴らしいことではないだろうか?
 そこで、「だんだん応援団プロジェクト」の創設を提案する。どのような形でも構わないが、松江に少しでも縁があって、松江のことを少しでも応援したいという気持ちを持った方々に対して、「応援団」という形で、少しばかり知恵を貸していただくのである。その概要は以下のとおりである。



 たとえば、応援団に登録すると、松江市民からの要望やメッセージが紹介され、それを見た応援団のメンバーで、そのリクエストに応えられる人がいれば、応えてあげるといった格好で、1.で紹介をしたような筆者の事例がまさにそうである。そのかわりに、応援団のメンバーに対しては、先のだんだんレターをはじめとして、松江からの情報提供を行う。また、応援団登録者には、何らかのお礼をする仕組みがあっても良い。要するに、松江市民と、松江に縁がある人々との双方向を縁で結ぶ仕組みを作るのである。
 通常、このようなケースでは「同窓会」や、たとえば各地の「松江会」といった、松江に縁があった人々で作られた組織が、従来からこのような双方向をつなぐ役割を果たしてきたといえる。しかしながら、これらの組織は、もともと同じ組織にいた人同士、また、現在同じ地域に住んでいる人同士の縁と松江とをつなぐものである。しかしながら、本提案の「だんだん応援団」は、「松江」をキーワードとして、松江に何らかの縁やゆかりがある人であれば誰でも登録可能な、もっと幅広く縁をつないでいこうというものである。
 応援団登録の呼びかけについては、(1)で言及しただんだんレター、また、各地の松江会、同窓会を通じて行うなどの手段が考えられるが、具体的な応援団の運用方法については色々なやり方が考えられる。たとえば、あまり予算をかけない方法として、
① インターネットの利用者については、松江SNSで「だんだん応援団」コミュニティを開設し、双方向のコミュニケーションを図る。
② インターネットを利用しない層については、情報誌などを通じ、やり取りができる仕組みを作る。(若干の会費をもらい、松江に関する情報誌を発送し、そこに情報を掲載)
 また、応援団となって頂いた方には松江に来訪した際の各種料金の割引制度などを設けてもよいだろう。いずれもそれほど金と手間はかけず可能である。これらをきっかけとして、双方向のコミュニケーションが活発になってくれば、また新たな仕組みも生まれる可能性もある。

4. おわりに

 「袖振り合うも多生の縁」という言葉があるとおり、私たちの周りでは日々たくさんの"縁"が結ばれている。松江市でも、現在「縁結び」を1つのキーワードとして、周辺市町村と協力しながら様々な事業を展開している。そこで語られる"縁"は、人と人、人とまち、人とモノなど様々であるが、その中でもやはり大切なのは、これまで言及してきたとおり、人と人との縁であろう。この「人と人との縁」について、現在行われている事業では、観光などで松江を訪れてくれる人や、これから松江に住もうと考えている人との縁など、どちらかと言えば松江の外から松江に対して興味を持ってくれた人との縁を結びつなげていくことに重点が置かれているように感じる。もちろんこれらの縁は、観光振興や定住化促進によって松江市を発展させて行くために重要であることは間違いない。
 しかしながら、せっかく結んだ数々の縁も、何もしなければ時間とともにほどけていってしまうものもある。縁もいったんほどけてしまえば、その後、何かのきっかけになることも難しい。結びつづけている縁だからこそ、いざというときに活きてくるのである。そこで今回我々は、せっかくできた大事な縁をつなげ、発展させていくための仕組みづくりについて提案を行った。
 また、強調したいのが、今回提案した内容はいずれも、すでにあるものを活用したり、ちょっとした工夫と労力でできたりすることである点だ。つまり、やろうと思えばすぐにでも実行に移せるものなのである。縁はふとしたことでできるものである。だからこそ、それをつなげていくための仕組みが大変な労力がかかるものばかりであっては、いつしかつなげていくことが負担に感じるようになってしまうだろう。少しの努力で今ある縁をさらに大きな縁へと発展させ、今後へとつなぐことが重要だと考えるのである。
 縁をつなぐことの効果はすぐには見えてこないだろう。しかし、縁がつながっていないことには次のステップへと進むことはできないのである。松江に住んでいる人、かつて住んでいた人、興味がある人、この人々がみんな縁でつながっていればこそ、何事にも新たな可能性が出てくるのである。
 一度できた貴重な縁を末長いものにしていくために、すぐにでも実践しよう